労働新聞「リレー方式紙上討論 解雇無効時の金銭救済」(3)

 労働新聞紙の連載、第3回が掲載されております。今回は以前このブログでもご紹介した大内伸哉川口大司(2018)『解雇規制を問い直す-金銭解決の制度設計』で提案された「完全補償ルール」の採用を提案し、民事損害賠償的な発想から論じています。
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なんか「柳井正氏+日経新聞」というのは最悪の組み合わせではないかと思った。

 年度初めで入社式、新入社員の季節ですということか、日経新聞は1面で「一歩踏み出すあなたに(1) 」というインタビュー記事を掲載しています。(1)ということは連載になるんでしょうな。その記念すべき?初回はファーストリテイリング会長兼社長の柳井正氏が登場しておられます。

 自分が経営者になったつもりで仕事をしてみてはどうだろう。単純な労働者になった途端、仕事は時間を消費する作業に変わってしまう。仕事に付加価値をつけるため色々な人に会い知識を吸収する。工夫を凝らす癖をつければ応援してくれる味方が増えるはずだ。
…日本は少子高齢化が進み、外国人労働者が入ってくる。若い人たちは国内だけで考えるのではなく、世界の中の自分という視点を持つべきだ。同じ仕事をする世界中の人と競争し、どう自分は戦えばよいかを理解してほしい。
 日本では会社に入ると社内のことしか考えない社員が少なくない。当社は「グローバルワン・全員経営」を唱えている。世界で働く社員が経営者マインドを持ち、いろんなことを吸収しないといけない。
 若い人たちにまず取り組んでもらいたいことは、好奇心を持つことだ。その上で1つのことを追求する。あらゆる知識を実践で応用し、どんな職業でもその道のプロになることが大切。物事はケーススタディー通りにはいかない。自ら考え周囲の知恵も借り、悪戦苦闘して解決策を見つけていってほしい。
 スポーツや学問、ビジネスでも25歳までに個性が出る。自分が何に向いているか見つけてほしい。若い人が本当にやりたいことがわからず、就職ではなく「就社」することに不満がある。有名な会社に入り終身雇用で一歩ずつ昇進する世界はもうないと思っている。
 もし今自分が20代なら、職業は何でもよいが、世界で活躍できるビジネスマンになりたい。プロ野球イチロー選手が引退会見で述べたように、好きなことを早く見つけ一生の仕事にすることが一番大事だ。…
平成31年4月1日付日本経済新聞朝刊から)

