労働政策研究報告書No.206『労働者性に係る監督復命書等の内容分析』

 (独)労働政策研究・研修機構様から、労働政策研究報告書No.206『労働者性に係る監督復命書等の内容分析』をお送りいただきました。いつもありがとうございます。ふだんは何号かまとめて箱で送っていただくのですが、今回は1冊だけ封書で届いておりました。
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 例によって上記から全文をお読みになれます。執筆担当者を見ると「濱口 桂一郎 労働政策研究・研修機構 労働政策研究所長」となっておりおっとhamachan先生ではないですか
 調査内容は2017年 4 月 1 日から 2019 年 10 月 2 日までの労働者性判断に関連する(すべて判断されているわけではない)監督指導業務の監督復命書80件及び申告処理台帳42件について監督現場の労働者性判断について個別に分析したというまことに勤勉かつ興味深いものです。直観的にはなかなかアクセスできない貴重な資料ではないかと思うのですが、情報公開請求をすれば開示してもらえるものなのかな。
 結果をみると、まず労働者性の判断に至っていない例がかなりあり、まあ賃金不払いとかの事件であれば労働者性の有無にかかわらず約束した対価は支払うべきだという話なので判断されないことが多いというのは納得のいくところです。いっぽうで労災事案などでは、労働省研究会が判断基準を示しているところ必ずしも判断に必要な情報が十分に得られない中で判断しているという例も多く、現場の苦心が窺われるところです。個別判断にならざるを得ないこともあって判断にはある程度の揺らぎも見られますが、そこは現場の権限に委ねるしかないとこではありましょう。
 企業で行政官庁(労働行政に限らず)に関わる実務を担当した経験のある人は「担当官によって判断が異なる」という経験を多かれ少なかれ持っているものと思いますが、こうした調査を見るとそれも相当に致し方のないことだと理解できます。もちろん、本報告も述べるとおり、より一貫した判断が可能となるような基準づくりも進めていただきたいところではありますが。

池田心豪『シリーズダイバーシティ経営 仕事と介護の両立』

 JILPTの池田心豪先生から、ご著書『シリーズダイバーシティ経営 仕事と介護の両立』をご恵投いただきました。ありがとうございます。

 佐藤博樹・武石恵美子両先生の責任編集のもと慣行が続いている「シリーズダイバーシティ経営」の4冊めで、これで残り2冊となりました。
 仕事と介護の両立は比較的新しいテーマであり、まとまった研究書もあまりないのではないかと思います。この本では最初に仕事と介護の両立がなぜ企業経営の課題となるのかについてその背景や影響などをコンパクトに解説し、続けて法制度や政策支援の実態、そして人事管理の現状と分析、課題について整理されています。著者自身による研究成果もふんだんに紹介されていて説得力ある議論になっているように思われます。介護問題はキャリア管理の面でも重要な課題のはずなのですがCBSの授業ではほとんど言及できていないのが反省点なので、本書を勉強して取り入れていければと考えています(さなきだに時間が足りなくて難儀しているのですが(笑))。

日本労働研究雑誌特別号

 (独)労働政策研究・研修機構様から、『日本労働研究雑誌』特別号(通巻727号)をお送りいただきました。いつもありがとうございます。
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 日本労使関係研究協会(JIRRA)様からもお送りいただきましたがこちらは会費を払っている(笑)会員だからかな。例年特別号は労働政策研究会議(JIRRAの研究大会)の特集号なのですが、2020年度の労働政策研究会議は「<平等>の視点からみた女性労働」を統括テーマセッションに私の学会におけるボスである脇坂明先生が準備委員長を務められ、開催直前まで準備が進められたのですが、残念ながら新型コロナ禍によって中止のやむなきとなりました。したがって本号は労働政策研究会議の紙上開催ともいうべきものであり、もちろん研究大会の重点である(特に自由論題)質疑応答や議論はないわけですが、しかし例年力作が揃うイベントであり、聴講できなかった分しっかり勉強させていただきたいと思います。
 特に、統括テーマの論文が4本あるのえすが、うち1本が労組の活動家による集団的関係からみた女性労働に関するものであり、次に最近ジリアン・トーマス『雇用差別と闘うアメリカの女性たち 』の日本語訳を出された中窪裕也先生の労働法の論文が続き、その後に経済学と脇坂先生ご自身による人事管理の論文が続くという、さすが脇坂先生らしい構成になっています。自由論題をみてもJILPTの西村・前浦両先生のスウェーデン派遣労働者の賃金についての論文があり、これはわが国における派遣の同一労働同一賃金の労使協定方式導入につながるものと思いますし、松浦民恵先生がやはり集団的労使関係に着目した論文を出されているのも目をひきます。ほかにも興味深いテーマが揃っており楽しみに読ませていただきたいと思います。

