就活ルール見直しの危うさ

 中西会長会見での見直し発言から1か月そこそこという拙速さもとい迅速さで経団連の採用活動ルール廃止が決まったようです。日経新聞から。

 経団連は9日、大手企業の採用面接の解禁日などを定めた指針を2021年春入社の学生から廃止することを決定した。今の指針は大学3年生が該当する20年入社が最後の対象になる。新たなルールづくりは政府主導となり、大学側や経済界と月内に策定する。経済界が主導するルールがなくなることで、横並びの新卒一括採用を見直す動きが企業に広がる可能性がありそうだ。 経団連の中西宏明会長が定例記者会見で、21年春入社以降のルールはつくらないと正式に表明した。「経団連は会員企業の意見を集約して世に訴えていくのが主な活動だ。ルールをつくって徹底させるのが役割ではない」と説明した。
 指針の廃止に踏み切ったのは、経団連に入っていない外資系企業や情報技術(IT)企業などの抜け駆けが広がり、人材獲得への危機感を抱く会員企業が増えたためだ。中西氏は会見で「会員企業はものすごく不満を持ちながらも(指針を)順守してきた」と話した。
(平成30年10月10日付日本経済新聞朝刊から、以下同じ)

 「ルールをつくって徹底させるのが役割ではない」「会員企業はものすごく不満を持ちながらも(指針を)順守してきた」…うーん、1996年に当時の根本二郎日経連会長(日本郵船会長)が就職協定廃止に踏み切った際を思い起こすと、あまりにも既視感の強い議論です。
 以下、ざっと探した限りではいい資料が見つからず私の記憶に大幅に依存した記述なので誤りなどあるかもしれませんのでご容赦願いたいのですが(いい資料があればご教示ください)、当時の根本氏が主張したのも「正直者が損をする事態を看過できない」でした(これは日経の「私の履歴書」に記述がある)し、当時すでに廃止の理由として事業の国際化や通年採用の拡大、日経連非会員企業、特にマスコミに協定を守らせることができないことが上げられていたと記憶しています。とりわけ、「学生に対し企業がルールを守らないのが当然というのは教育上よろしくない」と主張していたのは根本氏らしい主張として印象に残っていますが、それを除けば正直マスコミが外資・ITに代わっただけであとはなにも変わってねえなとの感を禁じ得ないわけです。
 でまあたしかこの時も「通年採用が拡大しているからかつてのような青田買いにはならないだろう」という意見もあったとは思うのですが、実際には周知のとおり翌年から一気に早期化して翌年には新たに倫理憲章の制定を余儀なくされたわけです。
 ということで、日経新聞の記事もこう指摘しています。

…今後は実質的な就活の早期化が進む可能性がある。
 例えば、時期を問わずに学生を採用する通年採用の拡大だ。ソフトバンク楽天などが導入済みだが、リクルートキャリアの調査では、19年卒採用で実施予定の企業は26.3%と、前年実績から7.2ポイント上昇した。
 システム開発などのガイアックスは大学3年生の秋ごろから面接。早い学生は3年生の12月には内定を得ている。…
 経団連は就業体験(インターンシップ)と採用を直結させないよう企業に求めてきたが、こうしたルールもなくなる。今後はインターンを通じた実質的な青田買いも広がる可能性がある。

 実際問題「通年採用だから早期化しない」ではなく「通年採用だから早期化する」というのが現場の実態でしょう。有名な事例としてはファーストリテイリングの「グローバルリーダー社員通年採用」があり、その募集サイト(https://www.fastretailing.com/employment/ja/fastretailing/jp/graduate/recruit/allyear/)を見ると「大学1年生で内定を取得し、ゼミ、部活中心に学生生活を送り、その後、半年間海外留学。7月に帰国して9月に入社」という事例が紹介されています(強調引用者)。ほかにも楽天やらソフトバンクやらIT関連企業に類例が目立つようですね。
 インターンシップについても、やはり有名な事例としてワークスアプリケーションズの入社パス制度(インターンシップを通じてこれという学生には1年生でも希望すれば採用する「入社パス」を付与)があり、早期化をもたらしています。現実にはインターンシップに関しては経団連も「採用を直結させない」ことを求めながらもいわゆる「ワンデー・インターンシップ」を解禁前に実施することは認めていて大学・学生サイドからは「会社説明会となにが違うかわからない」と受け止められており、これで事実上の採用選考を前倒し実施することで先行する外資・ITに対抗しているのではないかというウワサも業界ではしきりにささやかれていたわけです。
 ということで記事にもあるように「大学側からは学生への悪影響を懸念する声が出ている」のはもっともであって大学さんにはご迷惑がかかるでしょうし、学生さんたちも少なくとも混乱はするでしょうし、企業の人事担当者のみなさんも採用の早期化・長期化と、内定者フォローの長期化はまあ避けられないだろうと思われるわけでこれいったい誰が得するんでしょうかねえ。就職/採用コンサルタントの方々にはビジネスチャンスなのかしら。まああれかな、1年生・2年生で三井物産とか東京海上とかの内定を獲得してしまうような就活の猛者であれば、その後は安心して仕事を意識した勉学に励んだり留学したり部活動に勤しんだりできるのかもしれませんが…。
 でまあなんでそうなるのという話ですが、新卒採用/就職マーケットの構造の問題としては、採用力が劣る企業が優れた人材を確保しようとすれば出し抜けを食らわしたり抜け穴を狙ったりしたくなるという話はついこの間も書きました(https://roumuya.hatenablog.com/entry/2018/09/25/181912)ので繰り返しません。それに加えて日経の記事にもありますが、こういう話もあるわけです。

 新卒一括採用は年功序列・終身雇用とあわせて日本独自の雇用システムを形づくってきた。しかし企業活動のグローバル化で海外採用や外国人登用が進み、処遇の公平さなど欠点も目立つようになってきた。足りない人材を中途の即戦力で補う例も増えつつある。中西会長は「政府の新ルールで中途採用に不自由が出るのは困る」と述べた。
 政府は新たな就活ルールづくりと別に、こうした雇用全般のあり方を未来投資会議で議論する方針だ。就活のあり方を再構築するには雇用制度全体を見渡す視点が必要になりそうだ。

 俗に年功序列や終身雇用といった語が用いられるわけですが、ここの核心は内部昇進制ということだろうと思います。少々手抜きですが過去エントリを参照させていただくとして、当ブログの2009年5月11日のエントリ「「一度しか来ない列車」でいいのか」(https://roumuya.hatenablog.com/entry/20090511)からの引用です。

