NHKスペシャル“中流危機”を越えて

 ということで見逃し配信を視聴しましたよ。9月18日に放送された表題の番組です。まずもって申し上げますと想像以上にいい内容の番組で、時間の無駄になりそうだとか書いてNHKに謝らないといかん。まことに申し訳ございませんでした(←見てないと思うけど)。JILPTとの共同調査も随所で効果的に使用されており、きちんとした研究機関・研究者と組んで調査するという姿勢も立派なものと思います(番組中では駒村康平先生が解説を務めておられます)。明日(9/25)第2回があるらしいのでそれを見てからとも思ったのですが放送時には視聴できそうもなく録画視聴になりそうなので現時点での感想を書いておきます。
 特にいいと思った点を先に書いておきたいと思いますが、私が先日「「この25年で約130万円減少」ってかなりの部分は高齢化と世帯人員の減少で説明できるんじゃねえかとか思う」と書いた点については、ちゃんと「単身世帯、高齢世帯、非正規雇用の増加の影響がある」とエクスキューズされておりました。もちろんその影響を除いてどうなのか、が知りたいところではあるのですが、これはJILPTが追加的に検証されることを期待したいと思います(というか、たぶんすでに誰かが調べているだろうと思うので探してみよう)。
 若年層で投資への関心が高まっていることを紹介しているのも非常にいいなと思ったところで、まあ別にセミナーに行くまでもなくGPIFが買っているような堅めのETFとかをドルコスト平均法で買い増していくくらいのシンプルなオペレーションでもけっこうな利回りは得られるでしょう。それで将来に対する不安が軽減されるのであればマクロ経済にも有益なはずです。行政もNISAとかidecoとかやってるわけですよ。
 そしてもっとも感心したのは、政労使のさまざまな取り組みは1990年代後半に始まっていたということを、「政労使」「1990年代」の2点でしっかり押さえていたところです。この時期に労使がみずから「賃金より雇用」を選択したわけで、雇用を守るためであれば賃金の抑制はやむなしとしたわけです。番組では具体的には紹介されませんでしたが賞与の減少(ここにかなりの弾力性がある)と中高年の賃金抑制(いわゆる「成果主義」など)、団塊世代の定年(再雇用時に大幅な賃金減)でコストダウンをはかりつつ、非正規雇用比率を上げ、しかし正社員の基本的な生計費である月例賃金については維持してきた(ベアゼロでも定昇は実施してきたので個人レベルでは昇給は続いた)わけですね。そういう意味では、もう一つ非常に感心したのは「ジョブ型」というバズワードが使われていないところで、まあこれは駒村康平先生やJILPT(濱口所長)が監修しているので当然かもしらん。
 ただまあそれが「その大きな要因が“企業依存システム”、社員の生涯を企業が丸抱えする雇用慣行の限界だった」という話になるのかというとやや疑問の点もあるわけで、まあこうした雇用と月例賃金を守る労使関係を“企業依存システム”と呼びたいのであればそれはご自由ですが、それを放棄して解雇やら賃下げやらをジャンジャンやれは世帯所得の中間値が505万円を維持できたのかというとそうも思えないわけです。いやもちろん「技術革新が進む世界の潮流に遅れ、稼げない企業・下がる所得・消費の減少、という悪循環から脱却できずにいる」ということで、“企業依存システム”をやめれば労働移動が起きて技術革新が進んで企業は増益所得も増加という話なのかもしれませんし、実際番組の最後はそんな話になってはいます。
 とはいえ紹介されている企業事例をみると、一つは銅線を使ったガス溶接の高度技能に強みのある部品メーカーさんなのですが、結局なにがネックかというと価格競争なのですね。番組中でも、価格競争を起点に企業減益、人への投資減、イノベーション起こらず賃金上がらずというパスが紹介されていて、やはり価格競争をなんとかしないとどうにもならない部分が大きいのではないでしょうか(このあたり第2回で踏み込んでくれるとうれしい)。番組中でもこの会社の社長さんが「かつては10万円以上したエアコンが今は3万円」とかいう話をしているわけで、いや10万円以上のエアコンが3万円になるってこれをイノベーションと言わずして何というのかと思うわけですよ。景気循環や経済成長につながっていないからイノベーションではないというのかもしれませんが、それはなぜかというと成果が価格競争のために企業の手元に残らず利益も上がっていないからではないかと思うわけで、これって雇用システムでどうこうできる話じゃないよねえと。やれるとしたら“企業依存システム”をいじるのではなく賃金引き上げを通じて、という可能性はありそうなので、まあ第2回は「賃金アップの処方箋」らしいので期待して待ちますか。番組中でも内部留保がどうこうという話が出てきて、もちろん内部留保が全部企業の金庫や銀行口座にキャッシュであるわけではありませんが、しかし投資先のない資金は従業員に配分すればいいのではないかとは私も思う(これも過去さんざん書いた)。
 ちなみに“企業依存システム”に関してはもう1社紹介されていて、不採算分野から撤退した電機メーカーの事例なのですが、かつての主力事業をたたんで700人くらい人員整理をする一方で、新規事業分野に意欲的に進出して事業構造転換をはかっているという話です。ただまあ新規事業分野では総合商社からの転職者など3割が中途入社ということなのですが、それってそんなに珍しいことなのかしら。入社20年のエンジニアが職種転換して新規分野の開発に従事しているという事例も紹介されていましたが、これも日本企業が古くから営々と取り組んできたことだよねえとも思う。まあそれでうまくいくなら大いにけっこうなことかと思いますが。
 ということで第1回の結論についてなのですが、ここはちょっと絵がないと書きにくいので権利関係などなにかと問題があるとは思うもののツイッターに上げさせていただきました。不都合あればご連絡いただければ削除します。


