あなたがダイバーシティを語らないでください。

毎週月曜日の日経新聞朝刊の女性欄に、立命館アジア太平洋大学学長の出口治明氏が「ダイバーシティ進化論」というコラムを連載しておられます。本日のお題は「経団連の就活ルール廃止 僕が賛成する理由」というのですが…。

 経団連は2021年卒から、大学生らの採用面接の解禁日などを定めていた指針の廃止を決めた。僕の意見? 賛成に決まっている。だが、「外資系企業が先に採用してしまう」といったことが理由ではない。
…現在の時価総額が高い企業の顔ぶれを見ればいい。トップ5に並ぶのは、GAFA…とマイクロソフトだ。フェイスブックは2004年の設立で、人間にたとえれば14歳。…、日本が経済的に落ち込んだ主因は新しい産業を生み出せなかったからである。
 では…製造業と、GAFAや「ユニコーン」と呼ばれる未上場の急成長企業は何が違うのか。人材に注目すると、製造業の場合、働く人に占める大卒の割合は半数足らず。一方、GAFAユニコーンはほぼ全員が大卒で経営幹部は博士や修士ばかりである。高学歴で多国籍なうえ、個性を貫くオタクが多い。そうした人たちがワイワイ、ガヤガヤ議論しているところから新しい産業が生み出されている。
 ここまで分かれば、日本にまた日が昇るために何が必要かは明らかだ。企業は世界中から学生が集まる魅力的な職場をつくりあげ、多様な人材を採用しよう。将来を見据え、そうした理由で就活ルール廃止が語られるなら大賛成だ。学生はガンガン勉強しよう。学生時代に必死に学んだ経験がなければ、好きなことを突き詰めていく力も培われず、米アップル創業者のスティーブ・ジョブズ氏のような逸材は出てこない。
 人は皆、顔が違うように発想や興味も異なる。多様な人が集まらなければ面白い考えは生まれない。成長のカギはそこにこそある。
(平成30年11月5日付日本経済新聞朝刊から)

 これのどこがダイバーシティなのさ。要するに(使いたくないことばだが)低学歴はいらないって言ってるわけだろこれは?これをダイバーシティだと言い張るのであれば(まあ不可能ではないとも思うが)、少なくともこのお方の脳内の「ダイバーシティ」にはインクルージョンは一切ないということにはなるでしょうね。「人材に注目すると、製造業の場合、働く人に占める大卒の割合は半数足らず。一方、GAFAユニコーンはほぼ全員が大卒で経営幹部は博士や修士ばかり」まあ、それは事実ではあるでしょう。しかし、それをこういう場で・こういう表現で表明する人を私は信用できないし、ダイバーシティを語ってほしくない。
 同じように「人は皆、顔が違うように発想や興味も異なる。多様な人が集まらなければ面白い考えは生まれない」というのも、まあこの文脈で普通に読めば低学歴者は多様じゃないって意味に読めますよね。大卒でなくても「個性を貫くオタク」いると思うけどなあ。まあ意地悪な読み方なのかもしれませんが、しかし全国紙でダイバーシティを論じる文章がこれではまずかろうとも思う。
 もちろん現実には、日本に限らず世界中の国々で相当割合の人が大学などに進学することなく職業人となっているわけですし、新卒一括採用はそうした人たちが円滑に職業生活に移行していける仕組みとして一定の評価を受けているわけです。でまあそれは大卒者についてもかなりの程度言えているというのも現実だろうと思いますが、まあこのお方はそういうことには興味ないんでしょうね。
 ビジネスの世界では一世を風靡し、ダイバーシティ経営でも成果を上げておられてその業績は立派なものだと私としても率直に思いますし、私の大学はそういう大学にするんですというのであればそれはそれで経営方針としてはすばらしいものだとも思います(だから立命館もこの人を招いたのだろうと思わなくもない)。そのあたりも含めて経歴を拝見すると大学に進学しない人たちにあまり関心を持たないのも致し方なかろうかとも思いますし、実際問題として他人に書かせている可能性もかなりあると思うので同情しなくもない。しなくもないが、まあしかし語るに落ちてるよねえという感もあり、正直こういう人間観の人がダイバーシティを論じるのは私には抵抗があるかなと、まあその程度の話です。もちろんただの難癖であるというご感想もありましょう。ということで私がどう思おうがこういうのが好きな人というのも当然いるでしょうし、いるのが普通だし、いていいのだとも思います、といういつもの結論に到達して終わります。はあ。

日本労働研究雑誌11月号

 (独)労働政策研究・研修機構様から、日本労働研究雑誌11月号(通巻700号)をお送りいただきました。いつもありがとうございます。通巻700号の節目の号ですが、特段の言及はないようです。
www.jil.go.jp
毎年11月号は恒例のディアローグ「労働判例この1年の争点」ですが、特集は「民法と労働法の交錯」で、珍しく?法学色が非常に際立つ内容になっています。巻頭の「提言」が今般の債権法の大改正を仕切った内田貴先生というのところにJIL雑誌の学際性を感じます。
 えーとあとどうでもいいことですが掘れば原油が出てくる国の話をされてもなあという感は少々うけなくもなく、かの国はそのような事情でたいへんに豊かであるにもかかわらず富を国内に蓄積して国際経済への貢献に消極的な感があり私個人としてはどうかなあと思っているところではあるのですが、まあ私のそういう先入観を打破する連載になるかもしれないと期待しております。

濱口桂一郎『日本の労働法政策』

hamachan先生ことJILPTの濱口桂一郎先生から、ご著書『日本の労働法政策』をご恵投いただきました。ありがとうございます。


日本の労働法政策|労働政策研究・研修機構(JILPT)
2004年にミネルヴァから出ている『労働法政策』の大幅増補版ということで、古くは明治期からこんにちに到るまでのわが国の労働法政策について余すところなく論じられた、1,000頁を優に超える記念碑的な大作です。実は浅倉ほか『労働運動を切り拓く』を読みふけっているところに到着したのですが、その直後から本書の第4部を参照しながら読むようになりました(笑)し、私自身が労働法政策に深入りしていた週40時間制導入あたりから労働契約法の制定あたりまでのところは非常に懐かしくつまみ食いしました。通読するのは骨が折れそうですが、座右に置いて都度参照するにも非常に優れた文献と思います。欲を言えば巻末に索引がほしいところですが、さらに100頁くらい増えてしまいそうなので致し方ないところでしょうか。

