JILPT労働政策研究報告書No.174『労働局あっせん、労働審判および裁判上の和解における雇用紛争事案の比較分析』

hamachan先生こと労働政策研究・研修機構(JILPT)主席統括研究員の濱口桂一郎先生と、同研究員の高橋陽子先生から、同所の労働政策研究報告書No.174『労働局あっせん、労働審判および裁判上の和解における雇用紛争事案の比較分析』をご恵投いただきました。ありがとうございます。高橋先生は臨時雇から本雇になられたようでまことにご同慶です。
全文がこちらからお読みになれます。
http://www.jil.go.jp/institute/reports/2015/0174.html
さてこれは申し上げるまでもなく、いわゆる「成長戦略」などで不当解雇の金銭解決の導入が主張され、その前提としてあっせん・審判・和解などにおける解決状況の調査分析を行うとされているため、厚生労働省がJILPTにこれを要請したものです。調査対象はあっせんが2012年度の4労働局分で853件でこれはhamachan先生の前作『日本の雇用終了』の調査対象となった4労働局と同一の新データとのことです。労働審判は2013年にやはり4地裁の452件、裁判上の和解は同じく4地裁の193件となっています。
調査結果にはたいへん重要かつ貴重な知見が多く含まれており、私なりに主だったところをご紹介しますと、まず前提として賃金が高い・役職が高い・正社員が裁判のような簡便でない方法を選択し、そうでない人ほどあっせんのような簡便な方法を選択しています。解決に要した期間もあっせんや労働審判は大半が半年以下(まあそれが労働審判の趣旨ではある)なのに対して裁判上の和解は6割が1年超となっています(判決まで至るにはさらに長期を要するでしょう)。
こういう背景のもとに、解決金額についてはあっせんでは数万円〜数十万円での解決が9割以上を占めているのに対し、労働審判では数十万円は4割程度にとどまる一方で百数十万円での解決が3割程度と最多となり、さらに裁判上の和解ではおおむね4分の3が100万円を超え、200万円以上が過半、4分の1が500万円以上、1千万円以上も1割を上回っていて、非常に格差とばらつきが大きくなっていることがわかります。これをもとに調査では解決方法別に加えて男女別や雇用形態別の分析、さらには月数換算しての分析なども実施されていますが明白な法則性は見いだせないという結果に終わっています。
ということで著者らはあっせんについては参加が任意であることが解決金額を引き下げているのではないかと指摘し、制度それぞれの特徴(解決金の水準と解決期間や代理人などのコスト)をふまえた選択の重要性を指摘するにとどまっています。
まあ著者らも言うように個別の事件がきわめて多様であり、外部から容易に観察できるようなものの影響はそれほど大きくないということなのでしょう。したがって、産業競争力会議メンバーあたりが安易に期待していた「相場」づくりも到底難しいのだということは判明したのではないでしょうか。赤い本青い本が長年にわたる多数の解決事例の蓄積からできあがっているように、不当解雇に関してもまずは個別事情を考慮したさらに多くの蓄積が必要なのではないかと思われます。