「毎月勤労統計調査」フォロー

 2月25日のエントリについて、専門の研究者(大学プロパー)の方から「もともとは全数調査の建前なのに回収率が低くなってしまったものをどう修正しようか悩んでいたのが発端だろうと思う」とのコメントをいただきました(ありがとうございます)ので、フォロー記事を書きたいと思います。
 たしかに回収率の低下は各統計の悩みの種であるようで、調査員が全世帯を絨緞爆撃する国勢調査でも回収率は100%ではなく、総務省の資料(http://www.stat.go.jp/info/kenkyu/kokusei/houdou2.html)によれば平成17年度調査の未収率は4.4%、東京都では13.3%に上っている(これを見ると世帯と企業の違いはあるにせよ今回の問題も東京都だったのは納得いくところ)そうですから、本当に全数調査を実現しようとしたらリソーセスがいくらあっても足りないというところではないでしょうか。毎勤統計についてはそれでも月例の調査票は1枚であり、回答者への配慮もそれなりにされていると思いますが、それでも毎月となるとかなり大変であり、このところ話題になっている2015年の厚労省有識者検討会でも相当の脱落があることが議論されています。賃金計算ソフトの中には毎勤統計の調査票記入のためのデータを集計・出力してくれる気の利いたものもあるくらいで(たとえばオービックSCSK。ソフトウェアベンダーの手先かお前は)、やはり面倒な作業だということなのですね。
 回答者の理解・協力が得られにくくなっているというのは社会的な趨勢で致し方のないことだろうと思いますが、それは当然ながら調査に要するコスト・リソーセスの増加を意味します。一方で、だから全数調査をサンプル調査にしますというと手抜きであるとか効率化努力が足りないとか言い出す人というのもいるわけです(そういえばかつて行政のムダをなくせば財源はいくらでもあるとか声高に言っていた人たちもいたよな)。また、(まあ専門家の大勢はサンプル調査でも適切に復元すれば大差はないという意見のようですが、それでもなお)全数調査のほうが統計としての質がいいことは間違いないわけで、総務省としても「ではサンプル調査に変えてもいいです」とはいいにくいという事情もあるでしょう。もちろん、だから法に定められた手続を省略して勝手に変更していいわけはないわけですが。
 また、仮にそうだとすると気になるのが、まあ回収率が9割とかであれば復元の必要性も低いのでしょうが、仮に7割とか6割とかになっていたとすれば、その時点ですでに一定の復元は必要だったのではないかという点です。もし復元が行われていなかったとすれば、さらにさかのぼって誤った(おそらくは低すぎる)数字が出ていたことになると思うのですが…。まあ2004年よりさらに以前の話であり、データが残っているかという問題もありますし、15年、20年の古くまで遡って数字を修正しなければならないほどの違いはないような気もするので、あまり気にすることもないのかもしれません。このあたり実際のところがわからないのでなんともいえず、たぶんそのあたりも含めて今後の課題なのでしょう。

バイトテロと損害賠償

 積み残しシリーズ第3弾です。この件についても意見照会を頂戴しましたので簡単に書きたいと思います。このところ電子版で気合の入っている読売新聞オンラインから。

 飲食店などのアルバイト従業員による不適切行為の動画がSNSに投稿され、騒ぎになるケースが相次いでいる。食品を取り扱う場での悪ふざけに対し、一部の企業は法的措置をとる動きを見せている。専門家は「悪質な場合は刑事責任を問われることもある。代償は大きい」と指摘している。
 回転ずしチェーンの「くら寿司」で、ゴミ箱に捨てた魚を再び、まな板に戻す様子を映した動画がツイッターで拡散したのは2月上旬。仲間内でSNSに投稿し、数時間後に削除した動画だったが、問題視した利用者がツイッターに転載したとみられる。
 運営する「くらコーポレーション」は今月4日、顧客からのメールで動画の存在を知り、社内調査に着手。すぐに動画が撮影された大阪府内の店舗と、動画を撮影したアルバイト2人が特定された。大きな騒ぎになることを想像していなかった2人は社内調査に対し、受け答えができないほど、憔悴していたという。
 同社は今月8日、2人を退職処分にした上で、偽計業務妨害容疑での刑事告訴や損害賠償請求の準備を進めていると公表。「全国で働く従業員の信用回復と、同様の事案への抑止力にする」と説明した。
https://www.yomiuri.co.jp/national/20190220-OYT1T50221/

