JILPT労働政策フォーラム「女性のキャリア形成を考える」

 昨日開催されたので聴講してまいりました。日本キャリデザイン学会における私のボスである脇坂明先生の『女性労働に関する基礎的研究-女性の働き方が示す日本企業の現状と将来』がJILPTの労働関係図書優秀賞を受賞された(おめでとうございます)のでその記念講演とタイアップした企画とのことです。約300人収容の大会場だったのですが立ち見も出る盛況で、まだまだ女性労働に対する社会的関心は高いものがあるようです。今のところ機構のサイトにはプログラムしか掲載されておりませんが(https://www.jil.go.jp/event/ro_forum/20191105/index.html)、いずれ当日資料なども掲載されるものと思われます。
 ということでまずは脇坂先生が「女性活用『短時間正社員』の重要性」と題して基調講演に立たれました。まずは日本企業の人事管理の特徴である「遅い選抜」を行っている企業と、そうでない「早い選抜」を行っている企業を比較すると、「早い選抜」のほうが女性管理職が早く多くなるものの、「遅い選抜」のほうがワークライフバランス施策が推進されていて長期的には女性管理職が多くなっていることを示されました。そのうえで、女性労働者の多くをパートタイマーが占めており、そのかなりの割合が基幹的な業務についているものの、フルタイム勤務を望む人はそれほど多くないことを指摘され、現状の正規/非正規の二極化した労働市場ではなく、その中間形態が豊富な多様な労働市場を実現すべきと述べられました。そして、そのための重要な方策として、演題にもあるようにキャリアが継続しスキルが向上する短時間正社員を選択しうる人事管理・労働市場の形成が重要であると述べられました。
 続いてJILPTの周燕飛主任研究員が「育児期女性の職業中断」と題して研究報告をされました。まず、JILPTが複次にわたって実施している「子育て世帯全国調査」の結果をもとに、出産後の職業中断は減少しているもののまだ3分の2を占める主流であること、それにより1~2億円の生涯所得が失われていることを示され、続いてその理由として専業主婦を優遇する制度、性別役割分担意識の存在、ファミリー・アンフレンドリーな日本的雇用慣行などを指摘されました。その上で、現状の日本社会のもとで就業継続を実現するには短時間正社員も有効だが所得面、キャリア面、コスト面で限界があり、むしろフルタイムで時間的・場所的に柔軟な働き方ができるようにすることが望ましいと述べられました。その具体的な手段としては、テレワークや多能工化に加えて、仕事内容の明確化、対人関係のシンプル化、企画・判断のマニュアル化が必要だと主張されました。
 これについては脇坂先生も発言しておられましたが短時間正社員も含めて多様な選択肢が提供されることが重要だということで、たしかに短時間正社員が企業にとって高コストだというのはそのとおりだとしても、周先生が指摘されたような施策を実施するのもタダではできないなとは思いました。また、仕事内容の明確化も対人関係のシンプル化も企画・判断のマニュアル化も大事ですし推進することが望ましいとも思いますが、しかし長い目で見るとそれができる仕事は人工知能に置き換わっていくんだろうなあとも思った。まあそれはそうなった時にまた考えればいいことだろうとは思いますが。
 さて続いて事例報告となり、三州製菓、明治安田生命明治大学の3事例が報告されました。
 三州製菓は埼玉県にある従業員246人(うち女性182人)の食品メーカーであり、別に販売子会社が16店舗を展開しているということで、斉之下社長がみずから報告されました。取り組み内容は女性の継続就労が可能になるようにさまざまな施策を徹底して展開しており、女性短時間正社員の管理職もいるということです。まさに周先生が指摘されたような柔軟な働き方実現のための施策に幅広く取り組まれており、具体的な内容はいずれJITPTのサイトで資料が公開されると思われますのでそちらをご参照いただくとして、商品企画室を女性中心にすることでヒット商品が生まれるといった成果も上がっており、多くの表彰なども受けられているという事例です。大変な優良事例であり、社長が強い意志をもってこれだけしっかりとカネも使い手間暇も使って、コストをかけて取り組めばそれなりの成果がついてくるのだと、まあそういう事例だと思います。それはもちろん地方の中堅企業の人材確保策でもあるでしょうし、推測するに女性のほうが男性より生産性に較べて賃金が高くない分、働きやすさにカネをかけられるということでもあるでしょう。以前から書いているように労働条件はパッケージなのであり、賃金は相対的に高くなくても働きやすさが優れていれば総合的な労働条件としては魅力的になりうるという話だろうと思います。それを求める優秀な人材を集めようとするなら十分有効な戦略だということでしょう。
