大手商社、採用開始時期見直しを要請

就職活動の早期化・長期化が問題になる中、大手商社7社が採用活動開始を「4年生夏以降に」 するよう経団連に検討を要請したそうです。日経新聞がきのうの1面で報じていました。

 三井物産三菱商事など大手商社は日本経団連に対し、企業の大学新卒者の採用活動時期を遅らせるよう呼びかける。毎年4月ごろから面接や試験が始まるが、就職活動の長期化が学業の妨げになっているとの声が強い。企業が採用時期の目安にしている経団連の「倫理憲章」の見直しなどを要請する。就職人気の高い商社の提案は、産業界で論議を呼びそうだ。
 雇用情勢の悪化を背景に大学生の就職活動は早まっている。今では3年生の秋に就職活動を開始。大手企業は4年生の4月ごろに採用試験をするが、内定をもらえずに秋まで就職活動を続ける学生も多い。
 学業に影響が出るほか、企業側にも学習経験や問題意識が不十分な学生が多いとの不満がくすぶっている。
 日本貿易会の槍田松瑩会長(三井物産会長)の呼びかけで今週、大手商社7社の人事部長が集まり、見直しへ向けた協議を始めた。
 2013年春入社の新卒から、企業の採用活動を遅らせるよう経団連に働きかけるとともに、商社の採用試験時期も見直す。4年生の夏以降に遅らせることが可能かなど、検討する。7社の今春入社の新卒総合職は合計730人だった。
 日本経団連は「企業の採用のあり方については選考活動の開始時期も含めて継続的に幅広く議論している」といい、今後、本格的な見直しにつながるか注目される。
(平成22年9月23日付日本経済新聞朝刊から)
http://www.nikkei.com/paper/article/g=9695999693819696E0E0E2EB918DE0E0E2EBE0E2E3E29F9FEAE2E2E2;b=20100923

11面にも関連記事があります。

 新卒採用活動の早期化は学生の学業に影響を与えるだけでなく、企業にとっても負の側面が小さくない。例えば多くの企業が国際感覚を身につけた人材の採用に力を入れているにもかかわらず、就職活動がネックとなって海外に留学する学生数は年々減少している。企業が優秀な学生をいち早く囲い込む従来の新卒採用は曲がり角を迎えている。
 企業と大学が会社訪問や内定の解禁時期を申し合わせた「就職協定」が1997年に廃止されてから、大学生の就職活動開始時期は次第に早まっている。
 現在は日本経団連が早期選考の自粛を促す「倫理憲章」を定めている。ただ、「卒業学年に達しない学生に対して面接など実質的な選考活動は厳に慎む」との表現にとどまっているため、4年生になったばかりの学生に内々定を出す企業も多い。
 多くの企業が国際競争を勝ち抜くための人材を求めているにもかかわらず、就職活動の早期化は学生の“内向き志向”を強める一因にもなっている。2001年に約4万7000人いた米国への留学生数は08年に約2万9000人まで減少した。企業は採用する学生を厳選する傾向を強めており「大手企業でも実際の採用数が計画数に満たないケースが増えている」(毎日コミュニケーションズ)という。
 国立大学協会などはこれまでも経団連に対して採用活動早期化の是正を要請するなど、学業に専念できる環境づくりを訴えてきた。一橋大学キャリア支援室の高橋治夫シニアアドバイザーは大手商社が採用時期見直しの検討を始めたことについて「夏休みを活用して就職活動に専念できるようになれば学生のメリットは大きい」とみる。
 ただ、商社の一部には産業界で歩調が合わなければ優秀な人材確保に支障が出るとの慎重論も根強く、早期の見直しが実現するか流動的な要素もある。
(平成22年9月23日付日本経済新聞朝刊から)
http://www.nikkei.com/paper/article/g=9695999693819696E0E0E293988DE0E0E2EBE0E2E3E28698E0E2E2E2;b=20100923

