日本労働研究雑誌1月号

 (独)労働政策研究・研修機構様から、『日本労働研究雑誌』1月号(通巻750号)をお送りいただきました。いつもありがとうございます。今年のカラーは萌黄色というのでしょうか。

 本号の特集は「シングルの生活とキャリア」で、未婚化が進み、独身者・単身者の比率が上昇している今日にあって時宜を得たテーマといえそうです。多様なシングルについて様々な観点から分析が加えられており、勉強させていただきたいと思います。
 また、董艶麗・茨木瞬「日本における最低賃金の引き上げが雇用に与える影響ーメタ分析による評価」は「最賃引き上げは雇用を減らすか」という長年の論点について、昨今のわが国における積極的な最賃引き上げの影響を調べた40の論文のメタアナリシスで評価したもので、「改定された最低賃金を上回る賃金で働いていた労働者の雇用が失われ、賃金水準の低いパート・アルバイトの雇用が増えた」可能性が示唆されるという興味深い分析が示されていて注目されます。実はかなり以前(2007年だから15年前くらいか)に最賃引き上げはこれに近い結果をもたらすのではないかと書いておりましたので以下ご紹介させていただきます。

…もちろん、最低賃金を引き上げれば低所得の人の所得が増えるわけですから、その部分は格差是正に寄与するでしょう。ただ、その原資をどこから持ってくるのか、ということを考えると、連合が意図している(?のだと思うのですが)ように資本家への分配が減るとか、経営者や高賃金の管理職の所得が下がるとかいうことが起こりそうな気がしません。多くの経営者や管理職が働きに見合わない高い所得を不当に得ていると考える人もいるのでしょうが、現実には日本の経営者の報酬は諸外国に較べればいたって控えめなものですし、能力や貢献度が低くても年功的に高い賃金を受けている人は、このところの成果主義騒ぎなどの間にかなり減少しているはずです。多くの企業は、企業の成長につながるような、能力や貢献度の高い人の賃金を抑え込んで意欲の減退を招くことは避けたいと考えるのではないでしょうか。
となると、最賃引き上げの原資をどこから持ってくるかというと、民主党は底上げ路線を否定していますから総原資が拡大するというのはナシとして、起こりそうなのは次の2つです。

1.賃金上昇分を雇用減で吸収する。これは失業率の上昇につながります。
2.比較的賃金の高くない層の賃金水準を抑制する。単純にいえば、時給700円の求人が1000円に上がるいっぽうでこれまで1300円だった求人が1000円に下がる、といった調整が外部労働市場全体で起きそうです。

 この場合、最低賃金引き上げの格差是正効果は実はあまり大きくない、ということになるのではないでしょうか。

roumuya.hatenablog.com
 たいして近くもないかな(笑)。

ビジネスガイド2月号

 (株)日本法令様から、『ビジネスガイド』2月号(通巻930号)をお送りいただきました。いつもありがとうございます。

 今号の特集は「デジタル給与解禁 制度解説&実務対応」で、賛否両論ありましたがこの4月からPayPayや楽天ペイなどのデジタルマネーでの給与支払が可能となったころからその解説です。現状すでにアプリのワンプッシュで銀行口座から移せるわけなのでわざわざ直接デジタルマネーで支給してほしいろいう人はどのくらいいるのかな。
 八代尚宏先生の連載「経済学で考える人事労務社会保険」は今回は「基礎年金の抜本的な改革を」とのことで、かつて議論された基礎年金財源の目的消費税への意向の再検討を提案されています。大内伸哉先生のロングラン連載「キーワードからみた労働法」は「カスタマー・ハラスメント」を取り上げ、カスハラは労働法で規定されたハラスメントには直接該当しないものの、安全配慮義務違反などの問題があり得ることを指摘し、具体的な裁判例や法的留意点などについて解説されています。
 