 本筋と関係ない自慢話経験談は省略させていただきました。でまあ正直何言ってるのかわけがわからんと思うわけで、まあ記事化した記者の力量の問題もあるのかもしれませんが、話が飛び飛びになっていて一貫性がないのですね。膨大なインタビューの中から多くのキーワードを欲張って盛り込み過ぎたのでしょうか。
 いきなり「自分が経営者になったつもりで仕事をしてみてはどうだろう。単純な労働者になった途端、仕事は時間を消費する作業に変わってしまう。」といわれてなにをいまさらと思うわけですが、これはいわゆる日本的な人事管理の核心部分で、「どうだろう」などと言われるまでもなく実現し定着している話ですね。日本企業では、経営幹部だけではなく、現場末端の従業員まで自分は業績の一部に責任を負っているという経営者感覚を共有しているわけで、だから例年賞与交渉の際に労組は「会社の利益は組合員の努力の成果」として多額の利益配分的な賞与を要求する(そして多分にそれに応じた賞与が支給される)のだ、という話は過去さんざん書いたと思います。その点が、経営者や経営幹部を除けば企業業績に関与しない「時間を消費する作業」に従事する「単純な労働者」とされている(したがって利益配分的な賞与はなく、企業業績に関わらず賃上げを要求するわけだ)欧米の人事管理と大きく異なるわけであって。
 続けて「仕事に付加価値をつけるため色々な人に会い知識を吸収する。工夫を凝らす癖をつければ応援してくれる味方が増えるはずだ。」ってのがきて、まず前段については上と同様でそれこそ現場末端の従業員がQCサークルや提案活動などを通じて仕事に付加価値をつけようとしている(けっこう進んだ生産工学なんかも学んでいる)のが日本企業の特色といわれているわけで、まあこれはあれだな現状そうなってるからそれをがんばりなさいということだと読めばいいのでまだしもとして、それに続く「工夫を凝らす癖をつければ応援してくれる味方がふえる」というのはどういう因果でそうなるのでしょうか。まああれかな、工夫を凝らして他人の利益に貢献すれば味方が増えるということかな。まあ当たり前の話ではありますが新入社員の中には知らない人もいるかも知らん。
 それに続く「日本は少子高齢化が進み、外国人労働者が入ってくる。…同じ仕事をする世界中の人と競争し、どう自分は戦えばよいかを理解してほしい。」というのはもうご持論で引っ込みつかないのでしょうが、しかし相変わらずブラックだねえとも思う。私は自由が好きなので外国人労働者の受け入れにも全否定ではないのですが、それはやはり社会的包摂と内外人平等のもとで労働条件の改善や省力化投資などをともなうものであることが絶対に必要であると考えており、そういう前提抜きで「外国人が入ってくるから負けないように働け」というのは、まあ日本人をあまり良好でない就労条件で使い倒したいという意味に読めますよねえ。まあ編集の問題なのかもしれませんが。
 さらに「日本では会社に入ると社内のことしか考えない社員が少なくない。当社は「グローバルワン・全員経営」を唱えている。世界で働く社員が経営者マインドを持ち、いろんなことを吸収しないといけない」というわけですが、これがさっぱりわからない。ただまあこの部分はかなりの確率で編集の責任であると思われ、ファーストリテイリング社のウェブサイトにある柳井氏のインタビューを読むと「グローバルワン・全員経営」についてはこう書かれています。

すべての社員が経営者マインドを持つ

 「服を変え、常識を変え、世界を変えていく」という企業理念は、本当に良い服、最高のサービスをお客様にお届けしたいという気持ちから掲げたものです。ファーストリテイリングのすべての社員一人ひとりがクリエイティブな力を発揮して、イノベーションを起こす企業になることで、企業理念を実現していきます。世界中の全社員が「グローバルワン・全員経営」の精神で、情熱的に仕事をすることが求められます。各地域、各事業で最も成果が上がったことを、グループ全員が共有し、実践する組織でありたいと思います。ファーストリテイリングは店舗のアルバイトからトップ経営者まで、すべての社員が経営者マインドを持ち、自らが考えて、お客様に最高の商品、サービスを提供する「全員経営」を実践していきます。
https://www.fastretailing.com/jp/ir/direction/interview.html

 これならわかりますね。要するに現場第一線の従業員が顧客の動向をよく確認して情報を得て、できれば先読みもして、よりよい商品、サービスの提供につなげていきましょうということだろうと思われ、まあそれが「経営者マインド」だというのならそういうことでしょう。なるほどだから「吸収する」が繰り返し出てくるのだな。そのように書いてくれればわかるわけですが、それを「日本では会社に入ると社内のことしか考えない社員が少なくない」それが悪いことだ、と言いたいという、おそらくは編集の恣意が入ることでこういうわけのわからない文章になってしまったのでしょう(意識的かどうかはわかりませんが)。
 でまあその次のパラグラフはまあ常識的な話で特に違和感もありませんが、それに続けての「ビジネスでも25歳までに個性が出る。自分が何に向いているか見つけてほしい。若い人が本当にやりたいことがわからず、就職ではなく「就社」することに不満がある」というのは、まあご不満に感じられる分にはご自由だとは思うのですが、しかしご無体なとも思うかなあ。いやご指摘のとおり25歳までに個性が出るのだとすれば、そのくらいの年齢までは「本当にやりたいことがわから」ないというのも致し方なかろうかと。でまあ日本企業の(特に大企業の)人事管理というのはそういう若者を新卒で採用して、トレーニングしながら人事異動を通じて適職探しもしているわけですよ。それが国際的に見ても優れたしくみであることはそれなりに定評のあるところであり、それをつかまえて「不満がある」と言われてもなあという感じです。いやもちろんキャリアのある時点からは柳井氏も言うように「プロ」になって会社任せのキャリアから自律することも重要ですが(ここは山ほど論点があるところですがここでは省略)、まあ「若い人が本当にやりたいことがわからず、就職ではなく「就社」することに不満がある」というのは新入社員にいきなり言うことではないよなと。
 そしてこれが一番悪質だなと思っているのですが、ここでイチローを担ぎ出してこう書いているのですね。