ビジネスガイド3月号

 (株)日本法令様から、『ビジネスガイド』3月号(通巻899号)をお送りいただきました。いつもありがとうございます。

ビジネスガイド 2021年 03 月号 [雑誌]

ビジネスガイド 2021年 03 月号 [雑誌]

  • 発売日: 2021/02/10
  • メディア: 雑誌
 今号の特集は「同一労働同一賃金最高裁判決を踏まえた正社員登用制度の構築&見直し」と「コロナ感染と損害賠償・懲戒処分・人事考課」「コロナハラスメントを防ぐために」ということで、正社員登用制度はパート有期法が「通常の労働者への転換」を定めているだけに実務上は重要なポイントといえそうです。ただ、パート有期労働者がいきなり拘束度の高い正社員に転換することの困難にも配慮が必要なように思われます。あと2つは新型コロナ禍が長期化する中で顕在化してきた課題への対応というところでしょうか。
 八代尚宏先生の連載「経済学で考える人事労務社会保険」は「残業手当はなぜ必要か」が取り上げられており、残業代目的の残業を前面に押し出した解説には労働関係者からは反発もありそうですが、もちろんそれ以外の部分にも目配りされていて短いながら納得いく論考となっています。電通第二事件のハロー効果の大きさをあらためて感じます。大内伸哉先生のロングラン連載「キーワードからみた労働法」は「無期転換阻止目的の雇止め」が取り上げられています。

富士通の公募と「ジョブ型」

 本日も最近の日経新聞から。先週は富士通の連載記事が掲載されていましたが、その中で例の「ジョブ型」の呼び物である「公募」が紹介されていたので見てみたいと思います。本質とは無関係な個人のエピソードはばっさり割愛しましたので少々読みにくいですがご容赦を。さて。

 「5Gバーティカル・サービス室長を社内ポスティングにて公募する」…
…国内企業で初となるローカル5Gの商用免許を20年3月に取得した富士通。社長の時田隆仁(58)は「プラットフォームづくりが我々のような大企業の使命となる」と、社を挙げてローカル5G事業に注力する方針を打ち出している。
 そんな次代の成長を担う重要事業のけん引役を、当時まだ手探り状態だった「ジョブ型雇用」で決めるとの発表に、社内はざわめいた。
…グループ全体から手を挙げた26人。…20年4月に国内約1万5000人の管理職にジョブ型を導入した富士通で、ポストの公募は今回が第1号。
…5Gバーティカル・サービス室のメンバーも公募で決まった。160人の志願者から選ばれたのは15人。競争率は10倍を超えた。部下の一人…は…年上。だが、「…リーダーに年齢は関係ない」と事もなげに話す。
(令和3年2月18日付日本経済新聞朝刊から、以下同じ)

 いやいやいやいやメンバーシップ雇用でもとっくに年下の上司・年上の部下は当たり前であり「リーダーに年齢は関係な」くなっていると思うぞ。「ジョブ型雇用」(カギ括弧つきのな)にすれば「リーダーに年齢は関係な」くなるというのは、「メンバーシップは年功序列で順送り人事」という藁人形を叩いているだけで説得力がありません。せいぜい、多少はそういうことが起こりやすくなるとか、それに抵抗のある人がいたとして、公募なら抵抗感は少ないかもしれないとかいう程度の話でしょう。
 それから、まあ「ジョブ型」の呼び物が公募だというのはそれはそれとして、これ自体はジョブ型でもなんでもないジャスト公募だからな。まあ会社が人事権をがっちり握っている日本型雇用では公募とか社内FAとかはイレギュラー扱いではあるとしても、すでにかなりの事例もあってメンバーシップ型ではできないというものではありません。これを(カギ括弧なしの)ジョブ型というためにはこの室長さんも15人のメンバーも今後は本人との合意なしでは職務変更しない(詳細な職務記述書はあるらしい)という約束(契約)になっている必要がありますがそうなっているのかな。まあなってないとも書いてないのでなっているのかもしれませんが。このあたりhamachan先生なら「じょぶがた」とかお書きになるのかしらこらこらこら。
 もちろんこうした公募そのものは大変けっこうなことであり、特にこの事例は花形プロジェクトらしいので応募倍率が高いのもうなずけるところです。気になるのは公募の結果昇格する人がいたかどうかなのですが、昇進昇格をともなわない公募であれば残念ながら選ばれなかった人も機会は与えられたということでエンゲージメントは向上するのではないかと思います。
 さて次の事例はより「ジョブ型」らしいものです。

