労働政策研究会議

本日開催されましたので行ってきました。まあ今の仕事とは直接関係なくなっているのですが、出講者・聴講者とも知り合いが多数参加することですし、雇用政策も産業政策の一分野ということで出かけてまいりました。たまには顔出さないと忘れられそうですしね。
http://www.jirra.org/kenkyu/index1202.html
さて午前中は自由論題セッションで、3会場あるのでハシゴするつもりだったのですが会場が少し離れていて難しそうだったので中村圭介先生のセッション(Cグループ)にはりつくことにしました。事業仕分けで昨年からJILPTの霞が関の出先が使えなくなり、会場をいろいろあたってみたものの不調ということで、今年も昨年と同会場となったということらしく、会場も一部分散せざるを得なかったようです。
自由論題のプログラムへのリンクを貼っておきますが(http://www.jirra.org/kenkyu/thesis/index.html)会員限でパスワードを要求されるのでほとんど意味がないですね(笑)。ということでごく限られた人にしか通じない感想を簡単に。
まず同志社大学大学院社会学研究科の三吉勉さんの報告ですが、研究の方法論で具体的調査がまだない段階ということでややイメージがつかみにくい感はありました。とはいえ労使コミュニケーションを集団/個別と公式/非公式に4分割するというアイデアは面白いと思いますし、個別・非公式の部分が観察しにくいけれど重要だという指摘ももっともだと思いました。ただ、実態は公式どおりには行かないから非公式が重要だというところで停止してしまっている感があるのはやや残念で、おそらくは非公式の実態が公式のルールに反映されていく過程こそが核心ではないでしょうか。公式の賃金制度を変えれば非公式が意図どおりに変わるわけではないということは90年代後半以降にずいぶん観察されたわけですし、集団と個別についてはもっとそうで、社是やスローガンを変えたら社風が変わるとはなかなかいかないわけで。そこの相互作用に醍醐味があるのではないかなあと思いながら聞いておりました。
次に(独)高齢・障害・求職者雇用支援機構の藤波美帆さんの報告ですが、高年齢者雇用の調査でいつもながら感じる疑問をまたしても感じました。もちろん同一業務継続で労働時間が柔軟なのがいいという結果はそのとおりだと思うのですが、規模別の集計とか、基準制度の有無やその内容の相違に関する分析はされているのかなあと思うわけです。まあやられているのだろうとは思うのですが、こういう場面で報告されない程度にしか重視されていないことも事実なのでしょう。
つまり、これまで繰り返し書いていますが、50歳代ですでに健康や体力などの問題で従来の仕事が難しくなる例というのが少なくないわけで、大企業の場合は多くはより軽易な業務に配置転換して60歳定年まで雇用するわけですが、これは従業員1000人とかいう規模だから可能なわけです。従業員数十人の企業ではそういう取扱いはさすがに無理なので、したがってそういう人は退職していくしかない。でまあ転職先で軽易な仕事について60歳定年を迎えたとして、そこでの「同一業務継続」は本当に同一業務継続なのか。
大企業については基準制度を入れている企業が多いわけで、その基準がどうなっているか、軽易な作業に転換した人でも同一業務で再雇用する企業も多いでしょうが、軽易でない、基幹業務に従事できる人だけ再雇用という基準を持っている企業もあるでしょうし、そうした企業では自主規制して継続雇用を希望しない人もいるでしょう。
質疑では同一業務継続がいいに決まってるけど思い通りに同一業務をプロバイドできるわけがないよねという指摘が飛び交っていましたが、それ以前の問題として、同一業務でないものを「同一業務」とする解釈の誤りや「軽易な仕事なら働きたいがそうもいきそうにないので自主規制した」人の漏れ落ちといった問題がかなりあるのではないかと心配しながら聞いておりました。
最後は法政大学大学院経営学研究科キャリアデザイン学専攻の田中恵子さんの報告で、関東の中堅都市で母子自立支援員をしておられるとのことです。問題意識はホームヘルパーやパソコンなどの技能習得を目指した短期訓練の受講者と、介護福祉士や看護師などの取得を目指した長期訓練の受講者との間でその後の就職実績に大差があるのはなぜかというもので、そりゃそうでしょうという感じなのですが、ご本人としては短期訓練を選択する人と長期訓練に取り組む人との間には経済力などといったものとは異なる資質的相違があるという仮説をお持ちのようでした。
で、主に使われたデータは短期・長期それぞれの、事業の効果測定のために実施されているアンケート調査の個票を情報開示請求で入手したものということで、したがって個人情報保護の観点から学歴などの情報が開示されておらず、かつサンプルサイズも非常に限られていて、まあ致し方のないところでしょう。この都市の実態・事例としては非常に興味深いものですし、なかなか目にすることのないデータが示されていて貴重な報告だとは思いましたが、発表者のたいへんな苦心にもかかわらず説得力ある立論とまではいえない、一般化することには無理のあるものとも思いました。
午後のパネルディスカッションは「労使紛争の現状と政策課題」 をテーマとしたもので、最初に一橋の中窪裕也先生が法制度の観点を中心に戦後から近年の紛争処理システムの変遷を紹介され、今日的課題を指摘されたうえで、「解雇された労働者が合同労組に駆け込み加入して団交申し入れ→拒否→労委に救済請求」といったケースを「集団的」紛争と言っていいのか、といった問題提起をされ、労使自治による紛争解決のしくみとして従業員代表制の法制化を主張されました。