 明治安田生命はコース別人事制度を見直して一般職相当のコースを廃止して全員総合職化し、全国型と地域型に分かれてはいるものの違いは全国型に手当がつくだけで人事制度を一本化したという事例です。さらに女性監督者育成を意図した研修体系を整備し、ワークライフバランス施策も強化した上で、女性管理職の立候補制度を導入することで、2014年に8.6%だった女性管理職比率を5年後の2019年には24.4%にまで引き上げるという目覚ましい成果を上げているとのことです。
 明治大学の事例は履修証明制度を活用した「女性のためのスマートキャリアプログラム」で、もともとは厚生労働省からの受託で求職者向け訓練講座を開講したところ受講生の8割が女性という状況となったことから、あらためて女性の再就職支援のための講座として企画実施しているというものです。平均年齢は42~43歳とのことで、さまざまな事情で就業中断した女性が、子育てが終わるなどして労働市場に戻る際に、非正規雇用ではなく経験や技能を生かした仕事につくことを目指した内容となっているとのことでした(こちらも具体的な内容はいずれ公開されると思われる当日資料をごらんください)。
 最後は例によって5人の登壇者がパネラー、われらがhamachan先生こと濱口桂一郎研究所長がモデレータとなってのパネルディスカッションとなりました。遅い雇用や短時間正社員をめぐって興味深い議論が交わされましたが、特に興味深かったのが明治安田生命の事例をめぐるもので、hamachan先生が「これは会場のみなさまも疑問に思っていることと思うが」と前置きされた上で(私も疑問に思っていました)、「女性管理職の立候補制度を導入されたとのことだが、それにしてもこのように右肩上がりで女性管理職を増やせるだけの人材をどのように確保したのか?」ということを問いかけられました。
 これに対する明治安田生命の回答がなかなか意外なもので、まず女性管理職立候補制度の応募者の平均年齢は51歳で、かなり経験豊富なので一定の管理職研修を実施すればそれなりの人材は確保できるとのことでした。さらに、立候補者の特徴として「子が18歳または22歳の人が多い」ということで、背景として同社が65歳定年延長を実施したということがあり、50歳の人でも残り15年の会社生活があることから、子どもが手を離れたのをきっかけに「管理職になってもいいな」と思う人がたくさんいた、ということでした。
 これはhamachan先生も「遅い選抜どころかさらに遅い選抜」と驚いておられましたが、こういう面白い話を引き出したのはhamachan先生の水際立った手腕と申し上げるべきでしょう。一方で私はこの話を聞いてさらに疑問を深めたところがあり、なにかというとこうした立候補制が成り立つためにはその受け皿としての管理職ポストが必要なはずであり、そもそも多くの企業にとってはポスト詰まり、ポスト不足が深刻な問題になっている中で明治安田生命がどのようにポストを準備しているのかが不思議だったわけです。
 パネルでは時間切れで質疑応答のセッションがなかったのですが、あまりに不思議だったので終了後に直接質問してみました。そういう事情なのであまり詳細に書くのは差し控えたいのですが、結論としてはポストも多少は増やしているものの、基本的に女性の昇進が増えている分は男性の昇進は減っている。それでも男性から不満が出ないのは、(まあ日本社会では男性もなにかと不自由ということもあり)1000か所を超える生保会社の拠点の中には行き手の少ない拠点が相当数あるため、そこに女性の昇進者を転勤させているからだ、ということでした。だから、子どもが高校、大学を卒業したら地方に単身赴任してもいいかなと、そういう動機づけも含めて研修をやっているということのようです。うーん、なるほど。正直あまり汎用性はない特殊事情ではありましたが、それにしても納得のいくご説明で、ご教示に深く感謝したところです(いや例によって見ておられないと思いますが)。
 ということで非常に面白いフォーラムでした。hamachan先生が研究所長になられてこの方、労働政策フォーラムが以前より面白くなったような気がします。次回を期待したいと思います。