 プロ野球イチロー選手が引退会見で述べたように、好きなことを早く見つけ一生の仕事にすることが一番大事だ。

 この会見については全文起こしがウェブに掲載されていて(すげえなイチロー)、該当部分はこうなっています。

──子供達にメッセージをお願いします。

 シンプルだな。メッセージかー。苦手なのだな、僕が。

 野球だけでなくてもいいんですよね、始めるものは。自分が熱中できるもの、夢中になれるものを見つければそれに向かってエネルギーを注げるので、そういうものを早く見つけてほしいと思います。

 それが見つかれば、自分の前に立ちはだかる壁にも、壁に向かっていくことができると思うんです。それが見つけられないと、壁が出てくるとあきらめてしまうということがあると思うので。いろんなことにトライして。自分に向くか向かないかよりも、自分の好きなものを見つけてほしいなと思います。

AERAdot.
https://dot.asahi.com/dot/2019032200005.html?page=2

 さすがですね。イチローはきちんと仕事にしなくてもいいように語っています。「一生の仕事にすることが一番大事」なんて、一言も言ってない。野球に熱中し、夢中になっている人が野球を「一生の仕事」にできるというのは、相当に恵まれた例外でしょう。音楽でも美術でも、好きだからこそアマチュアでいようというのはむしろ賢明な判断であることのほうが多いのではないでしょうか。好きなことを見つけることはたしかに大切であり人生を豊かにするだろうと思いますが、こと仕事に関しては大切なのは好きなことを仕事にするのではなく仕事を好きになることではないのかなと、素朴に思います。まあこれはこれでやはり論点満載であり、従来型の日本的な人事管理がベスト・プラクティスかといえばそうではなかろうとも思いますので、それはそれで別の議論になると思いますが…。
 ということでタイトルのような感想を抱くに至ったのでありました。やれやれ。

労働新聞「リレー方式紙上討論 解雇無効時の金銭救済」(2)

 連載第2回が掲載されております。記事タイトルにもありますが、主な趣旨は事前型の金銭解決(連合などのいわゆる「手切れ金解雇」)を排除しつつ、使用者の申し立てによる金銭解決を可能とするにはどうしたらいいか、を考えています。
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労働新聞「リレー方式紙上討論 解雇無効時の金銭救済」(1)

例によって中央大学の肩書になりますが、業界紙『労働新聞』で標記の連載が開始しております。鶴光太郎先生、諏訪康雄先生、倉重広太朗先生という錚々たるラインアップからバトンを受ける形ではなはだ荷が重いのですが、まあこんなことを言うのはこいつくらいのもんだろうということでお声がかかったものかと。4回連載なので、現時点ではネタバレ防止で内容についてはふれません(笑)
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本年の賃上げ

 本年の春季労使交渉も最初の山場を越え、各社ともおおむね円満な解決がはかられているようでまずはご同慶です。連合の1次集計結果によればまずまずの健闘ぶりのようで、週末の日経新聞から。