 まあありがちな図で、雇用を流動化させて成長産業に人材を移せという話です。ここでも繰り返し書いているように、私は「成長産業に魅力的な雇用機会がたくさんあるなら言われなくても労働者は移動するよねえ」と思っているわけですが、“企業依存システム”が魅力的すぎるせいで動かないのだという考え方もあるのでしょう。まあ成長産業に移ればこの先賃金も生活水準も上がるというのであればこういう「成長企業への移動が階段を上る」絵を描いてもいいとは思う。
 ただもちろん、すべての場合でそうなるという保証もないわけで、移動したはいいけれど思いのほかでやはり元の企業にいたほうがよかったという人も一定数出てくることは避けられません。それについてはこの絵では階段から落ちる人で表現されており、転職先の成長企業を退職して失業者になるようなケースが想定されているわけですね。でまあ駒村先生ですから「そういう人が路頭に迷うことがあってはならないからセーフティネットを準備すべき、これは政府の役割」とおっしゃるわけです。もちろん有力なご意見と思います。
 たたここで考えないといけないなと思うのが、セーフティネットが(移動前の)企業よりかなり下に描かれている点で、まあ現実問題としてはそうならざるを得ないでしょうが、「中流」相当のセーフティネットを準備することはかなり難しいだろうということでしょう。番組中で「子ども3人にそれぞれ個室のある一戸建て」が「中流」だ、というような紹介もあったわけですが、その水準のセーフティネットは不可能と言わざるを得ないと思うわけです。なお脱線しますが番組では「生活水準が親世代を上回れない」ことを重視しているわけですが、たしかに親世代は子どもの数だけ個室のある持ち家に住んでいたかもしれませんが(特に東京以外では)、しかしスマートフォンもインターネットもなく、小画面のブラウン管テレビに高いおカネを支払っていたわけで、失われた部分だけを見て「中流」ではなくなったという評価をすることはもう少し慎重であってもいいように思った。すみません脱線しました。
 ということで、理想的に言えばセーフティネット上にいる人もすぐに階段上に復帰できるようにキャリア自律と政策支援をはかるべきだという話になるのでしょうが、やはり重要なのは経済成長でしょう。なんかこの手の議論をする人は成長産業に人材が移動しさえすれば経済成長するのだという前提で話をされることが多いように思いますが(私もそうあってほしいとは思いますが)それほど簡単な話とも思えず、こちらの支援がより重要なのではないかと思いました。何度も書きますが、成長企業が本当に成長企業で魅力的な職場であれば、人材は自発的に移動するだろうと思うからです。

 
 

ビジネスガイド10月号

 (株)日本法令様から、『ビジネスガイド』10月号(通巻924号)をお送りいただきました。いつもありがとうございます。

 今号の特集は「男女の賃金差異開示義務化/副業・兼業ガイドライン改定制度解説&実務対応」と「改正育児・介護休業法Q&A/社保料免除」で、いつも思うのですが毎月毎月新しい仕事が増えて担当者は大変だろうと同情に絶えません。その分この手の業界誌の役割も大きいということでしょうか。
 八代尚宏先生の連載「経済学で考える人事労務社会保険」は「外国人労働者政策の転換」を取り上げています。今年の7月に古川前法相が「特定技能制度・技能実習制度に係る勉強会」での検討を受けて「(特定技能・技能実習)両制度の、特に技能実習制度の見直しを本格的に検討する」と表明したことを受けて、今後の外国人労働政策の方向性を論じておられます。その上で、具体的には(おおざっぱにまとめると)技能実習制度を廃止し、特定技能制度の「一定の日本語能力が必要」という要件を維持しつつ未熟練労働者にまで対象を拡大し、たとえば3年以内に現行特定技能制度が対象としている「中度人材」としての資格を得られればその後の長期滞在を認めることを提案し、外国人雇用の規整のための「外国人雇用法」の制定を提言しておられます。古川前法相は官房長官法務大臣が共同議長となっている「外国人材の受入れ・共生に関する関係閣僚会議」の下に有識者会議を設けて検討する考えを示していましたが、残念ながら葉梨法相に交替したこともあってか、その後の議論は進んでいるようには見えません(まあ私が知らないだけで霞が関の中では検討が進んでいるとは思いますが)。意見の分かれるテーマであるだけに、今後の動向を注視したいところです。大内伸哉先生のロングラン連載「キーワードからみた労働法」は今号特集のメインテーマともなっている「男女賃金格差情報開示義務」が取り上げられ、その解説にはじまって情報開示義務の機能や規制手法としての情報開示、他の方法と比較した格差是正手段としての効果、情報開示を受ける国民の判断能力の向上などが論じられています。

中流の暮らし(2)