野川忍・水町雄一郎編『実践・新しい雇用社会と法』

 刊行されました。2006年の菅野和夫・安西愈・野川忍編『実践・変化する雇用社会と法』の全面的なリニューアル版で、Q&A形式で労働法の実践的な解説を広く網羅していくという形は踏襲されていますが、内容は近年の環境変化に即応して大幅に見直されています。
www.yuhikaku.co.jp

 私も末席に加わらせていただいている、菅野和夫先生が主宰される産労官学による研究会での討論を通じてまとめられたもので、2006年版では労使の実務家もまじえて匿名で分担執筆していましたが(私も一部書きました)、今回は主として菅野門下の研究者による顕名での執筆となっています。ということで私の出番もなくなったわけですが、巻末に付せられた「雇用社会における労使関係の将来展望」という鼎談に、菅野和夫先生と連合の逢見直人会長代行とともに参加させていただいています。うーんその格とかつり合いとかいうものに対する配慮を著しく欠くような気はたいへんにするのですがまあ気にしないでください。そういう性格の本なので、働き方改革に関してはかなりそもそも論の部分から発言しております。


2006年版は↓

実践・変化する雇用社会と法

実践・変化する雇用社会と法

連合総研「キャリア形成への労働者及び職場組織の関与のあり方に関する調査研究」報告書

 (公財)連合総合生活開発研究所連合総研)様から、「キャリア形成への労働者及び職場組織の関与のあり方に関する調査研究」報告書『個々のキャリア形成と職場組織の関与のあり方』をお送りいただきました。これは賛助会員で会費を払っているから送られてきたのかな(笑)。いずれにしてもありがとうございます。
https://www.rengo-soken.or.jp/work/2019/10/011517.html
 内容はまことに連合総研らしいというか、連合総研でなければできない調査といえるように思います。連合傘下の労組に対するアンケート調査と、代表例・先進事例に対するヒヤリング調査を組み合わせたもので、アンケート調査は600を超える組織から回答を得ているという貴重なデータです。
 そこで例によって私の雑駁な感想というか言いたいこと(笑)を書いていきたいと思いますが、好き勝手書きますのでそう書かれると困りますという苦情もあろうかと思いますしそれは受け付けますがお手柔らかにお願いします(笑)。まずこうしたアンケートにきちんと回答しているということはやはりそれなりにしっかりした組織であるわけで、やはり大半は一定以上の規模の企業の企業別労組で専従者がいる組織となっています。したがって労使関係も基本的には安定的であり、労使協議のしくみなども整っているという環境にあるようです。まあ考えてみれば当たり前のことであり、雇用や賃金をめぐって紛争が相次いでいたり、労使が敵対的で不安定な関係であったりすれば、組合員のキャリアに関する事項の優先順位が低くなるのは不可避でしょう。
 いっぽうでそういった安定し成熟した労使関係を築けている企業というのはやはりいわゆる長期雇用慣行を主軸とした日本型の人事管理が定着しているわけで、逆にいうと従業員のキャリアに関する決定は基本的に企業に多くが委ねられているということでありましょう。あえて大雑把に単純化すれば、雇用と労働条件に関する事項は労使間の付議事項、人事(特に人事評価と昇進・昇格)に関する事項は会社専権事項という整理ができるのではないかと思います。この調査結果を見ると、強弱はあるものの多くの労組が組合員のキャリアに関する事項に積極的に、一部では活発に関与している実態があるのですが、具体的に中身を見るとやはり定年後再雇用制度やワークライフバランスに関する諸制度、あるいは転勤に関する事項などについては関与の程度が高く、それに次いで教育訓練や自己啓発となっていて、実は職業キャリアのコアであるはずの人事異動や昇進昇格にまで踏み込むことはまだできていない(というか、していない)という現状が見えるように感じます。報告書にも記載があるように、個別のヒヤリング先を依頼する際にもここで苦心があったようです。
 したがってヒヤリング先となった労組はたしかに先進事例であり、その取り組みには敬服するところも大きく、人事制度の適切な運用のチェックまで踏み込んでいるとのことです。おそらくは人事評価の分布が制度設計どおりになっているかということを点検しているのでしょう(これは大事なことで、たとえば昇給や賞与などについて交渉して協約したとしても、成績配分のベースになる人事評価が制度の建前を逸脱して低評価に偏るようだと協約の内容が正しく実現しなくなってしまう)。いかに労組に対してといえども人事が個別の成績を開示するとは考えにくく、となると執行部が組合員に対して昇給額や賞与額を調査してそれを集計、確認するというかなり手間のかかる作業が必要となっているはずで、まことに感服すべき勤勉さだと思います。
 とはいえ、まあないものねだりは承知の上ではあるのですが、組合員にとって最も切実な「キャリアの課題」は「上が詰まっていて昇進できません」「同期が次々昇格しているのに私は10年間同じ仕事」など、人事評価や昇進昇格に関する問題ではないでしょうか。これは報告書内にも少しですが確実に記載されていて、労組としてももちろんこうした課題は把握しているわけです。とはいえ、これは会社側も「専権事項」として最もガードの硬いところでしょうし、労組としてもなかなか効果的な対案は探せないところでもあるでしょう。というか、労使でそういった苦心を積み上げてきた結果として現状の(社内資格制度などの)人事制度があるのだと考えるべきなのでしょうか。このあたり、やはり先日ご紹介した鶴光太郎先生のご著書にもあったような「雇用システムの再構築」につながっていく議論になりそうです。