 20年秋、富士通はさらに踏み込んだ手を打った。…国内の新任課長職600ポジションをジョブ型で公募することを決めた。
 事前の説明会には1500人が参加し、このうち900人強が実際に公募に手を挙げた。
 これまでは30代半ば~40代半ばで就くのが一般的だった。公募には非管理職の20代から課長職以上の50代まで幅広い世代の社員が名乗りを上げた。全体の4分の1が公募ポストとは異なる部署や別会社に所属する社員だったという。
 従来の課長昇進は部内の推薦をベースに決めており、人事査定などを経て不合格になるケースは全体の数%程度。ほぼ出来レースのような状態だったが、今回の公募の競争率は1.5倍。…人事担当者らを交えた面接を中心としたオープンな場で競い合うことになる。

 どうやら人事管理がほとんどわかっていない記者の方が書いているものと思われ、まあここまで知りたいことが書かれていないとかなりの部分を推測で補わざるを得ないのですが、まず「新任課長職600ポジション」がどういうものなのか。「新任」ということは普通に読めばそれまで課長職ではなかった人が新たに課長職に就くということでしょうが、それだと後に「課長職以上の50代」と書いてあるのと矛盾します。ということは、まあ「ジョブ型」だからポストがあいた課長職、ということかな。もうひとつ疑問なのは「課長職」というのが本当の課長職(総務課とか販売促進課とか実体のあるライン組織の課長)なのか、課長級とか課長クラスといった必ずしも実体があるとは限らない社内資格なのか、という点で、前者であれば降格覚悟で応募する人も出てきそうです。後段の「昇進」という言葉は業界ではポスト長への就任を意味することが多いのですが、しかしいかに大企業といっても課長ポストが一気に600も空くとも思えず、このあたりはわかりません。また、もうひとつ重要なのはこの600というのが今回の新任のすべてなのか一部なのかという点ですが、これもわかりません。
 ということなので、「600ポジションに900人」というのもどう評価していいのかわからないのですが、昇進する人に加えてすでに課長職にある人まで対象に含めて900人というのはえらく少ないなというのが率直な感想です。いやもちろん富士通の人事管理がすばらしくてほとんどの社員が現在のポジションに満足しているのであればこうなるかもしれませんが、しかし失礼ながらそこまでうまくいっていれば「ジョブ型」なんてやることないよねえとも思う。
 一般的なメンバーシップ型の年次管理型の人事であれば毎年新たに課長クラスへの昇格候補が出てくるのであり、まあこのあたりは企業によってかなりのバラつきはあるものの、10年くらいかけて5割から9割くらいが課長クラスに昇格していくわけです。仮に100人の同期が5年かけて2割ずつ最終的には全員昇格するという大甘な企業があったとして、毎年の昇格枠は100人、それに対して1年め100人、2年め80人、3年め60人、4年め40人、5年め20人(これは全員昇格)の候補者がいるわけですね。合計で300人、昇格枠の3倍です。もちろん富士通はこんなに甘くない(そんなに甘くてよければ「ジョブ型」以下略)でしょうし、どうやらそこにさらに新しいポジションを求めて応募する課長職というのも加わっているらしいわけで、それで1.5倍というのはいかにも少なく思えるわけです(説明会ですら2.5倍)。なぜそうなっているのかは不明ですが、後段の記述から想像するに職場の推薦が要件になっていたりしたのかな(可能性考慮の自主規制ではここまで減らないと思う)。そういうのって公募って言わないと思うんですがまあそれはそれとしましょう。
 それまでは「従来の課長昇進は部内の推薦をベースに決めており、人事査定などを経て不合格になるケースは全体の数%程度。ほぼ出来レースのような状態」だったということで、まあそのほうが人事管理としては一般的でしょう。職場ごとに厳格に昇格枠が割り当てられていて、昇格の推薦に至るまでには部内、部門内での過酷な調整が行われていて、人事部署はそれを追認的に審査するというスタイルですね。これを「出来レース」と言っていいものかどうかとも思うわけですが、まあ人事部署から見ればそうかもしれません。
 それに対して、今回は従来の昇格枠の5割増で推薦を出して全社で競争、ということにしたのであれば、昇格をたくさん勝ち取れた職場、わが職場は人材育成力があって優秀者が多いと考えている職場にとってはウェルカムでしょう。「人事担当者らを交えた面接を中心」ということなので人事部署の権限も強力になるのでなるほど人事はやりたいかもなこらこらこら。