 とりあえず現実をみれば、「各ポストの人員の需要が発生したときに随時、」人事異動や内部昇進といった内部労働市場からの調達が行われるわけです。たとえば、人事部に人事課と労務課があり、人事課に採用係と人事係、研修係があるとする。ここで人事課長ポストがあくと、典型的には3人の係長のうちの誰かが昇進する。3人の係長のうち、人事係長だけは採用係長の経験もあり、他の2人は他の係長の経験がないということなら、人事係長が「順当に」人事課長に昇進する。あるいは、将来的な人事部長候補を育てるために、労務課長が人事課長に異動するかもしれません。このように、人材育成機能を持った内部労働市場での調整がまず行われます。そのうえで、組織規模を維持するなら退職者の分は外部から人材を調達しなければなりませんから、それは必要に応じて新卒や中途で採用することになりますが、内部労働市場(人材育成機能)がうまく働いていれば外部から採用するニーズはエントリージョブに集中しますから、これは上で紹介した以前のエントリで説明したようにポテンシャル重視、新卒・第二新卒中心にならざるを得ません。
https://roumuya.hatenablog.com/entry/20090511

 これが10年近く前の2009年5月の話なんですが現在でもそれほど大きく変わってはいないのかなあ。ただ引用でも「内部労働市場(人材育成機能)がうまく働いていれば」という話なので、たとえば新規分野に進出するとか、新技術を採用するとかいった局面で内部調達ができなければ外部からの採用になるわけですね。それが拡大している(とりわけITまわりで)ことは事実だろうと思います。
 とはいえ内部労働市場もまだそれなりに健在なわけではあり、その人材育成力が競争力の源泉だという企業もかなりの割合で存在するだろうと思われます。となるとエントリージョブにポテンシャルの高い人をという採用ニーズも(少子化で若年人口が減少していくこともあり)引き続き旺盛であろうことも明らかだろうと思われ、それがあるかぎり新卒一括採用も早期化も継続せざるを得ないわけです。そして、これは見落としてはならない観点だろうと思うのですが、未熟練の学生を採用して内部育成する新卒一括採用は新卒者こそが最大の受益者なのであり、それはわが国の若年失業率を他国と比較してみれば一目瞭然であるわけです(ただし新卒採用が不調だとその後の問題が大きくなるという面もあり、それが上記引用先エントリの中心的関心です)。
 ということで「就活のあり方を再構築するには雇用制度全体を見渡す視点が必要になりそうだ」から「雇用全般のあり方を未来投資会議で議論する」のだそうですが、現実の問題としてどうしても新卒一括採用をやめたいというのであれば企業の内部育成・内部昇進もやめなければならないわけで、良し悪しは別として可能ですかという話はあろうかと思う。移行コストが高すぎて現実的でないのではないかと。
 一方で漸進的な変化の結果として新卒一括採用のシェアが縮小していく可能性というのはあるのであり、なにかというと日本企業の(特に大企業の)人事管理の特徴はこの内部昇進制、「中卒者でも叩き上げて工場長に」という「青空の見える人事管理」が、いわゆる正社員を対象として非常に広汎な徹底されているところにあるわけです。これは企業組織が拡大を続ける中ではきわめて有効に機能しましたが、長時間労働をはじめ拘束的な働き方になるという弊害もとみに指摘されるところであり、また近年ではつい先日も書いたようにポストの数を適任者の数が上回っているという人事管理の隘路に(もはや慢性的に)直面していることも間違いないからです。
 その対応策として、現状では内部昇進制に乗らない非正規雇用が増加しているわけですがこれにも弊害はあることから、企業横断的な専門職、しかし現行の非正規雇用に較べれば雇用も安定し、緩やかながらキャリアも労働条件も向上していくスローキャリアの雇用形態などが提案されています。こうした働き方が漸進的に拡大していけば、結果として新卒一括雇用のシェアは低下するだろうとは思われます。
 いずれにしても急激な変化は避けて時間をかけて取り組むことが望ましく、労使でしっかり議論しながら進めていくべきものだろうと思います。でまあ今回は未来投資会議でとか言っているわけですが大丈夫かそれで。もともと政治的には短期的な成果がほしかろうと思われるところ、なんかこれに関する中西経団連会長の言動を見ていると短気をおこしてもといスピーディに結論を出したがりそうな印象があって、未来投資会議みたいな労働者代表が入っていない場でやろうというのは危なっかしいことこのうえない。まあおかしなことをやりだしたら連合も黙ってはいないと思いますけどね。現状に問題があることは事実ですし変化していかなければならないことも間違いないわけですが、急いては事をし損じることも確実だろうと思うわけです。

現実は「設備投資か外国人か」ではないのでは?

 週末の日経新聞にこんな記事が掲載されました。

 吉野家ホールディングスが5日発表した2018年3~8月期連結決算は最終損益が8億5000万円の赤字(前年同期は13億円弱の黒字)になった。主力の牛丼店「吉野家」は増収を確保したが、人手不足を背景にした人件費高騰が響いた。吉野家は外食業界のなかでもコスト全体に占める人件費の割合が比較的高く、人件費上昇が業績に与える影響は大きくなっている。安さを売りにした戦略の限界に直面しつつある。
…人手不足に弱い損益構造を考えると、「業績回復には値上げなど、より踏み込んだ策が必要になるのでは」(国内証券アナリスト)との声もある。
吉野家のシステムを支えてきたのは熟練の店長やアルバイトたちだ。…ただ、店舗の運営に優秀な従業員を大量に必要とするビジネスモデルは「高度経済成長期の豊かな労働力を前提にしたもの」(河村社長)だ。…この逆境をどうはね返すのか。模索が続く。
(平成30年10月6日付日本経済新聞朝刊から)

 なかなか力の入った長文の記事であり、上記は大半を省略していますのでぜひオリジナルにお当たりください(現状https://www.nikkei.com/article/DGXMZO36212100V01C18A0TJC000/に掲載あり、有料かもご容赦)。今回中間決算のポイントとしては販売は比較的堅調で売上は増収であり、原材料費の高騰などは売上増で吸収して粗利は確保しているものの、人件費など販管費の負担が重く営業利益は97%減、これに不採算店撤退などにともなう特損を計上したことで赤字転落したということのようです。今後は「キャッシュ・アンド・キャリー」型店舗(配膳・下膳がセルフサービスの店舗)の拡大などに取り組むとのこと。
 さてこの記事に対して自民党の安藤裕衆院議員がこうツイートしておられます。

あんどう裕(ひろし)衆議院議員 @andouhiroshi 10月6日

安い人件費で利益を上げるデフレ経済型のビジネスが終わりを告げようとしている。人手不足に対応して徹底的な処遇改善と人材育成、省力化と設備投資に踏み切るか。デフレ経済型のビジネスに執着して安い人件費を求めて外国人労働者に活路を見出だすか
https://twitter.com/andouhiroshi/status/1048013361324032000

 もちろん前者を採用すべきとのご主張だろうと思いますし私も基本的には同意見です。いっぽうで、こうした「設備投資か外国人か」的な単純な二項対立の議論はよく見かけるように思いますが、なんとなく違和感がありますので以下少し書きたいと思います。
 外食産業における「省力化と設備投資」の好事例としてかねてから有名な例として長崎ちゃんぽんの「リンガーハット」があり、昨年3月にも日経新聞で紹介されていました。