『ビジネスガイド』11月号

 日本法令の小原絵美さんから、『ビジネスガイド』11月号(通巻878号)をお送りいただきました。ありがとうございます。

https://www.horei.co.jp/bg/
 企業の人事管理に関わる法改正や制度変更の最新情報と実務対応が幅広く掲載された実務家向け専門誌で、今号の第1特集は「派遣労働者同一労働同一賃金」です。この7月に発出された通達をふまえ、経営法曹の大庭浩一郎先生による解説に加えて、大内伸哉先生と八代尚宏先生による批判的な論評も掲載されていて非常に興味深いものがあります。
 派遣労働者の「同一労働同一賃金」については「派遣先均等・均衡方式」を原則として例外として「労使協定方式」を認めるという、わが国の実情を考えるとかなりグロテスクな制度となっていることはこのブログでもたびたび批判してきましたが、両先生の論考は法の立場と経済の立場から非常に整然とこの制度の問題点を指摘するものとなっています。
 私が注目したポイントをいくつかご紹介しますと、大内先生が派遣先均等・均衡方式について、これが導入された理由として「”派遣先労働者の実際の就業場所は派遣先であり、待遇に関する派遣労働者の納得感を考慮する上で、派遣先の労働者との均等・均衡は重要な観点である”という理由も挙げられていました。ただ、こうした「納得感」は人事管理的な視点からは重要でしょうが、法的な理由としては十分ではないでしょう。…派遣労働者のように、雇い主が異なっている場合には、就業場所が同じというだけでは、…強制的な法的介入の根拠にはならないと思います」と述べておられるのはまことに我が意を得たりの思いで、この(たぶん)常識的な考え方に従って「派遣元との均衡」という制度にとどめておけば、労働協約方式もそもそも不要だったはずです。もちろん(これも過去繰り返し書いてきましたが)派遣労働者にとってもっとも気になるのはともに働く派遣先正社員だというのは情においてはよくわかるのですが、この情に流された政治的意図で押し切ったおかげで実務家がどれだけ要らない苦労をさせられているかを思うとまことに同情にたえないものがあります。また、大内先生は「労使協定方式」についても、これが範を取ったとされるドイツとの比較をもとに「ドイツ法とは異なり、労使協定により賃金の決定方法を自由に決めることを認めず、”一般賃金”以上という規制をかけたのです。/…これは実質的には、労使自治を否定して、政府の統計に従って決まる”官製賃金”を強制するものとなっており、労使自治を尊重するドイツ法とは正反対のアプローチになっています」と手厳しく断罪しておられます。まあ日独では産別労組と業界団体の当事者能力に大差がある(失礼)ので致し方ないということもわからないではないので多少は同情しますが、しかしそもそも要らないものを無理やり入れたからこういうことになるんじゃないかという話もなくはない。なお脱線しますがこれが「官製賃金」の正しい使い方ですよねえ(笑)。
 八代先生はあらかじめ長期雇用(とそれをサポートする賃金制度)のメリットを認め、それが一部環境変化に適応できなくなっていると述べた上で、この通達を「事実上の”賃金統制”」で「労働市場の公平性と効率性の双方に反する」と批判し、「既存の年功賃金を保護し、それに派遣等の市場賃金を合わせる”形骸化された同一労働同一賃金”」であると指摘されます。これに対して「本来の”同一労働同一賃金”とは、非正社員の生産性について教育訓練を通じて底上げするとともに、…現行の無限定な働き方を前提として年功的な昇進・賃金を受け取る正社員の働き方を多様化し、”勤務や勤務地を限定したジョブ型正社員”の選択肢を広げることも必要です。職種を限定した正社員の比重が高まれば、同一職種の非正社員との賃金比較もより明確になると考えられます(強調引用者)」と書かれているのはこれまたまさに我が意を得たりであり、私に言わせていただければなぜこのぐうの音も出ないような正論が通用しないのか不思議でなりません。八代先生はこれについて、「むしろ現行の企業内年功賃金を維持したいという本音が先にあり」「単に派遣社員の賃金を機械的に算出した正社員に合わせようとする」「事実上の賃金版の常用代替防止策」であるとまとめておられます。
(なお以上は私が注目したポイントを列挙したもので、要約ではありませんのでそのようにお願いします。ご関心を持っていただけたのであれば、どちらもそれほど長いものではないのでぜひ全文におあたりください。)
 これら両先生の論考は、単に法改正や制度変更の内容を知り、それにうまく適応するための知識としては直接的には役に立たないものではあるでしょう。とはいえ、制度のさまざまな問題点や課題について承知しておくことは、制度への的確な対応をはかるうえでも案外重要かもしれませんし、今回は特に実務家にとって「なぜこんな理不尽なことをしなければならないのか」ということを理解するうえで有益といえそうで(いやたぶん社内で「何でこんなことを」と聞かれて答えるという場面がありそうですし)、たいへん有意義な特集記事になっていると思います。
 ちなみに先日ある中堅専門人材派遣会社の経営陣の方々とお話しする貴重な機会があったのですが、この件については本当にご苦労されていると言っておられました。情報交換している同業も軒並み対応に苦慮しておられるらしく、ただ労使協定方式を採用することだけは共通しているという状況のようでした。均等・均衡方式を採用するには派遣先の労働条件の情報提供を受けなければならないがそんなの無理に決まってるとも言っておられましたな。これまでもこの業界は度重なる(しかも多分に一貫性を欠く)制度変更に見舞われて、都度タフに生き延びて来られたわけですが、今回もまた不可解な情緒的・政治的要請に翻弄されているわけでまことに同情を禁じえません。
 なお『ビジネスガイド』誌ですが、特集以外にもなにかと実務家が気になるであろうトピックスの解説が多数取り上げられていてたいへん充実した編集となっています。読み物の類がないのは読者サイドにニーズがないからかな。次号の特集は「お客様の個人情報の取り扱いについて」とのことです。