 これに関してはウェブ上をざっと見てみたところ賃金が低すぎるからこういう不祥事が起きるのだ、それを棚に上げて損害賠償請求するなど弱いものいじめでけしからんといった言説があちこちで発せられていてまあねえと思ったわけですが、あれそういえば私以前この話書かなかったっけと思って探してみたところ5年以上前に書いていました。
アルバイトの悪ふざけ(2013年8月26日)
 ということで前段(低賃金)については現状でもここに記載したとおりでよろしいかと思います。シャピロ/スティグリッツの効率賃金仮説は私が学部生だった1980年代前半、ラジアーの保証金仮説はさらにその前だったはずで、今では学部の教科書にも載っていますね。なにやら最近の事例では「クビかくご」と宣言しているものもあるそうで、まあ失っても惜しくないような労働条件であればそういう輩が出てくるというのも想定すべきリスクでしょう。もちろん雇う側としてもそうしたリスクがなくなるまで時給を上げられるかといえばと当然ながら採算を考慮しなければならないわけで、その兼ね合いを考えながら処遇を決めることになります。どうしてもリスクが残る中ではなんらかの対応が必要になるわけで、それが後段(損害賠償請求けしからん)の話につながってくるわけですね。
 ここについては5年前にはあまり書いていないので少し敷衍したいと思いますが、使用者が労働者の故意や過失によって自ら直接損害を受け、あるいは第三者への損害賠償責任を負った場合には、労働者に対して損害賠償請求を行うことは当然できます。その一方、使用者は労働者を雇用して事業を営み、これに指揮命令しあるいは管理監督しているわけですから、就業中の過失などによる損害については使用者もそのリスクを応分に負うべきだともされています。したがって、軽度の過失であれば損害賠償を認めないのがまあ一般的であり、故意や重過失がある場合でもケースバイケースで減額されるのが普通です。業界で有名な茨石事件という最高裁判決があるのですが、これは労働者が運転業務中に交通事故を起こしたことで社有車と事故相手の車両との修理代が損害として発生したという事件で、労働者の損害賠償額は全損害額の1/4とされています(別の事件ですが地裁レベルでは悪質な故意を認めて全額の賠償を命じたケースもあります)。
 そこでこの最高裁判決ですが「使用者は、その事業の性格、規模、施設の状況、被用者の業務の内容、労働条件、勤務態度、加害行為の態様、加害行為の予防若しくは損失の分散についての使用者の配慮の程度その他諸般の事情に照らし、損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度において、被用者に対し右損害の賠償又は求償の請求をすることができる。」と判示していて、しっかり労働条件が考慮要素として挙げられています。常識的に考えて労働条件が高くなければ損害賠償も多くは求められないというのは大方の同意を得られるでしょう。ちなみにこの間にはバイトテロで閉店の余儀なしとなった事業主がアルバイトに損害賠償を求めた事件も実際に起こっており、200万円(4人)で和解しています。主犯格は100万円を超えていたはずで、まあこれがどの程度の打撃かは家庭環境に大きく依存するでしょうが、それなりに抑止力にはなるとしても5年前のエントリのとおり「「人生を壊してしまう」ほどの打撃を与えうるかというと、かなり疑問」ということではないでしょうか。
 ちなみに刑事については、偽計業務妨害や威力業務妨害は微妙としても軽犯罪法の「他人の業務に対して悪戯などでこれを妨害した者」を使う手もあり、告訴することは可能でしょう。ただまあ偽計業務妨害だとしても、熊本地震の際にツイッターで動物園のライオンが逃げたというデマを流したという悪質な事例でも起訴猶予で終わっており、こちらはそれに較べれば故意ではあるものの軽率な悪ふざけであり、仲間内で眺めて喜んだら削除したり、そもそも24時間で消去されるインスタストーリーを利用したりしていて加害の意図もさほど強くないということになれば、警察でみっちりと油をしぼられしっかりとお灸を据えられるでしょうが、送検され起訴にいたることは考えにくいでしょう。まあ再発防止策としての効果はあるでしょうが。
 このあたり、何年も前からの話ですし、各社ともアルバイトの採用時の研修でこうした不始末を起こさないよう注意し、起こした場合には刑事罰に問われたり損害賠償責任を負ったりする可能性があると警告もしているでしょうから、いざ現実に起こされてしまったら、弱い者いじめと叩かれるレピュテーションリスクはあるとしても何もなしではすませられませんという事情もありそうな気がします。いやまったくの推測ですが。
 むしろキツそうなのは社会的制裁であり、上記のように短時間の掲載であっても即座にウェブ上で広まり、当事者の氏名や個人情報が特定されて拡散されるという状況なわけで、このあたりは5年前と較べてもいっそう強烈になっているのではないでしょうか。となると先々もついて回る話でありどんな不利益を受けるかもわからず、かなり厳しい制裁と言えそうに思えます。逆にいえばそうした社会的制裁を受けていることで民事や刑事の責任は軽減されそうなわけですが。
 なお以下の件についても意見照会をいただいているのですが、独立のエントリを立てるのもどうかという感じなので、アルバイトの時給とか損害賠償がとかいう点で関連しているということでここでついでに書きます。こちらは電子版で先行した日経オンラインから。

