日本労働研究雑誌11月号

 (独)労働政策研究・研修機構様から、『日本労働研究雑誌』11月号(通巻748号)をお送りいただきました。いつもありがとうございます。

 11月号ということで例年通り「ディアローグ労働判例この1年の争点」が掲載されています。顔ぶれも昨年と同じく山田省三先生と両角道代先生で、コース別人事制度が争われた巴機械サービス事件の高裁判決などが取り上げられています。特集は「公的職業訓練の今日的課題」と、「人への投資」が唱道される中でたいへん時宜にかなったものとなっています(なにせ日経新聞が公的職業訓練の強化を訴えるくらいだしな)。勉強させていただきたいと思います。
 私としては以前このブログでもご紹介した上野友子・武石恵美子『女性自衛官』(上野友子・武石恵美子『女性自衛官』 - 労務屋ブログ(旧「吐息の日々」))の浦坂純子先生による読書ノートが目をひいたところで、そうそうそうなんですこれ読んでるとそもそものインタビュー録を読みたくなってくるんですよねと思いながら読みました。

ビジネスガイド12月号

 (株)日本法令様から、『ビジネスガイド』12月号(通巻927号)をお送りいただきました。いつもありがとうございます。

 本号の特集は「経営環境リスク対応助成金補助金」と「能力不足・問題社員の減給」の2本で、前者は最賃引き上げ対応に活用できる助成金等と、事業再構築補助金の解説記事です。後者は特集名の事態を合法に実現するための理論武装がなかなか興味深いものがあります。
 八代尚宏先生の連載「経済学で考える人事労務社会保険」は「役職定年制の再評価」で、内容的には役職定年制を切り口に日本企業の宿痾であるポスト詰まり・仕事詰まりを論じ、管理職の職務内容を厳しくすることで管理職を目指す人を減らす・専門職を目指す人を増やすことが提言されています。大内伸哉先生のロングラン連載「キーワードからみた労働法」は「裁量労働」で、この7月に出された厚労省検討会の報告書で示された裁量労働制見直しの方向性をもとに、あらためて詳細な検討が加えられています。

首藤若菜『雇用か賃金か 日本の選択』

 立教大学の首藤若菜先生から、ご著書『雇用か賃金か 日本の選択』をご恵投いただきました。ありがとうございます。

 パンデミック下でのANAの雇用調整の事例からひもとき、欧米3か国での雇用調整の状況を紹介した上で、これら事例の比較を通じてその相違が明らかにされています。さらに百貨店A社(すぐわかります)における長期的な雇用調整プロセスの紹介とあわせて、これからの雇用調整のあり方が考察されています。ANAの事例を読み始めたら止まらなくなって仕事に支障をきたしましたが(笑)、早く読んでみたい本です。勉強させていただきます。

経団連出版編『新入社員に贈る言葉』2023年版

 (一社)経団連事業サービスの大下正さんから、経団連出版編『新入社員に贈る言葉』の2023年版をお送りいただきました。いつもありがとうございます。

 各界の著名人50人の「新入社員に贈る言葉」を、毎年何人か入れ替えながら長年にわたり刊行され続けているもので、これはいつから続いているのかなあ。少なくとも私が人事部に異動になった1989年にはありました(職場で見た記憶がある)。当時はたしか日経連広報部編だったような気がしますが定かでない(笑)。
 いきなり、おそらく会社務めをしたことはないものと思われるスキージャンプの高梨沙羅さんが出てきたり(ほかにもいる)、会社務めをスピンアウトした人も多数登場していて、なかなか興味深い人選になっています。三十数年前の新入社員がつまみ食いをした範囲では、清家篤先生が「自分の頭で考えるというのは、それを他人にきちんと説明できるということ。」と題して実証研究のプロセスの大切さを訴えておられるのが目を惹きました。

言うほど新しい話でもない

 今朝の日経新聞ビジネス欄の「しごと進化論」のコーナーで、「日立のDX人材、工場で武者修行」という事例が紹介されています。見出しには「「机上の空論」脱して成長 データ重視、現場社員も刺激」となっており、記事の内容も概ねそうしたものです。

 日立製作所は、新人のデータサイエンティストをものづくりの現場に送り込み、3カ月間の武者修行をさせている。工場のベテランとの議論を通じ、「机上の空論」ではない課題解決の手法を考案する。高度人材の獲得競争が激化するなかで成長を実感できる場をつくり、現場の社員たちにもデジタルトランスフォーメーション(DX)への意識改革を期待する。
(令和4年10月28日付日本経済新聞朝刊から、以下同じ)