 リンガーハットの店で新たな働き手が活躍している。長崎ちゃんぽんを調理する2つのロボットだ。
 注文をとってから最初に稼働するのが、野菜をいためるドラム型の「自動野菜炒(いた)め機」。キャベツやモヤシ、タマネギなどをいためる時間は1分足らず。ムラなく火を通す。
 野菜の入った鍋はIHヒーターがついた「自動鍋送り機」に乗せられ、右から左に自動で流れる。人が厨房でする作業は、鍋に入れた冷凍麺をひっくり返したり、具材とスープをかき混ぜたりするくらいだ。
 重い中華鍋をふるう負担がなくなったうえ、複数のちゃんぽんを同時につくれるようになった。「昔は1年の修業が必要だったのに、今は1日の研修で済む」。秋本英樹社長は目を見張る。
 ロボットが働く店は全体の9割に達した。設置にそれなりの費用はかかったが、人件費抑制の効果は大きく、2017年2月期の売上高経常利益率は30年ぶりに7%台を突破したもようだ。
 思わぬ副産物もある。ロボ導入は少人数での店舗運営を可能にし、ショッピングモールにあるフードコートへの積極出店を後押しした。フードコート店は右肩上がりで増え、今では全店の過半を占める。
(平成29年3月17日付日本経済新聞朝刊から)

 この取り組みはそれほど最新という話でもなく、2014年には日本生産性本部の企業分析レポート(https://www.jpc-net.jp/analysis_report/ar06_jp.pdf)で詳しく紹介されており、その書きぶりを見るとかなり以前から導入されていたものと推測されます。人手不足感が高まっていった時期であり、機械化でうまく対応した事例といえるでしょう。ちなみにリンガーハットの設備は自社開発のようですが、汎用機化したものもあり(商品名「ロボシェフ」こちらに動画ありhttps://www.mik-net.co.jp/detail/index/id/67/)、これは遅くとも2007年には展示会にプロトタイプが出品されていたようです。ほかにも、麺茹で機とか餃子焼き機とか、探すとあれこれ出てきますね。
 その一方で、上記リンガーハットの企業分析レポートには「同社のパートタイム比率(89.6%/2012年度)が業種平均(79.4%)を大きく上回っている」との記述もあります。業務が省力化されて「重い中華鍋をふるう負担がなくな」り、標準化されて「1日の研修で済む」ようになった結果でありましょう。それに加えて、リンガーハットのウェブサイトにあるパート・アルバイト募集のページ(http://www.ringerhut.co.jp/recruitment_n/part/)をみると「外国人の方も安心の研修システム」との記載があり、外国人パート・アルバイトの採用に積極的であることがわかります。実際、同社の統合報告書(https://www.ringerhut.co.jp/csr/csr/pdf/2018.pdf)をみると「リンガーハットグループでは、944人の外国人社員に対して、店長や外国人講師による勉強会を実施し、指導を行っています」との記載があります。同社ウェブサイトによると同社のパート・アルバイトは正社員の所定労働時間換算で4,859人となっていますので、かなりの比率といえるでしょう。ちなみに食材工場には31人の外国人技能実習生もいるようです。
 ということで、省力化と設備投資の優等生といわれているリンガーハットにおいてすら、起きているのは「設備投資か外国人か」ではなく「設備投資も外国人も」なんですよ。
 たしかに、人手不足には処遇改善と人材育成、省力化と設備投資で対応することが望ましいと私も思います(まあ「徹底的」(笑)かどうかは別として。いやお気持ちはわかります)。とはいえ、「踏み切るか」と、あたかも企業や経営者がその気になれば簡単にできることであるかのように述べ、返す刀で「デフレ経済型のビジネスに執着して安い人件費を求めて外国人労働者に活路を見出だすか」とそうした企業や経営者をバカ扱いすることにはやはり抵抗を感じます(やだねえ「執着」なんて上から目線で)。まあ、そういう企業や経営者もあったりいたりするかもしれません…というか、あったりいたりするのでしょう。ただ、それにはそうならざるを得ない事情というものがあることも多いのです。むしろ「デフレ経済に執着」しているのは値上げに対して消費抑制で臨み値上げを許さない消費者であり、河野外相などのように値上げするなら賃下げせよと主張する政治家https://roumuya.hatenablog.com/entry/20120502/p1https://roumuya.hatenablog.com/entry/20130331/p1)ではないかと思いますし、公務員や議員を減らす数を競ったり給与を抑制しようとしたりどういうデフレ脳かとも思う(すみません安藤先生がそう言っておられるかどうかは知らないのでたぶん言いがかりだと思います)。
 ただまあこれには企業の自業自得だという面もあるかなとは思っていて、なにかというと企業にしても資源価格上昇とか外生的なコストアップが発生した時には価格転嫁を回避するためにあれこれ効率化したり節約したりして吸収してきたわけです。その過程で賞与が減るとか具体的な実害を被る経験をした人も多々いると思われ(まあ業績が悪化しているのでやむを得ないのではあるが)、そういう人にしてみればそんな簡単に値上げするのは許さないぞという話になるのもまあ普通の話だろうなとは思うわけです。これまた労働者は消費者でもあるといういつもの話ですね。
 吉野家に戻りますと、吉野家は価格面では(同業と較べても)かなりがんばっていて(モノが同じではないので単純比較はできませんが牛丼並は吉野家380円、大手同業の相当品は350円、330円)、健康志向などを売りにして比較的高価格・高付加価値な商品展開も進めています。とはいえ人件費がさらに高騰した場合には記事中にもあるように「業績回復には値上げなど、より踏み込んだ策が必要になるのでは」ということになるでしょうが、実際に値上げした場合には、過去を振り返れば牛丼チェーン各社ともに過去値上げ→売上減→値下げというパターンを繰り返しているわけで、今回もまた懲罰的な買い控えが起こる可能性は、経営としては考慮しないわけにはいかないでしょう。吉野家だってすでに外国人アルバイトはかなりの数いるわけですし(わりと最近、アルバイトから正社員登用されて海外展開の仕事をしている吉野家の外国人社員の記事を見た記憶がある)、これからも消費者が吉野家の牛丼には381円以上払うつもりはないんだよと言うのであれば吉野家としても外国人をいっそう頼りにするしかなくなるかもしれません。
 このあたりはまことに悩ましいところで、もちろん人件費アップを価格転嫁したら成り立たなくなるようなビジネスはつぶしてしまえばいいのだというのも一つの考え方だろうとは思います。そんな低価格外食ニーズにこたえることの社会的必要性というのをどう考えるのかという話もありそうですが、そんなものにこたえる必要はないのだという割り切りも十分ありうるだろうとも思います。ただこのあたりは最低賃金などとはまた話が違うだろうとも思われ、景気後退期における貴重な雇用機会を喪失してしまうことになる可能性は考慮する必要があると思われます(逆に言うと最低賃金以下の労働力として外国人に依存しなければならないようなケースは周囲のご迷惑を最小限にしつつ上手にたたむことを考えるべきだろうと思っています)。
 一方で、介護労働のように「そんなものにこたえる必要はない」とそうそう簡単には割り切れない分野というのもあるわけです。現状では介護サービス利用者の支払能力に応じた価格の介護サービスが供給されるべく事実上の公定価格的なものになっていて、それが介護労働者の処遇改善を難しくしており、結果として深刻な人手不足→外国人労働者の導入という議論になっているわけです。これはまさに日本人介護労働者の処遇改善を阻害し・現状の処遇を固定化しかねない話であり、こういうところをなんとかするのが政治家の仕事じゃないかなあ徹底的な処遇改善とかさ。牛丼チェーンの経営に口出しするのも悪いたあ申し上げませんが優先順位としてはどうかと。
 ということで、賃金も価格も需給で(市場原理で)決まるのが基本だとはもちろん思うのですが、本当にそれだけでいいのかは難しいなあと。逆に言えば、相当の専門性のある職業でも大幅な供給過剰であれば最低賃金でいいのだということになってしまいかねないわけですね。たとえば図書館司書の話はこのあたり(https://roumuya.hatenablog.com/entry/20171228/p1)で少し書いたわけですが、司書の処遇改善に使う税金は増やしたくない、知る権利も学ぶ権利もその程度でけっこうですというのが国民の大勢なのであれば、まあ残念だけど仕方ねえなと思うよりないわけです(本が好きな私としてはそれでいいのかと悲しく思うわけですが)。
 最後に誤解なきようもう一度繰り返しておきますが(くどい)、人手不足には処遇改善と人材育成、省力化と設備投資で対応することが望ましいと私も思っておりますので為念。安易に外国人に頼るべきではないとも考えています(以前書いたhttps://roumuya.hatenablog.com/entry/20180713/p1)。ただ、それを企業や経営者が簡単には実行出来ない事情というのもあるんですよと、まあそういう話です。そこで誰がどこでどのように踏み出すのか、というのは、一律ではなく個別の細かい話になるのだろうと思っています。

