就活ルール見直しの危うさ

 中西会長会見での見直し発言から1か月そこそこという拙速さもとい迅速さで経団連の採用活動ルール廃止が決まったようです。日経新聞から。

 経団連は9日、大手企業の採用面接の解禁日などを定めた指針を2021年春入社の学生から廃止することを決定した。今の指針は大学3年生が該当する20年入社が最後の対象になる。新たなルールづくりは政府主導となり、大学側や経済界と月内に策定する。経済界が主導するルールがなくなることで、横並びの新卒一括採用を見直す動きが企業に広がる可能性がありそうだ。 経団連の中西宏明会長が定例記者会見で、21年春入社以降のルールはつくらないと正式に表明した。「経団連は会員企業の意見を集約して世に訴えていくのが主な活動だ。ルールをつくって徹底させるのが役割ではない」と説明した。
 指針の廃止に踏み切ったのは、経団連に入っていない外資系企業や情報技術(IT)企業などの抜け駆けが広がり、人材獲得への危機感を抱く会員企業が増えたためだ。中西氏は会見で「会員企業はものすごく不満を持ちながらも(指針を)順守してきた」と話した。
(平成30年10月10日付日本経済新聞朝刊から、以下同じ)

 「ルールをつくって徹底させるのが役割ではない」「会員企業はものすごく不満を持ちながらも(指針を)順守してきた」…うーん、1996年に当時の根本二郎日経連会長(日本郵船会長)が就職協定廃止に踏み切った際を思い起こすと、あまりにも既視感の強い議論です。
 以下、ざっと探した限りではいい資料が見つからず私の記憶に大幅に依存した記述なので誤りなどあるかもしれませんのでご容赦願いたいのですが(いい資料があればご教示ください)、当時の根本氏が主張したのも「正直者が損をする事態を看過できない」でした(これは日経の「私の履歴書」に記述がある)し、当時すでに廃止の理由として事業の国際化や通年採用の拡大、日経連非会員企業、特にマスコミに協定を守らせることができないことが上げられていたと記憶しています。とりわけ、「学生に対し企業がルールを守らないのが当然というのは教育上よろしくない」と主張していたのは根本氏らしい主張として印象に残っていますが、それを除けば正直マスコミが外資・ITに代わっただけであとはなにも変わってねえなとの感を禁じ得ないわけです。
 でまあたしかこの時も「通年採用が拡大しているからかつてのような青田買いにはならないだろう」という意見もあったとは思うのですが、実際には周知のとおり翌年から一気に早期化して翌年には新たに倫理憲章の制定を余儀なくされたわけです。
 ということで、日経新聞の記事もこう指摘しています。

…今後は実質的な就活の早期化が進む可能性がある。
 例えば、時期を問わずに学生を採用する通年採用の拡大だ。ソフトバンク楽天などが導入済みだが、リクルートキャリアの調査では、19年卒採用で実施予定の企業は26.3%と、前年実績から7.2ポイント上昇した。
 システム開発などのガイアックスは大学3年生の秋ごろから面接。早い学生は3年生の12月には内定を得ている。…
 経団連は就業体験(インターンシップ)と採用を直結させないよう企業に求めてきたが、こうしたルールもなくなる。今後はインターンを通じた実質的な青田買いも広がる可能性がある。

 実際問題「通年採用だから早期化しない」ではなく「通年採用だから早期化する」というのが現場の実態でしょう。有名な事例としてはファーストリテイリングの「グローバルリーダー社員通年採用」があり、その募集サイト(https://www.fastretailing.com/employment/ja/fastretailing/jp/graduate/recruit/allyear/)を見ると「大学1年生で内定を取得し、ゼミ、部活中心に学生生活を送り、その後、半年間海外留学。7月に帰国して9月に入社」という事例が紹介されています(強調引用者)。ほかにも楽天やらソフトバンクやらIT関連企業に類例が目立つようですね。
 インターンシップについても、やはり有名な事例としてワークスアプリケーションズの入社パス制度(インターンシップを通じてこれという学生には1年生でも希望すれば採用する「入社パス」を付与)があり、早期化をもたらしています。現実にはインターンシップに関しては経団連も「採用を直結させない」ことを求めながらもいわゆる「ワンデー・インターンシップ」を解禁前に実施することは認めていて大学・学生サイドからは「会社説明会となにが違うかわからない」と受け止められており、これで事実上の採用選考を前倒し実施することで先行する外資・ITに対抗しているのではないかというウワサも業界ではしきりにささやかれていたわけです。
 ということで記事にもあるように「大学側からは学生への悪影響を懸念する声が出ている」のはもっともであって大学さんにはご迷惑がかかるでしょうし、学生さんたちも少なくとも混乱はするでしょうし、企業の人事担当者のみなさんも採用の早期化・長期化と、内定者フォローの長期化はまあ避けられないだろうと思われるわけでこれいったい誰が得するんでしょうかねえ。就職/採用コンサルタントの方々にはビジネスチャンスなのかしら。まああれかな、1年生・2年生で三井物産とか東京海上とかの内定を獲得してしまうような就活の猛者であれば、その後は安心して仕事を意識した勉学に励んだり留学したり部活動に勤しんだりできるのかもしれませんが…。
 でまあなんでそうなるのという話ですが、新卒採用/就職マーケットの構造の問題としては、採用力が劣る企業が優れた人材を確保しようとすれば出し抜けを食らわしたり抜け穴を狙ったりしたくなるという話はついこの間も書きました(https://roumuya.hatenablog.com/entry/2018/09/25/181912)ので繰り返しません。それに加えて日経の記事にもありますが、こういう話もあるわけです。