 昨日の続きです。JILPTのなかの先生にご教示いただいたところクロ現ではなくNHKスペシャルであり、2回特集のうち1回めはすでに放送済とのことでした(
“中流危機”を越えて 「第1回 企業依存を抜け出せるか」 - NHKスペシャル - NHK、台風の影響で放送日が変更になったとか。なるほど放送に合わせてプレスリリースされたのでしょう)。2回めは9月25日のようです。いわく「かつて一億総中流と呼ばれた日本で、豊かさを体現した所得中間層がいま、危機に立たされている。世帯所得の中央値は、この25年で約130万円減少。その大きな要因が“企業依存システム”、社員の生涯を企業が丸抱えする雇用慣行の限界だった。技術革新が進む世界の潮流に遅れ、稼げない企業・下がる所得・消費の減少、という悪循環から脱却できずにいる。厳しさを増す中流の実態に迫り、解決策を模索する2回シリーズ。」だそうですよ。
 いや「この25年で約130万円減少」ってかなりの部分は高齢化と世帯人員の減少で説明できるんじゃねえかとか思うわけですが(良し悪しは別として)、それはそれとしてJILPTとNHKの共同調査の続きに戻りましょう。
 さて昨日ご紹介した前半とは異なり、後半は「中流」や所得からは少し離れて「意識」の調査がメインになってきます。まず「努力に対する考え」というのが来て、「日本では、努力さえすれば誰でも豊かになることができると思うか」への回答は「どちらかと言うと思わない」(47.7%)がもっとも高く、次いで「どちらかと言うと思う」(31.5%)、「全く思わない」(17.9%)、「強く思う」(3.0%)の順となっており、約3分の2では努力しても豊かになれないと考えているとの結果のようです。女性より男性、無配偶より有配偶、高卒等より大卒等、低年収より高年収のほうがより「なれる」と思っている割合が高いのはまあ予想どおりですが、収入を除くとそれほど目立った差とはいえない感じです(年収に関してはさすがに200万円未満と600万円以上で20%ポイントの差がある)。
 年齢階層別に見ると20代は45%と半数近くが「なれる」と考えていて頼もしいのですが、30代で4割に低下、40代以降は3割程度で横ばいであり、まあ年齢を重ねるにつけ人生の理不尽に遭遇して40代にはだいたい勝負がつくという、まあそんな感じでしょうか。就業形態別で面白いのは自営業者のほうが正社員より「なれる」が多く、またこれについては非正規・フリーランスのほうが無業者より「なれる」が多くなっています。こういうことを書くと激しく怒られそうな気もしなくはないのですが無業者については努力より「結婚運」が豊かさを左右することを実感している人たちがいるいうことではないでしょうか。
 次に「よい人生を送るための条件としてもっとも重要なこと」というのが5択できて、「真面目に努力すること」が46.1%で最多、次いで「よい教育を受けられること」が16.7%、「人脈やコネに恵まれること」が15.5%、「景気のいい時代に生まれ育つこと」が14.8%、「親の収入や学歴が高いこと」が6.9%という結果になっています。いや「真面目に努力」もなかなか健闘しているなと私は思うのですが、このあたりNスぺさんのご見解はどうなのかしら。女性より男性、無配偶より有配偶のほうが努力重視なのは想定どおりですが、学歴別にみると高卒等のほうが大卒等より明らかに努力重視となっています。でまあその差はどこで出ているかというともっぱら「よい教育」となっていて、高学歴者はそれなりに自らの学歴が恵まれているということに自覚的なようです。年収でみると600万円以上は52%と努力重視が多いのですが、それ以下の年収階層では40%台なかばでほとんど違いが見られないのも興味深いところです。あと目立つ結果としては「人脈やコネ」について無配偶18.5%に対して有配偶13.0%と大差がついているのはああという感じですし、若年層になるほど「真面目に努力」が少ないのに応じて「人脈やコネ」が多くなっているのもまあねえという感じです。これは時代背景によるものなのか単に結果が出てしまった人とこれからの人の違いなのか(まあ両方あるだろうと思う)、追加的な分析が期待されるところです。
 あと、例の「景気のいい時代に生まれ育つ」をみると実は性別、学歴、年齢による違いはあまりなく、差が出ているのが無配偶(16.6%)と有配偶(13.3%)、正規(14.0%)と非正規・フリーランス(17.3%)で、特に後者は「努力」の評価にあまり差がない(45.1%と44.6%)のもうーんという感じです。
 次がいよいよ中流危機とか中間層崩壊とかいう話のメインディッシュだろうと思うのですが「親より経済的に豊かになれると思うか」で、結果は「なれると思う」が 18.6%、「同じくらいの豊かさになると思う」が 27.7%と、計46.3%が同等以上は確保できると案外に強気であり、弱気な「なれないと思う」は36.2%にとどまっています(「分からない」は 17.5%)。まあ「かつて一億総中流と呼ばれた日本」であれば大半が強気だっただろうと思われるわけで、それに較べれば楽観できませんねと言われればそのとおりかもしれません。
 ここでも目立っているのは有配偶と無配偶の差で、有配偶では54.7%と過半が強気なのに対し、無配偶では36.1%にとどまっています。これには年齢の違いによる部分もありそうですが、年齢階級別にみると40代を底にして若年層と高齢層が強気になっているのでそれほど大きな影響はなさそうです。
 さらにこの設問に関しては「15 歳時の家庭の世帯年収階級別」という他にはない集計もされていて、これは回答者の半数以上が「わからない」と回答しているのですが、回答があった人を集計すると15 歳時の家庭の世帯年収が高いほど「なれると思う」割合が低くなり、「なれないと思う」割合は高くなるという結果が出ていて、どうやら「富める者はますます富み、貧しきものはますます貧しく」とは必ずしもなっていないといえそうです(まあ順当な結果だと思うのですが違うのでしょうか)。
 重ねてここでは「卒業時の労働市場の状況別」という集計もあり、20~24 歳の若年層の完全失業率が 7.5%を超えた年を「雇用状況が厳しい年」として、そこで卒業した人(全体の約1/4が該当)とそうでない人とで意識の違いを確認しています。結果をみると「厳しい年に卒業」では強気32.1%に対して弱気41.6%、そうでない人は強気48.0%に対して弱気34.7%という結果になっており、新卒就職時の雇用情勢の影響はかなりあるように見えます。これは就業形態別集計の正規と非正規・フリーランスの結果とよく似ていて、「雇用状況が厳しい年」に卒業した人に非正規・フリーランスが実際に多いのか、といったところの分析を見てみたいように思います。
 「なれないと思う」と回答した人にはその理由についても聞いていて、「親の時代と景気が異なるから」が 60.9%、「親とは就業先の給与水準が異なるから」が41.9%、「親に比べて、生活コストが上がっているから」が 39.1%、「親とは雇用形態が異なるから」30.3%という結果になっています。まあ数十年にわたって経済成長率が低下・低迷を続けているわが国においては妥当な結果といえましょう。「就業先の給与水準が異なる」は賃金が上がらないのが悪いと言いたいのかなあ。これはよくわかりません。
 最後は親より経済的に豊かになれるか、なれないかと、ここまでの価値観とのクロス集計で、まず「日本では努力さえすれば誰でも豊かになることができる」に関しては、強気な人は43-44%が肯定的なのに対して弱気な人は26%、「よい人生を送るための条件としてもっとも重要なこと」として「真面目に努力すること」をあげた人は強気な人では52-53%なのに対して弱気な人は38.5%、その分、「人脈やコネに恵まれる」「景気のいい時代に生まれ育つ」が明らかに多くなっています。まあ情においてうなずける結果と申せましょうか。社会との関わりについても強気な人ほど積極的、成功者に対する感情も強気な人はそれを見て発奮するのに対し弱気な人は羨望するという傾向があるようです。
 ということでプレスリリースのヘッダーは昨日ご紹介したように「 「中流の暮らし」を送るのに必要な年収を 600 万円以上とする割合が高く、過半数(55.7%)は「中流より下の暮らしをしている」と回答。4割弱は「親より経済的に豊かになれない」と考えており、そうした個人は「日本では、努力さえすれば誰でも豊かになれる」という考えに否定的な傾向」というもので、JILPTにしてはだいぶん価値判断をともなうものになっていますが、まあこれはNHKさんのご意向ということでしょうか。Nスぺは見逃し配信もあるようですが、さて見てみようか、どうしたものか。時間の無駄になりそうな予感もひしひしとする(失礼)のではありますが…。