消費税率の話

 あらかじめお断りしておきますがネタです。今朝の日経新聞から。

 2019年10月の消費増税と同時に導入される軽減税率を巡り、コンビニエンスストアの店内飲食への対応が焦点に浮上してきた。コンビニで販売する飲食料品は税率を8%に軽減する対象になるが、最近はイートインコーナーを設置する店が増えているためだ。小売店でも店内で食べるなら税率は10%になるので、軽減税率で買った食品を顧客が店内で飲食しないよう徹底できるかが課題になりそうだ。
…多くのコンビニが消費増税後もイートインコーナーを続けるとみられるが、コンビニと競合する外食業界には、…軽減税率で買った食品が飲食されることを警戒する声がある。外食は持ち帰り品を除いて税率10%が適用されるので、競争上不利になりかねないためだ。
(平成30年10月5日付日本経済新聞朝刊から)

 正直私は税制のことはよくわからないので感覚的な話に過ぎないのではあるのですが、実は私は消費税を上げてもいい、というか消費税率を10%にしてもいいかなと思うところもあって、なにかというと計算しやすいということなんですね。案外これはバカにならないのではないかという気がしていて、価格×1.08という計算はけっこう面倒なのであまりやる気にならず、結果支払の時になって「案外高いな」という痛税感を感じるということが現状あるのではないか。それに較べると「1割増」というのはかなりイメージしやすいので、かえって痛税感は軽減するのではないか…と思うわけです(まあ、そんなこともないかもしれませんが)。
 したがってこの軽減税率というのは私にとってはまったく余計なシロモノであり、これをやるのであれば私にとって税率10%のメリットは完全に失われてしまうことになります。
 そもそもマクドナルドでハンバーガーとコーヒーとフライドポテトを買ってテイクアウト用の入れてもらったけどやっぱり気が変わって店内で食べることにしましたという人がいたとして、店員さんにそこに行って「もう2%の税金をお預けください」とか言わせるのかねという話はこの話が持ち上がったときからあったわけで、そのあたりいまだに全然解決していないということで、10%はいいとしても軽減税率はやめてほしいなあと思います。
 実際問題、私の周囲で(自分のご商売については増税してほしくないという人ではなく)軽減税率そのものがいいと言ってる人というのは公明党支持者の方くらいしか見当たらず、実際海外の事例を見てもうまくいっている例というのはなく、経済学者はじめ有識者の方々はほぼ大反対というまあサマータイムも真っ青な状況なわけですよ。つかサマータイムのほうはそれでも「やってもいいかもしれないけれど時間をかけて議論と準備をしないとね」という人もそこそこいるのに対して、軽減税率はそのものが否定されているわけで、サマータイムのがまだしもかも知らん。でまあ一度入れてしまったら一律税率に戻すのには多大な政治的労力を要することは目に見えているわけで(まあ増税だしな)、そういう意味でも始末が悪い。財務省も「税の三原則は公平・中立・簡素」と言っているわけですし、まあ現実の税制はおよそ簡素とは言えないわけですが(他のふたつはよく知らん)、しかしここはぜひとも簡素に願いたいところです。つか財務官僚のみなさまも手間がかかる上に税収は減るんだから軽減税率には反対じゃないかなあ。まあそれで増税できるなら仕方ないってところなのかな。
 でまあ経団連はなにやってんだとは、正直思うなあ。以前は経団連も軽減税率には否定的で、少なくとも消費税率10%の段階までは単一税率を維持し、低所得者に対しては簡易な給付措置で対応すべきとの立場でした。このほうがよほどまともな考え方だと思いますが、いつのまにか仕方ないねみたいな感じになって、今では軽減税率でコストアップになるんだから別のところでコストアップさせるなみたいな話になっちゃってるんだからなあ。まあいろんなディールがあってという話なんでしょうが、しかしここに関しては今ひとつ出来が悪いなとは思います。

内閣改造

 月曜(1日)夜のテレ東ワールド・ビジネス・サテライトで内閣改造について報じられているのを見てははあと感じ入った件がありましたのでその後のフォローも含めてご紹介したいと思います。1日夜の段階ではこう報じられました。WBSのウェブサイトから。

…閣僚人事では、柴山総裁特別補佐、石田真敏議員、山本順三議員、岩屋毅議員の初入閣のほか、安倍総理を支える二階幹事長の二階派から吉川貴盛議員、桜田義孝議員、片山さつき議員の三人の初入閣が固まりました。一方、総裁選で争った石破派に所属する齋藤農水大臣は交代。また、沖縄県知事選での敗北を受けた人心一新として福井沖縄北方担当大臣も交代の方向です。安倍総理はすでに麻生副総理兼財務大臣、茂木経済再生担当大臣など主要閣僚の留任をすでに決めていています。
http://www.tv-tokyo.co.jp/mv/wbs/newsl/post_163691/

 翌日(2日)朝刊になると少し情報が増えています。WBSの放送後の情報でも翌日の朝刊に間に合うんですね。

 安倍晋三首相は2日の内閣改造自民党役員人事で総務相石田真敏氏、防衛相に岩屋毅氏、復興相に渡辺博道氏を初入閣させる。
(平成30年10月2日付日本経済新聞朝刊から)