ジョブ型、試行錯誤

 あけましておめでとうございます。今年も本ブログをよろしくお願いいたします。


 さて、本日の日経新聞朝刊に「ジョブ型、試行錯誤」との記事が掲載されておりましたので以下見てまいりたいと思います。

 デジタルトランスフォーメーション(DX)など経済環境の変化が加速するなか、あらかじめ仕事の内容を定めた「ジョブ型雇用」が普及してきた。働き手の専門性や意欲を高めやすく、経団連の提言から2年ほどで導入企業は予定も含めると大手企業の約2割となった。もっとも、仕事とスキルのミスマッチや賃金連動の遅れなど課題もみえてきた。
…日本では職務を限定せず年功序列の色彩が強い終身雇用が標準だったが、2020年1月に経団連春季労使交渉の指針でジョブ型を提言して以降、高度人材を求める大手企業で導入が加速している。日本経済新聞が22年5月に実施した調査では、有効回答を得た上場企業と有力非上場企業の計813社のうちジョブ型雇用を導入済みの企業は10.9%、今後導入予定の企業は12%に達した。
(令和5年1月5日付日本経済新聞朝刊から、以下同じ)

 「予定も含めると大手企業の約2割」ということですが、これをどう評価したものでしょうか。元ネタは日経新聞が毎年実施している「2022年スマートワーク経営調査」であるらしく(https://smartwork.nikkei.co.jp/survey/20221104.html)、結果のプレゼン資料(https://smartwork.nikkei.co.jp/survey/pdf/20221216_survey.pdf)も公開されているのですが、どんな設問だったのかが不明なのでなんとも評価しにくいところです。まあ上記リリースには「専門性の高い人材には、それにふさわしい雇用体系も要る。ジョブ型雇用について、導入済み、または22年までに導入する企業は108社あった。将来の導入予定を含む合計は187社と23%にのぼった」とありますので、日本であれば非正規雇用の相当部分が該当しそうな欧米の典型的なジョブ型について訊ねたものではなさそうです。「2020年1月に経団連春季労使交渉の指針でジョブ型を提言」とありますので、こちらの方でしょうか。
 そこで経団連の『2021年版経営労働政策研究委員会報告』を見てみると、経団連の提唱する「ジョブ型」は専門業務型・プロフェッショナル型に近い雇用区分をイメージしており、「欧米型」のように特定の仕事・業務やポストが不要となった場合に雇用自体がなくなるものではないとされていて、さらに、各企業においてメンバーシップ型のメリットを活かしながら適切な形でジョブ型社員を組み合わせた「自社型」雇用システムを確立することを主張していたわけですので、まあもともと専門職のためのものであり、この「ジョブ型」が主流になることははなから想定されていないということになりそうです。もちろん欧米の典型的なジョブ型とはまったく異なる日本型のいわゆる「ジョブ型」ということになるわけですが(というか、悪名高い1995年の自社型雇用ポートフォリオにおける「高度専門能力活用型」となにが違うのさという話になるわけですが)、だとしたらまあ23%でも多いという評価になるのかなあ。比較的人事制度改革に熱心と思われる「上場企業と有力非上場企業」限定の結果としては迫力に欠くような気もしますが…。
 さて記事はこう続くのですが、なるほど試行錯誤という感じです。

 ジョブ型に欠かせないのが、働き手が主体的に自らのキャリアプランを考え、実現に向けた能力開発に取り組む「キャリア自律」だ。企業側では各部署がそれぞれのポストに必要なスキルを明示して希望者を募る社内公募制をとることが多い。
 20年秋以降、ジョブ型を段階的に導入した三菱ケミカルは、主要ポストを社内公募に切り替えた。これまでに約2700のポストを公募したが、応募があったのは半分で実際ポストに就いたのは3分の1だ。部署間の人気の格差もあるとみられ、応募がない部署は従来の会社主導の人事などで埋めている。公募手法のノウハウ蓄積を急いでいる。
 24年度までに全グループ会社にジョブ型雇用を広げる日立製作所は、21年度に社内外で同時に約480件のポストを公募した。グループの人材が就いたのは3割で、残りは経験者採用だった。専門性の高いポストと社内人材のスキルのミスマッチもあるようだ。