労働法政策

労働法政策

浅倉むつ子・萩原久美子・神尾真知子・井上久美枝・連合総研編『労働運動を切り拓く』

連合総研の新谷信幸さんから(だと思う)、浅倉むつ子・萩原久美子・神尾真知子・井上久美枝・連合総研編『労働運動を切り拓く-女性たちによる闘いの軌跡』をお送りいただきました。ありがとうございます。

労働運動を切り拓く 女性たちによる闘いの軌跡

労働運動を切り拓く 女性たちによる闘いの軌跡

陳腐な言いぐさですが、まさに大河ドラマと申しましょうか。戦後まもない1949年から組合活動に従事された多田とよ子氏をはじめ、昭和から平成の女性労働運動に重要な役割を果たし、その手で社会を変えてきた12人の活動家のインタビュー(うち1人は講演録)を中心に、編者たちが解説を加えた本です。活動家の義憤、苦悩、闘志や連帯がひしひしと感じられるとともに、その不屈さ、前向きさ、そして明るさに深い感銘を覚えます。職場に到着するや否や思わず読みふけってしまいましたが、こういう地雷を職場に送られると仕事にならないので困るのですが(笑)。じっくりと噛みしめて読みたい本だと思います。

  • 余談ですが、多田氏が戦時中に私の自宅近くの調布市(国領町)の東京重機工業で働いていたとの記述がありました。地元では知られていることですが戦時中には10万挺近い歩兵小銃を生産した軍需工場であり、戦後は工業用ミシン事業の生産拠点として発展しましたが、産業構造が変化する中で2000年には稼働を終了して本社のみが残り、2010年には本社移転にともなって跡地がイトーヨーカドーに売却され、現在ではショッピングモールとなっています。この週末にでも、あらためて訪れてみたいと思います。

