高田高史『社史の図書館と司書の物語』

キャリアデザインマガジン145号に掲載した書評を転載します。私は社史や団体史を仕事で使うたぶん勤め人としては比較的少数派に属する人で、職場のデスクには勤務先の社史と三井文庫の編になる『史料が語る三井のあゆみ』が常備されております。前者はともかく(笑)後者はカラー図版がふんだんに使われていて歴史読み物としても面白く、読んで損はないのでおすすめです。書棚には経団連やら日経連やら日本体育協会やらの年史も並んでおりますがさほど面白くはない(失礼)。残念ながら社史類の編纂に携わったことはないのですが機会があればやってみたいなあ(いやもう機会はないでしょうが)。
ということでこの本ですが、行き当たりばったりに立ち寄った書店で偶然見かけて即決で買いました。電子書籍全盛の今日ではありますが、やはり紙の本を売る書店というのもいいものだなと。私のような社史ユーザーに限らず図書館ユーザーや本の好きな人にも面白い本だと思いますし、産業関連のトリビアがたくさん含まれているのでビジネスマンも楽しく読めると思います。
なお最後の段落はキャリアデザインマガジン(日本キャリアデザイン学会の広報紙)に掲載することを意識して付け加えたものです。

 「司書」と呼ばれる人たちがいる。図書館の職員を総称して「司書」と呼ぶことも多い。いっぽうで、「司書」は資格の名称でもあり、一般的にはその有資格者である図書館職員のことを「司書」と呼ぶことが多いようだ。この本は、神奈川県立川崎図書館に勤務する司書の手になるものだ。
 「社史」というカテゴリに分類される本がある。最近では、DVDなどの電子媒体で作成されることも多いという。いうまでもなく、企業の歴史を記録した資料であり、10年、25年といった節目の周年で編集されることが多いようだ。企業であれば「社史」だが、業界団体などであれば「団体史」ということになる。いずれも、企業などの内部資料を含んでおり、史料としても貴重なものだという。
 いっぽうで、社史にはいまひとつ地味なイメージがつきまとうことも事実ではあるだろう。自分の勤務先のものであっても、社史を親しみをもって読む人というのは少ないに違いない。あるいは社史をつくる編纂の仕事も、専門性を要するものではあるが、しかし花形職場ではないだろう。
 そんな社史類の、日本トップレベルのコレクションを有するのが、著者の勤務先である神奈川県立川崎図書館だ。私たちがイメージする一般的な図書館ではない。科学・技術と産業に関連する資料に特化した専門図書館であり、社史類のコレクションは18,000を上回るという。この本は、そんな社史類を収集し、管理し、そして社会的に価値あるものとして活用しようとする司書の仕事を紹介している。
 たとえば、不二家の「ペコちゃん」など、普段なにげなく見ている企業キャラクターに焦点をあてた企画展や、ユニークな社史を展示して人気投票を実施するといった企画が紹介されている。大阪の類似施設との交流・共同事業のプロセスも楽しい。社史から拾った企業のトリビアを親しみやすい文章でつづった新聞連載や図書館報、ウェブ連載なども紹介されていて、まことに楽しむ読むことできるし、堅苦しく思われがちな社史の中に思いがけず興味深い知識を発見することの喜びを共有できる。あるいは、社史編纂に携わる人たちの研修や交流の場としての講演会の開催など、公立図書館ならではの有意義な取り組みも紹介されている。IT革命の時代ならではのバーチャル図書館の試みも行われているようだ。
 もちろん、ユニークな社史そのものの紹介もあり、その編纂にあたった人たちのインタビューなども紹介されていて、これを読んでふだん親しみのない社史というものを手に取ってみたいと思う人も少なくないだろう。社史の作成は景気変動の影響をあまり受けないということで、社史はまさにわが国の文化として確実に根付いている。そうした文化への関心を高めるという意味で、この本は単に楽しいとか知識が得られるというにとどまらず、大いに社会的意義を有するものだといえそうだ。
 そして、「司書」というプロフェッショナルな職業の魅力を生き生きと描き出しているというのも、この本のもう一つの特徴として強調したい。この本を読んで、司書になりたいと思う人も少なくないに違いない。もっとも、図書館数も図書館職員数も増えてはいるものの、文部科学省の資料によれば毎年1万人程度が司書資格を取得するが、実際に図書館に就職するのはその2%程度ということで、かなりの狭き門ではあるようだ。さらに、日本図書館協会が全国の図書館職員求人情報をまとめてウェブサイトに掲載しているが、ほとんどがパートタイムや非常勤であり、いわゆる正規職員の求人は全体の1割にも満たない印象で、その就労実態はすばらしく良好とは必ずしもいえそうにない。この本はもちろんそこまでは踏み込んでいないのだが、国民の知識と学びを支える重要かつ基本的なインフラである図書館の在り方について、あらためて考えるきっかけとなる本でもあった。