 いやいや「主要ポスト」を公募して半分しか応募がないってことはありえないだろう。公募して応募がないポストが「主要ポスト」だってのは言葉の定義上どうなのさ。まああれかな、新規事業や傍流事業とかの「主要ポスト」で「部署間の人気の格差」があったということかな。いずれにしても人気のないポストを公募して半分しか応募がなく、しかも就任したのは3割にとどまるというのでは(まあ不人気ポストに応募する人は能力的に難があることは十分想定されるので就任が少なくなるのは納得できますが)、「キャリア自律」を支援しているとは言えないよねえ。しかも「応募がない部署は従来の会社主導の人事などで埋めている」という状態を「ジョブ型」と称するというのはどうなのよ。「ジョブ型」を自称するならせめて続く日立製作所さんのように「残りは経験者採用」としてほしいところですよね。もっともその日立さんにしても「グループの人材が就いたのは3割」というのですから、やはり社員の「キャリア自律」の支援の成果が上がっているとは言いにくそうです。このあたり、見出しにもあるように「試行錯誤」でご苦労が多々あるようですね。
 さて記事は「専門性の高いポストと社内人材のスキルのミスマッチもあるようだ」を受けてこう続きます。

 こうしたジョブとスキルのミスマッチ解消にはリスキリング(学び直し)も重要となる。KDDIは20年のジョブ型雇用の導入に合わせ、高度デジタル人材の育成講座「KDDI DX ユニバーシティー」を始めた。希望者がデータサイエンティストなど5つの職種に必要な知識を学べる。22年7月から段階的に全社員にDXの基礎知識を教える研修も始めた。1人当たりの研修時間は21年度に10.4時間で19年度比で倍増した。
 学ぶ内容や時間は働き手の自主性に委ねられている面もあり、本人のキャリア自律が不足すると学習効果が上がらないリスクもある。KDDIは社員と直属の上司が定期的な対話を通じて「能力開発計画」を策定し、希望キャリアに就くため必要なスキルを助言するなど、リスキリングの効率を高める工夫もする。木村理恵子人財開発部長は「会社の重点領域への人材配置と社員のキャリア選択のバランスは課題」と話す。

 いやその「本人のキャリア自律が不足すると学習効果が上がらない」というのはたぶん話が逆で、従来は本人のキャリア自律などおかまいなしで、まずは会社が人事権を行使して「重点領域への人材配置」を実施し、しかるのちに業務として必要なスキルを学ばせることで、効果的な人材育成を実現してきたわけですよ。もちろんその人事異動を不本意として退職する人もいるわけでしょうが、むしろそれがキャリア自律というものでしょう。まさに人材開発部長さんの言われるとおりで「会社の重点領域への人材配置と社員のキャリア選択のバランスは課題」であり、「会社の重点領域」の仕事が賃金が高いとかそれも含めて魅力的だという保障はない以上、学習機会を与えても社員が会社の思いどおりにそれをめざして学習することは期待できないとしたものでしょう。そこで1on1で上司が助言ということになるのでしょうが、それで「そうですかではそうします」というのがキャリア自律なのかというとあまりそんな感じもしないわけです。
 さて記事はいよいよ本丸へと進みます。

 職種別賃金が一般的な欧米と異なり、日本のジョブ型では仕事内容と賃金の連動が大きな課題だ。日本の標準的な職能給制度は依然として年功色が強い。これでは、仕事の市場価値に応じた高い賃金を提示し、優秀な専門人材を採用しやすくするジョブ型の利点を発揮しにくい。
 富士通はジョブ型雇用導入に合わせ、20年以降、段階的に働き手を職責で評価する人事制度を導入したが、基本的に職種別の賃金体系になっていない。「日本は欧米に比べ人材の流動性が低く、職種別賃金市場が成熟していない」(同社)ためだ。
 人工知能(AI)人材など一部の専門職について高い賃金で処遇したり、コンサル人材を集めた専門子会社に独自の賃金体系を導入したりしている。日立やKDDIも職種別賃金体系は導入せず、一部の高度人材やスキル重視の職種別採用などについて賃金を上積みしている。

