またしても「電力会社よ、値上げするなら賃下げせよ」by河野太郎氏

衆議院議員河野太郎氏が、ご自身のブログに「関電、九電の値上げのいい加減さ」というエントリをアップしておられます。
http://www.taro.org/2013/03/post-1329.php

 関西電力九州電力の料金値上げが申請され、その値上げ幅が妥当かどうかを電気料金審査専門委員会という「有識者」の会議が「審査した」ことになっている。
 しかし、その審査の内容たるやメチャクチャだ。このままでは、辞書にある「有識者」の定義を書き直さなければならないだろう。
 一つ例を挙げよう。
 「事業報酬率」というものがある。発電用の資産(レートベースと呼ばれる)にこの事業報酬率を掛けたものが電力会社の利益に当たる事業報酬になる。
 今回、両社はこの事業報酬率を2.9%とする申請を出している。
 事業報酬率は、資本を自己資本他人資本に分け、他人資本については全電力会社の有利子負債利子率、自己資本については電力を除く全産業の自己資本利益率を上限とし、公社債利回りの実績を下限とすることになっている。

 この…数字は、βという企業の相対的なリスクの大きさを表す数字をもとに計算されている。
 βが大きくなると、自己資本報酬率の中の自己資本利益率の割合が高くなり、最終的な事業報酬率が大きくなり、電力会社の儲けが大きくなる。
 今回の「有識者」会議は、自己資本報酬率を決めるためのβは、電力9社のβの平均を採用するのが適当としている。しかし、現在の東京電力には、賠償その他の特殊な事情があり、他の電力会社の事業報酬率を決める際に、そのβを参考にすべきではないはずだ。
 「有識者」会議は、電気事業全体の状況を反映すべきだから東電も入れるべきという不可思議な理由を示し、さらに、東電のβは電力会社の中で最も高いわけではないなどとわけのわからないことを言っている。
 確かに東電のβは1.32と東北電力の1.38よりは低いが、特殊事情を持つ東電を計算に入れること自体がおかしい。
 東電のβを外して計算すると、βは0.836となる。

中略部分は計算式が紹介されているのですがここでの本筋とは関係ないので省略しました。ご関心のむきは河野氏のブログにおあたりください。
さて、河野氏は「…βは、電力9社のβの平均を採用するのが適当としている。しかし、現在の東京電力には、賠償その他の特殊な事情があり、他の電力会社の事業報酬率を決める際に、そのβを参考にすべきではないはずだ。/「有識者」会議は、電気事業全体の状況を反映すべきだから東電も入れるべきという不可思議な理由を示し…」「確かに東電のβは1.32と東北電力の1.38よりは低いが、特殊事情を持つ東電を計算に入れること自体がおかしい。/東電のβを外して計算すると、βは0.836となる。」と主張しておられます。つまり、電力業界の平均を採用することは妥当だが、特殊事情のある東電は除外すべきだとの主張でありましょう。
もちろん、この考え方はありうるものだと思います。ただし、この考え方を採用するのであれば、東京電力がその特殊事情から救済ないし破綻処理を必要とした場合に、電力業界に特別の負担を求めることはそれこそ「不可思議」というか、少なくとも大いに一貫性を欠く話になるとはいえるでしょう。河野氏はそれでいいんでしょうかね。
続いて、


 そしてさらに大きな問題は、この自己資本比率にある。両社の申請では、自己資本比率を30%、他人資本比率を70%としている。

 しかし、関電の自己資本比率は2012年12月末で15%、九電は同じく13%しかない。

 自己資本比率を空想の30%とすることによって、電力会社の利益は大きく水増しされている。
 経産省は、電力会社の自己資本比率は30%で「あるべきだ」としている。健全な経営をするためには、自己資本比率は30%であるべきだということを省令で定めている。だから、あるべき自己資本比率で事業報酬を決めるべきだ、と。
 それならば、あるべき自己資本比率を大きく下回っている、つまり経営がおかしくなっている関電や九電に、極めて高い人件費を認めるのはおかしい。
 「有識者」会議は、この両社の人件費を「一般的な企業」の平均値である賃金構造基本統計調査の1000人以上・正社員と比較している。
 市場で競争している企業の人件費と市場で競争する必要のない(自由化された部門ですら競争を拒否している)企業の人件費が同じであってよいはずがない。
 まして経営がおかしくなっている電力会社の人件費が民間の大手企業と同じだというのは理屈に合わない。
 総括原価で料金が決まる電力会社の人件費は、公務員の人件費と比較すべきだ。
 事実、「有識者」会議は、両社の役員報酬は国家公務員の指定職並みに削減している(それでも決して安くはないが)。
 さらに、この両社は健康保険料の企業負担を法定の50%を上回って申請している。「有識者」会議は、55%までの企業負担は妥当としている。
 自己資本を毀損して、望ましい姿ではない状態にある企業に、なぜそんなに高い人件費と法定以上の福利厚生費の企業負担を認め、消費者にそれを負担させるのか。