『産政研フォーラム』秋号

 (公財)中部産業・労働政策研究会(中部産政研)様から、機関誌『産政研フォーラム』秋号(通巻123号)をお送りいただきました。いつもありがとうございます。
http://www.sanseiken.or.jp/forum/
 今号の特集は前号に続いて「イキイキと働くシニアを考える2」となっていて、中央の佐藤博樹先生と慶応の八代充史先生が論文を寄せられていて読み応えがあります。佐藤先生の論文は「お一人様仕事力」など前号の今野浩一郎先生の論文と共通する内容も多いですが、後段では近年の佐藤先生のご持論である「変化対応行動」について力を入れて論じておられます。八代先生の論文は、高年齢者雇用、特に65歳(以降)定年延長の困難さについて、日本的雇用慣行全体との関連からていねいかつわかりやすく論じておられ、初任(に限らず)人事担当者必読ではないかと思います。本誌の呼び物である大竹文雄先生の連載エッセイ「社会を見る眼」は「ナッジとその作り方」となっています。岩波新書の『行動経済学の使い方』発売とタイミングをあわせてのご寄稿でしょうか。同書の前半の精留されたエッセンスという感じです。

鶴光太郎『雇用システムの再構築に向けて』

 鶴光太郎先生から、最近著『雇用システムの再構築に向けて-日本の働き方をいかに変えるか』をご恵投いただきました。ありがとうございます。

 鶴先生は長年にわたって経済産業研究所(RIETI)の研究プロジェクトを推進しておられ、特に2011年度以降は今年度に至る長きにわたり、「労働市場制度改革」プロジェクトを4期継続しておられます。その成果物としてのご著書も「〇〇〇〇改革」という書名ですでに4冊、本書と共通の装丁で刊行されています。この本はその最新版であり、完結版ということのようです。
 さて鶴先生の編集意図は「オビ」のこの文言に端的に表現されているように思われます。