 「職種別賃金市場」というのは聞きなれない言葉ですが、富士通の人がそう言ったのかな。人事の専門家が使う言葉ではないと思いますが、(同社)ということだから広報の人とかが言ったのかも知らん。
 それはそれとして、企業が人事権を行使して社員の職種変更を一方的・日常的に変更している日本企業で職種別の賃金体系というのはしょせん無理な話で、だから富士通さんもFUJITSU Levelという職務等級で処遇しているわけでしょう。本当に稀少な高度人材は富士通もおやりのとおり個別契約で「仕事の市場価値に応じた高い賃金を提示し」厚遇すればいいだけの話で、「優秀な専門人材を採用しやすくするジョブ型の利点を発揮しにくい」とか文句を言う必要はありません。このあたり、優秀な専門人材をダシにして中高年の賃金を引き下げたいという日経の本音が透けて見えるような気がしなくもない。でまあ案の定記事はこう続くわけだ。

 日本の職種間の賃金格差は10%程度だが、ジョブ型が標準の欧米は40%程度に開くという調査もある。職種別賃金の導入で働き手の一部の待遇が悪化する可能性があるのも、各社が制度刷新に踏み切れない理由のひとつだ。米人材コンサル、マーサーの日本法人の白井正人取締役は「職種別賃金への転換には、転職の増加などの労働市場の構造変化も必要で、移行には10~20年かかる可能性もある」とみる。
 DXの加速など急激な事業環境の変化に、既存の日本型雇用が対応できないことは明らかだ。ジョブ型導入企業で浮き彫りになった課題に向き合い、組織構造の変化に伴う摩擦を抑えながら働き方改革を継続できるかが問われている。

 コンサル氏は「移行には10~20年かかる可能性もある」と言われたそうですが、さあどうでしょう、それですむでしょうかねえ。日本社会というのは多分に日本企業の人事管理を前提にしてできているわけで、だから非正規雇用の割合が高まることが社会的に大きな影響をもたらしたわけです。「職種別賃金の導入で働き手の一部の待遇が悪化」するのであれば、それに応じて生計費を下げる必要があり、具体的には例えば教育の無償化などが考えられるわけで、それは実際ジョブ型の各国で現に行われていることでもあるわけです。このあたりは企業に言われてもどうしようもないわけでしてね。
 人事管理というのはベストプラクティスであり、日経さんも見出しにつけられたようにあれこれ試行錯誤を重ねてより望ましいものとしていくのが基本でしょう。2000年前後の成果主義騒ぎもそうですし(そこからカウントしてもすでに20年以上経過していて「10~20年」どころではない)、今回のいわゆる「ジョブ型」祭りもそうかもしれません。日経さんがイライラされるのもわからないではないですが、しかし現実にはそれなりに時間をかけて漸進的に進めていくしかないものだと思います。

今年の10冊

 なにやらあれこれと起きた1年でしたがまあなんとか無事に暮れようとしております。ということで年末恒例のこれを。11月中旬から12月上旬は特に建て込んだためこの時期のものには抜けがあると思いますがご了承を。なお例によって一著者一冊・著者五十音順となっております。さて。

北原尚彦・村山隆司『シャーロック・ホームズの建築』

 さしずめThe Architectures of Sherlock Holmes というところでしょうか。わが国を代表するシャーロッキアンの北原尚彦氏が一級建築士でスケッチのテキストを多数執筆されている村山隆司氏とともにホームズ正典に登場する建物の外観や間取りをイラストで再現したまことに楽しい本です。建築士だけにホームこらこらこら、実は私もKindleに正典全巻が収納されている程度にはホームズ譚のファンであり、こたえられない一冊でありました。

坂本貴志『ほんとうの定年後-「小さな仕事」が日本を救う』

 前著、坂本貴志『統計で考える働き方の未来』 - 労務屋ブログ(旧「吐息の日々」)の続編という感じで、書名のとおりわが国における「定年後」のほんとうの現実を豊富な統計と事例から明らかにし、今後のありたい姿の現実的な提案として"「小さな仕事」の積み上げ経済“を提言した、長寿化・高齢化が進む現代に時宜を得た本です。実は今年定年を迎えた私にとってはさらにタイムリーな本であり、随所でうなずきながら読んでおりました。