関電も九電も繰越損失を計上しているわけではないので自己資本を毀損してはいないだろうと思うのですが、これはまあ「気持ちはわかる」ということにしておきましょう。
また、河野氏有識者会議が電力会社の申請をほとんどそのまま承認したと言わんばかりの書き方をしていますが、現実には各種メディアで報じられているとおり有識者会議は人件費を含むさまざまな項目で効率化を要請し、価格改定幅も圧縮されているわけです。まあこのあたりは河野氏もエントリ中で役員報酬削減に触れていますので「気持ちはわかる」範囲でしょうが。
そこで河野氏は「あるべき自己資本比率を大きく下回っている、つまり経営がおかしくなっている関電や九電に、極めて高い人件費を認めるのはおかしい」と主張するわけですが、なるほどあるべき自己資本比率*1を達成するために賃下げや人員整理をやれという主張は、内部留保を取り崩して賃上げしろという主張と裏表ではありますね(笑)。
ただまあ賃上げと賃下げを対称的には論じられないわけで、30%であるべき自己資本比率が13〜15%にとどまっているということが賃金引下げの合理的な理由になるかといえば、別途現に資金繰りに困っているとかいう事情でもない限りはちょっとならないんじゃないかと私は思います。というか、内部留保を積み増しするために賃下げしたり整理解雇したりしてもいいなんていう話になったら大変なことになるのではないかと。いや案外昨今の雇用制度改革の議論に悪乗りする向きにはそういう主張をする人もいるのかな。
さて、河野氏は続けて「…両社の人件費を「一般的な企業」の平均値である賃金構造基本統計調査の1000人以上・正社員と比較している。/市場で競争している企業の人件費と市場で競争する必要のない(自由化された部門ですら競争を拒否している)企業の人件費が同じであってよいはずがない」と主張されますが、1,000人以上・正社員については後述するとして、市場で競争している企業としていない企業の人件費(ここでは賃金のことでしょうか)が同じであってはいけないという理由がよくわかりません。
もちろん、電力会社が独占企業で、総括原価方式で公務員と同様倒産・雇用喪失の心配がないから賃金はその分低くていいはずだ、という理屈であれば(あとで「公務員と比較すべき」との主張が出てきますのでそうではないかと思うのですが)、それは私も労働条件はパッケージだと散々書いてきたところで、一応賛同できるものがあります。ただ、そういう趣旨だとすると、いっぽうで河野氏が東電の法的整理を主張していることとの一貫性はないと申し上げざるを得ないように思われます(ただし河野氏が法的整理後も東電社員全員の雇用は保証されるべきだと主張されるなら話は別です)。
まあ、河野氏としてみればそんな話ではなく、競争してないんだからきっと仕事も楽してるだろうから賃金低くてもいいでしょ、くらいのレベルの話なのかもしれませんが。
「まして経営がおかしくなっている電力会社の人件費が民間の大手企業と同じだというのは理屈に合わない。/総括原価で料金が決まる電力会社の人件費は、公務員の人件費と比較すべきだ」というのは、1,000人以上・正社員と比較するのがおかしいということでしょうか。しかし上述のとおり、労働条件を比較するならパッケージでなければならず、電力会社の人件費を公務員の人件費と比較し同等にするのであれば雇用保障(やその他の労働条件)も同等でなければならないでしょう。いっぽう、人材の確保といった観点からは、労働市場で競合する企業と総合的に太刀打ちできる水準が確保される必要があり、それを考えれば1,000人以上の企業と比較することは妥当ではないかと思います。法定福利費も同様、電力会社の競合相手が55%程度を負担している実態があるのであれば、そこまでは認められてしかるべきではないでしょうか。賃金は公務員と同じです、雇用保障は民間企業並ですということで、厳しい経営を余儀なくされている電力会社の人材確保に支障をきたしたら、困るのはわれわれ国民です。
河野氏はさらに「事実、「有識者」会議は、両社の役員報酬は国家公務員の指定職並みに削減している(それでも決して安くはないが)」と主張しますが、それは結局のところ国家公務員指定職の賃金は人事院勧告でおおむね民間企業の相当する幹部・役員並とされているからでしょう(たしか事務次官は従業員500人以上の企業の経営企画担当副社長クラスと同等程度とかいう勧告になっていたと思います(自信なし))。したがって河野氏ご指摘のとおり「決して安くはない」わけですし、それ以上高いのであれば、役員という立場上厳しい経営環境下では減俸となることは自然な成り行きと申せましょう。
ということで河野氏は「望ましい姿ではない状態にある企業に、なぜそんなに高い人件費と法定以上の福利厚生費の企業負担を認め、消費者にそれを負担させるのか」と訴えられるわけですが、電力会社に限らず、どんな企業であっても労働条件の改善は売り物の価格に反映されるわけです(もちろん生産性向上の範囲内であれば値上げにはならないかもしれませんが、消費者が享受し得た値下げが実現しなかったことにはなります)。つーかねえ、この「値上げする前に賃下げしろよ!」という発想がデフレの一因になってると思うんですけどねえ。いいかげん何とかならないものかしらん。

  • しかし余談ながら河野先生の電力会社憎しのお気持ちはたいへんによく伝わってくるのですが、何をやりたいのかしらん。いや原発をなくしたいのであれば、電力料金の値上げに反対しちゃいかんと思うのですよ。ただでさえ燃料価格が値上がりしている中で原発が稼動せずに火力シフトを余儀なくされているわけで、そんな中で値上げは許さん、値上げするなら賃下げしろ、と言われれば、電力会社(の従業員)としてみればさらに相対的に低コストな原発を動かしたいという気持ちになるのが当然でしょう。そこで原発は本当に低コストかなんて神学論争をしても意味がなくて、電力会社(従業員)にしてみれば現実の経営と収入が大事なんですから。河野氏原発をなくしたいなら、関係者のみなさんにご迷惑はかけません、コストアップは私たちが負担しますから、原発はやめましょう、ということで多数派形成する努力をするのが先決ではないかと。これは再生可能エネルギー普及のためにフィードインタリフを導入したのと同じ発想なので、それほど理解困難な理屈ではないと思うのですが。

*1:自己資本比率30%が本当に望ましいのかどうかは私にはわからないのですが、たしか金融除く大企業の平均が40%弱くらいだったような記憶があるので(自信なし)、それほどかけ離れてもいないのだろうと思います。