 となっており、記事の3人と留任の6人を除く他の9人は「ポスト未定」と報じられました。ウェブニュースをみるかぎりでは、その後どうやら山下法相、柴山文科相、片山地方創生相の順に決まったように見えます。
 ということでなにがははあかというと、組閣のプロセスとしてまずは「誰が入閣するか」を決め、その後に「どの大臣ポストに起用するか」を決めているわけですね。まことに日本企業のメンバーシップ型人事管理に通じるプロセスだなあと感じ入ったわけです。
 でまあこれに関しては派閥の意向がヘチマとか総裁選の論功行賞が滑った転んだとか論評されていてこれまた日本企業の人事管理こらこらこら、いやそれはどうでもいいんですが、これで適材適所といえるのか、という指摘はそれなりにもっともなもののように思えます。適材適所というからにはそのポストが務まる人を「ポストありき」で任命すべきであり、ポストと無関係にまず人を決める「人ありき」では適材適所にならないのではないか、という話です。
 これについてはしかしそうならざるを得ない事情というのもあるものと思われ、なにかというとポストの数を適任者の数が上回っているといういつもの話です。内閣改造前にはこんな報道もされていたわけで、

 首相は26日、ニューヨークでの記者会見で10月2日に内閣改造・党役員人事をすると表明した。「しっかりとした土台の上にできるだけ多くの皆さんに活躍のチャンスをつくる」と述べた。
 処遇が難しいのが衆院当選5回以上、参院当選3回以上で閣僚経験のない待機組だ。党内に70人あまりいる。前回の2017年8月の改造の際は約60人だった。第2次内閣発足以降「適材適所」の方針の下、経験者を重視してきたため留任や再登板が相次いでいる。
(平成30年9月28日付日本経済新聞朝刊から)

 こういう当選回数で候補者を決めるやり方というのもいかにも年功的ですが、まあひとつの目安にはなるのでしょう。衆院当選5回は連続5回とすると2005年の郵政解散以来になるので、すでに13年の国会議員経験があることになりますし、参議院当選3回は連続3回とすると2013年に3選された人は17年、2016年に3選された人でも14年のキャリアを有することになるわけで、とりあえずこれだけの経験を積めば大臣が務まるように人材育成していますということなのでしょう。まあ本当に質保証に成功しているかについては過去の大臣をみるとちょっと怪しいんじゃねえかという例もこらこらこら、まあ長い間には多数の大臣がいたわけですし大臣候補はもっと多いだろうことを考えれば中にはそういうこともあるのかも知らん。まあいろいろだよな。
 それはそれとしてどんなポストであっても最初から完璧にできるなどということはなかなか考えにくいわけで、大臣のような重責であればますますそうでしょう。人事というのは当然に人材育成の観点が入ってくるわけで、あえてあまり経験のない分野のポストにつけることも往々にしてあります。もちろんこれは厳密な適材適所とは異なるものでしょうが、まあ広義には適材適所のうちだと考えることもできるでしょう(まあ国務大臣の人事がそれでいいのかという議論や、個別にどの程度適任かという話は別途あるだろうと思いますが)。
 加えて人事管理の側面からは「少数のポストに多数の候補」という状況でいかにモチベーションを落とさないかという話はあり、やはりまったくチャンスが得られずにいつまでも候補のままですという人が多くなるのは組織として望ましい状態ではないでしょう。そういう意味では首相が今回の人事について「できるだけ多くの皆さんに活躍のチャンスをつくる」と発言しているのは人事管理の面からはうなずけるところです。でまあそのチャンスをものにして政界でのし上がっていく人というのもいる一方で結果的には大臣の器ではなかったかという人というのもいるわけで、まあこのあたりも民間企業の人事と同じだなと思うわけですが、しかしあまりに不適材不適所な人事になるとその被害を被るのはわれら国民であるというのがツラいところですが…。
 なお今回の個別の人事については私としてはなんとも評価できません。まあ、実際に仕事をしてみての結果で嫌でも評価されるわけなので、それを待つしかないのでしょう。選挙で選ばれて誰に雇われているわけでもない国会議員の世界でも人事ってのは案外企業と似ているもんだなあと思ったので書いてみた、まあははあという話ですね。

「またしても就活ルール騒動」フォロー

 先日のエントリに関して読者の方から情報提供をいただきましたのでフォローを書こうと思います。例の中西経団連会長の「就活ルール見直し」発言ですが、経団連のウェブサイトにある記者会見要録ではこのようになっています。

 経団連が採用選考に関する指針を定め、日程の采配をしていることには違和感を覚える。また、現在の新卒一括採用についても問題意識を持っている。ネットの利用で、一人の学生が何十社という数の企業に応募できるようになった。企業が人材をどう採用し、どう育成していくかということは極めて大事なことであるが、終身雇用、新卒一括採用をはじめとするこれまでのやり方では成り立たなくなっていると感じている。各社の状況に応じた方法があるはずであり、企業ごとに違いがあってしかるべきだろう。優秀な人材をいかに採用するかは企業にとっての死活問題である。
 今後の採用選考に関する指針のあり方については、こうした私の問題意識も踏まえて、経団連で議論することになる。日程のみを議論するのではなく、採用選考活動のあり方から議論したい。その際、就職活動の現状について、学生がどう感じているか、真摯に耳を傾けることも当然だ。
http://www.keidanren.or.jp/speech/kaiken/2018/0903.html

 これを読んだ限りではまあありがちな問題提起ですし、経団連指導力不足を率直に認めている点にはむしろ好感を覚えるわけですが、情報によるとこれは記者の方が中西会長のNewsPicksのインタビュー記事を踏まえた質問をしたことに対する回答だったようです。なんか唐突感があるなあと漠然と思っていたのですが伏線があったのですね。
 さて実は私のNewsPicksに対する評価というのはあまり芳しいものではなく、なにかというと無料試用するにもクレジットカード情報を求められる(放置すると自動的に課金される)というのもあるのですがなにより無料公開されている読者コメントの程度があまり良好でないというのが最大の理由で、いやこの無料のコメントを読んで関心を持った人を有料記事に誘導しようというビジネスモデルなんでしょうがその読者コメントがこれでは有料記事にカネを払う気にはとてもならないねえと思っているわけです。
 でまあ今回はありがたいことに読者の方から記事内容についても情報をご提供いただきましたのでそれをもとにコメントを試みようと思います。まあ有料記事なので一定の配慮は必要かと思いますので若干伝わりにくいものがあろうかと思いますがご容赦ください(なおご提供いただいた情報もたぶん全文ではなく要約ではないかと推測しています)。さて。
 まず就活ルールの話の前段として人事管理の一般論があるのですが、中西氏のご意見というのは、例によって私が雑駁に要約すると以下のようなもののようです。

・年功で自動的に昇進・昇給するのはおかしい。
・社長就任後に社員から「昇進しても賃金が上がらないから昇進しないほうがいい」という声を聞いて危機感を持った。意欲をもって成果を上げたら昇進・昇給する文化をつくるために職種別の市場価格で報酬を支払うグローバルスタンダードを導入した。結果、反論する人は出ず、昇進への意欲が高まった。
・銀行でこうした制度がうまくいくかどうかはわからない。