 労働・雇用問題の本質には無限定正社員システムが密接に関わっている。

日本の雇用システム根幹にある問題に対して正面から政策提言を行う。

 この問題意識を軸に、まず鶴先生の総論があり、続いて歴史(形成過程)、人事管理、賃金、労働時間、教育の各システムについて、プロジェクトに参加した専門家の論文がまとめられているという本になっています。例の大竹ほかによる”地蔵論文”まで掲載されているのには少し驚きましたが。つかこれをこの部・章編成でこの並びでここに置いたというのはなにかええっといやなんでもありません。
 さて、鶴先生の結論の一部についてだけ簡単に触れておきたいと思いますが、問題の無限定正社員システムについて鶴先生は「キャリアの途中から、一定の割合の正社員はジョブ型に転換していくことが有効と考えられる。例えば、大卒で入社してから10年前後程、30代前半から半ばあたりで、更に幹部を目指す無限定正社員とジョブ型正社員に分かれていくことが必要だ」と述べておられます。そしてこの転換にあたっては「もちろん本人の希望、同意が必要」としたうえで、「ジョブ型・共働き」をデフォルトにすることが必要であるとし、さらに続けてそうした見直しは「実は予想以上に困難が伴う」だろうと述べられます。
 これと類似の議論はhamachan先生が2009年のご著書『新しい労働社会』の中ですでに展開されていて、そこでもこうした見直しは現実には困難であり、少なくとも現状においては大企業の大卒男性は全員メンバーシップ型(無限定正社員)を選ぶだろう、という趣旨のことを述べておられました(すみません記憶で書いているので不正確です)。これは現在に至るまでもおそらくは無理もない話と思われ、元々入社以来幹部を目指してきた人たち(しかもその多くは大学教育やそれ以前の段階から幹部を目指すことを想定していたものと思われる)が、キャリアの途中で「更に幹部を目指す無限定正社員」ではなく、もはや幹部をめざさない「ジョブ型正社員」に転換するかといえば、まあよほどの事情がなければ転換しないでしょう。もちろん、競争を降りてジョブ型に転換したとしても、幹部にはなれないというだけの話で解雇されるとかいうわけでもないので、まあほどほどに働いて私生活を楽しもうという人は現在でもいますし、その中にはけっこう幸福ですという人も多いかもしれません。とはいえ鶴先生も書かれているように「賃金プロファイルの形状はかなりなだらかなものになる」ことは避けがたいので、40代半ばくらいで賃金が年功的にかなり上がっている人ならともかく、鶴先生の想定される30代前半からなかばくらいの賃金水準でほぼ固定ということになるとなかなか選択しにくいでしょう。
 その解決策というのもあまりパッとしたものは思い浮かばないわけで、そもそも最初からジョブ型を選びそうな人を一定割合採用しておけばいい、というのは一つの考え方ではあります。ただまあだったら最初からファストトラックとスローキャリアに入口から分けて別々に採用するコース別人事制度にしたほうがなにかとあれこれ明確でいいのではないかと思われるわけで、これはこれでひとつの解決策です。というか、学歴などで労働市場への入口段階で先々のキャリアがはっきり区別されてしまうというのは欧米ではむしろ普通に見られる社会慣行でしょう。
 もう一つ考えられるのはある段階で企業の側が従業員を無限定とジョブ型に振り分けるというもので、まあ本人の意思や希望には相当に配慮するとしても、それぞれの必要数に応じて希望どおりでない人も相当数出てくるだろうと思われます。これ自体は今現在でも類似のことは行われていないわけではありません(特に大企業では)。平均的には鶴先生の言われるタイミングよりは10年くらい遅く、まあ40歳台のはじめからなかばくらいの段階ではないかと思われますが、「この人はまあ課長止まり」「この人は部長、さらにその上まである」という選別が行われているのがむしろ普通でしょう。ただ決定的な違いがおそらく2点あり、ひとつは振り分けが行われたとしてもそれが本人なり組織なりに対して明示的に示されることはない。