 ジョブ型の拡大には課題も残る。ローカル5Gのような成長領域で花形のポジションには多くの社員が集うが、業績が芳しくない地味な事業のポストには誰も手を挙げないのではないか。それどころか、現在、地味な事業を支えているエース級の人材が花形の部署に流出してしまう恐れも出てくる。
 …そのようなクレームが社内から多数寄せられた。だが、逆にこう問い返している。「その仕事のやりがいや魅力をちゃんと発信してきましたか。部下をつなぎ留めるため、普段からエンゲージメントマネジメントに気を配っていますか。まずは目の前のやるべきことからやっていきましょう」
 自主性が不可欠なジョブ型は働き手だけが試されるわけではない。オープンにポストを募ることで、同時に組織のあり方も問われることになる。なれあいや慣例を捨てるのに決断は必要だが、身軽になった先には厳しいながらも努力が報われる極めてフェアな世界が広がる。

 まあ花形部署には人材が集まり、目立たない部署はそれなりというのは世間一般に従来から多かれ少なかれある話であり、公募への応募に対して職場が拒否権を持たないのであれば、魅力のない職場から魅力的な職場に人材が流れるのは自然な流れでしょう。まあそれが市場原理というものですし、それがフェアだという考え方もあると思います。でまあこのあたり、どうやら人事管理がほとんど分かっていない方が書いている記事のようなのでこれだけをもとにあれこれ言うのは気がさすのではありますが、魅力のない職場には有能な人材が集まりにくくなるわけですが、そういう職場に向かって「人材が集まる魅力的な職場と思われるように頑張ってくださいね」と言っているわけで、いや「やるべきこと」と言われてもできないこともあると思うぞ。少なくともそれを支援するのが人事の役割だとかつての古い元人事担当者としては思うわけですが、まあ職場相互の競争に任せるのが「厳しいながらも努力が報われる極めてフェアな世界」と職場に丸投げするのも人事のひとつの在り方かもしれません。楽な仕事だねえとは思いますが。

最近の日経から(2)

 昨日の続きで最近の日経新聞から。一昨日(2月18日)の朝刊に掲載されている「真相深層」という解説記事で、お題は「職務・時間・場所 長期雇用、消える3つの「無限定」保障と引き換え リモート拡大で風穴」、編集委員水野裕司の署名が…あれ?肩書は違うけど昨日取り上げた記事と同じ方かしら。以下見ていきましょう。

 長期の雇用保障と引き換えに、転勤命令に従い長時間の残業も受け入れる。そうした日本の正社員の雇用慣行に、新型コロナウイルス禍で広がるリモートワークが風穴を開け始めた。例えば遠く離れた地域の仕事もネットを介してこなせば転勤は不要になる。気になるのは会社命令に従う代わりに正社員が享受してきた雇用保障の行方だ。
 日本の雇用システムは職務を定めない雇用契約が土台にある。雇用契約は会社という組織の一員になる資格を得る意味があり、そのため日本型雇用はメンバーシップ(資格)型と呼ばれる。

 リモートワークで急速に崩れるとみられるのがまず、勤務地が会社都合で決まる慣行だ。…転勤を巡っては東亜ペイント(現トウペ)訴訟で1986年に最高裁が出した判決が知られる。転勤を拒否して解雇された元社員がその無効と損害賠償を求めた。単身赴任を強いられるこのケースで最高裁は、家庭生活への影響は「通常甘受すべき程度のもの」とみなし、転勤命令は会社の権利乱用ではないとした。
 雇用保障があるのだから単身赴任は我慢すべきだという考え方だ。だが転勤自体が不要になれば、判決の意味は薄れる。
(令和3年2月18日付日本経済新聞朝刊から、以下同じ)