リクルートワークス研究所「Works Roundtable 2018」

 昨日開催された表記のイベントにご招待たまわりましたので参加してまいりました。クローズドのイベントなのであまり具体的にご紹介するのもいかがなものかとも思うのですが、まあ参加無料のイベントなのである程度はいいかな。つか昨年もけっこう詳細に紹介していますしね。宣伝にもなるということでご容赦ください、って例によって誰も見てないと思うが(笑)。
 さてまずは主催のワークス研究所の大久保幸夫所長による「新・マネジメント論」という基調講演がありました。基本的な問題提起は「ミドルマネージャーの圧倒的多数がプレイングマネージャーとなっているにもかかわらず、マネジメント手法は専任マネージャーのためのものしかない」「専任マネージャーを前提とした管理統制型のマネジメントは多様性に対応できず、イノベーション促進には不向き」というもので、これに対して「プレイングマネージャーのための配慮型マネジメント」を提言する、というものでした。
 配慮型マネジメントには具体的には4つの要素があり、ひとつが「関心」で多様なメンバーひとりひとりの個性や価値観などに関心を持つこと、次が「補完」でマネジメントも含めたすべての仕事をメンバーとシェアしてメンバー相互や組織内外との強み/弱みの補完関係を構築すること、次が「支援」でメンバーに権限を委譲したうえで側面支援を行うこと、最後が「環境」でメンバーの働きやすい環境をつくる、とのことで、まあ最近流行りはじめているティール/ホラクラシーなんかとも接近した話といえるかもしれません。
 これについては現にプレイングマネージャーが職場の中核になっている中ですでに実践的にかなり実現している内容も多いと思うのですが、それもあってか参加者のみなさま(ほとんどは有力企業の人事担当の幹部クラス)にもあまり違和感なく好意的に受け入れられていたように見えました。特に大久保氏は依然として残る管理統制型の旧弊として具体的に「査定」と「転勤」を上げられ、査定については現状はかなり徹底したマイクロマネジメントになっていて、マネージャーは常時査定関係ににかかりきりになっているが、これは生産性が低いばかりではなく、視野が短期的になってイノベーションを阻害するのではないか、と指摘されました。その上で、配慮型マネジメントにおける査定は「中長期的に」「プロセスを細かく見るのではなく成果を大づかみに」「過去の成果についてもそれ以降の成果につながれば遡及して」実施するのが望ましいと述べられました。
 転勤についてはキャリア自律との関係で、まあ転勤に限らずわが国のメンバーシップ型雇用においては職務全般を企業が無限定に指定するわけでキャリア形成も企業に依存する部分が大きいわけですが、勤務地の変更まで企業次第ということだと(プライベートも含む)キャリア自律はまあ断念せざるを得ないよねという話です。
 それでは具体的な人事制度や組織は、というのがその後の第1セッション「次世代人材マネジメントの「視界図」を描く-2025年以降の人事・組織のあり方を考える」のテーマで、ワークス研究所の城倉亮・坂本貴志両研究員が仕切っておられましたが、自由度の高い働き方やキャリア自律への志向が高まっているという調査結果が示されたあと、では具体的にどうするか…という話はややピンと来ない感はなきにしもあらずだったかなあ。かつて典型的だった全員が管理職をめざす人事管理ではなく、ある時点でプロフェッショナルとして一定の完成をめざす(その後はさらに同分野の専門性を高める/複数分野の専門性を獲得する/分野を変更してさらに高度な専門性をめざす、といったコースに分化するのだという概念図が示されていました)人事管理に変えていくべきだ、ということで、まあ基本は大久保所長の「川下り-山登りモデル」で、「川下り」を過ぎた後では、もちろん一部の人は管理職として昇進していくわけですが、そうでない人は市場価値を有するプロフェッショナルとして「山登り」をするのだ、ということでしょうか。似たような提案は他の識者からもありますし、それが「視界図」だ、ということならそうなのかもしれません。
 さて私の感想をいくつか書きたいと思いますが、ひとつは配慮型マネジメントにおける人事評価は「中長期的に」「プロセスを細かく見るのではなく成果を大づかみに」「過去の成果についてもそれ以降の成果につながれば遡及して」という提案には非常に共感するものがあり、余談になりますがこれってたびたびノーベル賞学者などが問題提起しているわが国の大学等における研究のあり方にもつながる話だなあなどと思いながら聞いておりました。業界や企業によってはプロジェクトの成功確率が相当に低く、かつかなりの長期にわたるケースもあるわけで、プロセスを見ないという話になると毎年とかの間隔で評価すること自体が無理という話になります。ということはこれはあれだなかつての年功的賃金に原点回帰するということだななどと思うことしきり。ただまあけっこう似たような感想を持たれた参加者の方もいたようなので、案外そんなもんなのかもしれません。まあ大きな差はつけない(大きな貢献に対しては刺激的な報酬で報いる)という人事管理に向かうのでしょうか。
 これを裏返せば大久保氏が指摘するような非効率的な査定になるわけで、特に昇進昇格のように(現時点でも将来的にも)大きな差をつけようとすると、その理由はなんとなくとかいうわけにはいかないわけで、それなりに明確な説明がなければ納得が得られないでしょうし意欲の低下にもつながりかねないでしょう。でまあそこまで差の大きくない査定であってもいずれはそれが大きな差に効いてくるわけで、結局はマイクロマネジメントに注力せざるを得なくなるわけですね。でまあそれがかえってイノベーションを阻害するのだということになるのであれば(その証拠は見せてもらっていませんがまあそうかなとも思う)、みんな同じくらいだから細かい話はせずにのびのびやりましょう、そのほうが多様性にも対応しやすくて俗に言う「とがった人材」も生かしやすいからイノベーションにもつながるでしょう…というのは、けっこう魅力的な考え方のように思われます。実際問題、こういうイベントに人事部長さんが出てくる企業というのは採用段階ですでにそれなりに選抜された人材を集めているわけで、となると、もちろんそれなりに目に見える差もあろうでしょうが、しかしボリュームゾーンは意欲も能力もほとんど違わないというのが実態のはずで、そこにどうにか差をつけようというのが無理な話と思わなくもない。
 とはいえ、いずれはハイレベルなマネジメントに向かう人とプロフェッショナルとして生きる人との選別は行われざるを得ないわけで、それをいつ・どのように行うのかというのは重大な課題でしょう。今のところ私はそれを企業の人事管理の中でやるのは難しそうだから入社時点で分けるしかないのかななどと考えているわけですが、もちろんこの手の話は企業の都合で全部決められるものでもないし決めていいものでもないでしょうから悩ましいところです。
 これについては、今朝(10月31日)の日経新聞のインタビュー記事に慶応の鶴光太郎先生が登場されて、新卒採用と雇用慣行についてご見解を述べられたあと、最後に「私たちの心の中にある、現状を変えたくないという意識が日本の雇用システム改革を阻んでいる」と指摘されているのが非常に適切だろうと思っています。残念ですが、これは企業労使がベストプラクティスを目指すのでは解決しないのではないか。たとえば日立製作所さんが、たとえば「人材育成はしません、少数の優秀者を通年で採用します」(いずれもあくまで「たとえば」ですが)と言ったときに、優秀な人材の多くは「わが社はこれまでどおりに新卒採用全員をエリート候補として育成します」という「現状を変えない」企業に流れてしまうのではないかという懸念ですね。そうだとするとこれは政策的に介入しなければ変わらない話であり、しかしそこまでやるのであれば相当に慎重に議論して結論を出す必要はあるだろうなと思います。
 他にもいろいろと考えさせられるものがあって有意義なセッションでしたがこの程度とさせていただいて、あーあとあれだな最後にデータの解釈について、世代間の意識格差を強調して世間全体の趨勢を軽視するのはややミスリーディングではないかと思って学会の自由論題みたいな発言をしたのですがこれはさすがにKYだったかな。まあ間違ったことは言っていないと思いますのでご容赦ください>参加者のみなさま←だから見てないって(笑)。
 第2セッションは「ダイバーシティとテクノロジーの新しい関係」に参加しました。多様性を包摂(インクルージョン)していくためにテクノロジーが大いに役立つのではないかという議論で、石原直子センター長が仕切っておられました。具体的事例も豊富で非常に面白く、多くの参加者を集めていました。
 まず最初に石原さんがワークス研究所の豊富な取材の中から5件の事例を紹介されました。具体的内容は以下掲載誌をご参照ください。
「高齢者×クラウド」「製造・保守現場×AR」Works#131
「難聴者×補聴器」Works#147
「女性・高齢者×ロボット」Works#149
「すべての社員×VR学習」Works#150
 続いてリクルートの特例子会社であるリクルートオフィスサポート経営企画室の湊美和さんが同社での取り組み事例を紹介されました。 具体的には在宅勤務の拡大で障害者雇用に大きな成果を上げているという話で、首都圏では障害者の採用が厳しい中で地方在住者を在宅勤務で雇用しているという事例です。障害者は通勤に困難がある人が多いと思われますが在宅であればその懸念は低く、また就職のために広域移動するのも難しい人が多いと思われますので、求人の少ない地方であれば首都圏に較べて人材確保も進みやすいでしょう。加えて、障害者の中には面着でのコミュニケーションに困難がある人も少なくないと思われ、そういう人は往々にして孤立しがちですがスカイプを利用したモニター越しのコミュニケーションであればかなりコミュニケーションに伴う負担は軽減され、したがって孤立を避けることができるのは大きなメリットだろうと思います。もちろん情報通信機器などの整備は必要ですしそれなりのコストは要しますが、オフィス通勤であっても同様に必要なものも多く、通勤手当も不要ですし、なにより求人コストの軽減を考えればコスト的にも十分にメリットがあるのではないでしょうか。
 ということでいいことづくめの取り組みなのですが、課題はおそらく適職の確保で、同社の場合はリクルートの各事業で口コミサイトに寄せられる膨大なコメントをチェックして掲載の可否を判断し、必要に応じて掲載できるよう修正を加えるという仕事を担当しているとのことです。なるほどこれは相当の業務量が確保できそうであり、かつ進捗管理も容易で在宅勤務に好適な仕事といえそうです。もっとも同社でもこれ以上の拡大には適職の開発が必要であるらしく、これが課題となっているとのこと。その場でも適職の有無に関して議論がありましたが、たしかに以前ご紹介した小倉一哉先生のご指摘のように「食わず嫌い」の部分があることは否定できないものの、しかしやはりオフィスにも出勤しつつ一部をテレワークする場合に較べると業務の全部を在宅でというのはかなり難しくなるという印象は受けました。
 さいごにひとつ感じたのは、すでに多くの問題提起があり議論も進んでいるわけですが、たとえば企業のコールセンターでの問い合わせ対応業務などは障害者の在宅勤務の適職かもしれないと思われる一方、チャットボットを使ってまるごと自動化してしまう試みも進んでいるわけで、テクノロジーというのも使い方次第では包摂にも排除にも結び付くのだろうなと、まあそんなことをあらためて思いました。
 ということでたいへん有益な半日を過ごさせていただき感謝申し上げます。今回私としてはかなりしゃべりすぎた自覚はあり、来年以降は出入り禁止になりそうな予感がひしひしとしますが(笑)、どうかご容赦を、ってだから見てないって。