次に連合総研の南雲智映さんから、「争議権などを交渉力として使用者から譲歩を勝ち取っている」労組の実態調査の報告がありました。スト権投票やワッペン闘争の準備などが、実際に行わないまでも使用者への交渉力となって大幅な譲歩を勝ち取っている例があること、そのためには組合組織の統率がとれていることと組合員の組合活動への主体的参画が必要ということが示されました。加えて投資ファンドに買収された企業の労使関係が大問題となった東急トラベル事件についてもその劇的顛末が報告されました。この事件はこれをきっかけに厚生労働省に「投資ファンド等により買収された企業の労使関係に関する研究会」ができましたが(報告書はこちらhttp://www.mhlw.go.jp/shingi/2006/05/s0526-2.html)、会場にはその際に委員を務められた荒木尚志先生や山川隆一先生のお姿も見えました。
続いてJILPTの呉学殊先生が報告に立たれ、先生が調査された合同労組による紛争解決の事例をご紹介され、合同労組が監督署や労働局に比べて解決能力が高いこと、合同労組の介入は人事労務管理の高度化の契機になるなど経営にも利点があることを指摘されたうえで、合同労組の抱える最大の問題は財政であることから公的支援の必要性を訴えられました。
最後に東大社研の高橋陽子さんが社研の実施した「労働審判利用者調査」の結果を紹介されました。これは裁判所から当事者に調査の説明書を渡してもらい、それを読んで協力してもいいと思った当事者が社研に応諾のはがきを送り、それを受け取った社研があらためて当事者にアンケート調査を郵送、記入後返送してもらうというやり方で、まあ裁判所としてみればそういうやり方でなければ協力はできないということでしょうが、それにしても社研の先生方の勤勉さには頭が下がります。紹介された知見は「使用者側は結果に不満であり、調査で現れた以上に不満な可能性が高い」「労働審判を経験した企業はコンプライアンスの改善に取り組むなど学習効果がみられる」「短期で決着するため少数ではあるが復職したケースもあり、在職のまま解決・就労継続しているケースもある」といったものでした。事例として、「従業員4人の運送会社で短期間に2回事故を起こし、かつ前任者を月80時間上回る残業を行い、指導に応じず、事故の経緯の報告を求めると逃げ出す」従業員を解雇したところ労働審判となり、退職・解決金100万円で決着したケースも報告されました。
さて感想を簡単に書きますとこれまでも書いているように私は従業員代表の必置規制には否定的です。むしろ労働契約法の研究会報告にあったような任意の労使委員会にさまざまな規制緩和権限を持たせることで、労使協議機関の設置にインセンティブを与え、労使合意のもとに労使協議が拡大して、できればそれが企業内労組の組織につながっていくような政策誘導が望ましいと考えています。
南雲さんの報告はたいへん納得のいくもので、やはり経営者としてみれば、たとえば春闘の要求集会のように、自分の指揮命令の及ばない部分で多数の従業員が集まってなにかやっているというのは相当の恐怖感があるのではないでしょうか。これも繰り返し書いていることですが、労組は組合費に見合ったサービスを提供するといったものではなく、組合員一人ひとりの参画を力に変えていくものだということではないかと思います。いやそれが集団的労使関係の基礎ではないかと。
呉先生の熱意あふれる発表はたいへん感銘を与えるものでしたが、ただまあ大阪府立大の野田先生が質問に立たれて紹介されたように、合同労組といっても多様であって、呉先生が取材されたような立派なものばかりではないというのも現実でしょう。で、野田先生も合同労組に対する国の支援には反対と明言しておられましたが、私も非常に懐疑的です。そもそも国のカネを入れてしまったら労組の独立性を大いに損ねるわけですし、やるなら連合とかナショナルセンターの仕事でしょう。連合が大規模産別から巻き上げた(失礼)組合費を合同労組に入れるのはある意味一種の再分配ですし、実際地協への支援はやられているわけですし。野田先生は国のカネを使うなら監督官を増強したほうがいいとも指摘されましたが、これも過去書いたように私も賛成です。まあ数もさることながら質のほうをなんとかしないととは思いますが。実際、呉先生の報告された事例でも、解雇予告手当の不払いを訴えたところ使用者から自主退職であると説明されてそれで調査を打ち切ってしまった監督官というのがでてきて、なんかその通りだとすると甚だ程度が低いなと。
高橋先生の報告は要領よく興味深いものでさすが社研という感じなのですが、この高橋さんは十数年前に学習院で玄田さんの研究室におられた高橋さんかなあ。それにしてはお若い感じで、比較的ありふれた名前ですし、見た感じの印象が記憶とだいぶ違うので人違いかなとも思うのですが。この報告、というかパネル全般について、終了後のレセプションで「使用者サイドの報告がなかったのは残念」という意見が多々聞かれましたが、いや使用者サイドで実態をレポートする度胸と度量のある企業はなかなかないでしょうし、経団連でも難しいでしょう。ということでこの報告はその補完も果たしていたと言えそうです。感想、というかこれまた全体を通じての感想ですが、まあ使用者も労働者も、労働組合も、ついでに監督官も実に多様だなあというところです。したがって紛争処理・解決も一律ではなく多様、さまざまな手段とケースに応じた適切な解決が確保されることが望ましく、そういう意味では例に出た従業員4人の企業にまで労働審判相場(大企業相場?)の100万円を適用するのは適当でなく、むしろhamachan先生ご紹介の労働局あっせん相場を適用するのが適当、といった話ではないでしょうか。
ということで久々にお会いした方々も多く、レセプションも盛況でご同慶でした。私はといえば、頭のしばらく使っていなかった場所を使ったので少々疲れましたが、まあよかった。