 「昇進しても賃金が上がらないから昇進しないほうがいい」については、前段(昇進しても賃金が上がらない)は職能資格制度においてはよくある話で、賃金に紐づいている社内資格が変わらないままにポジションが上がるとそうなります。でまあ外部から見れば明らかに昇進であってみな「おめでとう」と祝福し本人も喜んでいることが多いわけですが、賃金が変わらないままに仕事が忙しくなり責任も重くなるというのも事実ではあります。これをみて後段のように思う人もいなくはないでしょう(現実には中期的なキャリアなどを重視して「それでも昇進したい」という人のほうが多かろうとも思いますが)。もちろん逆もあるわけで、まあそういう年齢になったから後進に道を譲りなさいということで管理職ポストを外れたりすると、仕事は一気に楽になるけれど賃金は減りませんという話になるわけだ(でまあそれを喜んでいるかというとそうでもない人の方が多いんじゃないかというのも同じ話です)。
 まあ一長一短ある話なので良し悪しではあり、中西氏も「銀行でどうかはわからん」と言っておられるとおりなのですが、とりあえず日立製作所はじめ電機各社はこれはあまりよろしくないという認識のようで、古くは1990年代後半以降賃金制度の試行錯誤を繰り返してきたことは周知のとおりです。今回のこれもさほど目新しい話ではなく、おそらくは2014年の制度変更のことだろうと思われます(社長就任が2010年なので時期的にも符合します)。具体的には、まだ日経の記事が生きていましたので引用しますと、こういうもののようです。

 日立製作所は26日、国内管理職の約1万1000人を対象に世界共通の基準に沿った賃金制度を10月から導入すると発表した。月例賃金は職務や職責の重さ、賞与は個人業績の目標達成度で決め、年功的な要素は廃止する。重電の世界再編が加速するなか、人材面の国際競争力の向上が狙い。2011年度に着手した世界共通の人事制度の構築がこれで整う。
 新賃金制度は職務や個人業績の評価を反映させる仕組みを全面的に導入する。従来は報酬の約7割が過去の実績をベースとする職能給、残る3割がポストに応じた職位給だった。
 日立は米ゼネラル・エレクトリックや独シーメンスに対抗し優秀な人材を育成・獲得するため、12年度にグループ会社約950社の約25万人の人事情報データベースを構築した。13年度に課長級以上の5万ポストについて職務や職責の大きさを示す格付けを共通化するグローバル・グレード制度を導入。海外ではそれに応じた賃金制度を順次採り入れており、国内にも適用する。
 今後は日立本体からグループ会社に広げるほか、実際に新制度の運用で優秀な人材の獲得や育成につなげられるかが問われることになる。
https://www.nikkei.com/article/DGXLASDZ26H25_W4A920C1EAF000/
(2014/9/26付)

 これ以降に日立さんが賃金制度を大きく変えたという話は(私が知らないだけかもしれませんが)聞いたことはないのでこれが最新という前提で話を進めますと、これは管理職対象の話なので基本的に新卒採用とは無関係のはずです。また、こうした人事管理(一定以上の経営職層についてはグローバルに原則として同一の制度を適用する)は日立・電機のほかグローバルに事業展開している大企業では比較的一般的に見られるものですが、逆にいえばそうでない企業ではあまり見かけない話でもあるわけで、日本企業に一般的に言える話でもないわけです。
 一方でインタビューを読むと中西氏としては新しいこと、従来と違うことに主体的に取り組む人材が不足しているという問題意識があるようであり、それが記者会見での「終身雇用、新卒一括採用をはじめとするこれまでのやり方では成り立たなくなっていると感じている」という発言につながっているフシはあります。新卒一括採用だから人材が画一的になり、従来と違うことはしてはいけないという組織の雰囲気になっているのではないかとう問題意識でしょうか。日立さんとしてはもっと職種限定・職務給的な中途採用を拡大したいとの意図があって「各社の状況に応じた方法があるはずであり、企業ごとに違いがあってしかるべき」という話になるのでしょう。
 ただまあこれは一歩違えば「確立した労働市場慣行を個社の都合に合わせて変えてほしい」という要請にも聞こえてしまうわけで、まあこのあたりは数年前に日本貿易会がいろいろ主張していたことを思い出すような話ではあります(このあたりの話ですねhttps://roumuya.hatenablog.com/entry/20100924/p2。右の検索窓に「日本貿易会」と入れればフォロー記事もみつかると思う)。
 そこで中西氏は就活ルールについて不満を表明されるわけですが、

経団連の指針はやめればいい。なぜ経団連がやらなければいけないかわからない。政府にやってくれと言われるからやっているだけ。
経団連内部でも指針や新卒一括採用そのものに対する不要論が多い。新たな在り方を示すのが経団連の役割。
・私はこの仕事をしたい、と興味を持ったときにその仕事を求めて企業を訪れるというのが本来の就活ではないか。

 まあ上記の経緯で就活スケジュールが後ろ倒しされた際には(結果混乱して翌年また前出しされたわけだが)最終的には安倍首相の要請という形をとっていたわけでさすが日本貿易会の政治力たるものこらこらこら、それで経団連も叩かれたりしていたわけなのでまあ政府に言われて嫌々やってんだよという気分になるのもわからないではありません。ただまあ実際に過去あれこれやった結果なにが起こったかというと中西氏のいわゆる「私はこの仕事をしたい、と興味を持ったときにその仕事を求めて企業を訪れるというのが本来の就活」とは正反対の早期化であり、結果的に学生さんにも学校さんにも多大なご迷惑をかけたわけですよ(現実にはご迷惑をかけた企業の多くは経団連の非会員なので同情しなくもないのですが逆に言えば影響力はそんなもんだということでもある)。このあたり制度を変えることで企業や人々の行動を意図するように変えるというのは非常に難しいといういつもの話だろうと思います。少なくともこれに関しては短期的にはむしろ弊害のほうが強く出るというのが過去の経験であって、したがって大学サイドからは(大筋)従来どおりでお願いしたいという話が出るわけであり(学生さんたちが就活ルール廃止を望んているのかという問題もありますし。まあどちらもあるでしょうが)、経団連がやらないなら行政でやりますかみたいな方向に進んでもいるわけです。
 ということで、とりあえずNewsPicksのインタビューのような趣旨でおやりになるのであれば先般の日本貿易会の際と同様日立さんが独自におやりになればどうですかという話ではなかろうかと思います。もちろん、経団連として望ましい新卒就職の在り方について議論し取りまとめるということは大切な取り組みだろうと思いますし(今のままで問題ないという人も多くないでしょうし)、それを踏まえてルールの変更を働きかけるというなら経団連の役割として非常に理解できる話です。ただまあ(そりゃ会長ですからそれなりの忖度もとい配慮は働くでしょうが)中西氏も銀行に配慮していたように日立さんの意図どおりまとまるかどうかは別の問題であり、また経団連がまとめたところで非会員がそれに納得するかはさらに別の次元の話でしょう。それを考えると(まあ会長が言うのですからそうせざるを得ないというのはわかるのですが)、経団連として就活ルールに関与しなくなるのが本当にいいのかも若干の疑問なしとはしません。さてどうなりますことやら。