 連合は15日、2019年春季労使交渉の第1回回答集計の結果を発表した。定期昇給と基本給の底上げ部分を示すベースアップ(ベア)を合わせた賃上げ率は平均2.16%で、18年交渉の1次集計と横ばいだった。定期昇給が伸びに寄与した一方、世界経済の先行き不透明感が増し、ベアの伸び率は前年を下回った。
 労組が経営側から受けた回答を15日午前10時時点で集計した。対象は626組合。6月下旬に最終集計をまとめる。賃上げ額は前年より138円多く、6653円だった。
 賃上げのうちベアと定昇を区別できる405組合をみると、ベアの引き上げ率は0.62%で18年交渉を0.15ポイント下回った。米中貿易摩擦の激化など世界経済の先行きが読みにくく、経営者はベアに慎重になったようだ。
 企業別の回答を見ると電機や自動車などの製造業大手は6年連続でベアを実施するものの、多くが18年実績を下回った。電機大手は統一交渉で月額3000円以上のベアを求めたが、18年より500円低い1000円で妥結した。自動車ではホンダやスズキなどのベアの妥結額が18年より下がった。自動運転や電動化への対応には巨額の投資が必要で、固定費の増額となるベアには「慎重にならざるを得ない」(ホンダ)。
 一方、福山通運がトラック運転手1万3500人を対象にベアを18年比3倍の7500円に引き上げた。「餃子の王将」を展開する王将フードサービスは労組の要求(9500円)を大きく上回る1万2677円で妥結した。
平成31年3月16日付日本経済新聞朝刊から)

 記事にもあるように金属労協各社をはじめとする製造業が昨年を下回る一方、運輸やサービスでは高額回答も目立ち、業種などによる違いが大きくなったのが今のところ今年の特徴といえそうです。
 そこでこの結果の評価ですが、とにもかくにも6年連続で有額のベースアップが実現したことは労使の努力の成果として高く評価すべきでしょう。2002年から2011年まで10年にわたって有額のベアがほとんどなかったわけなので、とにかくいくらかでもベアを毎年続けて、ベースが上がる、1歳1年上の人より賃金は高くなるのが当たり前という感覚を取り戻していくことが大切でしょう。
 日経新聞などは金属労協のベアが縮小したといって騒ぎ立てているようですが、しかし過去のベアが当たり前だった時代においても景気循環に応じてベアは拡大したり縮小したりしてきたわけで、今回も中国経済の減速などの要因でベアが縮小したのはまあ自然な成り行きではないでしょうか。日経は例によって生産性ガーと言い立てているようですが循環要因を軽視しすぎだと思うなあ。
 それに対して、まあ記事になっている福山通運王将フードサービスは最高額の事例だろうとは思いますが、人手不足の業界で正社員の賃金が力強く上がりはじめたのだとすれば歓迎すべき動きでしょう。人手不足下になったとしても、まずは時間外労働が増加することで残業代が増え(これが案外大事)、労働市場の需給が引き締まることで非正規の時給が上がり、企業業績が好転することで正社員の賞与が上がり、といった段階を踏んで、しかるのちに正社員の賃金が上がりはじめるわけで、なんとか現状のような人手不足状態を持続していくことが大切だろうというのは過去繰り返し書いたとおりです。前回の景気回復時においても、非正規の正社員転換や正社員の賃金上昇が始まったあたりでサブプライムリーマンショックが来ておじゃんになってしまったわけで。
 一方で、福山運輸はおそらく賃上げ分をそれなりに価格転嫁する目処があるのでしょうが、王将フードサービスについてはその点やや不安が残るところではあります。まあ王将の大幅ベアは正社員対象なので、価格に大きく影響するようなコスト増にはならないのかもしれませんが…。
 というのも、生産性が大好きな日経新聞が今朝の朝刊でこんな記事を載せているわけですよ。

…なぜ生産性が上がらないのか。逆説的だが、日本の企業が賃上げに慎重な姿勢を続けてきたことが生産性の低迷を招いたとの見方がある。
 「賃上げショックで生産性を一気に引き上げるべきだ」。国宝・重要文化財の修復を手がける小西美術工芸社のデービッド・アトキンソン社長はこう訴えている。
 ゴールドマン・サックスの名物アナリストだった同氏による主張の根拠はこうだ。低賃金を温存するから生産性の低い仕事の自動化・効率化が実施されず、付加価値の高い仕事へのシフトが進まない。その結果、生産性が上がらずに賃金も上がらない。いわば貧者のサイクルに日本は陥っているというわけだ。
 アトキンソン氏は最賃の毎年の上げ率を現在の3%台から5%台に加速させるべきだという。低生産性の象徴とされる中小企業に、省力化の設備投資や事業の変革を迫る起爆剤になるとみる。英国は99年に最賃を復活させて18年までに2倍超に上げた。低い失業率のまま生産性が高まった。
平成31年3月19日付日本経済新聞朝刊から)