70歳就業と中途採用

 昨日、政府の未来投資会議が開かれ、会議に提出された論点メモという資料によると「70歳までの就業機会確保の進め方」「中途採用促進の進め方」「疾病・介護予防の進め方」の3つの論点が取り上げられたようです。さすがに連合の神津会長(と労政審の樋口会長)が加わるようですね。今朝の日経新聞から。

 政府は22日、未来投資会議(議長、安倍晋三首相)を開き、「人生100年時代」を踏まえた雇用制度の改革案を議論した。大企業の中途採用比率を開示するなどで中途市場の拡大を後押しし、1つの会社で勤め上げる日本の雇用慣行の見直しにつなげる。高齢になっても能力に応じた就業機会を得られるよう、仕事の内容で評価される賃金制度の浸透を目指す。
(平成30年10月23日付日本経済新聞朝刊から)

 議事要旨などはまだ公開されていないのですが、官邸のウェブサイトに安倍首相の発言が掲載されていました。

「本日は、安倍内閣の最大のチャレンジと位置づけております、全世代型社会保障へ向けた改革について議論を行いました。
 まず、65歳以上への継続雇用年齢の引上げについては、70歳までの就業機会の確保を図り、高齢者の希望・特性に応じて、多様な選択肢を許容する方向で検討したいと思います。
 来年の夏までに決定予定の実行計画において具体的制度の方針を決定した上で、労働政策審議会の審議を経て、早急に法律案を提出する方向で検討したいと考えています。茂木大臣、根本大臣を始め関係閣僚は、これに向けた検討を進めていただきたいと思います。
 また、中途採用、これはキャリア採用と言ってもいいことだと思いますが、キャリア採用拡大・新卒一括採用見直しについては、企業による評価・報酬制度の見直しが必要です。加えて、政府としては大企業に対し、キャリア採用比率の情報公開を求めるといった対応のほか、私自身も先頭に立って、熱心な大企業を集めた協議会を創設し、運動を展開していきたいと思います。その際、今日いろんな御意見が出ました。中途採用を大企業が拡大していくことによって、中小企業が受ける影響等、様々な課題についてもしっかりと留保しながら進めていきたいと思いますので、産業界の御協力をよろしくお願いします。…」
https://www.kantei.go.jp/jp/98_abe/actions/201810/22mirai.html

 ふむ。まあこれは6月に人生100年時代構想会議がまとめた「人づくり革命基本構想」に記載があるとおりの内容なので、まあ既定路線といえば既定路線ではありますね。省略した部分(疾病・介護予防)については基本構想では触れられていないのですが、まあ70歳継続就労を進めるならセットで必要な取り組みではあるでしょう。
 さて上記論点メモをみますと、「70歳までの就業機会確保の進め方」についてはこんな感じです。

○70歳までの就業機会の確保を図りつつ、65歳までと異なり、それぞれの高齢者の希望・特性に応じた活躍のため、多様な選択肢を許容し、選択ができるような仕組みを検討する必要があるのではないか。
○法制度についても、ステップ・バイ・ステップとし、まずは、一定のルールの下で各社の自由度も残る法制とすべきではないか。
○65歳までの現行法制度は、混乱が生じないよう、改正を検討しないこととするのではないか。
○年金支給開始年齢の引上げは行うべきでないのではないか。他方、年金受給開始年齢を自分で選択できる範囲は拡大を検討すべきではないか。

