なんか「柳井正氏+日経新聞」というのは最悪の組み合わせではないかと思った。

 年度初めで入社式、新入社員の季節ですということか、日経新聞は1面で「一歩踏み出すあなたに(1) 」というインタビュー記事を掲載しています。(1)ということは連載になるんでしょうな。その記念すべき?初回はファーストリテイリング会長兼社長の柳井正氏が登場しておられます。

 自分が経営者になったつもりで仕事をしてみてはどうだろう。単純な労働者になった途端、仕事は時間を消費する作業に変わってしまう。仕事に付加価値をつけるため色々な人に会い知識を吸収する。工夫を凝らす癖をつければ応援してくれる味方が増えるはずだ。
…日本は少子高齢化が進み、外国人労働者が入ってくる。若い人たちは国内だけで考えるのではなく、世界の中の自分という視点を持つべきだ。同じ仕事をする世界中の人と競争し、どう自分は戦えばよいかを理解してほしい。
 日本では会社に入ると社内のことしか考えない社員が少なくない。当社は「グローバルワン・全員経営」を唱えている。世界で働く社員が経営者マインドを持ち、いろんなことを吸収しないといけない。
 若い人たちにまず取り組んでもらいたいことは、好奇心を持つことだ。その上で1つのことを追求する。あらゆる知識を実践で応用し、どんな職業でもその道のプロになることが大切。物事はケーススタディー通りにはいかない。自ら考え周囲の知恵も借り、悪戦苦闘して解決策を見つけていってほしい。
 スポーツや学問、ビジネスでも25歳までに個性が出る。自分が何に向いているか見つけてほしい。若い人が本当にやりたいことがわからず、就職ではなく「就社」することに不満がある。有名な会社に入り終身雇用で一歩ずつ昇進する世界はもうないと思っている。
 もし今自分が20代なら、職業は何でもよいが、世界で活躍できるビジネスマンになりたい。プロ野球イチロー選手が引退会見で述べたように、好きなことを早く見つけ一生の仕事にすることが一番大事だ。…
平成31年4月1日付日本経済新聞朝刊から)

 本筋と関係ない自慢話経験談は省略させていただきました。でまあ正直何言ってるのかわけがわからんと思うわけで、まあ記事化した記者の力量の問題もあるのかもしれませんが、話が飛び飛びになっていて一貫性がないのですね。膨大なインタビューの中から多くのキーワードを欲張って盛り込み過ぎたのでしょうか。
 いきなり「自分が経営者になったつもりで仕事をしてみてはどうだろう。単純な労働者になった途端、仕事は時間を消費する作業に変わってしまう。」といわれてなにをいまさらと思うわけですが、これはいわゆる日本的な人事管理の核心部分で、「どうだろう」などと言われるまでもなく実現し定着している話ですね。日本企業では、経営幹部だけではなく、現場末端の従業員まで自分は業績の一部に責任を負っているという経営者感覚を共有しているわけで、だから例年賞与交渉の際に労組は「会社の利益は組合員の努力の成果」として多額の利益配分的な賞与を要求する(そして多分にそれに応じた賞与が支給される)のだ、という話は過去さんざん書いたと思います。その点が、経営者や経営幹部を除けば企業業績に関与しない「時間を消費する作業」に従事する「単純な労働者」とされている(したがって利益配分的な賞与はなく、企業業績に関わらず賃上げを要求するわけだ)欧米の人事管理と大きく異なるわけであって。
 続けて「仕事に付加価値をつけるため色々な人に会い知識を吸収する。工夫を凝らす癖をつければ応援してくれる味方が増えるはずだ。」ってのがきて、まず前段については上と同様でそれこそ現場末端の従業員がQCサークルや提案活動などを通じて仕事に付加価値をつけようとしている(けっこう進んだ生産工学なんかも学んでいる)のが日本企業の特色といわれているわけで、まあこれはあれだな現状そうなってるからそれをがんばりなさいということだと読めばいいのでまだしもとして、それに続く「工夫を凝らす癖をつければ応援してくれる味方がふえる」というのはどういう因果でそうなるのでしょうか。まああれかな、工夫を凝らして他人の利益に貢献すれば味方が増えるということかな。まあ当たり前の話ではありますが新入社員の中には知らない人もいるかも知らん。
 それに続く「日本は少子高齢化が進み、外国人労働者が入ってくる。…同じ仕事をする世界中の人と競争し、どう自分は戦えばよいかを理解してほしい。」というのはもうご持論で引っ込みつかないのでしょうが、しかし相変わらずブラックだねえとも思う。私は自由が好きなので外国人労働者の受け入れにも全否定ではないのですが、それはやはり社会的包摂と内外人平等のもとで労働条件の改善や省力化投資などをともなうものであることが絶対に必要であると考えており、そういう前提抜きで「外国人が入ってくるから負けないように働け」というのは、まあ日本人をあまり良好でない就労条件で使い倒したいという意味に読めますよねえ。まあ編集の問題なのかもしれませんが。
 さらに「日本では会社に入ると社内のことしか考えない社員が少なくない。当社は「グローバルワン・全員経営」を唱えている。世界で働く社員が経営者マインドを持ち、いろんなことを吸収しないといけない」というわけですが、これがさっぱりわからない。ただまあこの部分はかなりの確率で編集の責任であると思われ、ファーストリテイリング社のウェブサイトにある柳井氏のインタビューを読むと「グローバルワン・全員経営」についてはこう書かれています。