 「低生産性の象徴とされる中小企業」ってえのがどんなものをイメージしているのかはいまひとつ明らかでないのですが、まあ中小企業の7割はサービス業であり、製造業のようには自動化投資が進みにくいことは念頭に置いておく必要があるでしょう。そうした中でも、昨年もいくつか紹介しましたが(https://roumuya.hatenablog.com/entry/2018/10/09/162719https://roumuya.hatenablog.com/entry/2018/10/11/171659)省力化投資、自動化投資もそれなりに進められているわけですよ。その省力化投資の成果のほとんどが消費者(低価格)に分配されていることが問題なのではないかと思うわけです。消費者に安くなければ買いませんといわれたらそういう経営努力をするしかないわけであってね。逆にいえば、賃金を上げて、投資もして、それを価格転嫁して値上げして、一方で政府が国債をジャンジャン発行して期限付き・換金不可の金券をバリバリとばら撒いて値上がりした商品を国民こぞって従来以上に消費すれば生産性はぐんぐん上がるだろうという話でもあります。
 いやもちろん企業としては高値でも売れる魅力的な新商品・新サービスを提供すべく努力すべきなわけですが、続けて日経が上げている事例はといえば、

 賃金の変革に動き出す企業も出てきた。
 フリマアプリのメルカリ。16年からエンジニアらの新卒採用を本格的に始めた。面接で候補者のインターン経験や学術論文などを含めて能力・技能を見極める。具体的な金額を役員に諮り、初任給を決める。最大で数百万円の差がつく。18年は70人あまりが入社した。
 「賃上げなくして成長はない。ただしもうかるビジネスモデルがあってこそだ」。「いきなり!ステーキ」を展開するペッパーフードサービス一瀬邦夫社長は断言する。1月にベアと定昇で平均6.18%を賃上げした。18年は230店を純増。賃上げで事業を拡大する好循環につなげる。
(上と同じ)

 これだもんなあ。セコハンと低価格外食チェーンというデフレ的なご商売を担ぎ出されてもなかなか、ねえ。なおメルカリについては従業員数百人の企業が新卒を70人採用するということなので、まあ処遇を個別判断するというのは特段不思議でもないですし、「学術論文」というからには博士号持ちも採用するのでしょうから専門学校卒のSEとかと「最大で」数百万円の差がつくのはむしろ当然でしょう(200万円でも数百万円だしな)。ペッパーフードサービスの社長さんの「賃上げなくして成長はない。ただしもうかるビジネスモデルがあってこそだ」というのは全力で同意するところですが、しかし同社の2月の既存店売上高は2割を超える大幅減であり、海外の不採算店舗の閉鎖などもあって最終黒字は確保する見通しとのことですが大丈夫なのかしら、とまあこれは余計なお世話。まあ賃上げは正社員の話で店舗の現場はおそらく別物という、これは王将と同じような話かもしらん。
 ということで、まずは賃上げを価格転嫁できる産業・企業は値上げすることがまずは第一と思われ、実際問題この年度末は引っ越し料金が大いに上昇したりもしているわけだ。しかしそれが適正価格だということではないでしょうか。ところが、日経新聞と来た日には運送業者が悪いことをしているように書くんだからなあ。