 私がかなり適当にまとめちゃっているので正確なところは資料におあたりください(なお「改正を検討しないこととするのではないか。」はママです)。
 さて「65歳までの現行法制度は、混乱が生じないよう、改正を検討しない」というのはいかにも迫力を欠く感はありますが、まあ現行法を強化してさらに70歳というのは主に企業の負担が重いだろうという配慮でしょうか。まあ民間労使の取り組みが全然進んでいない中では致し方のないところではあるでしょう。このあたり、全体としては官邸主導でものすごく拙速に検討が進められている感はあって大丈夫かと思うわけですが、しかし民間労使の動きが遅いから官邸が出てくるんだよと言われるとツラいものはありそうです。労使(特に労組)にがんばってもらいたいのですが…。
 そこで「65歳までと異なり、それぞれの高齢者の希望・特性に応じた」となっているわけなので、現行法制度が求めている希望者全員の継続雇用、具体的には定年制の廃止・定年延長・65歳再雇用/雇用延長以外の選択肢も認めようという話なのでしょう。
 ところがそれが具体的になにかという話になると、資料を見るだけでははっきりしません。経団連の中西会長の資料も70歳就労については「高齢者の多様性をうまく活かした、幅広い活躍の場を用意することが必要」と記すにとどまっておりいささか腰が引けておりますな。かたや連合の神津会長の提出資料には作業環境の改善、労働条件の改善に加えて65歳年金支給とかセーフティネットとか助成金とかいろいろ書かれていますが(まあ労働組合だから当然d)、「多様な選択肢」については一言も触れておりません。とりあえず樋口先生の資料には一応「…経済的な理由から働くことを希望する高齢者が増加するとともに、例えば短時間勤務や起業のほか、地域でのボランティア的な就労など様々な働き方に対するニーズも高まっている。」と書いてあるのですがはあそうですかという話であり、まあおカネが欲しい人には稼げる就労を、それほど必要でない人はまあボランティアとかでも、という中身のない(失礼)話です。これに続けて樋口先生は「労使の代表にも、個々の高齢者がしっかりとした生活設計が出来るよう、その希望に応じて働ける制度づくりに向けた議論をお願いしたい。」と労使を叱咤しておられますが、こちらが本筋なのだろうと思います。あとは根本厚労相の提出資料に小さく(笑)「企業のみならず様々な地域の主体による雇用・就業機会を開拓」と書いてあるのが目につくくらいですが、まあ「65歳まで雇われていた企業で続けて働く」以外の手段を考えようとしているのは選択肢の多様化という意味では好ましいと思います。
 まあなんにしてもこれからの話であり、労使でしっかり話し合って欲しいと思います。首相は「来年の夏までに決定予定の実行計画において具体的制度の方針を決定した上で、労働政策審議会の審議を経て、早急に法律案を提出する方向」と述べたそうですが大丈夫かなあ。まあ政治的に早く成果を見せたいというニーズはあるのでしょうが、影響が大きくなりかねないだけに慎重であってほしいとも思います。論点メモにも「法制度についても、ステップ・バイ・ステップとし」とあるように、早くやりたいなら変化は小さなものにするのが妥当ではないかと思います。

  • なお続けて「一定のルールの下で各社の自由度も残る法制(強調引用者)」というのはかつての基準制度(労使の合意で継続雇用の対象外となる基準を設定できる)を指しているのだろうと思いますが、「各社」というのが少々気になります。各社=各企業ですから使用者ということになるわけで、使用者の自由度と読むとすれば基準制度よりさらに踏み込んで使用者が基準を設定しうるという話になりかねません。おそらく含意するところは「各社の労使」なのでしょうが、まあ官邸官僚の資料だから仕方ないのかな。労働官僚はこのあたり抜かりないものと思いますが。

 さて続いては「中途採用促進の進め方」になりますが、論点メモにはこうあります。

人生100年時代を踏まえ、働く意欲がある労働者がその能力を十分に発揮できるよう、雇用制度改革を進めることが必要ではないか。
○特に大企業に伝統的に残る新卒一括採用中心の採用制度の見直しを図るとともに、通年採用による中途採用の拡大を図る必要があるのではないか。
○このため、企業側においては、評価・報酬制度の見直しに取り組む必要があるのではないか。政府としては、個々の大企業に対し、中途採用比率の情報公開を求めるといった対応を主とするのではないか。
○上場企業で中途採用に熱心な企業を集めた「中途採用協議会」を活用し、雇用慣行の変革に向けた運動を展開するのではないか。

 こちらは短いので全文です(笑)。まあ企業の人事管理の立場からすれば端的に余計なお世話というところでしょうがそれはそれとして。
 正直ぱっと読んで意味がわかる文章ではないと思うのですが、各議員の提出資料をみるとさらに混迷が深まるのでありました。まず樋口先生の資料ですが、こうあるだけです。

 中途採用の促進に向けては、機運の醸成や情報交換が重要であり、そうした観点から、中途採用に積極的な上場企業を集めた協議会の設置を急ぎ、就職氷河期世代も含め、転職・再就職者の採用機会を広げる方策を進めていただきたい。
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/keizaisaisei/miraitoshikaigi/dai20/siryou5.pdf

 連合の神津会長提出資料においては、該当部分の冒頭にこう書かれています。

○景気低迷により就職が困難だった世代の者や介護離職者などが長期間安定的に就労できるよう幅広い年齢層における中途採用促進が必要
就職氷河期世代、子育て離職女性、介護離職者などが、中途採用により長期間安定的に就労するため、マッチング施策の強化、転職・再就職に特化した職業訓練の推進、受入企業における労働条件の整備が必要

就職氷河期で特に非正規で働く者を、積極的に正社員化…
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/keizaisaisei/miraitoshikaigi/dai20/siryou7.pdf

 あとは中途採用の賃金を上げてほしいという話が大々的にあり、他にも格差の固定化を防ぐための教育訓練や正社員中途採用への助成といった話が盛り込まれるに止まっています。
 根本厚労相の資料はこうなっております(機種依存文字は変更しました)。

就職氷河期世代の一人ひとりが抱える課題に応じた寄り添い型の就職・キャリア形成支援の強化
 特に、長期にわたる無業者への職業的自立に向けた相談支援と生活支援をワンストップで行う体制の整備
中途採用に前向きな大企業からなる協議会を開催し、好事例の共有等により社会全体の機運を醸成
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/keizaisaisei/miraitoshikaigi/dai20/siryou8.pdf