実は司書の有資格者数とか、資格取得者が実際に図書館職員になる数・率といった具体的な資料はウェブ上をざっと探したくらいではまったく見当たらず、書評上に書いた「文部科学省の資料によれば毎年1万人程度が司書資格を取得するが、実際に図書館に就職するのはその2%程度」というのも平成19年3月の文部科学省『図書館職員の資格取得及び研修に関する調査研究報告書』に掲載された「なお、司書課程の履修により毎年1万人近い司書有資格者が誕生しているが、実際に公共図書館に就職する率は約2%程度(1991年文部省調べ)にとどまっている。」という一文に依拠したものなので相当に古い代物です(ちなみに引用した「図書館」は正しくは「公共図書館」ですね)。もちろん司書資格を取得する人のすべてが司書志望ということでもないのでしょうが、しかし相当に狭き門ではありそうなことは窺われます。
また、平成24年8月の文部科学省『「これからの図書館の在り方検討協力者会議」報告書 』の資料などをみると、図書館数は増えており、図書館職員も増えているものの、常勤職員はむしろ減っていて非常勤職員が大幅に増えているということはいえるようです。ただまあこれまた具体的・詳細な資料は見当たらず、文科のサイトで公開されているこの会議の配布資料の中にもありません。いや余談かつ余計なお世話ながらそういう資料で「これからの図書館の在り方」(具体的には図書館の設置及び運営上の望ましい基準の見直し)を有識者が議論しているというのは労働政策の議論に多少は深入りしている私には少々不思議な感はあります。まあそんなものなのでしょうが。
いっぽう現時点での個別の実態については書評でも紹介したとおりで、日本図書館協会のウェブサイトにまとめられている図書館求人情報を見てもほとんどが非正規、賃金水準もいいものでは時給1,480円とかいうのもありますが、大勢としてはまあ月20万円超えるものはあまり見当たらないという印象です。
需給のバランスが大きく崩れている以上は致し方ないのかもしれませんがしかし図書館が好きな私としてはそれでいいのかという感もあるわけで、とりわけ非常勤だと専門性が向上しても賃金に反映しにくいという実態があるらしいことはやはり問題かなと思います。でまあ図書館というものは基本的に民間ビジネスで成り立つものでもなく公的セクターでやらざるを得ないわけで、となると結局は予算がいくらつくかということになりましょう。私にはこのあたりよくはわからないのですがつまるところはわれら市民が自らの学ぶ権利、知る権利についてどれほど重きを置くのだろうという話にはなるのでしょう。もちろん娯楽的な図書に無料でアクセスできれば十分ですという考え方もありえますしそれが悪いというつもりもありませんが、ただまあ公務員(の正規職員)はなってしまえば一生安泰なんだから賃金は低くていいし人数も少なくていいという意見の人は多いような気がするので、だとするとまあこれもなかなか容易ならざる話なのかもしれません。