 権利乱用は普通権利濫用だろうと思うのですがこれは日経新聞さんの方針でこの字を用いることにしているらしく、また東亜ペイント事件最高裁判決には「雇用保障があるのだから単身赴任は我慢すべき」なんて書いてないよねえとも思いますがまあそれに近い理解はあるので細かい話です。問題は「転勤自体が不要になれば」ってのはいつの話なのさという点であり、記事では省略部分で富士通さんの例などをひいてあたかも近い将来に転勤はすべてなくなるかのような書きぶりなのですがそんなわけないだろう。現実にはリモートワークとは関係なく転勤不要で雇用保障の手薄な労働者というのは増えているわけであり(言うまでもなく非正規雇用)、この人たちはこのあと出てくるジョブ型に近い働き方をしているわけですね。一方で例えば新しい海外拠点で技術指導とかいう仕事はこれからますます増えてくるわけで、一部はリモートで対応可能(たぶん私が考えているより多くが可能)でしょうが、やはり転勤がなくなるとは思えない。毎度の話ですが転勤が必要な人がどの程度いるのかという量的な問題であって、メンバーシップ型がどうこうという質的な問題ではないわけです。

「職務が無限定」の慣行もリモートワークが見直しを迫る。離れた場所で働く社員を的確に評価するには仕事内容の明確化が第一歩だからだ。
 経団連が会員企業に実施した調査では、テレワークの広がりに伴い職務の明確化が求められるとする回答が目立った。従業員の職務の明確化を実施済み、実施予定の企業は合わせて30.3%。検討中も33.6%あった。
 ポジションごとに仕事内容をはっきりさせる「ジョブ型」人事制度も広がり始めている。テレワークとの親和性が高いとする経営者は多い。

 まあこのあたり「ジョブ型」とカギ括弧に入れられているのでジョブ型とは別物なのだよということかもしれませんが、とりあえず「職務の明確化」や「ポジションごとに仕事内容をはっきりさせる」のがジョブ型という理解はかなりピンぼけと言わざるを得ないでしょう。欧米のジョブ型を見ると「職務の明確化」は日本企業の業務分担表や標準作業書とさほど変わらない緩やかなものになっていて、なにが違うかというと欧米のジョブ型ではその変更には労使の合意が必要なのに対し、日本では企業が一方的に変更しうるという点なのですね。
 それはそれとして「テレワークとの親和性が高い」というのは以前から言われていたことでありそのとおりなのでしょうが、いま明らかになりつつあるのは(1回めの)緊急事態宣言で特段の準備もなくテレワークに突入した結果実は従来程度の職務の明確化レベルでもzoomやらslackやらを使えばなんとかリモートワークできるということではないかと思います。したがって「離れた場所で働く社員を的確に評価するには」という話になるわけで、これはこれからの話なのでしょう。そろそろ定期昇給に向けた人事考課の時期であり、そこでテレワークが多かった人とそうでなかった人でなんらかの違いが出てくるのかどうか。テレワークした人が高く評価されればテレワークは促進されるでしょうし、そうでなければテレワークは縮小するでしょう。どんな結果が出るのか注目したいところですが、まあ私のヤマ勘ではテレワークは(仕事内容ではなく)出来高が明確な人(たぶん評価は高くなる)と、そもそも評価にコストをかける必要性の低い低スキルな業務に従事する人(たぶん評価は低くなる。なおこうした人たちのスキルそのものは必ずしも低くないことには留意が必要)に分かれてくるのではないかなあ。繰り返しになりますが適切な評価に必要なのは職務の明確化より出来高の明確化ではないかと思います。

 「職務が無限定」の見直しが進めば長時間労働も是正に向かう。職務が不明確という長時間労働の根っこの原因が除かれる効果は大きい。
 「無限定」な働き方が見直されれば、見返りに正社員が得てきた長期的な雇用保障は緩み始めておかしくない。様々な変化が想定されている。

 「様々な変化が想定」で片付けられてしまっていて拍子抜けなのですがここが重要なところで、限定された範囲では雇用保障が緩み始めておかしくないという話です。職務限定であれば、その職務がなくなったり縮小したときの雇用保障は無限定の人より弱くなるのは自然な考え方だと思います。勤務地限定についても同様、その拠点がなくなれば無限定の人と較べて退職もやむなしとなる可能性が高いくなるのも致し方ないのではないでしょうか。当然ながら無限定な働き方がなくなるとは思えず、どの程度がそうなるかという量的な問題であることは言うまでもありません。

