「またしても就活ルール騒動」フォロー

 先日のエントリに関して読者の方から情報提供をいただきましたのでフォローを書こうと思います。例の中西経団連会長の「就活ルール見直し」発言ですが、経団連のウェブサイトにある記者会見要録ではこのようになっています。

 経団連が採用選考に関する指針を定め、日程の采配をしていることには違和感を覚える。また、現在の新卒一括採用についても問題意識を持っている。ネットの利用で、一人の学生が何十社という数の企業に応募できるようになった。企業が人材をどう採用し、どう育成していくかということは極めて大事なことであるが、終身雇用、新卒一括採用をはじめとするこれまでのやり方では成り立たなくなっていると感じている。各社の状況に応じた方法があるはずであり、企業ごとに違いがあってしかるべきだろう。優秀な人材をいかに採用するかは企業にとっての死活問題である。
 今後の採用選考に関する指針のあり方については、こうした私の問題意識も踏まえて、経団連で議論することになる。日程のみを議論するのではなく、採用選考活動のあり方から議論したい。その際、就職活動の現状について、学生がどう感じているか、真摯に耳を傾けることも当然だ。
http://www.keidanren.or.jp/speech/kaiken/2018/0903.html

 これを読んだ限りではまあありがちな問題提起ですし、経団連指導力不足を率直に認めている点にはむしろ好感を覚えるわけですが、情報によるとこれは記者の方が中西会長のNewsPicksのインタビュー記事を踏まえた質問をしたことに対する回答だったようです。なんか唐突感があるなあと漠然と思っていたのですが伏線があったのですね。
 さて実は私のNewsPicksに対する評価というのはあまり芳しいものではなく、なにかというと無料試用するにもクレジットカード情報を求められる(放置すると自動的に課金される)というのもあるのですがなにより無料公開されている読者コメントの程度があまり良好でないというのが最大の理由で、いやこの無料のコメントを読んで関心を持った人を有料記事に誘導しようというビジネスモデルなんでしょうがその読者コメントがこれでは有料記事にカネを払う気にはとてもならないねえと思っているわけです。
 でまあ今回はありがたいことに読者の方から記事内容についても情報をご提供いただきましたのでそれをもとにコメントを試みようと思います。まあ有料記事なので一定の配慮は必要かと思いますので若干伝わりにくいものがあろうかと思いますがご容赦ください(なおご提供いただいた情報もたぶん全文ではなく要約ではないかと推測しています)。さて。
 まず就活ルールの話の前段として人事管理の一般論があるのですが、中西氏のご意見というのは、例によって私が雑駁に要約すると以下のようなもののようです。

・年功で自動的に昇進・昇給するのはおかしい。
・社長就任後に社員から「昇進しても賃金が上がらないから昇進しないほうがいい」という声を聞いて危機感を持った。意欲をもって成果を上げたら昇進・昇給する文化をつくるために職種別の市場価格で報酬を支払うグローバルスタンダードを導入した。結果、反論する人は出ず、昇進への意欲が高まった。
・銀行でこうした制度がうまくいくかどうかはわからない。

 「昇進しても賃金が上がらないから昇進しないほうがいい」については、前段(昇進しても賃金が上がらない)は職能資格制度においてはよくある話で、賃金に紐づいている社内資格が変わらないままにポジションが上がるとそうなります。でまあ外部から見れば明らかに昇進であってみな「おめでとう」と祝福し本人も喜んでいることが多いわけですが、賃金が変わらないままに仕事が忙しくなり責任も重くなるというのも事実ではあります。これをみて後段のように思う人もいなくはないでしょう(現実には中期的なキャリアなどを重視して「それでも昇進したい」という人のほうが多かろうとも思いますが)。もちろん逆もあるわけで、まあそういう年齢になったから後進に道を譲りなさいということで管理職ポストを外れたりすると、仕事は一気に楽になるけれど賃金は減りませんという話になるわけだ(でまあそれを喜んでいるかというとそうでもない人の方が多いんじゃないかというのも同じ話です)。
 まあ一長一短ある話なので良し悪しではあり、中西氏も「銀行でどうかはわからん」と言っておられるとおりなのですが、とりあえず日立製作所はじめ電機各社はこれはあまりよろしくないという認識のようで、古くは1990年代後半以降賃金制度の試行錯誤を繰り返してきたことは周知のとおりです。今回のこれもさほど目新しい話ではなく、おそらくは2014年の制度変更のことだろうと思われます(社長就任が2010年なので時期的にも符合します)。具体的には、まだ日経の記事が生きていましたので引用しますと、こういうもののようです。