佐藤博樹・武石恵美子・坂爪洋美『多様な人材のマネジメント』

簡単なご紹介がこちらにあります。
佐藤博樹・武石恵美子・坂爪洋美『多様な人材のマネジメント』 - 労務屋ブログ(旧「吐息の日々」)
「ジョブ型」をめぐる誤解や昨今普及したテレワークなども取り上げられて、ダイバーシティ経営の現時点での標準的なテキストという感じです。後半は授業でも参考とさせていただいております。

首藤若菜『雇用か賃金か 日本の選択』

簡単なご紹介がこちらにあります。
https://roumuya.hatenablog.com/entry/2022/10/31/180909
 最終章は「働き続けることを保障する社会へ」と題した提言にあてられていますが、基本的には課題の整理で具体的な提案はほとんどありません。これを物足りないと見る向きもあるでしょうが(特に一部出羽守の方々には)、簡単に結論が出ない問題であること、世間には実現可能性に疑問の大きい提案がまかり通っていることなどを考えると、私にはむしろ誠実な態度のように思えます。

瀧川裕英『くじ引きしませんか?-デモクラシーからサバイバルまで』

 実は日本キャリアデザイン学会の代議員は有被選挙権者からの抽籤というまことに公平で民主的な方法で選出されています。研究者だけではなく、高校教員や大学職員、労使の実務家、官僚など多様な会員で構成されている学会の特徴を代議員会に反映すること、なるべく多くの人に学会運営に関心を持ち、関与してほしいことなどの意図によるものです。本書は今年創刊された「法と哲学新書」の一冊で、法哲学の専門誌に掲載された特集の書籍化とのことです。「法と哲学」でありながら経済学者も複数登場しており、オリジナルはたぶん私には歯が立たなかったものと思いますが新書は読みやすく配慮されていて興味深く読みました。「法と哲学新書」のもう一冊『タバコ吸ってもいいですか』も面白かった。

鳥越規央統計学が見つけた野球の真理-最先端のセイバーメトリクスが明らかにしたもの』

 選手のパフォーマンスや作戦の適否などを数値化し統計的に検証し、試合やチーム編成などに生かそうというセイバーメトリクスの解決書です。よりよい数値化や評価方法を求める努力の蓄積や、そこからもたらされた興味深い知見(2番打者に強打者を配置とか無死一塁では送りバントより強攻とか)が紹介されています。最近ではテレビの野球中継などでもトラックマンという計測機器を使用して投手の球速だけでなく回転数や変化量、打球の速度や角度などのデータが紹介されるようになって進歩しているなあと思うわけですが、これは「セイバーメトリクスの革命」をもたらしているとのことです。

(公財)日本生産性本部編『実録生産性論争』

 日本生産性本部が設立された1955年から59年までの5年間に、同本部の機関紙に掲載された生産性運動に対する賛否両論の論争が原文のまままとめられた本で、巻末には資料としてこの問題をめぐる国会質疑や『中央公論』誌上での双方のイデオローグによる論争などが収録されています。800ページを優に超える大部で、時間のあるときに徐々に読み進めてはいるのですが実はまだ読み切れていません(笑)。結局は歴史が決着をつけたわけではありますが、社会も経済も現在とは異なる中で真剣に展開された路線対立の記録は実に読ませるものがあり、単なる資料にはとどまらない本だと思います。

濱口桂一郎『新・EUの労働法政策』

 もちろん(笑)通読はしておりませんが、濱口先生のこの記念碑的労作をあげないわけには参らないでしょう。Nスぺを取り上げたエントリを書く際にはちょこちょこ参照しました。

広瀬友紀『ことばと算数ーその間違いにはワケがある』

 つい先日、書店で偶然に見かけてパラパラと眺めたところ、SNSなどでときどき見かける「こどもの算数の面白い回答」の事例があげられていて関心をひかれたので気まぐれをおこして買って読んでみました。実は言語学の本で、全面的に初めて知る内容ばかりだったのですが、とても読みやすく書かれていて面白かった。もう1,2冊読んでみようかな。