 ということで、ここまでは共通して最大の関心事は就職氷河期世代の就労対策であり、たしかにこれは非常に重要な課題だと私も思いますがしかし雇用制度改革を進めるとかいう感じは全然しないな。もちろん就職氷河期と「新卒一括採用中心の採用制度」は非常に関係しているわけですが、しかし「だから見直せ」とまで言う人はここまではいないようです。
 じゃあ誰が行ってるのさ、経団連の中西会長でしょう…と思ったら違いました。まあ会議で口頭の発言はさすがにあったのだろうと思いますが、中西会長提出資料には中途採用に関する記載は一切なく、新卒一括採用についての記載があるのみで、しかもその9割方は大学に注文をつけているだけです(まあ柴山文科相もいる場なので大学に注文付けて悪いたあ言いませんが)。
 ということで提出資料を見るかぎりでは「雇用制度改革」「伝統的に残る新卒一括採用中心の採用制度の見直し」「通年採用による中途採用の拡大」に熱心なのは唯一SOMPOホールディングス社長の櫻田謙悟氏のみということのようです。櫻田氏は経済同友会の人材戦略と生産性革新委員会の委員長を務めておられ、提出資料のおおむね上半分は昨年の同委員会の提言の、おおむね下半分は同じく本年の提言のポイントを記載したもののようです。
 そこでこれらの提言を読んでみますと(おすすめはしませんが)、一言でいえば経済同友会らしいロマンティックなファンタジーであって、もちろんそれが経済同友会の役割だと言われればそうなのだろうと思います。でまあ内容にいちいちコメントしていたら大変なことになるので(笑)やめておきますが、とりあえず法律や制度を変えれば一晩で世の中ががらっと変わるってもんじゃないんだぞとは思うかなあ。移行コストというものを十分に考慮していただいたほうがよろしいかと。いやもちろん同友会のお仲間で自分たちでまずやりますと言っておられる案件もありますのでそれは立派ですしおやりになればよろしかろうと思いますが。ちなみに冒頭紹介した首相の発言で「また、中途採用、これはキャリア採用と言ってもいいことだと思いますが」とあるのは、櫻田氏が同友会の昨年の提言をふまえて「中途採用という語はイメージが悪いからキャリア採用ということにしよう」と提案したことを受けてのことだろうと思います。おそらく予定稿には「中途採用」とあったのを言い換えたのでしょう(ただし同友会の提言では「非正規は除く」となっておりますが)。まあ言い換えれば済むなら害はないよな。
 さて首相は続けて「キャリア採用拡大・新卒一括採用見直しについては、企業による評価・報酬制度の見直しが必要です。加えて、政府としては大企業に対し、キャリア採用比率の情報公開を求めるといった対応のほか、私自身も先頭に立って、熱心な大企業を集めた協議会を創設し、運動を展開していきたいと思います」と発言したわけですが、「企業による評価・報酬制度の見直しが必要です。加えて、政府としては」ということは、評価・報酬制度の見直しは企業(労使)にお任せして、政府としてはそれに続く情報公開やら協議会やらをやるぞという話でしょう。とりあえず企業の人事管理に手を突っ込もうという筋の悪い話ではなさそうで、あとはその協議会とやらに経団連主要企業やら経済同友会人材戦略と生産性革新委員会委員企業(笑)やらが参加を要請されてめんどくせえという話ですね。
 これは案外迷惑な話かもしれず、この協議会に加わることが「新卒一括採用を見直し中途採用を推進する企業」、つまりは「若年者の育成に熱心でない企業」というメッセージになってしまう可能性があるからです。いやもちろん本当に新卒採用も企業内育成もやめるというのであればそれでもいいかもしれませんが、それってあまり良好なレピュテーションにはならないんじゃないかと思うことしきり。逆にすべての企業が企業内育成をやめて全面中途採用をやりますということになると中途採用する人材を誰が育てるのさという話になるわけですね。ここは中西氏が非常な熱意をもって大学に注文をつけておられることなどから推測するに、働く人(未成年であれば保護者など)の自己責任あるいは政策的な支援などによる費用負担のもと、大学などの人材育成機関が行うということにならざるを得ないのかもしれません。あるいはタダ働きのインターンシップでという話もあり、まあ欧米ではむしろ普通の姿でしょう。したがってハイレベル人材は企業にとってはひどく高コストになる(そして格差は拡大するまたは階層が固定化する)わけですが、まあそれがいいというのが国民の選択であるというならそれもいいかもしれません。少なくともじっくりと時間をかけて議論すべき問題であり、蛮勇を振るう場面ではないと思います。
 あとはちょっと関心をひかれた話を2点ほど。1点めはその中西氏の大学への注文の資料に関するもので、該当ページのタイトルは「新卒採用のあり方─企業・大学に求められる改革」で、こんなことが書かれています。

新卒採用のあり方─企業・大学に求められる改革

○急速な技術革新やグローバル化の中で、従来より高度で多様な人材が求められる。
○企業は、求める人材やキャリア形成の考え方を明確に発信することが必要。
○大学は、時代の変化に対応して、文理横断で質の高い教育を提供することが重要。
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/keizaisaisei/miraitoshikaigi/dai20/siryou6.pdf

 この後に【大学の教育改革の課題】として6項目が列挙されていますがここでは取り上げません。タイトルには「企業・大学に求められる改革」とある割には企業の改革は1行だけであり(笑)、それが「企業は、求める人材やキャリア形成の考え方を明確に発信することが必要」ということになっています。問題はこの「求める人材やキャリア形成の考え方」をどの程度具体的に「明確に発信」するのか、というところだと思われます。
 これについては、この議論の「中途採用」という文脈であれば、中途採用についてはすでに多くの企業がかなりスペックを絞った募集・採用をしているものと思われます(その後のキャリアは無限定になることが多いような印象はありますが)。新卒一括採用はしない、通年採用だということであれば、かなり具体的に特定して「明確に発信」するということになるでしょう。でまあ「高度で多様な人材」を求めるというわけですから、相当に多数・多様(で高度)な「求める人材やキャリア形成の考え方」を「明確に発信」するということでしょう。
 いっぽうで大学としてみれば、これだけあれこれと注文をつけられるのであれば「発信されたとおりの人材を育成したら必ず採用してくれるんですよね」とは言いたくなるでしょうねえ。本当にそれが約束できるのかについては、まあ例によって日立さんがやってみればいいと思います。協議会とやらで押しつけられたら迷惑だという企業もそれなりにありそうな気はしますが、日立さんがそれで成功すれば追随する企業もあるでしょう。とりあえずSOMPOホールディングスは当初から追随するかも知らん。
 もうひとつは雇用政策とは関係なく(笑)、事務局が準備した資料集の中で非常に興味深いデータを発見したという話です。この資料の18ページの「転職後の活躍状況について」ですが、言いたいことは「転職の実態を見ると、異業種・異職種への転職も多い」「転職後の活躍の状況についても、異業種・異職種への転職が一概に低いとは言えない」ということで、必ずしも同業種・同職種にこだわらず転職を進めましょうということのようです。その根拠としてこのページの右側に同業種/異業種、同職種/異職種のそれぞれについて転職者が「活躍している」か「活躍していない」かの評価をたずねた結果が示されていて、たしかにどのパターンもほぼ半々になっているので「異業種・異職種への転職が一概に低いとは言えない」には違いありません。違いありませんが、しかし転職者を採用して活躍しているのが半数だけというのはさすがにまずいだろうとは思うなあ。転職者採用の成功確率が50%というのでは、さすがに何を見て採用してるんだと言われても仕方ないような気が。これはむしろ中途採用に否定的なデータじゃないかと思います(ちなみに元ネタはこちらにあります)。
 なお最後に本当にどうでもいい話で恐縮ですが(笑)、論点メモの資料の記述では3つの各論点がいずれも「人生100年時代」をマクラに使っているのですが、それぞれ「人生100年時代を迎え」「人生100年時代を踏まえ」「人生100年時代を見据え」といちいち微妙に違っているのは意図的なのだろうか。深い意味はなさそうに思えるのですが、まあ同じでは芸がないと思ったかな。