…セブン―イレブン東大阪上小阪店のオーナー、松本実敏さん(57)は1日、24時間営業を午前6時から翌午前1時までの営業に短縮した。松本さんは21日、日本経済新聞などの取材に応じ、営業短縮に関して「本部から違約金は1700万円と言われた」と話した。
 同店では2018年6月から2月までの間に、13人の従業員が辞めたという。松本さんは「1人で28時間働いたこともあった。24時間営業が基本というが(人手不足の)現状を見てほしい」と述べた。
 対する本部側はオーナーとの話し合いの中で、契約に違反した状態が続くと契約解除の理由になり得るといった点のほか、違約金が発生する可能性について説明したという。ただ実際に契約解除の通告や違約金の請求はしていないとしている。…
 セブンイレブンではこれまでもオーナーとの話し合いで一時的に24時間営業をやめる事例はあったという。今回は両者の事前の合意が十分にされない状態で営業時間が短縮されたようだ。
 松本さんは21日、本部側から改めて支援の申し入れがあったと明らかにしたが「対応に不信感がある」として「24時間営業の契約を見直さないならば話し合いには応じない」と述べた。今回セブンイレブンの店舗で起きた摩擦が、コンビニの深夜営業を巡る議論に発展する可能性もある。
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO41571240R20C19A2TJ3000/

 記事中「セブン―イレブン」と「セブンイレブン」が混在しているのですがそれはそれとして、正直事実関係が明らかでない(オーナーと本部で主張に隔たりがあるようですし)のでコメントしにくいのですが、とりあえずセブンイレブンは24時間営業を保証して高価格を維持するビジネスモデルなので、それを一時的にやめるにしても商圏の顧客に十分な周知期間を取るなど「開いてると信じていたのに閉まっていた!」ということにならないようにしたいというのは理解できる話で、したがって本部に相談せずに黙って24時間営業をやめてもらっては困るというのはうなずけます。
 とはいえ、いかにフランチャイズ契約は雇用契約とは違うと言っても本部とオーナーの間には経営方針の指示とか店舗運営の指導とか支援とかいう話はあるでしょうし力関係というものもあるのでやはりオーナーにあまり重い責任を負わせることは適当ではないでしょう。違約金1,700万円というのはいかにも高額でどこからそういう数字が出てくるのかと思いますが、このあたりは言った言わないの話らしいのでよくわかりません。
 ただまあちょっとどうなんだろうと思って調べてみたところこの店舗の近辺、徒歩10分圏内くらいにはセブンイレブン以外も含めて6~7軒のコンビニエンスストアがあるようで、それらの求人広告サイトを見てもこの店舗のものとほとんど違いはありませんが、この店舗以外は24時間営業を維持できるアルバイトを確保できているようです。どうも配偶者の方が亡くなられて確実に計算できる人手が一人減ったという同情すべき事情はあるらしいのですが、それにしても近隣の同業が人手を確保している中で「2018年6月から2月までの間に、13人の従業員が辞めた」ということだと、この店舗に特有の事情があるのではないかと考えるのが妥当なような気はします。
 ということで、このブログでも過去営業時間の短縮や深夜価格の導入などで人手不足対策や生産性向上を図る余地はあるのではないかと書いたことがありますが(たとえばこのあたりhttps://roumuya.hatenablog.com/entry/20150127/p1)、この件はこの店舗の個別問題であって一般論として「コンビニの深夜営業を巡る議論に発展する」というほどの話でもなかろうという感想です。