中流の暮らし(2)

 昨日の続きです。JILPTのなかの先生にご教示いただいたところクロ現ではなくNHKスペシャルであり、2回特集のうち1回めはすでに放送済とのことでした(
“中流危機”を越えて 「第1回 企業依存を抜け出せるか」 - NHKスペシャル - NHK、台風の影響で放送日が変更になったとか。なるほど放送に合わせてプレスリリースされたのでしょう)。2回めは9月25日のようです。いわく「かつて一億総中流と呼ばれた日本で、豊かさを体現した所得中間層がいま、危機に立たされている。世帯所得の中央値は、この25年で約130万円減少。その大きな要因が“企業依存システム”、社員の生涯を企業が丸抱えする雇用慣行の限界だった。技術革新が進む世界の潮流に遅れ、稼げない企業・下がる所得・消費の減少、という悪循環から脱却できずにいる。厳しさを増す中流の実態に迫り、解決策を模索する2回シリーズ。」だそうですよ。
 いや「この25年で約130万円減少」ってかなりの部分は高齢化と世帯人員の減少で説明できるんじゃねえかとか思うわけですが(良し悪しは別として)、それはそれとしてJILPTとNHKの共同調査の続きに戻りましょう。
 さて昨日ご紹介した前半とは異なり、後半は「中流」や所得からは少し離れて「意識」の調査がメインになってきます。まず「努力に対する考え」というのが来て、「日本では、努力さえすれば誰でも豊かになることができると思うか」への回答は「どちらかと言うと思わない」(47.7%)がもっとも高く、次いで「どちらかと言うと思う」(31.5%)、「全く思わない」(17.9%)、「強く思う」(3.0%)の順となっており、約3分の2では努力しても豊かになれないと考えているとの結果のようです。女性より男性、無配偶より有配偶、高卒等より大卒等、低年収より高年収のほうがより「なれる」と思っている割合が高いのはまあ予想どおりですが、収入を除くとそれほど目立った差とはいえない感じです(年収に関してはさすがに200万円未満と600万円以上で20%ポイントの差がある)。
 年齢階層別に見ると20代は45%と半数近くが「なれる」と考えていて頼もしいのですが、30代で4割に低下、40代以降は3割程度で横ばいであり、まあ年齢を重ねるにつけ人生の理不尽に遭遇して40代にはだいたい勝負がつくという、まあそんな感じでしょうか。就業形態別で面白いのは自営業者のほうが正社員より「なれる」が多く、またこれについては非正規・フリーランスのほうが無業者より「なれる」が多くなっています。こういうことを書くと激しく怒られそうな気もしなくはないのですが無業者については努力より「結婚運」が豊かさを左右することを実感している人たちがいるいうことではないでしょうか。
 次に「よい人生を送るための条件としてもっとも重要なこと」というのが5択できて、「真面目に努力すること」が46.1%で最多、次いで「よい教育を受けられること」が16.7%、「人脈やコネに恵まれること」が15.5%、「景気のいい時代に生まれ育つこと」が14.8%、「親の収入や学歴が高いこと」が6.9%という結果になっています。いや「真面目に努力」もなかなか健闘しているなと私は思うのですが、このあたりNスぺさんのご見解はどうなのかしら。女性より男性、無配偶より有配偶のほうが努力重視なのは想定どおりですが、学歴別にみると高卒等のほうが大卒等より明らかに努力重視となっています。でまあその差はどこで出ているかというともっぱら「よい教育」となっていて、高学歴者はそれなりに自らの学歴が恵まれているということに自覚的なようです。年収でみると600万円以上は52%と努力重視が多いのですが、それ以下の年収階層では40%台なかばでほとんど違いが見られないのも興味深いところです。あと目立つ結果としては「人脈やコネ」について無配偶18.5%に対して有配偶13.0%と大差がついているのはああという感じですし、若年層になるほど「真面目に努力」が少ないのに応じて「人脈やコネ」が多くなっているのもまあねえという感じです。これは時代背景によるものなのか単に結果が出てしまった人とこれからの人の違いなのか(まあ両方あるだろうと思う)、追加的な分析が期待されるところです。
 あと、例の「景気のいい時代に生まれ育つ」をみると実は性別、学歴、年齢による違いはあまりなく、差が出ているのが無配偶(16.6%)と有配偶(13.3%)、正規(14.0%)と非正規・フリーランス(17.3%)で、特に後者は「努力」の評価にあまり差がない(45.1%と44.6%)のもうーんという感じです。