公務部門における障害者雇用

 これも意見照会を頂戴していた案件ですが事実関係がはっきりしないところが多くコメントしにくいなあと思っておりましたが、今般第三者検証委員会の報告書が発表され、厚生労働省のウェブサイトにも掲載されています(国の行政機関における障害者雇用に係る事案に関する検証委員会報告書)。新聞各紙もこぞってウェブニュースで報じているのですが有料記事ばかりであり(笑)、無料で読める範囲で詳しいのは産経のこの記事かな。報告書の方はまだじっくりと読み込めてはいないのでだいぶ荒っぽい議論になりますがご容赦ください。さて。

 中央の行政機関が雇用する障害者数を水増ししていた問題で、弁護士らによる国の第三者検証委員会(委員長・松井巌元福岡高検検事長)は22日、調査報告書を公表した。退職者や視力の弱い人を多数算入したとし、「(障害者の範囲や確認方法の)恣意的解釈」「ルール理解の欠如」「ずさんな対応」が原因と指摘した。各省庁は「意図的な不正算入はない」と回答したが、検証委は「法定雇用率を充足するため、不適切計上が行われてきたことがうかがえる」と故意性を問題視した。
 検証委は9月から33行政機関にヒアリングを行い、昨年6月時点の雇用状況について、28機関で3700人が不適切に計上されていたと認定。うち退職者が91人含まれていた。国のガイドラインで定めた障害者手帳などの所持が確認できていない人は3426人。健康な人が多数計上されている可能性がある。
 報告書はこの日開かれた関係府省庁の連絡会議に提出された。政府は報告書の内容を踏まえ、法定雇用率を満たすため来年中に約4千人の障害者を雇用する目標を掲げた。
 報告書は、最も多い1103人を水増ししていた国税庁で、「うつ状態」や「不安障害」の精神疾患を「内部機能障害」として身体障害者に不正計上していたと認定。629人と2番目に多かった国土交通省では、退職の有無を確認せず漫然と障害者リストを引き継いでいたため、退職した74人を計上していた。総務省環境省では、障害者としていた人のほとんどが矯正視力でなく、裸眼視力で判断していた。
 こうした問題の背景として、各機関が障害者の範囲や確認方法について「ルールに沿わない恣意的な解釈」をしていたことや、「独自の実務慣行が引き継がれていた」と指摘。不適切計上は平成9年ごろに最も早く始まったとみられるが、開始時期は大半の機関で確認できなかった。
 一方、所管する厚生労働省に対し「実態把握についてほとんど視野に入っていなかった」と批判。「身体障害者は『原則として』手帳の等級が1~6級に該当する者」との不明瞭な通知を16年から出し続け、必ずしも手帳で確認しなくてもよいとの誤解を各機関に生んだことも指摘した。…
https://www.sankei.com/life/news/181022/lif1810220012-n1.html
https://www.sankei.com/life/news/181022/lif1810220012-n2.html

 報告書を読むとずさんな管理実態がこれでもかこれでもかと列挙されていて率直に申し上げてちゃんとやってくれえと申し上げざるを得ないわけですが、まず正しい管理をおさらいしておきますと、昭和51年の障害者雇用促進法改正の際に「改正身体障害者雇用促進法の施行について」という通達(昭51.10.1職発447号)が出ており、

 今回の改正により、法の対象とする身体障害者の範囲を身体障害者福祉法に規定する身体障害者の範囲に一致するように改めた(法第二条第一項及び別表)。…
身体障害者福祉法においては、その主たる対象とする身体障害者を…身体障害者手帳…の交付を受けた者に限つているところであるが、同法別表に掲げる身体上の障害を有する者のすべてが必ずしも身体障害者手帳の交付を受けているものではないこと等にかんがみ、この法の対象となる身体障害者であるか否かの確認は、身体障害者手帳によるほか、法別表に掲げる身体障害を有することの医師の診断書によつて行うものとする。

 「原則として身体障害者手帳」というのは、例外として「医師の診断書」を認めるという趣旨であることがわかります。これについてはこのあと法改正が重ねられ、対象者が知的障害者精神障害者と拡大する中でも同様に厳格に定められている(具体的にはたとえば(独)高齢・障害・求職者支援機構が作成している納付金制度の申告書の記入マニュアルの29-30ページあたりをご参照ください)わけですが、ここを自在に拡大解釈していたというのが実情のようです。
 さてこの報告書、なぜかコピペも検索もできない設定になっている(さらに不思議なことに報告書本文に続く「参考資料」の目次にあたる1ページ(72/202)だけはコピペも検索もできるという謎設定)ので具体的な状況は報告書におあたりいただきたいと思いますが、たとえば記事にある「「うつ状態」や「不安障害」の精神疾患を「内部機能障害」として身体障害者に不正計上」については、

