現実は「設備投資か外国人か」ではないのでは?

 週末の日経新聞にこんな記事が掲載されました。

 吉野家ホールディングスが5日発表した2018年3~8月期連結決算は最終損益が8億5000万円の赤字(前年同期は13億円弱の黒字)になった。主力の牛丼店「吉野家」は増収を確保したが、人手不足を背景にした人件費高騰が響いた。吉野家は外食業界のなかでもコスト全体に占める人件費の割合が比較的高く、人件費上昇が業績に与える影響は大きくなっている。安さを売りにした戦略の限界に直面しつつある。
…人手不足に弱い損益構造を考えると、「業績回復には値上げなど、より踏み込んだ策が必要になるのでは」(国内証券アナリスト)との声もある。
吉野家のシステムを支えてきたのは熟練の店長やアルバイトたちだ。…ただ、店舗の運営に優秀な従業員を大量に必要とするビジネスモデルは「高度経済成長期の豊かな労働力を前提にしたもの」(河村社長)だ。…この逆境をどうはね返すのか。模索が続く。
(平成30年10月6日付日本経済新聞朝刊から)

 なかなか力の入った長文の記事であり、上記は大半を省略していますのでぜひオリジナルにお当たりください(現状https://www.nikkei.com/article/DGXMZO36212100V01C18A0TJC000/に掲載あり、有料かもご容赦)。今回中間決算のポイントとしては販売は比較的堅調で売上は増収であり、原材料費の高騰などは売上増で吸収して粗利は確保しているものの、人件費など販管費の負担が重く営業利益は97%減、これに不採算店撤退などにともなう特損を計上したことで赤字転落したということのようです。今後は「キャッシュ・アンド・キャリー」型店舗(配膳・下膳がセルフサービスの店舗)の拡大などに取り組むとのこと。
 さてこの記事に対して自民党の安藤裕衆院議員がこうツイートしておられます。

あんどう裕(ひろし)衆議院議員 @andouhiroshi 10月6日

安い人件費で利益を上げるデフレ経済型のビジネスが終わりを告げようとしている。人手不足に対応して徹底的な処遇改善と人材育成、省力化と設備投資に踏み切るか。デフレ経済型のビジネスに執着して安い人件費を求めて外国人労働者に活路を見出だすか
https://twitter.com/andouhiroshi/status/1048013361324032000

 もちろん前者を採用すべきとのご主張だろうと思いますし私も基本的には同意見です。いっぽうで、こうした「設備投資か外国人か」的な単純な二項対立の議論はよく見かけるように思いますが、なんとなく違和感がありますので以下少し書きたいと思います。
 外食産業における「省力化と設備投資」の好事例としてかねてから有名な例として長崎ちゃんぽんの「リンガーハット」があり、昨年3月にも日経新聞で紹介されていました。

 リンガーハットの店で新たな働き手が活躍している。長崎ちゃんぽんを調理する2つのロボットだ。
 注文をとってから最初に稼働するのが、野菜をいためるドラム型の「自動野菜炒(いた)め機」。キャベツやモヤシ、タマネギなどをいためる時間は1分足らず。ムラなく火を通す。
 野菜の入った鍋はIHヒーターがついた「自動鍋送り機」に乗せられ、右から左に自動で流れる。人が厨房でする作業は、鍋に入れた冷凍麺をひっくり返したり、具材とスープをかき混ぜたりするくらいだ。
 重い中華鍋をふるう負担がなくなったうえ、複数のちゃんぽんを同時につくれるようになった。「昔は1年の修業が必要だったのに、今は1日の研修で済む」。秋本英樹社長は目を見張る。
 ロボットが働く店は全体の9割に達した。設置にそれなりの費用はかかったが、人件費抑制の効果は大きく、2017年2月期の売上高経常利益率は30年ぶりに7%台を突破したもようだ。
 思わぬ副産物もある。ロボ導入は少人数での店舗運営を可能にし、ショッピングモールにあるフードコートへの積極出店を後押しした。フードコート店は右肩上がりで増え、今では全店の過半を占める。
(平成29年3月17日付日本経済新聞朝刊から)