 次がいよいよ中流危機とか中間層崩壊とかいう話のメインディッシュだろうと思うのですが「親より経済的に豊かになれると思うか」で、結果は「なれると思う」が 18.6%、「同じくらいの豊かさになると思う」が 27.7%と、計46.3%が同等以上は確保できると案外に強気であり、弱気な「なれないと思う」は36.2%にとどまっています(「分からない」は 17.5%)。まあ「かつて一億総中流と呼ばれた日本」であれば大半が強気だっただろうと思われるわけで、それに較べれば楽観できませんねと言われればそのとおりかもしれません。
 ここでも目立っているのは有配偶と無配偶の差で、有配偶では54.7%と過半が強気なのに対し、無配偶では36.1%にとどまっています。これには年齢の違いによる部分もありそうですが、年齢階級別にみると40代を底にして若年層と高齢層が強気になっているのでそれほど大きな影響はなさそうです。
 さらにこの設問に関しては「15 歳時の家庭の世帯年収階級別」という他にはない集計もされていて、これは回答者の半数以上が「わからない」と回答しているのですが、回答があった人を集計すると15 歳時の家庭の世帯年収が高いほど「なれると思う」割合が低くなり、「なれないと思う」割合は高くなるという結果が出ていて、どうやら「富める者はますます富み、貧しきものはますます貧しく」とは必ずしもなっていないといえそうです(まあ順当な結果だと思うのですが違うのでしょうか)。
 重ねてここでは「卒業時の労働市場の状況別」という集計もあり、20~24 歳の若年層の完全失業率が 7.5%を超えた年を「雇用状況が厳しい年」として、そこで卒業した人(全体の約1/4が該当)とそうでない人とで意識の違いを確認しています。結果をみると「厳しい年に卒業」では強気32.1%に対して弱気41.6%、そうでない人は強気48.0%に対して弱気34.7%という結果になっており、新卒就職時の雇用情勢の影響はかなりあるように見えます。これは就業形態別集計の正規と非正規・フリーランスの結果とよく似ていて、「雇用状況が厳しい年」に卒業した人に非正規・フリーランスが実際に多いのか、といったところの分析を見てみたいように思います。
 「なれないと思う」と回答した人にはその理由についても聞いていて、「親の時代と景気が異なるから」が 60.9%、「親とは就業先の給与水準が異なるから」が41.9%、「親に比べて、生活コストが上がっているから」が 39.1%、「親とは雇用形態が異なるから」30.3%という結果になっています。まあ数十年にわたって経済成長率が低下・低迷を続けているわが国においては妥当な結果といえましょう。「就業先の給与水準が異なる」は賃金が上がらないのが悪いと言いたいのかなあ。これはよくわかりません。
 最後は親より経済的に豊かになれるか、なれないかと、ここまでの価値観とのクロス集計で、まず「日本では努力さえすれば誰でも豊かになることができる」に関しては、強気な人は43-44%が肯定的なのに対して弱気な人は26%、「よい人生を送るための条件としてもっとも重要なこと」として「真面目に努力すること」をあげた人は強気な人では52-53%なのに対して弱気な人は38.5%、その分、「人脈やコネに恵まれる」「景気のいい時代に生まれ育つ」が明らかに多くなっています。まあ情においてうなずける結果と申せましょうか。社会との関わりについても強気な人ほど積極的、成功者に対する感情も強気な人はそれを見て発奮するのに対し弱気な人は羨望するという傾向があるようです。
 ということでプレスリリースのヘッダーは昨日ご紹介したように「 「中流の暮らし」を送るのに必要な年収を 600 万円以上とする割合が高く、過半数(55.7%)は「中流より下の暮らしをしている」と回答。4割弱は「親より経済的に豊かになれない」と考えており、そうした個人は「日本では、努力さえすれば誰でも豊かになれる」という考えに否定的な傾向」というもので、JILPTにしてはだいぶん価値判断をともなうものになっていますが、まあこれはNHKさんのご意向ということでしょうか。Nスぺは見逃し配信もあるようですが、さて見てみようか、どうしたものか。時間の無駄になりそうな予感もひしひしとする(失礼)のではありますが…。