「産業界で歩調が合わなければ優秀な人材確保に支障が出るとの慎重論も根強く」ということで「経団連の「倫理憲章」の見直しなどを要請」するという、いささか歯切れの悪い話になっているわけですが、さすがにいかに就職人気の高い大手商社といっても7社だけでは新卒就職市場への影響力は限られているでしょうから、まあ致し方のないところでしょうか。
理屈としては、就職人気が高くて採用力の強い(と思うのですが)経団連各社が「夏からしか始めません」と言って本当にそうすれば、「比較的採用力の高くない企業が4月に内定を出す」→「経団連各社が夏以降に内定を出す」→「4月に内定を出した各社で辞退続出」→「4月に内定出してもしょうがないから夏以降にしよう」ということになるだろう…ということでしょうか。まあそうなってもよさそうな気もしますが、はたしてそううまく行きますかどうか。
実際、現状すでに似たような状況はあるわけで、当の大手商社さんたちも今は4月くらいに内定を出しているでしょうが、その有力な競合相手と目される中央省庁(I種)の内定は7月下旬くらいです。したがって、そこでおそらく一定数の辞退者が出ているのではないかと思われますが(三菱商事に内定してたけどヤッパ経産省行きますとかね)、まあ毎年の話なのでどのくらいの歩留まりかは経験則でわかっていて、それを見込んで各社とも4月に多めに内定を発行しているのでしょう。これもあって大手商社は遅らせる時期を「夏以降」としているのかもしれませんが、仮に経団連各社が採用活動を夏以降開始にしたとしても、他社にしてみれば「辞退が出る分、多めに内定を出さなければいけないな」という程度の話で終わってしまうのかもしれません。これは企業の採用に限らず、たとえば大学入試などでも起こっている話です。
もっとも、こうした対応で間に合うのは歩留まりがある程度高い場合で、予想以上に辞退が出た場合、大学なら(それなりに受験者が集まる大学に限られますが)補欠合格を出せばいいわけでそれで受験料は入るし入学金は入るしでこらこらこら。いや今では入学金は返還する大学が多いのかな。企業はさすがに補欠合格というわけにはいかないので、追加募集・採用ということになるのでしょう。とはいえ、内定出したはいいけれど半分以上が辞退しましたとか、追加募集を不要にするには採用予定数を確保するにはその3倍も内定を出さなければいけないとかいうことになるとさすがに話が成り立ちません。そうなると、どうせ夏以降に経団連各社に刈り取られるんだから刈り取られたあとにやったほうが楽でいいやと思う企業も出てくるかもしれません。もちろん、テマヒマかけても手付かずの段階でチャレンジしたいという企業もあるでしょう。このあたり、残りものに福があると思うかないと思うか、どの程度あると思うかによるわけですが。
いずれにしても、早期化を是正するには、採用力のある企業がかなりの多数参画することが必要だということになりそうで、そういう意味では大手商社が経団連に要請したというのは合理的だといえるでしょう。
なお、長期化についても、開始が遅くなればその分短くなるのは自明の理というものでしょうし、上記の「採用力のあまり高くない企業が早く内定を出しても辞退が増えるだけだから採用力の高い企業のあとで採りましょう」というのが理想的に徹底されれば、学生さんが最初の内定を得たときにはそれ以上に魅力的な募集はなくなっていて、したがってそこで就活が終わることに理屈上はなります。これは実は企業にとっても採用コストをかなり低下させるのですが、しかし「コストはかかってもいいからいい人材を採れるチャンスに賭けたい」と考える企業も多そうですから、なかなかそう理想的な「打順」はできそうもありません。当然、学生さんによってどんな企業が魅力的かと考えるかは違うでしょうし。企業の側もあまり長期間をかけないようにすることも大事なのでしょうが、しかし予定数に満たない段階で打ち切るのも難しいでしょうし、求める人材もまた企業により/企業の中でも多様でしょうから、結局はある程度の期間をかけていかざるを得ないのでしょう。ただ、開始を遅らせることは遅れた期間以上に長期化を抑制する可能性はありそうで、そういう意味でも採用開始時期の見直しはやってみる値打ちがありそうです。
ただ問題は2つあって、ひとつは経団連会員企業がすべてこれに賛同し参加したとして、それでどれほどの影響力があるのかという点、もうひとつは経団連にはたしてそこまでの指導力があるのか(失礼)という点です。
前者については、経団連会員企業の新卒採用市場におけるプレゼンスがどの程度のものかによるわけですが、ちょっと見当がつきません。傘下の業界団体の会員企業まで足並みを揃えることができればだいぶ影響力がありそうですが、そうなるとますます第二の問題である指導力が問われそうです。
実際、採用の早期化は古くからある問題で、朝鮮特需の頃にはすでに社会問題になっていました。それ以降、大学、企業、官庁がなどが参加して懇談会を作ったり協定したりとあれこれ努力はしてきたわけですが、結局はやった当座はそれなりに改善するものの徐々に抜け駆けが増えて早期化し、正直者が馬鹿をみる…という話が繰り返されてきました。もっとも、1996年に就職協定が廃止されたことでさらに急速に早期化が進みましたし、過去もやった当座は一応は効果もあったわけですから、今回もやってみて悪い話でもないでしょう。過去は当然ながら旧日経連主導で行われてきたわけですが、今回は経団連と合併してパワーアップしているでしょうから、指導力も向上しているかもしれません。ということでやってみて損はないように私には思えますがどんなもんなんでしょうか。まあ、どこまで行っても「産業界で歩調が合わなければ優秀な人材確保に支障が出るとの慎重論」との兼ね合いで、まさか罰則付とかで規制するわけにもいかないのでしょうから、結局はいずれ紳士協定を守らずに抜け駆けする「紳士」が続出するといういつか来た道になるのかもしれませんが。