○平成29年度に新たに対象障害者とされたものの人数は271名であり、そのうち身体障害者が268名(内部187名(69%)、肢体44名、視覚21名、聴覚16名)、精神障害者が3名である。内部187名のうち、80名(42%)が「うつ病」「適応障害」「統合失調症」「ADHD」「アスペルガー」といった精神疾患や、「うつ状態」「適応障害の一歩手前」「不安障害」といった状態とされている者を診断書や人事調書を根拠として計上していた。

 というまことにずさんな実態であり、まず精神疾患内部障害としている点で障害者雇用のごく初歩の知識すら欠如しているわけであり(内部障害は典型的にはペースメーカーや人工透析などでかなり狭く規定されています。なお内部障害を内部機能障害と書いたのはたぶん産経のエラーで、報告書は内部障害となっています)、さらに精神障害の確認方法については原則として手帳(例外は更新申請中)しか認められておらず診断書でも不適切であり(人事調書は論外)、かつ「うつ状態」「適応障害の一歩手前」といった一般的に精神障害精神疾患に該当しない可能性の高いものまで計上するというオソマツな状況のようです。つか何だよその「一歩手前」って…。
 やはり記事にある環境省の例でも「眼鏡使用状況から裸眼の視力が相当程度悪いものと認識し、法別表の(引用者注:矯正視力による)視力の数値を、裸眼視力によるものと誤って認識して計上された」ということのようで(まあ他の多くの省庁で裸眼視力での計上が行われていたようではあるのですが)、いやその「眼鏡使用状況から」なにを判断できるんだよ…。なお記事にはありませんが農水省でも「健康診断の結果、または普段の素振りなどから見てそうではないかという職員に同意をとって計上するという運用がずっと行われてきた」のだそうでなかなか味わい深いものがありますな(強調引用者)。まあ同意はとっていたようですが、この場合は同意したところで特段損するわけでもないのでねえ(同意したから差別されるということもあるまい)。
 ちなみに中には警察庁のように「障害者の確認作業は…すべて本省人事係で、手帳の写しを取って確認し…例外である指定医の診断書による確認も検討したが、プライバシーの問題との兼ね合いもあり、手帳による確認のみを認める」と、きわめてきちんとやっている省庁もあるということもご紹介しないと不公平というものでしょう。厚生労働省もリストアップするときには手帳などで確認はされていたようで、まあそれなりですね。
 ということでほとんどの省庁で「前任者から名簿を引き継ぎ、退職などを引いて新規の人を付け足す」という運用がされていたようで、まああれかな、好意的に考えれば公務部門には民間のような納付金・給付金制度があるわけではないので、法定雇用率を充足してるんだから前例踏襲でいちいち毎年確認しなくていいでしょ、という感じで「ルールに沿わない恣意的な解釈」や「独自の実務慣行が引き継がれていた」というところでしょうか。報告書でも「民間が半分も達成できていないのに公務だけが楽勝ってのはなんかおかしいと思わなかったのかね」(意訳)と指摘されているわけですが、まあこのあたりわれら民間も公務はいいよねえ採算度外視あーこらこらこら、いや率先垂範すべき政府ガーとかいう向きもあるようですが民間もこの実態ではあまり強いことは言えないなと、思わなくもない。ちなみに民間も毎年1回障害者雇用状況報告書を提出することになっており一応自己申告ではあるのですが、障害者手帳の写しなど確認書類の保存が義務付けられているのでここまでいいかげんではなかろうと思う。やはり納付金・給付金の存在は大きいなと。
 さて厚生労働省の問題というのもあったようで、報告書はこう指摘しています。

厚生労働省(職業安定局)から国の行政機関に対して、身体障害者の範囲、確認方法について誤解を生じさせかねない記述の通報依頼通知が発出されるようになった。すなわち、平成16年から「身体障害者とは、原則として身体障害者福祉法に規定する身体障害者手帳の等級が1級から6級に該当する者とし」との必ずしもその内容が明確であるとは言い難い通報依頼通知が、平成29年に到るまでの14年間、毎年発出され続けたのである。

 この「原則として」が拡大解釈されてたとえば「適応障害の一歩手前」が障害者扱いされた、という話らしいのですが、これはどういうことかというと、やはり前出の昭和51年の通達にこうあります。

 この法の対象とする身体障害者は、法別表に掲げる身体障害がある者とされているが、これは別紙身体障害者障害程度等級表…の一級から六級までに掲げる身体障害がある者及び七級に掲げる身体障害が二以上重複している者をいうものである。
(強調引用者)

 この「原則として」の例外は7級の複合でも対象者となるということであり、この平成16年から29年までの通報依頼通知が見つからなかったのでなんとも言えないのではありますが、この例外内容について記載していなかったのであれば厚生労働省としても抜かったという話ではないでしょうか。報告書も「ルールが既に徹底されているだろうという思い込みによるもの」と断じていますね(まあしかしこれも実務的にはかなり初歩的な話のような気もするのですが)。なお報告書には「本年の通知依頼においては、この点に気付き、「原則として」を削除し…」とも書かれているのですが、本年(平成30年)のものは厚生労働省が合同ヒヤリングに提出したものが国民民主党のウェブサイトに掲載されており(その他省庁提出資料(別紙等))、それを読むと「原則として」が削除される一方、7級の複合については記載されていません。これっていいのかしら(まあ手帳は持っていますし「6級に該当」の範囲かもしれませんが、あまり親切ではないような)。公務とか(調整金・給付金でない)雇用率については7級の複合を認めないという話があったのかなあと思ってざっと調べてみましたが、見当たらないようですが…。
 ということでなかなか見どころの多い(笑)報告書であり、また障害者雇用や雇用率制度などについてはその概要は過去の経緯などもうまくまとめられているのでその点勉強にもなりますので、読んで損はない資料だとは思います。この問題はこの問題として、障害者雇用促進にはいろいろと課題も多いので、ある意味建設的な議論の契機となってほしいという思いもあります。ただあれだな、結局はこの不祥事に明け暮れてしまって大事な議論は進まないという毎度の展開になってしまう危険性も大きいなと悲観的になる私。ちゃんとやってくれえ