 新入社員が現場近くで実習する、それに限らずエンジニアが現場に出向いて協働することは古くから一般的に行われてきたことではあり、この事例も基本的にはその範囲を出るものではないので「しごと進化論」という感じはあまりしないのですが、データサイエンティストというところが目新しいということでしょうか。そこは読者には有益かもしれません。
 さてこの事例に並べて「「報酬+α」定着のカギに 高度人材争奪戦激しく」と銘打ってこんな解説が掲載されています。

 IT(情報技術)人材の獲得競争は激化している。NECは高度な技術を持つAI研究者に1000万円超の年収を支払う。DXの波は業界を問わず広がっており、イオングループは最大2000万円近い年収を提示している。
 より待遇のよい職場に転職する人材も増えている。パーソルキャリアによると、IT技術者のうち転職経験のある人は45%にのぼり、全体の3割が1年以内の転職を考えている。
 ただ、問題は報酬だけではなさそうだ。日経クロステックの調査では仕事に不満を持つIT人材の50.0%が「仕事にやりがいを感じない」と答え、48.1%が「会社や上司の行動・姿勢に疑問を感じる」と答えた。
 リクルートマネジメントソリューションズの千秋毅将氏は「DX人材は賃金と同じくらいに経験を積めるかを重視している。専門スキルを使ってチャレンジできる機会が重要」と話す。高度人材を定着させるには報酬+αが必要だ。

 「問題は報酬だけではなくチャレンジする機会が重要」というのはそのとおりだと思います。ただそこで持ち出してくる事例が「NECは高度な技術を持つAI研究者に1000万円超の年収を支払う」で、これはコロナ前に話題になりましたが実際には「学生時代に著名な学会での論文発表などの実績」(https://www.nikkei.com/article/DGXMZO47133950Z00C19A7MM8000/)というかなりのハイスペックが要求されており、またこの記事には「1000万円を超える報酬を支給する」とありますが実際には「新卒年収が1000万円を超える可能性がある」(https://www.itmedia.co.jp/business/articles/1909/06/news023.html、強調引用者)制度であり、当然ながら有期契約と思われます(これはざっと見た限りではウラは取れなかったので私の推測)。2021年末までに20人ほどに適用したようですが(https://www.itmedia.co.jp/business/articles/2112/13/news030_2.htmlNECの採用規模からみればかなり稀な例外です(なおこれは本筋を外れますが「新しい人事制度を適用した」という話なので実際に年収1000万円の人が何人いるかはわかりません)。さらにイオングループについては「そういうマネージャークラスの求人もある」(https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC10D3V0Q2A810C2000000/)という話です。世の中にありふれた話ではまったくないわけで、そういうポジションであればそもそも「専門スキルを使ってチャレンジできる機会」に決まっているのではないかと。
 さらに「日経クロステックの調査では仕事に不満を持つIT人材の50.0%が「仕事にやりがいを感じない」と答え、48.1%が「会社や上司の行動・姿勢に疑問を感じる」と答えた」というわけですが、この調査はおそらくこの記事(https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/00602/022600002/、有料記事なので有料部分になにが書かれているかは不知)で紹介されているものだろうと思います。たしかに仕事に不満を持つIT人材の50.0%が「仕事にやりがいを感じない」と答えているわけですが、そもそも不満を持つ人がどれだけいるかというと記事にもあるように18.4%しかいないわけですね。それが他の職種と較べてどれだけ高いかというとまあ大した違いはないんじゃないかと思います(これは推測)。
 つまり「問題は報酬だけではなくチャレンジする機会が重要」というのはそのとおりとしても、なにもIT人材に限った話ではなくさまざまな職種に共通した課題であり、むしろ人手不足で高給になっているIT人材のほうが従来型スキルの仕事に較べてチャレンジ機会には恵まれている(人手不足だから当然そうなる)のではないかと思うわけだ。それを「IT人材には報酬+αがカギ」とかことさらに書かれてもなあと、まあそんなことを感じたわけです。

国内どこでも勤務 理由不問

 本日は小ネタで、今朝の日経の記事に対する難癖です(笑)。パナソニックHD子会社が理由不問・手続きなしで国内どこでも勤務できる制度を導入したとのことで、こんな記事になっています。一昨日のネタに較べると少し大きめの扱いです。

