あえて非正規

 週末の日経新聞に掲載された「「あえて非正規」若者で拡大 処遇など新たな設計必要」という記事が一部で話題になっているようで、若干気になるところもありましたので書いてみたいと思います。いわく。

 非正規の働き方をあえて選ぶ人が増えている。25~34歳のうち、都合の良い時間に働きたいとして非正規になった人は2023年に73万人と、10年前より14万人増えた。「正規の職がない」ことを理由にした非正規は半減した。正社員にこだわらない働き方にあった処遇や、社会保障の制度設計が必要になっている。

 総務省労働力調査非正規社員の数と、その理由をまとめている。
 23年の調査で非正規として働く25~34歳は237万人で、13年に比べ64万人減った。このうち「正社員の仕事がない」と答えたのは30万人と、54万人減少した。非正規で働く理由を回答した人の比率では23年に13.1%と、半分以下になった。
 一方、理由として増えたのが「自分の都合の良い時間に働きたい」との回答だ。23年で31.9%と、13年と比べて10.6ポイント上がった。
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA213A20R20C24A2000000/ 、以下同じ

 同じ調査によると25~34歳の雇者数は1,068万人とのことですので、非正規雇用労働者比率は22.2%となります。さすがに全年齢に較べるとかなり低いですね。比較対象にされている2013年は雇用者が1,117万人、非正規雇用労働者は237+64=301万人で同比率は26.9%なので、かなり低下していることが見てとれます。この数字で計算すると非正規に占める不本意非正規比率も(54+30)/301≒27.9%から30/237≒12.7%と低下しており大いに改善していると申し上げられるでしょう。記事中にもこのグラフが掲載されていますが、なんか数字が違ってるような気もしますがまあ気にしない(笑)。このあたりまではたいへん良好な方向といえましょう。
 それに対して「自分の都合の良い時間に働きたい」が増えていることはどう見たらいいのでしょうか。もちろん、選択可能な働き方が広がることそれ自体は結構なことではあるのですが…。

 都内で働く25歳のある女性は大手IT(情報技術)企業の正社員から、非正規社員として音楽業界に転職した。「多少給料が減って安定しなくても、やりたいことを追求したい」

 東大大学院の山口慎太郎教授は「プライベートを充実させたい人も増えた。仕事への価値観が変化している」と話す。
 都内の飲食店でアルバイトをしている25歳の女性は、所属する事務所での芸能活動と両立させるため非正規で働いている。「芸能の仕事の忙しさに合わせて、働く時間を調整できる」と語る。

 これは非常に既視感のある話です。バブル景気はなやかなりし当時に拡大したフリーアルバイター、その後省略されてフリーターと言われるようになりましたが、その当初の典型が「プライベートを充実させたい」働き方であり、正社員として伝統的な企業組織に組み込まれて拘束度の強い働き方をするのではなく、比較的高給のアルバイトなどで自由度高く働いてプライベートを重視するのが、当時は「格好いい働き方」とされていたわけです。実際、バブル下の人手不足でアルバイトの時給も上がり(いまウラ取りはしていませんが都心のファストフードなどでは時給2,000円でもアルバイトが集まらないとかいう話もあったと記憶)、典型的には半年間は待遇のいい仕事を求めて掛け持ちして長時間働いてしっかりおカネを稼ぎ、残る半年は失業給付を受けながら(当時の)生活費が安かった海外でバックパックをする、といった働き方/生き方が「格好いい」とされたわけです。これは当時(今もですが)「モラトリアム型」として分類されました。これに対して、記事にある「所属する事務所での芸能活動と両立」のような働き方は「夢追い型」と呼ばれています。
 さて周知のとおりバブル崩壊とその後の労働市場の急速な悪化によって、フリーターは一転して社会問題となり、支援の必要性が訴えられるようになりました。その支援の一環として紹介予定派遣のような制度が導入されたり、正社員として雇用されやすいような能力開発支援などが行われるようになり、そうした働き方は「ステップアップ型」と言われています。記事にある「音楽業界に転職した」という方は、まあこれと夢追い型の折衷のような類型でしょうか。そしてもう一つの類型として追加されたのが「やむを得ず型」であり、記事にある「正社員の仕事がない」フリーター、不本意非正規だったわけです。
 さて近年若年の不本意非正規が減少していることはたいへん好ましいことであるわけですが、なぜ不本意非正規が問題なのかということを思い返すと、記事がいうように「あえて非正規」が増えるのがいいことばかりかどうかはわかりません。
 もちろん記事も「正社員にこだわらない働き方にあった処遇や、社会保障の制度設計が必要になっている。」との問題意識は提示しているのですが、最も重要な「キャリア」の観点が抜け落ちているのはかなり残念と言わざるを得ません。不本意非正規の最大の問題点は、正社員のような社内育成・社内昇進の人事管理に乗らないので、スキルが伸びにくい結果として賃金などの待遇も伸びにくい、という点にあったわけですね。でまあこれは他の類型にも通じる課題であり、「ステップアップ型」はそれなりにスキルアップしていくことが想定されている(実際、製造派遣の人材ビジネスでは「派遣先での正社員登用」を目標に掲げる企業が少なくない)わけですが、「音楽業界」といわれると少々首を傾げなくもない。「夢追い型」も、夢のほうでそれなりの達成をみることができるという保証はないわけですね。したがって、雇用失業情勢が改善して非正規でやりたい仕事をやったり夢を追うのと両立できるようになってよかったですね、あとは処遇と社会保障ですね、で済むかどうかというとそうでもねえなと思うわけです。
 記事の後段では全世代に射程を広げて「育児や介護のために非正規を選ぶ人」の問題を取り上げていますが、こちらもキャリアの面で同様の課題を抱えていることは言うまでもありません。もちろん、全世代となると配偶者との家庭内分業を踏まえたキャリアを考える必要がありますので、総体的に社会保障の在り方などの問題が大きくなるわけではありますが。
 逆に言うと、この先「専門的な技能等を生かせる」ことが中心的な関心事で、それをさらに伸ばすということの重要性が相対的に低い(年金が支給されるため生計費も確保しやすい)高年齢者については、非正規で専門的な技能を生かして時間的自由度高く働くことはたいへん望ましい働き方といえるでしょう。能力の伸びる仕事は将来の可能性の大きい若い人に配分したほうがいいとも思いますし。
 ということで、ちょっと「キャリア」の観点が薄すぎないか、と思ったので書いてみました。まあねえ。