…「いつからこんなに高くなったのか。妻に言えない」。北九州市の会社員、塚本智也さん(31)は2月末、転職に合わせて三重県四日市市から単身で引っ越しした。インターネットの見積もりサイトを通じて複数社と交渉。単身で荷物量が少ないため料金は数万円と思いきや、回答はいずれも30万円前後と高かった。
 ある大手には「作業員が足りず受けられない」と断られた。結局、一部の家財を宅配便で送ることで荷物を減らし、14万5000円で別の大手に決めた。「レンタカーを借りて自分で運べばよかった」と憤る。
 4月に妻と2人で横浜市から川崎市への転居を予定する会社員(27)の場合、業界大手から示された見積額は30万円。「時期をずらせば15万円でできる」と言われたが納得できず、8社ほど探しようやく11万円で請け負う中堅で折り合った。
平成31年3月17日付日本経済新聞から)

 これではデフレマインドは払拭できないし生産性も上がらないよねえ。なに考えてるんだか。
 サービス業の方はなかなか直接的な価格転嫁は難しいのかもしれませんが、まずは営業時間の短縮とか休日の増加とか、実質的な値上げから取り組むということなのかなあ。これは用役費などでコストダウン効果も大きいのですが、ある程度地域や業界で足並みを揃える必要もありそうなので、そのための仕組みづくりに知恵が要るかもしれません。
 なおそれに関連する話としてこんなニュースも流れていたわけですが、

 コンビニエンスストアの加盟店主(オーナー)について、厚生労働省の労働紛争処理機関である中央労働委員会は15日、オーナーを独立した事業者と判断し、本部がオーナーとの団体交渉に応じないのは「不当労働行為には当たらない」と認定した。中労委は「オーナーは労働組合法上の労働者に当たる」として本部に団体交渉に応じるよう求めた都道府県労働委員会の救済命令を取り消した。コンビニのオーナーの立場について、中労委が判断を示すのは初めて。
平成31年3月15日付日本経済新聞朝刊から)

 妥当な決定だと思います(中労委は三者構成なので労働者代表の意見も反映されている)。ただ、これも過去繰り返し書いているように、労働者にはあたらないとしても力関係の差は歴然としているので対等性確保のしくみは別途必要だろうと思います。上でも書いたように営業時間や営業日を見直すとなるとセブンイレブンだけでやっても効果は限定的で(ローソンやファミリーマートを利するだけに終わる可能性あり)、フランチャイズオーナーの中間団体が業界団体と協議できる場が必要ではないかと思います。
 なお最低賃金つながりではさらにこんな話も世間を賑わせていたわけで、

 厚生労働省都道府県ごとに異なっている最低賃金について、一部の業種は全国一律とする検討に入った。7日の自民党議員連盟会合で説明した。4月に新たな在留資格が創設され、外国人材の受け入れが拡大するなか人材を定着させる狙いがある。早ければ年内にもルールを整備する。
 厚労省は介護など新たな在留資格の対象となる14業種に限り、全国一律の最低賃金導入を検討する。関係する省庁と連携し、各業界団体からも意見を聞く。都道府県ごとに最低賃金を決める現在の仕組みだと、外国人材は最低賃金の高い都市部に集中し、地方の人手不足対策にならないとの指摘があった。このほか厚労省は全国一律化を議論する有識者会議を設置する方向で検討している。
平成31年3月7日付日本経済新聞夕刊から)

 私としては都道府県別最賃が確立定着した中では産別最賃は屋上屋を架すものであって不要という立場であり、かつ各地の経済の実情を踏まえて公労使三者で決定することが望ましいとも考えているので「職種別全国一律最賃」というのはいかにも筋が悪いと思いますし、なんか新在留資格の労働者が都市部に集中しないように最賃を調整するというのも妙な話だとは思ったわけですが、まあ地方選出の先生方には地元の商工業者から「そうしてくれ」という陳情もあるのかなあなどと思っていたわけです。
 ところがこれを見た中小企業団体のロビーは逆方向の「最賃引き上げ困ります」であったらしく、いやしかし賃金は上げたくありません高い賃金のところに行ってしまうのも困りますってのはどういう了見なのさと思うわけですが、それはそれとして菅官房長官が記者会見で「現時点においては検討していない」と回答したところ、こんなニュースが流れてきて目を疑いました。