日本労働研究雑誌10月号

 (独)労働政策研究・研修機構様から、日本労働研究雑誌10月号をお送りいただきました。いつもありがとうございます。
www.jil.go.jp
 今号の特集はなんと「男性労働」。金野美奈子先生の解題にいわく「労働研究はもともと男性労働研究だったともいえるが,そこでの「男性」はいわば一般的,標準的,規範的働き方を体現する存在にすぎず…従来自明視されてきた前提の変化,働き方モデルの揺らぎが…男性の働き方…組織,家族,社会のあり方はどこへ向かうのか」という問題意識とのことで、たしかに従来の前提がかなりの程度強固であっただけに、その揺らぎのもたらす影響は大きいというか読みにくいものがあるのでしょう。たいへん意欲的な特集であり、寄せられた論文も興味深く、しっかり勉強させていただきたいと思います。その他、巻末の連載にもドイツにおけるデジタル争議(ロボットのストライキの可能性を含む!)を考察した論文の紹介や米国における労働法・労働法研究の衰退と地方政府による補完的取り組みの紹介といった興味深い海外情報が含まれています。
(ところで、はてなダイヤリーにあった「はまぞう」による書籍のリンク挿入はこちらにはないのかな?まあ調べてみよう)

毎月勤労統計調査

 お訊ねをいただきましたので簡単にコメントしたいと思います。もちろん統計については素人で詳細に論じることはできませんのでそのようにお願いします。
 さてこれに関しては先月西日本新聞が「ローテーション・サンプリングに変更したら賃金上昇率が高くなった」みたいな記事を掲載していて何の話だろうと思ったところ案の定追随も続報もなかったのでまあそうだろうなあと思っていたわけですが、西日本新聞の親分(?)格である東京新聞が週末にこんな記事を掲載していたわけです。

 厚生労働省が今年から賃金の算出方法を変えた影響により、統計上の賃金が前年と比べて大幅に伸びている問題で、政府の有識者会議「統計委員会」は28日に会合を開き、発表している賃金伸び率が実態を表していないことを認めた。賃金の伸びはデフレ脱却を掲げるアベノミクスにとって最も重要な統計なだけに、実態以上の数値が出ている原因を詳しく説明しない厚労省の姿勢に対し、専門家から批判が出ている。
 問題となっているのは、厚労省が、サンプル企業からのヒアリングをもとに毎月発表する「毎月勤労統計調査」。今年1月、世の中の実態に合わせるとして大企業の比率を増やし中小企業を減らす形のデータ補正をしたにもかかわらず、その影響を考慮せずに伸び率を算出した。企業規模が大きくなった分、賃金が伸びるという「からくり」だ。
 多くの人が目にする毎月の発表文の表紙には「正式」の高い伸び率のデータを載せている。だが、この日、統計委は算出の方法をそろえた「参考値」を重視していくことが適切との意見でまとまった。伸び率は「正式」な数値より、参考値をみるべきだとの趣旨だ。
 本給や手当、ボーナスを含めた「現金給与総額」をみると、七月が正式の11.6%増に対し参考が0.8%増、六月は正式3.3%増に対し参考1.3%増だった。実態に近い参考値に比べ、正式な数値は倍以上の伸び率を示している。
 厚労省がデータ補正の問題を夏場までほとんど説明しなかった影響で、高い伸び率にエコノミストから疑問が続出していた。統計委の西村清彦委員長は「しっかりした説明が当初からされなかったのが大きな反省点」と苦言を呈した。
 SMBC日興証券の宮前耕也氏は「今年の賃金の伸び率はまったくあてにならない」と指摘した上で「影響が大きい統計だけに算出の方法や説明の仕方には改善が必要」と提言している。 (渥美龍太)
<毎月勤労統計調査のデータ補正> 厚生労働省が一定数の企業を選んで賃金などを聞き取るサンプル調査。対象になった大企業や中小企業の割合は世の中の実態と誤差が出るため、総務省が数年ごとに全企業を調査したデータを反映させ、補正する。賃金の伸びを正確に把握するため、このデータを更新した年は過去の分も補正し、連続性を持たせてきたが、今年は「統計改革の一環」(厚労省)として補正をしていない。その結果、規模が大きい企業の割合が多い2018年と少ない17年を比べることになり、賃金の伸び率が実態よりも大きくなった。
(平成30年9月29日東京新聞朝刊から)

 これに関してはこの分野では最強の専門家である大正大学の高原正之先生がツイッターで連投しておられるのが参考になりますのでまずご紹介します。

Takahara Masayuki @m_takaharasan 9月30日

東京新聞:厚労省の賃金統計「急伸」 実態表さずと認める 政府有識者会議:経済(TOKYO Web) http://www.tokyo-np.co.jp/article/economics/list/201809/CK2018092902000129.html …「サンプル企業からのヒアリングをもとに毎月発表する「毎月勤労統計調査」は誤解を生む。調査票を用いた調査である。
https://twitter.com/m_takaharasan/status/1046221768103522304

Takahara Masayuki @m_takaharasan 9月30日

調査票はこちら。https://www.mhlw.go.jp/toukei/chousahyo/maikin-zenkoku.pdf
(続)
https://twitter.com/m_takaharasan/status/1046222034878058496

Takahara Masayuki @m_takaharasan 9月30日

「政府の有識者会議『統計委員会』」も、妙な表現。統計委員会は統計法に基づき設置されている公式の委員会。権限は強く「有識者会議」というようなものではない。もちろん、委員の方々はご自分の専門分野で有識者ではある。統計法の概要はこちら。http://www.soumu.go.jp/toukei_toukatsu/index/seido/1-1n.htm …(続)
https://twitter.com/m_takaharasan/status/1046223144791494657

Takahara Masayuki @m_takaharasan 9月30日

「規模が大きい企業の割合が多い2018年と少ない17年を比べることになり、賃金の伸び率が実態よりも大きくなった。」これは二重に奇妙。まず、毎月勤労統計で公表しているのは、日本の平均賃金。賃金が相対的に高い大企業(正確には大事業所)に勤める方が多くなれば平均賃金は高くなる。(続)
https://twitter.com/m_takaharasan/status/1046224100241412096

Takahara Masayuki @m_takaharasan 9月30日

実態がそうなったのであれば、平均値や合計を迅速に示す速報統計である毎月勤労統計の平均賃金が高くなるのは当然。大企業に勤めている労働者同士の賃金比較は、構造統計である賃金構造基本統計で見るのが原則。(続)
https://twitter.com/m_takaharasan/status/1046224781950013443

Takahara Masayuki @m_takaharasan 9月30日

この話はかなりややこしく、分かり易く伝えようと努力された結果であるとは思う。(終わり)
https://twitter.com/m_takaharasan/status/1046225541219667968

 さて記者の方はおそらく28日の統計委員会を傍聴して記事を書かれたものと思いますが、その資料や議事録などはまだ公開されていないので現時点ではなんともいえない部分はあります。ただ、こうした政府の会議体については本委員会の前に分科会や部会などで議論が積み上げられていることが多いわけで、この件についてもさる7月12日に開催された統計委員会国民経済計算体系的整備部会で議論されていました(議事・資料はこちら)。
 こちらはすでに議事録も公開されていて、議題はローテーション・サンプリングへの移行状況の確認ですが、当該部分については厚生労働省の担当官が次のように説明しています。