まあ昇進のタイミングや与えられたポストなどを見ればなんとなく見当はつくわけですが、人事発令のような形で明確化されることはなく、したがって振り分けの方法や理由などについても説明されることはありません。もう一つはこれと密接に関係しますが、「まあ課長止まり」は「まあ」であって100%課長止まりではない。中には、少数ではあるけれどあとあともう一段階くらい上がる人というのがいて、そういうチャンスがあるということで意欲の低下を抑制しているという側面もあるでしょう。ただそれが一方で「まだチャンスはあるのなら」ということでわずかなチャンスに賭けて無限定な働き方を続けることにつながっているのも現状だろうと思われます。
 それをなくすためにはやはり「課長止まり」の人には「あなたは課長止まり」ということを明示し、かつ「その先の可能性は100%ない」という制度にする必要があります。となると、他の企業に新たなチャンスを求める可能性に配慮するとやはり40代なかばでは遅すぎるというのが労働市場の実態と思われ、鶴先生ご指摘のように30代前半から半ばで、ということになろうかと思います。
 問題はそこで「不本意ジョブ型」になった人になんらのご説明もなしでいいのだろうか、という点にあります。なんらのご説明もなしで従業員のキャリアを企業が自由にできるというのは当然ながらそれに対する見返り、すなわち定年までの雇用と生計費を上回る年功賃金、青空の見える人事管理がなければならないわけで、不本意ジョブ型は賃金と人事管理の相当部分を取り上げられる以上はなんらのご説明もありませんというわけにはいかないでしょう。とはいえ、日本型の新卒一括採用で入社した人たちを、10年かそこらの成績をもとに無限定継続とジョブ型に截然と分けることはなかなかに難しいはずで、だれがどういう基準でどういう評価をして決めたのか、その決め方は合理的かどうか、不本意ジョブ型の全員に納得いく形で制度設計するというのは無理というものです。もちろん、現状の実態でも入社10年も経てば極めて有能な人とか相当にイマイチな人というのははっきりしてきて、まあ先々ひっくり返ることもなかろうということで大方の合意を得られるでしょう。問題は(おそらくはボリュームゾーンである)そこそこ優秀からちょっぴりイマイチの層であり、もちろんここでも十数年も経てば昇進タイミングで1年、2年の差がついているのが普通でしょうが、しかし先々、次の昇進とかでは追い付いたり逆転したりする可能性があり、かつそれがかつてから実現しているから、なんとか人事管理として企業組織を運営できてきたという話でしょう。
 ということで、不本意ジョブ型の出現は働く人にとって望ましくなかろうと思われるだけではなく、企業の人事管理上も相当の難題であり、かつ不本意ジョブ型を多数輩出する企業とそうでない企業と働く人にとってどちらが魅力的かというと、まあどこに行っても文句のないパフォーマンスを出せる超優秀者であっても「どっちでも同じこと」なわけで、となると企業の人材確保という観点からもなかなかやりにくい話ではあるでしょう。
 ということで、現時点でまだしも現実的なのは入口で無制限コースとジョブ型コースを分けるやり方で、企業が途中で振り分ける労力とそのコストは不要になりますし、人材確保という面でも、優秀な人は無制限コースで吸収すればいいという話ではあります。無制限コースは一定のキャリアを約束するような制度を導入すれば、全員無制限の企業より魅力を感じる人もいるかもしれません。
 もっともこれは社会的な影響というのがかなりあるはずで、まあそれを国民が喜んで受け入れるかというとまた話は別のような気がします。鶴先生もhamachan先生も、そういったことをご承知の上で、いろいろと問題提起もすれば意見発信もしておられるわけで、まだ当分は環境の変化をみながら議論する段階なのかもしれません。これまた最近いつもの話で「やってもいいけどゆっくりやれ」ということで終わりたいと思います。いつもながらしまらん。