本田一成『ビヨンド!ーKDDI労働組合20年の「キセキ」』

 KDD労組がKDD、DDI、IDOの合併にともないオープンショップのKDDI労組となってから今日に至るまでの苦闘の歴史を非常に多数のオルグたちのヒヤリングから描き出した一冊です。まさに大河ドラマ、一気読みしました。
 なお本書で情報労連の杉山豊治さんが逝去されていたことを初めて知りました。連合総研の研究会でご一緒させていただいたことはいい思い出です。ご冥福をお祈り申し上げます。

 いろいろあった一年でした。良いお年をどうぞ。

ホワイトすぎて辞めたい

 もう2週間くらい前になりますが、日経新聞の「ホワイトすぎ 若手が離職」という記事が話題になっておりました。

 「職場がホワイトすぎて辞めたい」と仕事の「ゆるさ」に失望し、離職する若手社会人が増えている。長時間労働やハラスメントへの対策を講じる企業が増えたほか、新型コロナウイルス禍で若手に課される仕事の負荷が低下。転職も視野に入れる彼らには成長の機会が奪われていると感じられ、貴重な人材に「配慮」してきた企業との間で食い違いが起きている。
 リクルートワークス研究所の調査によると、…働き方改革によって増えた「ゆるい職場」がかえって若手の不評を買っている。
 同調査では大企業に勤める就業3年未満の若手社員の49%が「別の会社や部署で通用しなくなるのではないか」と不安を募らせる。職場を「ゆるい」と感じるとした若手社員の16%が「すぐにでも退職したい」と答え、41%が「2,3年は働き続けたい」と退職も念頭に様子見をするとしている。ゆるい職場にずっととどまるイメージを持てないでいるのだ。
(令和4年12月15日付日本経済新聞夕刊から)
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20221215&ng=DGKKZO66845140V11C22A2KNTP00

 この「リクルートワークス研究所の調査」はこの3月に実施された「大手企業における若手育成状況調査」で、以下の報告書が公表されています。
https://www.works-i.com/research/works-report/item/youthemploymentsurvey.pdf
 これは非常に興味深い、よく考えられた調査で、調査にあたられた古屋星斗先生の解説記事も公開されていてたいへん面白いので一読をおすすめします。
https://www.works-i.com/project/youth/solution.html
 冒頭で「大手新入社員の36%が職場を「ゆるい」と感じている」という調査結果が示され、続けてこう述べられています。

 この結果は、読者各位の予想通りだろうか。ぜひ、入職当初の職場を思い起こして御覧いただきたい。当時の職場に対して、「ゆるい」という表現が出てくるだろうか。筆者はこの単純集計の結果だけでも、若手を取り巻く職場環境の構造的な変化を物語っているように感じる。
https://www.works-i.com/project/youth/solution/detail001.html