…理由は不問で、半月までなら手続きも必要ない。…新制度を導入したのは電子部品を生産するパナソニックインダストリー(PID)で、国内で働いている約1万3千人が対象となる。
 各地にあるPIDのオフィスを使うかリモートワークか選ぶ。PIDのオフィスに出社が必要になれば交通費を支給する。育児や介護といったライフステージの変化や海や山に近く趣味が楽しみやすいなど、個人の都合を優先できる。…制度の利用を上長がいったん了承していれば、働く場所を変える際に申請書を出すなどの手続きが必要ないのが特徴という。
 これまでも家族の介護が必要な社員らに限り別の場所で働くことを認めてきた。新制度の導入により働く人の幅を広げ、職場のダイバーシティー(多様性)を増す。拠点が多い関西以外の地域で新卒採用をしやすくする狙いもある。…
(令和4年10月21日付日本経済新聞朝刊から)

 同社は第7回HRテクノロジー大賞優秀賞を受賞したり国内主要製造拠点のバリアフリー化を打ち出したりしている先進企業で、この取り組みは理由を限って認めていて問題ないなら理由不問でいいだろうという割り切りでしょうか。私としては「育児・介護のような正当な理由があればいいが趣味遊びのためというのはけしからん」というよく言えば勤勉、悪く言えば石頭な考え方はいいかげんにしてはどうかと思っているので大いに賛同するところです。
 ただまあ記事はやや盛り過ぎの感もあり、包括的な許可のうえで半月までなら手続不要というのはそれほど特徴的な感じはしません。リモート勤務を採用している企業で、いちいち「この日はリモート、ここからここまではオフィス」とか申請書を出させるのが一般的だという感じはあまりしないのですがそうでもないのかな。逆に実務としてはこの事例でも「出社が必要になれば交通費を支給する」となっているわけで、これは反射的に出社したときには交通費の金額を届出るなどの手続を要するということでしょう。入退場の記録があれば定額を支払うくらいに割り切れば手続不要かもしれませんが。
 もう一つ思ったのが「国内で働いている約1万3千人が対象」というところで、もちろん制度の建前としては国内全員が対象となっているかもしれません。とはいえ同社は国内に27製造拠点を有する堂々たる大規模製造業であり、まあこの手の製品の生産は大幅に自動化されているとは思いますが、同社の採用情報のページを見ても(https://www.panasonic.com/jp/industry/recruit/productflow.html)リモートでは難しそうな仕事というのも相当にあると思われます。それは確かにそうした仕事に従事している人でも書類作成とかデータ集計とかで月に1日くらいはリモート勤務が可能でしょうが、無理してそうするほどのこともなく、どうしても自宅にいたい日というのがあれば同社のようなホワイト企業であれば年次有給休暇で対応するのではないでしょうか。
 まあでも私としては「生産現場には利用しにくいのにエンジニアやホワイトカラーが便利に利用するのは不公平だ」というのもそろそろやめていいよねと思っているので、この程度のことで四の五の言うことはないかもしれませんね。好事例であることは間違いないので、大いに活用されてエンゲージが高まることを期待したいと思います。

転職阻む控除

 本日の日経新聞朝刊5面に「連合「賃上げ5%程度」春季労使交渉、物価高ふまえ方針」という記事が掲載されていてほほおと思ったのですが、その下に小さくこんな記事がありました。見出しは「転職阻む控除見直し 政府税調、所得税を議論」となっていて、退職金税制の話です。

 政府の税制調査会(首相の諮問機関)は18日の総会で、多様な働き方を選びやすくする所得税のあり方を議論した。退職金所得への課税制度は終身雇用制度が前提となっており、勤続20年を超えると1年あたりの控除額が増える。転職をためらう要因にもなりかねず、委員からは「控除は勤続年数で差を設けず一律にすべきだ」といった意見が出た。総会では「生産性が高い分野に資本や人が移動しやすくなる税制にすべきだ」と指摘する委員もいた。
(令和4年10月18日付日本経済新聞朝刊から)