大竹文雄『行動経済学の使い方』

 大阪大学大竹文雄先生から、最新著『行動経済学の使い方』をご恵投いただきました。ありがとうございます。

 大竹先生といえば中公新書という感じだったと思うのですが、本書は岩波新書です。行動経済学、特にナッジの解説書/啓発書というおもむきの本で、まずは行動経済学全般の簡単な説明があり、次にナッジについての解説、続いてその具体的な応用事例が幅広く紹介されています。労働分野に優れた業績の多い大竹先生らしく、昨今話題の「働き方改革」関連も含めて職場・就労にまつわる事例が豊富なほか、医療や公共政策についても紙幅が割かれています。
 大竹先生の本の例にもれず、本書もたいへん身近で親しみやすい題材を多く取り上げ、平明な記述でわかりやすく解説されており、現実の仕事や生活に役に立つのではないかと感じる人も多いのではないかと思います。一方で、ナッジは効果的であるだけに好ましくない使われ方をすること(セイラーのいう”スラッジ”)ことへの懸念もあり、正直なところ自由と多様性が好きな私もいささかの警戒感がないではありません(本書でもそうした懸念に対してコメントされてはいます)。とはいえ、だから使わないというのはまさしく不合理な発想であり、不適切な使われ方をしないように・されたらわかるようにしっかり勉強し情報を集めることが大事なのでしょう。そういう意味でも、まずはナッジを知るための第一歩として好適な本だと思います。