中流の暮らし

 先週の金曜日(9/16)に、(独)労働政策研究・研修機構が「『暮らしと意識に関する NHK・JILPT 共同調査』(一次集計)結果の概要」というプレスリリースが公表されました。「日本放送協会NHK)と独立行政法人労働政策研究・研修機構(JILPT)は、人々の暮らし向きの様子や中流に関するイメージ、社会に関する考え方などを把握するため、「暮らしと意識に関する NHK・JILPT 共同調査」を実施した」とのことで、クローズアップ現代かなんかの報道番組で使われるのでしょうか。担当者としてかつて『労働経済白書』のライターとして活躍された中井雅之さんのお名前がみえますね。
https://www.jil.go.jp/press/documents/20220916.pdf
 リリースのヘッダーでは「― 「中流の暮らし」を送るのに必要な年収を600万円以上とする割合が高く、過半数(55.7%)は「中流より下の暮らしをしている」と回答。4割弱は「親より経済的に豊かになれない」と考えており、そうした個人は「日本では、努力さえすれば誰でも豊かになれる」という考えに否定的な傾向 ―」とまとめられていますが、以下私が興味をひかれたポイントをご紹介したいと思います。
 まず「中流の暮らし」を送るのに必要な年収が600万円ということですが、厚生労働省の「2021年国民生活基礎調査」によれば世帯所得の中央値は440万円、平均値が564.3万円で、平均値以下が61.5%となっています。こちらの調査は有配偶者には夫婦合計年収、無配偶者には個人の年収について尋ねているのでそのまま比較はできませんが、まあなんとなく「中流=平均的な暮らし」には600万円必要で、それに満たない「平均以下=中流より下の暮らし」という感覚は頷ける結果のように思えます。
 もっとも、この調査では「中流の暮らし=平均」という単純なイメージではなく、具体的な条件を掲げてどれが調査退所者の「中流の暮らし」のイメージにあてはまるかを訊ねています。具体的には以下11項目で、結果はこうなりました。

  • 世帯主が正社員として働いている 63.0%
  • 持ち家に住んでいる 61.2%
  • 自家用車を持っている 59.5%
  • 自らの趣味にお金をかける余裕がある 52.8%
  • 年に一度以上、好きな場所に旅行に行ける 48.6%
  • 結婚して、子どもを育てている 47.7%
  • 老後生活の資金のめどが立っている 47.2%
  • 子どもに高等教育を受けさせることができる 46.0%
  • 好きなときに外食を楽しめる 41.9%
  • 毎月の生活費を細かく気にしなくてもよい 41.8%

 最多となったのが「世帯主が正社員として働いている」の63.0%ですが、実態をみると昨年度版の『経済財政白書』によれば男性2人以上世帯の世帯主の正社員比率は82.4%、男性単身世帯(の世帯主)の正社員比率は72.7%なので、比較的満足しやすい条件といえそうです。
 面白いのが2番めの「持ち家に住んでいる」61.2%で、この数値は総務省の「2018年住宅・土地統計調査」の持ち家比率61.2%に極めて近くなっています。もちろん総務省の方は「人が住んでいる住宅のうち居住者が所有している住宅の割合」なので、持ち家に住んでいる人の割合とはまったく性質が異なるものなのですが、まあ「持ち家に住んでいることが中流の条件だと思う人の割合」とここまで一致するのは面白い偶然かなと思いました。いやもちろんNHKさん的な政策的な意味はまったくありませんが。
 また、3番めの「自家用車を持っている」59.5%については、すでにわが国の自家用自動車の保有台数は世帯数の1.05倍程度に達しており(すみません今ウラ取りしてないのですが間違いないと思う)、これもかなり成立しやすい条件ではないかと思います。ただこれについては地域間格差が大きく、北信越や北関東では1.5くらいに達しているのに対して東京都は0.5くらいにとどまっていたはずで(こちらはやや自信なし)、調査対象者の居住地によってかなり異なるのではないでしょうか。同じことは自家用車ほどではなくても持ち家にもありそうで、まあ東京都とその他の地域は何につけ違いが大きいので、「中流の暮らし」年収もかなり地域差があるのではないでしょうか。このあたり、今回の発表は第1回集計速報とのことなので、おいおい詳しい分析がなされるでしょう。
 続けて性、配偶状態、学歴別、年齢階級別、就業形態別、本人の年収階級別にみた「中流の暮らし」意識の集計があり、それぞれなるほどという感じの結果が出ています。非正規・フリーランスより無職のほうが、本人年収200-400万円より0-200万円のほうが中流暮らし意識が高いのは配偶者の年収が高い専業主婦が一定割合いるということなのでしょう。
 次の階級意識の結果も興味深く、日本版SSMにならって上、中の上、中の下、下の上、下の下の5階級で訊ねています。結果としては「わからない」が9.1%あるのですが、中の上以上が27.6%、中の下が38.3%、下の上・下の下が34.0%なので、階級的には中の下だと思っている人たちの中には「中流の暮らし」以上と思っている人と「中流の暮らし」以下と思っている人が混在しているということになりそうです。まあ自分は「中の上」だと思っている人は「中流の暮らし」をしていると思っているでしょうから、妥当な結果なのだろうと思います。続けてこちらも性、配偶状態、学歴別、年齢階級別、就業形態別、本人の年収階級別の集計がされていて、やはりなるほどねという結果です。
 その後には生活水準や将来の暮らし向き見通しなどについても同様の集計があり、生活水準について「「どちらかと言えば暮らしに余裕はない」と「暮らしに余裕は全くない」と回答する割合は合計で全サンプルの56.7%を占める」という結果は、「中流より下」の55.7%と近い結果になっていますね。案外「暮らしに余裕があると感じる」は中流イメージの条件として大きいのかもしれません。あと目についたところではやはり子育て世代の生活水準に余裕がないわけですが、30代よりむしろ50代のほうが余裕がなく、これはやはり晩婚化の影響で30代より50代の教育費負担が重くなっていることの反映でしょうか。住宅ローンの負担もあるでしょうし。将来の暮らし向き見通しに関しては20代から50代まではリニアに悲観的な割合が上昇しているのですが60代は40代と同等くらいになっていて、まあこのあたりは将来の見通しがそれなりに立つ年代ということでしょうか。
 次は理想の働き方で、長期雇用が50.3%、転職志向が23.8%となっています。男性より女性、無配偶より有配偶のほうが長期雇用への支持が高く、また年代が上がるほど・学歴が低いほど長期雇用支持となっていて実感に合う結果です。なおどちらでもない選択肢のひとつ「なるべく働かず、投資などの不労所得で生活していく」のが理想というのも20代・30代では17%となっていて、うんまあそれが理想だと言われればわからなくもない。あと、転職志向が23%いるのに政策的支援として「自由な転職市場」を求める人が6.1%しかいないのが少し意外で、まあ転職志向の人はすでに転職市場は自由だと思っているのかもしれません。
 さてここからがNHKさんがお好きそうな(偏見)「努力さえすれば誰でも豊かになることができるか」とか「努力よりコネ」とか「親より経済的に豊かになれると思うか」とかいう話になるのですが、長くなってきたので明日以降ということにしようと思います。