 厚生労働省は8日、全国一律の産業別最低賃金を検討しているとした同省賃金課長の発言について、「混乱を生じさせていることについて、おわび申し上げる」とのコメントを発表した。「発言はあくまで課長の個人的な見解」とした上で、「厚労省として具体的な検討や調整を行っている事実はない」と改めて否定した。
 コメントは労働基準局総務課名で発表された。賃金課長は7日、自民党議員連盟の会合で、外国人の受け入れを拡大する業種に関し、全国一律の最低賃金の設定を検討する考えを表明した。菅義偉官房長官は7日午後の記者会見で「現時点においては検討していない」と否定していた。
JIJI.com「最低賃金で混乱、おわび=課長の個人的見解-厚労省コメント」
https://www.jiji.com/jc/article?k=2019030800892

 まあ厚生労働省としてみればただでさえ信頼が失墜していて国会やらマスコミやらで連日叩かれている中なのでなにごとにも敏感になるのは致し方なかろうとは思うので同情しなくもないのですが、それにしても課長が所管の政策について「今後検討したい」と発言するのはまあまあ常識的な話であろうと思われ、それについてわざわざ「あれは課長の個人的見解であって(今現在)具体的な検討や調整はしていない」と文書で発表するというのもいかにも過剰反応のように思います。普通に考えれば今後検討して組織としては「やはりやめましょう」ということになるのが自然な成り行きでしょう。それをわざわざ「個人的な見解」と発言者ひとりを切り捨てるかのような対応が取られるということになると、まあなかなか闊達な議論は望めないでしょう。不祥事の再発防止であれこれ過剰反応するあまりますます組織の風通しが悪くなってしまうという悪循環に陥ってしまうとすると最終的に迷惑を被るのはわれら国民であるわけで。いや叩かれるのは自業自得だと言えばそれはそのとおりなのですが、しかし叩き方もいかがなものか(お、使ってしまった)とは思うので、多少の同情は感じなくもありません。
 ということで話があれこれ右往左往して最後は思わぬところに到達してしまったわけですが、とりあえずこの間の主要なトピックスについてひととおりは言及できたのではないでしょうかと開き直って終わります。なんだかしまらないなあ。

季刊労働法鼎談「働き方改革関連法と人事管理」

 労働法の専門ジャーナル「季刊労働法』の2019春号(通巻第264号)の標記鼎談に登場しております。

季刊労働法 2019年 04 月号 [雑誌]

季刊労働法 2019年 04 月号 [雑誌]

 某所で私が水町先生をいじめている(笑)との憶測が流されておりますが(笑)、現実には佐藤・水町の両大御所の間でいたって存在感が薄くなっております。季労なので法定休日の特定とか労働時間の通算とかいった細かい話もしていますが、今後の人事管理の課題と方向性みたいなざっくりした話もけっこうあります。まあ紙幅が限られている中で、存在感が薄いながらも言いたいことはかなり言えたかなと思っています。営業に支障のなさそうな範囲で(笑)一部私の発言をご紹介します。
 まず上限規制について。

…「優秀な人が8時間働くのであれば、平凡な私は16時間働いて上回ってみせる」といったことを美徳のように考える風潮がまだ残っているのではないでしょうか。会社として、「君は平凡だから競争はあきらめて、ムダな努力はやめて8時間で帰りなさい」と言えるのかどうかですね。それをどれほどの人たちが望んでいるのか。
(中略)
…少なくとも時間外・休日に200時間働いてキャリアの競争をするということはダメだということになった。100時間超えて残業して、体を壊して、周りに迷惑をかけてまで、競争に勝ちたい、というのがフェアな競争ではない、ということにはなってきたのでしょうね。

 次は同一労働同一賃金の、賞与に関する部分です。

…日本の正社員は、課長以上に限らず、経営方針に基づいて、仕事が割り当てられてPDCAを回すことが責任となっていて、収益計画にリンクしている。それが、企業業績に貢献するということだと思います。そういった仕事をしている人と、収益計画とは切り離された仕事をしている人というのは、当然違うわけです。
 ただ、現状はそうした違いが明確になっていない企業もあると思いますので、そうした企業はきちんと方針管理、収益計画のブレークダウンをやる必要が出てくるでしょう。