 現状の退職金税制をざっくり書くと、退職金額から控除額を差し引いた額の半額が課税退職所得となり、5%から45%の累進税率で課税されるしくみになっています。この控除額がけっこう大きく、勤続20年までは勤続1年あたり40万円、21年を超えると超える分については1年あたり70万円が控除されます。つまり、高卒で勤続42年だと40×20+70×22=2,340万円が控除されることになるわけです。厚生労働省の平成30年就労条件総合調査(退職金調査は5年に1回なのでこれが最新のはず)によれば勤続20年以上かつ退職時45歳以上の退職者1人平均退職給付額は高卒の定年退職で1,618万円となっており、まあこれは転職などで勤続年数が21年とか22年とかいう人も含まれてはいるわけですが、それでも退職金額の全額が控除される例も相当あるものと推測されます。
 これは実は意図的なもので、昭和41年の政府税調の中間答申に「退職所得は老後の生活保障的な最後の所得であることにかんがみ、その担税力は他の所得に比べてかなり低いと考えられるので、できるだけ早い機会にその控除額を定年退職者の平均的退職所得の水準まで思い切って引き上げることが望ましい」、「永年勤続者をより優遇する意味から、勤続年数に応じて順次控除額を増やし、通常定年に達すると思われる勤続年数の退職者で最高の控除額を保障するような仕組みとすることが必要」との記述があり、実際、翌昭和42年の税制改正ではこれに従って制度が整備されました。その後も労使双方が物価上昇などをふまえて優遇税制の拡大を求め、数次にわたって引き上げられた結果が現状ということになります。
 こうした税制が、転職や非正規雇用の増加、早期退職の拡大などといった労働市場の変化、就労形態の多様化に適合しなくなっているという指摘もかなり以前からあり、すでに1998年には松下電器(現パナソニック)が退職金前払い制度(全額給与支払い型社員制度)を導入して話題になりました。これは退職金がない分基本給が高いというものですが、退職金優遇税制相当額も会社が持ち出して上乗せする制度となっており、現状でも選択可能になっているようです(どの程度選択されているのかはわかりませんが)。
 実際、過度に足止め的な後払い賃金は職業選択の自由といった観点から基本的に好ましくないと私も思います。一方で退職金は上記のように老後の生活資金という性格も強くあり、ある意味賃金の一部を企業が強制的に留保して退職時に支給する制度と考えることもできます(これをやらないのがパナソニックの退職金前払い制度)。現行の年金制度が、企業の退職金制度の現状を前提にしている以上は、退職金の優遇税制自体は依然として正当化できると思いますが、勤続20年超でさらに有利になることがどうかはたしかに議論のあるところでしょう。「控除は勤続年数で差を設けず一律にすべきだ」という意見については、そのほうが公平でいいという考え方もありますし、勤続が長くなるほど老後資金としての性格が強くなるから長期勤続を優遇すべきだという意見もあるでしょう。税制ではありますが、ここは労使で十分な議論が望まれるのではないでしょうか。
 むしろ重要なのは、変更する際のやり方ではないかと思います。経団連は毎年の税制改正要望の中で退職金優遇税制の見直しにも言及しているのですが、それを読むとこうなっています。

…多様で複線的なキャリア形成や、人材の流動化等の状況を踏まえつつ、個人の職業の選択に対して中立的な所得税制が検討されるべきである。こうした観点から、同一企業に長期間留まるか、転職により新たな挑戦を行うかといった選択に対して、現行の退職所得控除が与えている影響について、現時点での権利に不利益が生じない範囲で検討を加えることは必要である。
経団連「令和4年度税制改正に関する提言」から)
…多様で複線的なキャリア形成や、人材の流動化等の状況を踏まえつつ、個人の職業の選択に対して中立的な所得税制が検討されるべきである。こうした観点から、退職所得控除について、業種・業界の雇用慣行や、労働者の権利関係(労働条件)、労働者の勤続年数の選択に対する影響等を検証しつつ、見直しを進めるべきである。
(同「令和5年度税制改正に関する提言」から)

 一読して慎重な書きぶりで、もちろん企業の退職金制度にも大きく影響するという背景はあるのでしょうが、特に重要なポイントは「現時点での権利に不利益が生じない範囲で検討を加える」というところでしょう。企業も労働者も老後の生活設計については相当の関心を持ち、それなりに早い段階から調べたり学んだりして計画を考えているわけですから、その前提を大きく変更することはすべきではないということだと思います。たとえばすでに勤続20年を超えている人については現行制度を維持するとか、新制度の導入にあたっては(年金支給開始年齢の引き上げなどと同様に)長期間をかけて段階的に実施していくとかいうことは十分に考慮する必要がありそうです。
 なお冒頭の連合の賃上げ要求については、定昇相当分が約2%、物価上昇が2%あるのだとしたらやはり4%を確保して実質賃金低下を回避するのは不可欠だろうと思います。世間でさんざん言われていますが、賃上げが物価上昇をカバーしなければマクロ経済がおかしくなるでしょう。5%というのはさらに1%上乗せしたということで、まあ昨年もたしか定昇2%、物昇1%プラス1%の上乗せだったという記憶があるのでその路線を継承したのかもしれませんが、経営サイドも賃上げの必要性を認めている中では少々控えめではないかと思わなくもない(笑)。まあ余計なお世話ではありますが。