第18回日本キャリアデザイン学会研究大会(3)

 昨日、一昨日に続いて第18回日本キャリアデザイン学会研究大会の感想です。今回で終わりたい(笑)。
 2日めの午前中は自由論題で、この中ではJILPTの藤本真先生の報告が非常に興味深いものでした。
 転職時に45~54歳だった「後期ミドルエイジ転職者に着目し、同じく35~44歳の前期ミドルエイジ転職者と比較しつつ分析したもので、まず転職前後の企業規模の変化をみると「大きくなった」が40.0%、「変わらない」が28.8%、「小さくなった」が31.0%となっていて、これは前期ミドルエイジでも大差はないようです。なんとなく小さくなることが多そうな気がするのですが、中小企業から中小企業への転職が大半だとすればこんなものかもしれません。同業種への転職者は68.2%、同職種内での転職者は82.1%を占めていて、これまた前期ミドルエイジと大差ないようです。
 月給については低下が32.8%、上昇が40.4%で、役職については低下が20.5%、上昇が23.0%となっており、いずれも前期ミドルエイジに較べてやや低下しやすく上昇しにくいことに加えて、後期ミドルエイジのほうがばらつきが大きいという結果になっています。月給の変化は厚生労働省の「令和2年転職者実態調査」と近い結果となっており、実際に転職した人の実態としてはこんなものなのでしょう。
 さて本論はここからで、後期ミドルエイジの転職がどのような「社会的つながり」を通じて実現したのか、それが就業条件にどのように影響したのかが分析されています。
 結果としては、ハローワークとの接触頻度は月給に有意にマイナス、就職説明会への参加頻度は月給に有意にプラスでスキル・経験の活用度に有意にマイナス、業界団体・同業者団体との接触頻度は月給に有意にマイナスでスキル・経験の活用度に有意にプラス、民間の職業紹介機関との出席頻度はスキル・経験の活用度に有意にプラスとなっており、役職の変化については有意な結果は得られなかったようです。職種変更しても賃金を上昇させたい人は就職説明会に行き、賃金は下がってもスキルを生かしたい人は業界団体・同業者団体を活用するという解釈は興味深いものがあります。民間職業紹介機関もそれなりに役立っているといえそうです。
 午後は研究大会企画委員会のシンポジウムで、まずは「時空を超えた自律的な働き方を促すための挑戦」というテーマで株式会社パソナJOB HUBの加藤遼事業統括部長の講演があり、同社・同氏が推進している「JOB HUB Local」、「旅するように『はたらく』」をキャッチコピーとしたローカル企業と副業希望者のマッチング事業などの紹介を中心にお話しされました。続いて、同氏とリクルートワークス研究所の辰巳哲子氏、オーストラリアで留学仲介を営むICC Consultants Australia Pty Ltd.の高橋梓氏がパネラー、法政大学の石山恒貴先生がコーディネーターとなり、同じテーマでのパネルディスカッションとなりました。
 辰巳さんからはご自身が最近まとめられたレポート(https://www.works-i.com/research/works-report/item/gettogether_220720.pdf)をふまえて「集まることに理由が必要となった」との問題提起があり、高橋氏からはオーストラリアにおける留学などの現状が紹介されました。その後の議論も活発かつ多岐にわたるもので、最後は「主観の共有」という耳慣れないコンセプトで盛り上がるなどなかなか面白く、いろいろとこれまでになかった新しい試みが進んでいることをうかがい知ることができました。
 私はこの4月から労働審判員を務めているのですが、この世界には「書証は赤面せず」という格言があるそうで、たしかに「さてこの和解条件で当事者が受け入れるかどうか」といった(当事者の顔色を見ながらの)判断はオンラインでは困難を伴うように思われますし、審判官(裁判官)と二人の審判員が認識をあわせていくのは「主観の共有」にかなり近いのではないかなあ、という感想を持ちました。現実には私がやったことないだけで、パンデミック下においてはオンラインの労働審判も相当数行われていたようなので、思うほど難しくもないのかもしれませんが(申立人や相手方が審判廷をいちいち出入りするという手間はオンラインのほうがはるかに簡単にすむでしょうし)。このあたり、オンラインとリアルで解決状況がどのように異なるのか(異ならないのか)、調べてみると面白いかもしれません。簡単にはいきそうもありませんが。
 ということでたいへん充実した2日間ではありましたが、「時空を超えて」というテーマにもかかわらずやはり私としてはリアルでやってほしかったかなあと思うことしきり。来年は九州産業大学でリアル・リモート併用で開催の予定とのことですが、しかし福岡となると手弁当の社会人会員には旅費の負担が重いなあ。まあ四の五のいいながら結局は行くと思いますが。