 最後のまとめの部分では働き方に関するいつもの話を。

…質的な問題ではなく、量的な問題だと思っています。これまでは経営幹部や上級管理職を目指して競争する人が多数だったわけですが、そういう人は、これからもいるでしょうがだんだん減っていく。その分、そうではない人が増えていくということで、働き方改革が実現していくのだと思います。
(中略)
…4時、5時に帰って社長になれる人はいると思いますし、そういう人も社長になれることは大事だと思います。ただ、そういう超人的な人は全体の0.1%もいないだろうということは忘れてはいけないと思います。

 佐藤先生が同一労働同一賃金ガイドラインにパートタイム労働法での蓄積が活かされていないことを鋭く追及する部分など読み応えありますのでぜひご一読を(宣伝)。

小室淑恵『働き方改革』

 (株)ワーク・ライフバランスの小室淑恵さんから、ご著書『働き方改革-生産性とモチベーションが上がる事例20社』をご恵投いただきました(昨日お会いした際に手渡しで頂戴しました)。ありがとうございます。

働き方改革 生産性とモチベーションが上がる事例20社

働き方改革 生産性とモチベーションが上がる事例20社

 まだざっと拾い読みした程度での雑駁な感想なのですが、基本的に事例集なので楽しく読め、やっていることの多くは業務の優先順位づけや標準化といった基本というか王道なのですがそれぞれに業種業態を反映して個性的でもあって、営業ツール(失礼ご容赦)としてもなかなか効果的なように思われます。共通項としてはトップが不退転の決意で取り組むこと、中間管理職のパワーアップが必要なこと、全員の意識改革、というところになるのでしょうか。
 中でも中間管理職の役割というのがかなり大事なように思われ、もともと日本企業では上位からあれやこれやと業務指示が来ると下位の中間管理職や監督者、さらには担当者レベルでも優先順位が低そうなものはとりあえず着手だけしてあとは催促されるまでは放置し、なにもいわれなければそのまま流してしまう、といったことが割と行われてきたわけですが(高橋伸夫先生の名著『できる社員は「やり過ごす」』は文庫化されてますね)、どうも中間管理職のプレイングマネージャー化が進んだのと、例の成果主義騒ぎなどもあって、リソーセスが慢性的にショートしてきてかえってそういう余地も失われてしまったというところでしょうか。まあ考えても見れば年功賃金と年功昇進であればわりと「やり過ごす」こともできやすかったということも言えるのかも知らんな。本書内では評価の問題についても指摘されているのですが、これも評価そのものの問題もあるでしょうがポスト詰まりで高い評価を受けて高いポジションにつける機会が限られてきて競争激化したという問題も大きいのではないかと思料。
あとはまあまだじっくりと読めてはいないのですが、事例の中に大東建託というのが出てきておや大東建託ってアレじゃなかったかしら?と思ったのですがモデル職場では効果があったけれど全社展開・定着までは至らなかったのかなあ。それからいたく細かい点なのですがもうひとつ、このブログで以前取り上げた話との関係で、静岡県教育委員会の事例の中で、授業以外のことに膨大な時間が割かれていることが問題だということを指摘した上で、

…ちなみに、イギリスでは1998年に教育雇用省が「教員がしなくてよい業務として次の25項目を上げました。

(中略、25項目を列挙)

 このリストを見た日本の教員は「自分の仕事の8割だ」と言ってショックを受けていました。(pp.223-224)

 と、同じ間違いが記載されていることを発見しました。正しくは「自分はこの8割をやっている」とのことで、さすがに直観的にも授業やその準備などが2割ということは考えにいわけですが、しかしこうした勘違いが起きるくらいに教員の仕事の実態は大変だということなのだろうと思います。ということで、これはあれだなこの時期この界隈でそういう資料が流通していたのかなと思って妙に納得する私。いや最後はなんかしまらないオチになってしまいましたが、しっかり読んで勉強したいと思います。