 この取り組みはそれほど最新という話でもなく、2014年には日本生産性本部の企業分析レポート(https://www.jpc-net.jp/analysis_report/ar06_jp.pdf)で詳しく紹介されており、その書きぶりを見るとかなり以前から導入されていたものと推測されます。人手不足感が高まっていった時期であり、機械化でうまく対応した事例といえるでしょう。ちなみにリンガーハットの設備は自社開発のようですが、汎用機化したものもあり(商品名「ロボシェフ」こちらに動画ありhttps://www.mik-net.co.jp/detail/index/id/67/)、これは遅くとも2007年には展示会にプロトタイプが出品されていたようです。ほかにも、麺茹で機とか餃子焼き機とか、探すとあれこれ出てきますね。
 その一方で、上記リンガーハットの企業分析レポートには「同社のパートタイム比率(89.6%/2012年度)が業種平均(79.4%)を大きく上回っている」との記述もあります。業務が省力化されて「重い中華鍋をふるう負担がなくな」り、標準化されて「1日の研修で済む」ようになった結果でありましょう。それに加えて、リンガーハットのウェブサイトにあるパート・アルバイト募集のページ(http://www.ringerhut.co.jp/recruitment_n/part/)をみると「外国人の方も安心の研修システム」との記載があり、外国人パート・アルバイトの採用に積極的であることがわかります。実際、同社の統合報告書(https://www.ringerhut.co.jp/csr/csr/pdf/2018.pdf)をみると「リンガーハットグループでは、944人の外国人社員に対して、店長や外国人講師による勉強会を実施し、指導を行っています」との記載があります。同社ウェブサイトによると同社のパート・アルバイトは正社員の所定労働時間換算で4,859人となっていますので、かなりの比率といえるでしょう。ちなみに食材工場には31人の外国人技能実習生もいるようです。
 ということで、省力化と設備投資の優等生といわれているリンガーハットにおいてすら、起きているのは「設備投資か外国人か」ではなく「設備投資も外国人も」なんですよ。
 たしかに、人手不足には処遇改善と人材育成、省力化と設備投資で対応することが望ましいと私も思います(まあ「徹底的」(笑)かどうかは別として。いやお気持ちはわかります)。とはいえ、「踏み切るか」と、あたかも企業や経営者がその気になれば簡単にできることであるかのように述べ、返す刀で「デフレ経済型のビジネスに執着して安い人件費を求めて外国人労働者に活路を見出だすか」とそうした企業や経営者をバカ扱いすることにはやはり抵抗を感じます(やだねえ「執着」なんて上から目線で)。まあ、そういう企業や経営者もあったりいたりするかもしれません…というか、あったりいたりするのでしょう。ただ、それにはそうならざるを得ない事情というものがあることも多いのです。むしろ「デフレ経済に執着」しているのは値上げに対して消費抑制で臨み値上げを許さない消費者であり、河野外相などのように値上げするなら賃下げせよと主張する政治家https://roumuya.hatenablog.com/entry/20120502/p1https://roumuya.hatenablog.com/entry/20130331/p1)ではないかと思いますし、公務員や議員を減らす数を競ったり給与を抑制しようとしたりどういうデフレ脳かとも思う(すみません安藤先生がそう言っておられるかどうかは知らないのでたぶん言いがかりだと思います)。
 ただまあこれには企業の自業自得だという面もあるかなとは思っていて、なにかというと企業にしても資源価格上昇とか外生的なコストアップが発生した時には価格転嫁を回避するためにあれこれ効率化したり節約したりして吸収してきたわけです。その過程で賞与が減るとか具体的な実害を被る経験をした人も多々いると思われ(まあ業績が悪化しているのでやむを得ないのではあるが)、そういう人にしてみればそんな簡単に値上げするのは許さないぞという話になるのもまあ普通の話だろうなとは思うわけです。これまた労働者は消費者でもあるといういつもの話ですね。