 「正社員の業務の可視化が進めば、外部委託で足りる仕事があることも見えてくる。正社員の削減のきっかけになる」。経済学者の間にはそんな見方がある。
 経団連はジョブ型雇用が広がれば、プロジェクトごとに人材を期限付きで雇うなど、雇用の流動化が進むとみる。
 労働組合の中央組織の連合はジョブ型雇用について、「人材育成を誰が担うかなど課題の深掘りが必要」と警戒する。長期雇用への逆風を感じ取っているからだろう。

 「経済学者の間にはそんな見方がある」ということは誰か具体的な個人がこう言ったというわけではなさそうだな。まず「外部委託で足りる仕事がある」としても、その仕事をやっているのは委託先の正社員という可能性もありますね(クラウドソーシングで働くフリーランスということも多いでしょうが)。また、個別の産業・企業を見れば正社員の業務の一部を非正規雇用に移行している例は多々ありますから、いまさら「きっかけになる」と言われてもなあという感もあります。まあこれはあれだな経済学者と経済学者の間にいる素人さんにそんな見方があるのかな(笑)。
 「経団連はジョブ型雇用が広がれば、プロジェクトごとに人材を期限付きで雇うなど、雇用の流動化が進むとみる」というのも、ええっと経団連がそんなことを言っている文書とかあったかしらと首をひねることしきり。いかにも言いそうなことに見えるわけですが、しかし経労委報告とか労務系の提言とかでそう書いてあるのはちょっと記憶にありません。まあ私も全部読んでいるわけではないと思うのでここにあるぞと見せられれば恐れ入る準備はありますが。なお連合については例年の「経労委報告に対する連合見解」の本年度版でそれに近いことを書いています(これについてはまた後日書きたい)。
 ということで、まあ全体的には「雇用保障が弱まればいいのに」という願望をもとに理路もなくあれこれ書いている記事という感じで、これが「真相深層」だと称するのはいい度胸だなと感心して終わります。

最近の日経から

 最近の日経新聞から2題ほど。まずは一昨日の朝刊に掲載された「雇用と賃金、二兎を追え」と題するコラムです。上級論説委員水野裕司の署名がありますな。

 コロナ禍による先行きの不透明さから今年の賃上げは減速しそうだ。…景気が落ち込むと経営側が「雇用か賃金か」と迫り、労組も雇用の確保を優先して賃上げ要求が鈍る。1990年代初めのバブル崩壊以降、およそ30年にわたってこのパターンが繰り返されている。
 「賃金」より「雇用」を労使が選んできた結果、賃金の伸び悩みは明らかだ。厚生労働省の毎月勤労統計調査によると、正社員の2020年の月間現金給与総額(名目賃金)は00年と比べて1.0%の減少となっている。
 先進諸国と比較すると、日本の賃金はその低迷ぶりが突出している。…賃金を上げて消費を刺激し、生産活動を活発にして雇用や設備投資の増加につなげ、それがまた消費を下支えする――。政府はそうした「経済の好循環」をめざしてきた。だが、起点の賃上げは安倍政権下でベアの復活など一定の動きがあったものの、「好循環」の実現には焼け石に水だったのが実態といえる。
 賃金が力強く上がらない根本の原因は生産性の低さだ。就業者が1時間あたりに生む付加価値を示す労働生産性で、日本は統計をさかのぼれる1970年以降、主要7カ国(G7)のなかで最下位が続く。企業の付加価値創出力が弱いため、労使は限られた人件費の配分にきゅうきゅうとする。「雇用か賃金か」の二者択一の議論になってしまうのはそのためだ。
 では、なぜ企業は、高めの価格で売れる独創的な製品やサービスを生みだす力が乏しいのか。ひとつは個人の創造性や熱意を引き出せていないことがある。もうひとつは雇用の流動性が低く、組織が同質の人材で構成されていることだ。イノベーションに必要な多様性を欠いている。
 2点とも、温床になっているのは日本型雇用だ。根強く残る順送り人事と年功賃金は個人のモチベーションを下げ、外部から異質な人材が入ってくるのを阻んでいる。
(令和3年2月17日付日本経済新聞朝刊から、以下同じ)

