ジャーナリストの政策論

何のことかと思われるかもしれませんが一昨日開催された働き方改革実現会議の話です。さっそく官邸のウェブサイトに資料が掲載されており、私としては第一の関心は前回の議事録で高齢者雇用に関する議論の内容を確認することだったのですが(いやほとんど報じられていませんでしたし15日のエントリで「書ければ書く」と言ったことでもあり)、あれこれ見た中にいやこれはいくらなんでもというのがあったので、まあかなり不毛な気もするのではありますが方針変更して書きたいと思います。なにかというと白河桃子議員提出のこの資料です。
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/hatarakikata/dai8/siryou4.pdf
いや内容的にはけっこう大切なことを多く含んでいるとは思うのです。思うのですが、問題はそれをこうした政策を議論する場に持ち込むときの資料としてどうなのかということです。逐次見ていきましょう。
氏はまず教員の長時間労働問題を取り上げられ、これは多方面で問題視され関心を集めている時宜にかなう問題提起だと思うのですが、その根拠として、資料5ページ(なぜか右下のナンバリングは11になっているのですが、前ページが4で後ページが6なので5ページということではないかと思う)の見出しで「昨年度までの10年間に死亡した46人の新人教師の死因を調べたところ、20人が自殺(2016年12月23日 NHK報道)」と大々的に主張されるわけです。
もちろんこれは事実ではありますが、「46人の新人教師の死因を調べたところ、20人が自殺」ということで43.5%が自殺で死亡しているわけですが、平成19年から毎年発表されている『自殺対策白書』に記載されている20〜24歳の死因を見ると、最も古い平成19年版に掲載されている平成18年のデータでは自殺が43.9%、最新の平成28年版に掲載されている平成26年のデータでは自殺が50.8%となっていていずれも他の死因をしのいで最多になっています。つまり教員だけが特に自殺が多いといえるかどうかはやや疑わしく、たとえば公務員の正規職員で就職した人にしては明らかに高いとか、そういう検証が必要でしょう。いやもちろんこれはNHK報道の引用なので一義的にはNHKの問題であり、きちんと検証されているというのであれば失礼をお詫びしますが、こういう場にこうした資料を無批判に提出するのはどうかと思います。同じページの下半分の資料は文科省の資料(http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/shotou/088/shiryo/__icsFiles/afieldfile/2012/02/24/1316629_001.pdf)を孫引きしたものらしく、やはり一義的には文科省の問題ですが、精神疾患の患者数の伸び率と教員の精神疾患による病気休職者の伸び率を比較するのもどれほど意味があるのかという気はします。つか調べれば簡単に元ネタに到達できる資料をわざわざ孫引きするのってどうよ。白河氏が引用元に上げた井上伸氏という方は国公労連国公一般の関係者らしいのですがあるいはそれに意味があるのかしら。

  • (3月23日追記)上記において井上伸氏の関係先を国公労連と記述しておりましたが国公一般のタイポでした。井上氏および国公一般、国公労連の皆様には失礼を深くおわびのうえ訂正させていただきますのでご容赦ください。まことに申し訳ありませんでした。ご指摘をいただいた方、ありがとうございました。
  • (3月23日追記)そういう経緯であらためて件の資料(http://www.kantei.go.jp/jp/singi/hatarakikata/dai8/siryou4.pdf)を再確認してみたところ、なんと現時点では問題のページがなくなっていることが判明しました。ほへー。これについては別エントリを立ててご紹介したいと思います。
  • ということで解説のエントリ「「ジャーナリストの政策論」フォロー」http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20170323#p1)を書きました。