 これに関するマネージャーの座談会というのもあり(https://www.works-i.com/project/youth/ikusei/detail003.html)、その参加者も「正直、私の新人時代とは全然違いますね。とあるメーカーで営業をしていたのですが、今思うとパワーハラスメントの嵐でした」「新入社員の時は労働時間がかなり長かったです。月曜日に出勤して、金曜日までほぼオフィスで寝泊まりする感じで、あまり人間扱いされていなかった気がします」などと発言していています。
 そこで職場環境の構造的な変化ということになるわけですが、古屋先生(や日経新聞)は働き方改革による残業の減少、パワハラ防止法の成立、柔軟な働き方の拡大などを上げていて、まあそれも大きいと思いますし、直接の契機だったのかもしれないとも思います。 その一方で、ではこのマネージャーさんたちの新入社員時代には許されていたことが、今はなぜ法律で禁止しなければならなくなったのかという問題があり、それがまさに古屋先生が指摘される「キャリア安全性」ではなかったかと思うわけです。たしかにパワハラ長時間労働がひどかったとしても、それに見合ってあまりある将来展望が持てたということでしょう。降りかかる火の粉を払い続けていけば、まあ2,3年でひとり立ちし、6,7年で主任とかの肩書がついてそれなりの難しい仕事が与えられ、10年もすれば係長になって部下がつき、課長クラスともなればかなり大きな取引を任され、部長クラスになれば社運のかかるプロジェクトを…とか、まあそう上手くはいかなくても課長くらいにはなれて、仕事は有能な係長に任せて自分は右手にハンコ持って左手にうちわ持って職場の人間関係を良好にすることに専念するとか、まあそういうのが見えていて、たぶんそうなるだろうなと自信が持てるくらいには周囲にロールモデルがいたという、まさに「キャリア安全性」が担保されていて、会社任せのキャリアでも多くの人がハッピーになれるという環境だったからこそそれが許されたのでしょう(耐えられた、とも言える)。
 ただもちろんそれは国家経済と企業組織が拡大していた高度成長期だからうまく成り立っていた話であり、安定成長期にはいろいろきしみが出てきたけれど、まああれこれと手立てを尽くしてなんとか維持してきた、それが低成長になっていよいよ維持が難しくなってきたというのがここ20年くらいの状況でしょう。パワハラ長時間労働に耐えてもそれに見合った先々の「キャリア安全性」が提供されないのであれば、パワハラ長時間労働を正当化することはできないし、したがって禁止すべきだという話になるのも当然の成り行きです。でまあ先々部長や役員になっていくような人はいいんじゃないのというのが裁量労働制の拡大とかそういう話ではなかったかと(すみませんかなりずさんなまとめです)。
 したがって「ゆるい」この状況がバリバリ働いてスキルとキャリアを伸ばしたいという野心的な人には物足りないというのはよくわかる話ですが、逆にいうとそういう野心的な人が満足できていない状況が「ゆるい」と表現されているともいえるでしょう。この調査の「ゆるい」は完全に回答者の主観なので、同じ状況であっても野心的な人は「ゆるい」、野心的でない人は「ゆるくない」と回答するだろうと思われます。
 つまり問題はミスマッチなのであり、野心的な人を「ゆるくない」仕事に配置できていないという質的なミスマッチと、そもそも野心的な人の人数分の「ゆるくない」仕事が準備できないという量的なミスマッチがあるものと思われます。全社はマッチング手法の改善で対応できますが、後者はそうはいかない、ここに人事管理の構造的な問題点があるのだろうと、まあ例によっていつもの話です。そうなると、野心的な人が「ゆるくない」仕事を得られるかどうかは多分に本人にはどうしようもない運不運の影響が大きくなってくるわけですね。
 したがって、日経の記事はこのあと上司のコミュニケーションがヘチマとか仕事の全体像が滑った転んだとかいう展開になるわけですが、もちろんそれも大事でしょうが本質的な解決にはならないわけで、実際記事も続けてこう書いているわけですよ。

「社の理念に賛同しても、現在いる部署で同じような意欲が湧くとは限らない」(NEWONEの上林さん)。企業はホワイトかそうでないかで悩む前に、このギャップを埋める必要がある。

 この上林さんという方がそういう意味で言われているのかどうかはわからないのですが、まさに「野心的な人」と「ゆるくない仕事」のギャップを埋めなければならないわけで、質的なギャップは埋められるかもしれませんが量的なギャップは埋めにくいよねと、そういう話なわけです。であれば不運にも「ゆるい」仕事しか割り当てられなかった野心的な人は転職に活路を求めるのも当然ということでしょう。
 それはそれとしてこの「キャリア安全性」という概念はなかなかに興味深いもので、今後さらなる調査研究の発展を期待したいところです。

荒木尚志『労働法第5版』

 荒木尚志先生から、『労働法第5版』をご恵投いただきました。ありがとうございます。
www.yuhikaku.co.jp
 オビの惹句にあるとおりの「信頼の労働法体系書」で、今回は構成の変化はなく、『第4版』以降の法改正や重要判決を踏まえて加筆等が実施されています。その結果ページ数は978ページに達し、いよいよ1000ページの大台が見えてきました。引き続き座右に置いて参照させていただく所存です。

熊谷謙一『SDGs実現へ、新しいステップ』

 日本ILO協議会の熊谷謙一先生から、最近著『SDGs実現へ、新しいステップー労使の役割と現代CSRの活用』をご恵投いただきました。ありがとうございます。

 前半は人権・労働の観点を中心としたSDGsの解説、後半は企業における実践の手引きと労働組合のう役割について記載されています。巻末には基礎資料も掲載されていてコンパクトで要領のよいハンドブックという趣です。