すべての社員が経営者マインドを持つ

 「服を変え、常識を変え、世界を変えていく」という企業理念は、本当に良い服、最高のサービスをお客様にお届けしたいという気持ちから掲げたものです。ファーストリテイリングのすべての社員一人ひとりがクリエイティブな力を発揮して、イノベーションを起こす企業になることで、企業理念を実現していきます。世界中の全社員が「グローバルワン・全員経営」の精神で、情熱的に仕事をすることが求められます。各地域、各事業で最も成果が上がったことを、グループ全員が共有し、実践する組織でありたいと思います。ファーストリテイリングは店舗のアルバイトからトップ経営者まで、すべての社員が経営者マインドを持ち、自らが考えて、お客様に最高の商品、サービスを提供する「全員経営」を実践していきます。
https://www.fastretailing.com/jp/ir/direction/interview.html

 これならわかりますね。要するに現場第一線の従業員が顧客の動向をよく確認して情報を得て、できれば先読みもして、よりよい商品、サービスの提供につなげていきましょうということだろうと思われ、まあそれが「経営者マインド」だというのならそういうことでしょう。なるほどだから「吸収する」が繰り返し出てくるのだな。そのように書いてくれればわかるわけですが、それを「日本では会社に入ると社内のことしか考えない社員が少なくない」それが悪いことだ、と言いたいという、おそらくは編集の恣意が入ることでこういうわけのわからない文章になってしまったのでしょう(意識的かどうかはわかりませんが)。
 でまあその次のパラグラフはまあ常識的な話で特に違和感もありませんが、それに続けての「ビジネスでも25歳までに個性が出る。自分が何に向いているか見つけてほしい。若い人が本当にやりたいことがわからず、就職ではなく「就社」することに不満がある」というのは、まあご不満に感じられる分にはご自由だとは思うのですが、しかしご無体なとも思うかなあ。いやご指摘のとおり25歳までに個性が出るのだとすれば、そのくらいの年齢までは「本当にやりたいことがわから」ないというのも致し方なかろうかと。でまあ日本企業の(特に大企業の)人事管理というのはそういう若者を新卒で採用して、トレーニングしながら人事異動を通じて適職探しもしているわけですよ。それが国際的に見ても優れたしくみであることはそれなりに定評のあるところであり、それをつかまえて「不満がある」と言われてもなあという感じです。いやもちろんキャリアのある時点からは柳井氏も言うように「プロ」になって会社任せのキャリアから自律することも重要ですが(ここは山ほど論点があるところですがここでは省略)、まあ「若い人が本当にやりたいことがわからず、就職ではなく「就社」することに不満がある」というのは新入社員にいきなり言うことではないよなと。
 そしてこれが一番悪質だなと思っているのですが、ここでイチローを担ぎ出してこう書いているのですね。

 プロ野球イチロー選手が引退会見で述べたように、好きなことを早く見つけ一生の仕事にすることが一番大事だ。

 この会見については全文起こしがウェブに掲載されていて(すげえなイチロー)、該当部分はこうなっています。

──子供達にメッセージをお願いします。

 シンプルだな。メッセージかー。苦手なのだな、僕が。

 野球だけでなくてもいいんですよね、始めるものは。自分が熱中できるもの、夢中になれるものを見つければそれに向かってエネルギーを注げるので、そういうものを早く見つけてほしいと思います。

 それが見つかれば、自分の前に立ちはだかる壁にも、壁に向かっていくことができると思うんです。それが見つけられないと、壁が出てくるとあきらめてしまうということがあると思うので。いろんなことにトライして。自分に向くか向かないかよりも、自分の好きなものを見つけてほしいなと思います。

AERAdot.
https://dot.asahi.com/dot/2019032200005.html?page=2

 さすがですね。イチローはきちんと仕事にしなくてもいいように語っています。「一生の仕事にすることが一番大事」なんて、一言も言ってない。野球に熱中し、夢中になっている人が野球を「一生の仕事」にできるというのは、相当に恵まれた例外でしょう。音楽でも美術でも、好きだからこそアマチュアでいようというのはむしろ賢明な判断であることのほうが多いのではないでしょうか。好きなことを見つけることはたしかに大切であり人生を豊かにするだろうと思いますが、こと仕事に関しては大切なのは好きなことを仕事にするのではなく仕事を好きになることではないのかなと、素朴に思います。まあこれはこれでやはり論点満載であり、従来型の日本的な人事管理がベスト・プラクティスかといえばそうではなかろうとも思いますので、それはそれで別の議論になると思いますが…。
 ということでタイトルのような感想を抱くに至ったのでありました。やれやれ。