 日立製作所は26日、国内管理職の約1万1000人を対象に世界共通の基準に沿った賃金制度を10月から導入すると発表した。月例賃金は職務や職責の重さ、賞与は個人業績の目標達成度で決め、年功的な要素は廃止する。重電の世界再編が加速するなか、人材面の国際競争力の向上が狙い。2011年度に着手した世界共通の人事制度の構築がこれで整う。
 新賃金制度は職務や個人業績の評価を反映させる仕組みを全面的に導入する。従来は報酬の約7割が過去の実績をベースとする職能給、残る3割がポストに応じた職位給だった。
 日立は米ゼネラル・エレクトリックや独シーメンスに対抗し優秀な人材を育成・獲得するため、12年度にグループ会社約950社の約25万人の人事情報データベースを構築した。13年度に課長級以上の5万ポストについて職務や職責の大きさを示す格付けを共通化するグローバル・グレード制度を導入。海外ではそれに応じた賃金制度を順次採り入れており、国内にも適用する。
 今後は日立本体からグループ会社に広げるほか、実際に新制度の運用で優秀な人材の獲得や育成につなげられるかが問われることになる。
https://www.nikkei.com/article/DGXLASDZ26H25_W4A920C1EAF000/
(2014/9/26付)

 これ以降に日立さんが賃金制度を大きく変えたという話は(私が知らないだけかもしれませんが)聞いたことはないのでこれが最新という前提で話を進めますと、これは管理職対象の話なので基本的に新卒採用とは無関係のはずです。また、こうした人事管理(一定以上の経営職層についてはグローバルに原則として同一の制度を適用する)は日立・電機のほかグローバルに事業展開している大企業では比較的一般的に見られるものですが、逆にいえばそうでない企業ではあまり見かけない話でもあるわけで、日本企業に一般的に言える話でもないわけです。
 一方でインタビューを読むと中西氏としては新しいこと、従来と違うことに主体的に取り組む人材が不足しているという問題意識があるようであり、それが記者会見での「終身雇用、新卒一括採用をはじめとするこれまでのやり方では成り立たなくなっていると感じている」という発言につながっているフシはあります。新卒一括採用だから人材が画一的になり、従来と違うことはしてはいけないという組織の雰囲気になっているのではないかとう問題意識でしょうか。日立さんとしてはもっと職種限定・職務給的な中途採用を拡大したいとの意図があって「各社の状況に応じた方法があるはずであり、企業ごとに違いがあってしかるべき」という話になるのでしょう。
 ただまあこれは一歩違えば「確立した労働市場慣行を個社の都合に合わせて変えてほしい」という要請にも聞こえてしまうわけで、まあこのあたりは数年前に日本貿易会がいろいろ主張していたことを思い出すような話ではあります(このあたりの話ですねhttps://roumuya.hatenablog.com/entry/20100924/p2。右の検索窓に「日本貿易会」と入れればフォロー記事もみつかると思う)。
 そこで中西氏は就活ルールについて不満を表明されるわけですが、

経団連の指針はやめればいい。なぜ経団連がやらなければいけないかわからない。政府にやってくれと言われるからやっているだけ。
経団連内部でも指針や新卒一括採用そのものに対する不要論が多い。新たな在り方を示すのが経団連の役割。
・私はこの仕事をしたい、と興味を持ったときにその仕事を求めて企業を訪れるというのが本来の就活ではないか。

 まあ上記の経緯で就活スケジュールが後ろ倒しされた際には(結果混乱して翌年また前出しされたわけだが)最終的には安倍首相の要請という形をとっていたわけでさすが日本貿易会の政治力たるものこらこらこら、それで経団連も叩かれたりしていたわけなのでまあ政府に言われて嫌々やってんだよという気分になるのもわからないではありません。ただまあ実際に過去あれこれやった結果なにが起こったかというと中西氏のいわゆる「私はこの仕事をしたい、と興味を持ったときにその仕事を求めて企業を訪れるというのが本来の就活」とは正反対の早期化であり、結果的に学生さんにも学校さんにも多大なご迷惑をかけたわけですよ(現実にはご迷惑をかけた企業の多くは経団連の非会員なので同情しなくもないのですが逆に言えば影響力はそんなもんだということでもある)。このあたり制度を変えることで企業や人々の行動を意図するように変えるというのは非常に難しいといういつもの話だろうと思います。少なくともこれに関しては短期的にはむしろ弊害のほうが強く出るというのが過去の経験であって、したがって大学サイドからは(大筋)従来どおりでお願いしたいという話が出るわけであり(学生さんたちが就活ルール廃止を望んているのかという問題もありますし。まあどちらもあるでしょうが)、経団連がやらないなら行政でやりますかみたいな方向に進んでもいるわけです。
 ということで、とりあえずNewsPicksのインタビューのような趣旨でおやりになるのであれば先般の日本貿易会の際と同様日立さんが独自におやりになればどうですかという話ではなかろうかと思います。もちろん、経団連として望ましい新卒就職の在り方について議論し取りまとめるということは大切な取り組みだろうと思いますし(今のままで問題ないという人も多くないでしょうし)、それを踏まえてルールの変更を働きかけるというなら経団連の役割として非常に理解できる話です。ただまあ(そりゃ会長ですからそれなりの忖度もとい配慮は働くでしょうが)中西氏も銀行に配慮していたように日立さんの意図どおりまとまるかどうかは別の問題であり、また経団連がまとめたところで非会員がそれに納得するかはさらに別の次元の話でしょう。それを考えると(まあ会長が言うのですからそうせざるを得ないというのはわかるのですが)、経団連として就活ルールに関与しなくなるのが本当にいいのかも若干の疑問なしとはしません。さてどうなりますことやら。