 相変わらずの論調でまあねえという感じなのですが、私はこれは話が逆だと思っていて、生産性が低く計測される原因が賃金が上がらないことではないかと思っているわけです。要するにごくごく大雑把に言えば「付加価値≒賃金」(さすがにここまで雑だと怒られそうですが)なんだから、賃金が上がらなければ生産性の数字も上がらないよねという発想です。
 じゃあそれはなぜかというと「なぜ企業は、高めの価格で売れる独創的な製品やサービスを生みだす力が乏しいのか」という話に関係してきて、「高めの価格を設定すると売れないから」だろうと思っているわけですね。創造性やら多様性やらの問題もあるかもしれませんが、iPhoneにしたって5Gにしたって日本企業の製品・サービスじゃないし魅力的なはずなんだけど高いと売れないから楽天モバイルの宣伝で米倉涼子が叫んでいるわけだし、各社とも残価設定型のプランとか作って店頭価格を抑え込んでいるのもそれでしょう(すみませんこのあたりもかなり粗っぽい表現です)。電気機器の軽量化とか省エネ化とかも年々進んでいるけれど価格は横ばいで、企業の研究開発投資が全然回収できていない。技術革新が賃上げにつながる企業の利益ではなく、価格維持という形で消費者にあらかた持っていかれているのではないかと思うわけだ。サービスにしても同様で、お客様の無理難題に笑顔で応えても「スマイル0円」。これで生産性が上がるわけないよねえと、まあそういう話。違うのかしら。
 実際問題、アベノミクス前の円高の時期にも、海外では値上げしてもそれなりに売れていた日本製品というものもかなりあったわけで、「企業の付加価値創造力」が数字で測定されている生産性で判定できるのかどうかは疑問だろうと思います。
 まああれだよね、賃金が低いから消費が伸び悩んで経済の好循環が回らないと言うのであれば、雇用が確保され安定的な賃金上昇が見込める日本型雇用をやめたり減らしたりするのは理屈が合わないと思うわけですが、そうでもないのかな。

 こうした賃金が抑えこまれる構造も、いよいよ温存できなくなるとの指摘がある。日本総合研究所の山田久副理事長は次のように話す。「コロナ危機対応の各国の財政支出は巨額に上り、感染収束後も債務返済の財政緊縮で数年は成長率が落ちる。貿易量は伸び悩み、日本経済は外需に頼れず内需主導の成長ができるかが問われる。このため賃金の上昇は欠かせなくなる」
 雇用維持のため賃金を下げる、という従来のやり方は自殺行為になりうるわけだ。

 いやいやいやいや山田先生は「賃金の上昇は欠かせない」と言っているだけで「雇用維持しなくていい」とは言ってないだろ?山田先生が言っておられるのは賃金総額の上昇であって、個別に賃金が上がる人がいれば雇用が維持されず失業する人が増えて賃金総額は下落してもいいなんて言ってませんよね?

 賃金低迷の根にある日本型雇用は「期待」を軸に会社と個人が結びついたシステムだ。会社は勤続年数に応じた社員の技能向上を期待し、年功給を採用。社員も「長く勤めていれば報われるときが来る」といった期待を抱き、会社も順送り人事や年功賃金で応えてきた。
 だが技術革新が速いデジタル社会になり、社員が蓄積する技能は通用しなくなるリスクが増している。日本型雇用の根幹である企業内での長期的な人材育成を堅持するのは今や難しい。会社と社員が漠然とした「期待」をかける仕組みは土台が崩れている。
 企業が自律的に成長し、雇用と賃金の二兎を追うための制度づくりを労使は先送りしてきた。春の労使交渉で遅ればせながらその一歩を踏み出せるかが問われる。

 これもまあいつの話をしているやらという感はあるわけで、同じものを相手にして、こうやって「相変わらずの順送り人事と年功賃金」と言う人もいれば、「日本型終身雇用はとっくに崩壊している」と言う人もいるわけだ。でまあそれが同じ新聞社に在籍しているあたりがなんとも味わい深いわけですが、もちろん企業労使は「企業が自律的に成長し、雇用と賃金の二兎を追うための制度づくり」に尽力しているわけですよ。それがうまくいっているかというと、いつぞやの成果主義騒ぎを思い出すとあまり楽しい気分にはならないわけですが、まあ人事管理というのはベストプラクティス、トライアルアンドエラーなんだということでご容赦願えればと思います。まああれだなまずは新聞社が「技術革新が速いデジタル社会」で「企業が自律的に成長し、雇用と賃金の二兎を追うための制度」を見せてほしいもんだと思います。もう一つ書くつもりでしたが時間切れにつき明日以降に「先送りし」たいと思います。