 吉野家に戻りますと、吉野家は価格面では(同業と較べても)かなりがんばっていて(モノが同じではないので単純比較はできませんが牛丼並は吉野家380円、大手同業の相当品は350円、330円)、健康志向などを売りにして比較的高価格・高付加価値な商品展開も進めています。とはいえ人件費がさらに高騰した場合には記事中にもあるように「業績回復には値上げなど、より踏み込んだ策が必要になるのでは」ということになるでしょうが、実際に値上げした場合には、過去を振り返れば牛丼チェーン各社ともに過去値上げ→売上減→値下げというパターンを繰り返しているわけで、今回もまた懲罰的な買い控えが起こる可能性は、経営としては考慮しないわけにはいかないでしょう。吉野家だってすでに外国人アルバイトはかなりの数いるわけですし(わりと最近、アルバイトから正社員登用されて海外展開の仕事をしている吉野家の外国人社員の記事を見た記憶がある)、これからも消費者が吉野家の牛丼には381円以上払うつもりはないんだよと言うのであれば吉野家としても外国人をいっそう頼りにするしかなくなるかもしれません。
 このあたりはまことに悩ましいところで、もちろん人件費アップを価格転嫁したら成り立たなくなるようなビジネスはつぶしてしまえばいいのだというのも一つの考え方だろうとは思います。そんな低価格外食ニーズにこたえることの社会的必要性というのをどう考えるのかという話もありそうですが、そんなものにこたえる必要はないのだという割り切りも十分ありうるだろうとも思います。ただこのあたりは最低賃金などとはまた話が違うだろうとも思われ、景気後退期における貴重な雇用機会を喪失してしまうことになる可能性は考慮する必要があると思われます(逆に言うと最低賃金以下の労働力として外国人に依存しなければならないようなケースは周囲のご迷惑を最小限にしつつ上手にたたむことを考えるべきだろうと思っています)。
 一方で、介護労働のように「そんなものにこたえる必要はない」とそうそう簡単には割り切れない分野というのもあるわけです。現状では介護サービス利用者の支払能力に応じた価格の介護サービスが供給されるべく事実上の公定価格的なものになっていて、それが介護労働者の処遇改善を難しくしており、結果として深刻な人手不足→外国人労働者の導入という議論になっているわけです。これはまさに日本人介護労働者の処遇改善を阻害し・現状の処遇を固定化しかねない話であり、こういうところをなんとかするのが政治家の仕事じゃないかなあ徹底的な処遇改善とかさ。牛丼チェーンの経営に口出しするのも悪いたあ申し上げませんが優先順位としてはどうかと。
 ということで、賃金も価格も需給で(市場原理で)決まるのが基本だとはもちろん思うのですが、本当にそれだけでいいのかは難しいなあと。逆に言えば、相当の専門性のある職業でも大幅な供給過剰であれば最低賃金でいいのだということになってしまいかねないわけですね。たとえば図書館司書の話はこのあたり(https://roumuya.hatenablog.com/entry/20171228/p1)で少し書いたわけですが、司書の処遇改善に使う税金は増やしたくない、知る権利も学ぶ権利もその程度でけっこうですというのが国民の大勢なのであれば、まあ残念だけど仕方ねえなと思うよりないわけです(本が好きな私としてはそれでいいのかと悲しく思うわけですが)。
 最後に誤解なきようもう一度繰り返しておきますが(くどい)、人手不足には処遇改善と人材育成、省力化と設備投資で対応することが望ましいと私も思っておりますので為念。安易に外国人に頼るべきではないとも考えています(以前書いたhttps://roumuya.hatenablog.com/entry/20180713/p1)。ただ、それを企業や経営者が簡単には実行出来ない事情というのもあるんですよと、まあそういう話です。そこで誰がどこでどのように踏み出すのか、というのは、一律ではなく個別の細かい話になるのだろうと思っています。