…平成30年1月の入替えでは、入替え時に2,086円の差が生じましたが、この差が生じた要因は、調査対象事業所の入替えだけではありません。
 毎月勤労統計調査では、最新の経済構造を反映するために、経済センサスなど、全数の結果、信頼できる結果、信頼できる常用労働者数が得られた際に、その数字をベンチマーク、ウエートとして使っておりまして、平成30年1月に入替えに合わせまして、ベンチマークも、平成26年の経済センサス‐基礎調査の結果で、更新いたしております。
 平成30年1月に生じた2,086円の差のうち、295円が部分入替えによるものでして、残りの1,791円は、ベンチマークの更新によるものです。具体的には、ベンチマークの更新によりまして、資料の下の方にありますが、5~29人の規模の労働者のウエートが、旧のサンプル、これまでは43.9%でしたものが、ベンチマークの更新によりまして、41.1%に減少いたしました。その分、規模の大きな事業所の労働者の割合が、増加しております。
 規模の小さい事業所は、給与水準が、若干、相対的に低くて、規模が大きい事業所の給与水準は高くなっております。したがいまして、規模の大きな事業所の労働者のウエートが高まることで、平均賃金は高い方に修正されております。
http://www.soumu.go.jp/main_content/000568758.pdf

 ということで、ローテーション・サンプリングへの移行は差が生じた要因としては大きなものではなく、要因として大きかったのは平成26年の経済センサスにもとづくベンチマーク・ウェートの変更であったということのようです。これに関しては、今回の統計委員会と同日付で厚生労働省のウェブサイトに毎月勤労統計:賃金データの見方(平成30年9月28日)という資料が掲載されており、ていねいに説明されています(おそらくは統計委員会でもこれを用いて説明がされたものと推測)。
 さてこの資料をみると、ベンチマークについては過去にも何回か実施されており、今回の対応は過去の例と異なるものではないらしいことが読み取れます。たしかに頻度は低いものの、しかし厚生労働省にとってはルーチンワークを踏襲したものであるとはいえそうです(過去には今回とは逆に変更の結果低い数字が出たこともあったような)。また、上記で引用した7月12日の部会の議事録の中では、中村洋一部会長代理(法政大学理工学部教授)の「ベンチマークの更新は、今回だけでなく、今後5年ごとに行う必要があり」という発言が記録されており、統計委員会の意思としてもベンチマークが継続的に実施されるべきだとされていることがわかります(まあいわば常に実態に即した統計を行うべきだということでしょう)。ちなみに5年に1回ではなく毎年くらいの頻度で現状より精度の高いベンチマークを行う手法についても検討されているようです。
 さて次に記事のいわゆる「参考値」ですが、これは今年1月分から新たに(昨年はなかった)【参考資料】として毎月算出・公表されている「毎月勤労統計における共通事業所による前年同月比の参考提供について」のことを指しています(部会の資料には5月分までしかありませんが、6月、7月の数値も公表されていて厚労省のウェブサイトで確認できます。ちなみに記事は今回高めに出た数字を正式正式と連呼していますが厚労省の公表資料には「正式」なる語はありません)。これは、有効な回答のあった調査対象事業所の中で、昨年同月の調査でもやはり有効な回答のあった事業所だけで集計を行った結果であり、上記部会において厚労省担当者から「共通事業所の集計におきましては、このベンチマークの更新による影響などを除くために、前年比を計算する際には、前年も、当年と同じ労働者ウエートを使って、計算してあります」との説明がなされています(さらに「今後、集計して、公表する系列を、項目としては、例えば、特別に支払われた給与だとか、所定外給与といったもの、項目を増やして、さらに産業別にも増やして、公表していく」ことも表明されています)。
 その背景としては、上記「賃金データの見方」にもあるように、もとより「統計委員会は「『労働者全体の賃金の水準は本系列、景気指標としての賃金変化率は共通事業所を重視していく』ことが適切」としている」ということがあったわけです。そのために「継続標本(共通事業所)による前年同月比」の参考提供もこの1月から実施しているけれど、項目等も増やしてさらにわかりやすく公表していくことが必要だ、という話になっているわけです。
 なお前回(8月28日開催)の統計委員会に提出された資料「「毎月勤労統計」の接続方法及び情報提供に係る統計委員会の評価(案)」においても、今回の対応は標準的かつ適切なものと評価された上で、以下の注文がつけられています。上記「賃金データの見方」はこれに応えて作成されたものでもあるでしょう。

・新旧指数の接続に関する情報提供を円滑に進め、かつ、継続サンプル系列の利用方法に関するユーザーの理解促進を図る。
・このため、総務省(統計委員会担当室)の協力を得て、①新旧指数の接続、②継続サンプル系列の利用方法、などに関する分かりやすい説明資料を作成し、次回の統計委員会に提出する。
http://www.soumu.go.jp/main_content/000571394.pdf

 ということで記者さんはまあ仕方ないとして(失礼)、エコノミストのみなさまがあまりブウブウ言われると厚労省の担当官としては「不十分だったかもしれないけど1月から継続標本の集計結果を提供してますよね…?」と言いたくなるかもしれません(まあ実際サンプル替えによる押し上げ効果に留意が必要、としているレポート類も多々ありますし)。あとこれは私はこの記者さんは本当によくがんばられたなと思うのですが記事の文章自体は(まあ正式を連呼したり「からくり」とか言ってみたりはしているのだが)かなり客観的なものになっていると思います。ところが残念なことに記事に添えられた挿絵がいかにも「国民を欺いている」ことを示唆しようとの意図がありありであーあという感じです。
 というか、ウェブ上をざっと見た限りでもこれについて「官僚が忖度して官邸に都合のいい数字を作った」「統計も恣意的に捏造されている、政府の発表はすべて信用できない」みたいな言説がうじゃうじゃ見つかるわけでみなさん統計をなめすぎだと思います。実際にはローテーション・サンプリングについては3年近く前から検討されていてもっと早くできないのかと言われていたくらいの話であり、ベンチマーク変更も経済センサスの結果発表後サンプル替えにあわせて実施したものであって恣意的に時期が決められたわけではありません。結果が高すぎるという指摘についてもまさに上で見たように統計委員会やその部会においてきちんと検証され評価されて、所要の対応も求められ実施されているわけですよ。特に毎月勤労統計調査は「平成二十五年度労働時間等総合実態調査」とかと違って統計法に定められた基幹統計であって、設計も運用も評価もしっかり行われており、官僚の恣意がそうそう簡単に入りにめるようなものではないはずです。もちろん完璧な統計など望むべくもないわけですし、正直リソーセスに限界のある中でやれることにもやはり限度があるだろうとも思いますが、統計に携わる方々にはこういう雑音に惑わされることなく(まあ惑わされるわけもないとは思うが)、その改善に取り組んでいただくことを期待したいと思います。いや本当に統計はあらゆる政策の基礎ですしね。