第18回日本キャリアデザイン学会研究大会(2)

 昨日の続きで週末に開催された日本キャリアデザイン学会研究大会の感想です。1日め午後の自由論題では中大の佐藤博樹先生と法大の松浦民恵先生の報告も興味深いものでした。松浦先生は連続でのご登場となりました。
 在宅勤務の拡大などで人事管理上注目されている仕事と仕事以外の「境界管理」に関する調査で、仕事が生活に入り込んでいる「仕事優先」、生活が仕事に入り込んでいる「家庭優先」、双方がある「統合」、双方ともない「分離」の4タイプを、さらに意識的に境界管理に取り組んでいる「能動型」とそうでない「受動型」とに分けた8類型および上司・企業のワークライフバランス支援と、エンゲージメントや生活満足度、時間利用の満足度、仕事との心理的距離の確保および疲労回復との関係を明らかにしたものです。
 結果としては、8つの類型とエンゲージメント等の関係では、統合・能動型が最も高くなっており、エンゲージメントについては分離型を除いて有意に高くなっている一方、生活満足度については受動型がすべて有意に低い一方で能動型では有意な結果が得られていないようです。これは仕事との距離感や疲労回復でも同様の結果となっており、境界管理の能動性が重要であるように見えます。さらに上司・企業の支援を加えた分析では、上司・企業の 支援はどちらもすべてに対して有意にプラスであるなどの結果も示されています。
 結論としては統合・仕事優先・分離のそれぞれの能動型が、エンゲージメントも生活満足度も高く、企業・従業員双方に望ましい働き方であり、境界管理を能動的に適切に実施できることは企業にとっても重要と考えられること、加えて上司・企業によるワークライフバランス支援が必要であるということのようでした。
 私の感想としては、これはその場でも申し上げたのですが、受動型から能動型になることが望ましいということは非常に納得のいくものではあるのですが、受動型に甘んじざるを得ないのは仕事の問題というよりは例えば小さな子どもがいるといった家庭的な要因や業務に集中できるスペースが住宅内で確保できないといったインフラの要因などに規定されていて、これに企業が介入して能動型に変えるというのもなかなか難しいのではないかと思いました。もちろん、だからこそ上司や企業の支援がより重要となるのだ、というのもわかるのですが。
 さて1日めは自由論題セッションに続いて会場校(大正大学)企画として「時空を超えた学びの可能性 ─ 大正大学での実践例 ─」という実践報告がありました。
 大正大学は周知のとおりもともとは多宗派(天台宗真言宗豊山派真言宗智山派・浄土宗)の連合により見学された仏教系大学であり、こんにちも仏教学部は存在しますが、その他の学部は社会共生学部、地域創生学部、表現学部、心理社会学部、文学部となかなかユニークな構成になっています。中でも社会共生学部と地域創生学部は2016年に新設された新しい学部であり、地域に根差した文系総合大学を目指しているようです。
 今回は地域創生学部における地域に根差したフィールドワークによるアクティブラーニングの取り組みが紹介されました。はじめに大正大学内に設置されている地域構想研究所の阿南支局長である鈴江省吾さん、同じく藤枝支局長である天野浩史さんから実践報告がありました。鈴江さんは阿南市役所の元課長さんで、天野さんは藤枝を拠点に教育支援活動に取り組んでおられる方とのことです。さらには学部生の方からも体験報告があり、なかなか意欲的な実践が行われていることを伺わせる、たいへん充実した報告でした。
 感じたのは、これは玄田有史先生も指摘しておられたのですが、こうした立派な実践の背後には教員の方や職員の方のご苦労が相当にあるはずで、特に2016年の学部新設当初の準備は相当に大変だったと思われます。そうした中で鈴江さんや天野さんのような良好な地域のパートナーを確保できたことで、こうした学びを軌道に乗せることができたということでしょう。またコロナ禍の影響もかなりものがあったはずで、関係者や学生さんのパワーには敬服するよりありません。
 さて1日めのセッションはこれで終わり、夜はオンライン懇親会で肩の力の抜けたコミュニケーション…だったかな?まあ愉快なひと時を過ごしました。ということで2日めの感想は明日以降とさせていただきます。