少し飛んで8ページ(ナンバリングはありませんが7と9の間)では「イギリス「教員がやるべきでない仕事」1998年」という見出しでその内容が列挙されているのですが、これって当時英国でも教師が授業以外に忙殺されていることが問題視されて「これは本来やるべきではない」として列挙されたものであり、すなわち英国でもこれをすべて教員がやっていた内容であるわけですよ。でまあ現状がどうかは私は正しいところは知らないのですが、少なくとも一昨年まで英国に駐在していた友人に十数年経ちましたがそのようになりましたでしょうかと聞いてみたところ「あはは、そりゃ、ない、ない!!」と言ってはおられましたな(笑)。まあかの国も決して財政事情は容易ではないでしょうからそうかなとは思います。もちろん、これまたいやそんなことはない、英国ではこれがあまねくきちんと実現しているのだ、ということであれば降参するにやぶさかではありませんが、しかし「こうしたいなあ」と言っているものを「そうなっている」としてこういう場に出すのはやめたほうがいいのではないかと思います。
しかもこのページにはさらに疑問があり、「日本の教員がこれを読んで「自分の業務の8割だ」と落胆」したと主張しているのですね。困ったことにこれはこの資料内で自己撞着を起こしており、資料4ページには日本の教師の週労働時間は平均53.9時間との記載があり、6ページには日本の教員が授業に費やす時間は平均17.7時間との記載があるわけですね。もちろん統計が違うので限界は大きいですが大雑把な概況をつかむことはできると思われ、17.7/52.9≒33%というのが、まあ教員の労働時間全体に占める授業時間の平均的な割合に近いと思っていいと思います。となると、「自分の業務の8割」というのは、もちろんそういう人がいたのだろうと思いますが平均とはかけ離れており、そういう人がいることをもって政策を論じるというのもあまり説得力がないように思います。つか英国のリストをみても授業そのものとその準備、教育や教授法に関する調査研究といったものは教員のやるべき仕事の範疇とされていると思われ、それらが2割を切っている教員というのは、授業を持たない校長先生副校長先生くらいではないかという気もするのですが(まあこれは気がするだけです)。いや「数だけではなく役割分担が大事」という指摘は重要だと思うのですよ。思うからこういうずさんな根拠づけは残念だなあと思うわけで。
さて11ページ以降は女性就労の話になるのですが、やはり日本と欧州の労働市場や人事管理の根本的な相違を考慮していないダメな議論です。
もうこれまでさんざん書いているので詳しくは繰り返しませんが、氏は独仏との比較で父親の家庭参画、育児参加を主張されるわけですが、独仏では昇進昇格をめざすキャリアを歩む人は全体のまあ1割程度という少数なのに対して、わが国では正社員であればほぼ管理監督者への昇進昇格を目指すのであり、さらに大卒であれば経営幹部級への昇進昇格をめざすという違いがあるわけです。したがって独仏では大半の労働者は育休をとったところで失われるのはほぼその間の賃金だけであり、したがってフランスで「3日間出産有休(雇用主負担)+11日間「子どもの受け入れと父親休暇」(国の負担)」、ドイツで「パートナー月」(両親がともに育休取得すると両親手当支給期間が2か月増える)という形で失われるカネを国が肩代わりしてあげれば取得が増えるのは自然な成り行きです。
でまあ白河氏も表面的にはおわかりで、資料33ページでは「長時間職場に貢献し続けられる労働者に、高い評価や、キャリアにつながる仕事の配分・配属が行われる傾向」と書き、13ページでは「「男性の産休」(育児スタートアップ休暇)を企業は義務化…し、また育休、産休取得による「評価の低下」をしないと確約してほしい」とまとめておられます。まあ育休・産休だけを理由として制度的に「評価の低下」をするようなことはないでしょうが、一定評価を保障しろというのが無理な話であることは明白と思います。上位になればなるほど稀少になるキャリアの「椅子」をめぐって過酷な競争が展開される中で、産休育休取得者に対する「評価の保障」を行うのは少なくとも取得しない人に対するかなり強い優遇ですし、以前も書きましたが(そしてそんな極端な話をするなと怒られたわけですが)同期に不利にならないことを保障しろと言われたら、ひたすら養子縁組を繰り返して30年間育休を取り続ければ勤務の実態のないままにたとえば部長まで昇進させるということになるわけでして。
つまり方向は逆であり、昇進昇格はしないけれどワークライフバランスな生き方が、それが男性であっても承認され尊重される世の中をめざすというのが白河氏の取るべき戦略ではないかと余計なお世話ながら思います。「男のくせに育休を取るなんて、一生係長どまりでいいんだな」と脅す上司に対して「一生係長どまりでいいですが何か?」と言い返すのが立派でかっこいい世の中をめざすわけですね。これまた繰り返しになりますが係長どまりであっても解雇されるとか減給されるとかではないので「おりたもの勝ち」という見方もできるのであり、それを普及させることで父親の家庭参画、育児参加と母親の社会進出が推進できるでしょう。欧州ではむしろ普通の発想だと思います。
ということで、書きながら思ったのは、白河氏をメンバーに加えた官邸サイドの氏への期待はどういうものだったのだろうということで、まあ女性枠というのは当然あるでしょうが、やはりジャーナリスト枠ということもあったのではないかと推測します。資料3ページにも「私のところには数々の一般の働く方からご意見が寄せられます」と書いているように、氏が広く・深く取材したさまざまな事例を紹介することが期待されているのではないかと思うわけです(まあその割には紹介される事例はいつも同じシングルマザーの事例ばかりという感もありますが)こらこらこら。もちろん個別事例だけでは政策決定に大きな影響があるとも思えませんが、逆に言えばジャーナリストにあれこれ愁訴したい人たちの意見を代弁する役割ということなのかもしれません。でまあ白河氏としてはそれでは飽き足らず、なんとかご自身の提案する政策を実現すべくあれこれと資料を集めてきて失敗したというところでしょうか。もちろん先般の日本死ね騒ぎの例などもあり、科学的でなくても政治的にうまく使えば政策に影響力を発揮できる可能性もありますので、それに賭けてみるのも悪くはないのかもしれませんが…。いずれにしても問題提起としては大切な話もあるように思いましたので残念に感じました。