 新卒一括採用は年功序列・終身雇用とあわせて日本独自の雇用システムを形づくってきた。しかし企業活動のグローバル化で海外採用や外国人登用が進み、処遇の公平さなど欠点も目立つようになってきた。足りない人材を中途の即戦力で補う例も増えつつある。中西会長は「政府の新ルールで中途採用に不自由が出るのは困る」と述べた。
 政府は新たな就活ルールづくりと別に、こうした雇用全般のあり方を未来投資会議で議論する方針だ。就活のあり方を再構築するには雇用制度全体を見渡す視点が必要になりそうだ。

 俗に年功序列や終身雇用といった語が用いられるわけですが、ここの核心は内部昇進制ということだろうと思います。少々手抜きですが過去エントリを参照させていただくとして、当ブログの2009年5月11日のエントリ「「一度しか来ない列車」でいいのか」(https://roumuya.hatenablog.com/entry/20090511)からの引用です。

 とりあえず現実をみれば、「各ポストの人員の需要が発生したときに随時、」人事異動や内部昇進といった内部労働市場からの調達が行われるわけです。たとえば、人事部に人事課と労務課があり、人事課に採用係と人事係、研修係があるとする。ここで人事課長ポストがあくと、典型的には3人の係長のうちの誰かが昇進する。3人の係長のうち、人事係長だけは採用係長の経験もあり、他の2人は他の係長の経験がないということなら、人事係長が「順当に」人事課長に昇進する。あるいは、将来的な人事部長候補を育てるために、労務課長が人事課長に異動するかもしれません。このように、人材育成機能を持った内部労働市場での調整がまず行われます。そのうえで、組織規模を維持するなら退職者の分は外部から人材を調達しなければなりませんから、それは必要に応じて新卒や中途で採用することになりますが、内部労働市場(人材育成機能)がうまく働いていれば外部から採用するニーズはエントリージョブに集中しますから、これは上で紹介した以前のエントリで説明したようにポテンシャル重視、新卒・第二新卒中心にならざるを得ません。
https://roumuya.hatenablog.com/entry/20090511

 これが10年近く前の2009年5月の話なんですが現在でもそれほど大きく変わってはいないのかなあ。ただ引用でも「内部労働市場(人材育成機能)がうまく働いていれば」という話なので、たとえば新規分野に進出するとか、新技術を採用するとかいった局面で内部調達ができなければ外部からの採用になるわけですね。それが拡大している(とりわけITまわりで)ことは事実だろうと思います。
 とはいえ内部労働市場もまだそれなりに健在なわけではあり、その人材育成力が競争力の源泉だという企業もかなりの割合で存在するだろうと思われます。となるとエントリージョブにポテンシャルの高い人をという採用ニーズも(少子化で若年人口が減少していくこともあり)引き続き旺盛であろうことも明らかだろうと思われ、それがあるかぎり新卒一括採用も早期化も継続せざるを得ないわけです。そして、これは見落としてはならない観点だろうと思うのですが、未熟練の学生を採用して内部育成する新卒一括採用は新卒者こそが最大の受益者なのであり、それはわが国の若年失業率を他国と比較してみれば一目瞭然であるわけです(ただし新卒採用が不調だとその後の問題が大きくなるという面もあり、それが上記引用先エントリの中心的関心です)。
 ということで「就活のあり方を再構築するには雇用制度全体を見渡す視点が必要になりそうだ」から「雇用全般のあり方を未来投資会議で議論する」のだそうですが、現実の問題としてどうしても新卒一括採用をやめたいというのであれば企業の内部育成・内部昇進もやめなければならないわけで、良し悪しは別として可能ですかという話はあろうかと思う。移行コストが高すぎて現実的でないのではないかと。
 一方で漸進的な変化の結果として新卒一括採用のシェアが縮小していく可能性というのはあるのであり、なにかというと日本企業の(特に大企業の)人事管理の特徴はこの内部昇進制、「中卒者でも叩き上げて工場長に」という「青空の見える人事管理」が、いわゆる正社員を対象として非常に広汎な徹底されているところにあるわけです。これは企業組織が拡大を続ける中ではきわめて有効に機能しましたが、長時間労働をはじめ拘束的な働き方になるという弊害もとみに指摘されるところであり、また近年ではつい先日も書いたようにポストの数を適任者の数が上回っているという人事管理の隘路に(もはや慢性的に)直面していることも間違いないからです。
 その対応策として、現状では内部昇進制に乗らない非正規雇用が増加しているわけですがこれにも弊害はあることから、企業横断的な専門職、しかし現行の非正規雇用に較べれば雇用も安定し、緩やかながらキャリアも労働条件も向上していくスローキャリアの雇用形態などが提案されています。こうした働き方が漸進的に拡大していけば、結果として新卒一括雇用のシェアは低下するだろうとは思われます。
 いずれにしても急激な変化は避けて時間をかけて取り組むことが望ましく、労使でしっかり議論しながら進めていくべきものだろうと思います。でまあ今回は未来投資会議でとか言っているわけですが大丈夫かそれで。もともと政治的には短期的な成果がほしかろうと思われるところ、なんかこれに関する中西経団連会長の言動を見ていると短気をおこしてもといスピーディに結論を出したがりそうな印象があって、未来投資会議みたいな労働者代表が入っていない場でやろうというのは危なっかしいことこのうえない。まあおかしなことをやりだしたら連合も黙ってはいないと思いますけどね。現状に問題があることは事実ですし変化していかなければならないことも間違いないわけですが、急いては事をし損じることも確実だろうと思うわけです。