毎月勤労統計調査

 積み残し整理の続きはこの話です。過去このブログで「みなさん調査・統計をナメすぎ」とかいうエントリを何度か書きましたが、まさかいちばんナメてたのは当の役人でしたというオチになるとは思いもよりませんでしたよ。中でも一番ナメてると思ったのは復元していなかった(普通に考えて誤った)データを「誤差の範囲」で片付けようとしていたというところでしょうか。もちろんそれ以外にもひどい話は多々あり、私も一応は統計ユーザーの端くれであるわけでちゃんとやってくれえと思うなあ。
 事情はいろいろと込み入っているようで詳細はよくわからないのですが、わかる範囲で雑駁な整理を試みると、まず(1)変更当初の問題としては(1)a「調査方法を変更するときに総務省と調整せずに勝手にやってしまった」といった手続の問題と、(1)b「サンプル調査に変更したのに復元を行っていなかったために誤ったデータになっていた」といった方法論の問題があったようです。

  • 4月9日追記:厚生労働省の高原正之氏から、氏の検証によると悉皆調査から抜き取り調査への変更は規定に定められた決裁権者による正当なもの(総務省との調整は不要)であり、(1)aの手続の問題はなかったとのご指摘をいただきました。ありがとうございました。

 次に(2)訂正時の問題としては、やはり(2)a「公開せずにを訂正はかった」といった手続の問題と、その結果として(2)b「必要なデータが一部散逸しており、過去データの修正がされず、誤ったデータが残った」という方法論の問題があったということでしょうか。あとはまあ(3)後処理の問題として、「厚労省幹部が同席した調査を第三者委員会の調査と説明した」という話で、これも手続の問題でしょうが、やや次元が異なるような気はします。以下これら一連の問題を人事管理面から考えてみようと思うわけですが、まあこなみかんレベルの話にしかなりそうにないのであらかじめそのように(だから日記タグにした)。
 さて背景としてはまず(1)abについてはもちろん組織や担当官のモラルや能力の問題がある(一部統計法違反にあたりそうな内容もあるわけで)としても、結局は「マニュアルは決められているがそれに必要なリソーセスが割り当てられていなかった」という話になるのでしょう。もちろん統計は重要であって十分なリソーセスが割り当てられるべきだというのは正論であり、きちんと検討・議論してほしいわけですが、ただ一方でリソーセス不足自体は役所に限らず世間一般にザラにある話であってあまり同情しようという気にもなりません(もっとも民間も立派にやっているかといえば往々にして不払い残業で対応してますとかいう話もありそうでそれほど威張れるわけでもない気もしますが。いやこれは官民を問わないかも)。
 事情が異なるとすれば、民間であれば(1)bの「至急システムの変更が必要になりましたが当座内部には使えるリソーセスがありません」という場合にはとりあえず手近な業者に発注して、費用はまあ現場の課長さんなり部長さんなりの権限で(価格により異なる)他の費目から流用したり、赤字を計上して開き直ったりできるのに対して、お役所の場合は少額の調達でも複数業者から相見積もりをとってとか何かと不自由だという話はあるのかもしれず(よく知らないので推測です)、となると内部のリソースが使えるようになるまで先送りするかと考える人もいるのかもしれません。(1)aも似たような話は想定され、総務省との調整がどの程度の手間なのかはわからないのですが、当方も先方も審議会やら委員会やらを開催してという話で持ちかけられた総務省の担当者もいい顔をしないということになると、まあ大した変更ではないのだし(復元をすれば、ですが)そのうち他の案件があるときにでもということで先送りしたいと思ってしまう人もいるのかもしれません。このあたりもちろんきちんとやってくれなくては困るわけですが、しかしまあリソーセス不足対応が手間ひまがかかるわりには評価されないという状況だと若干気の毒な感はなくもないかなと。でまあ良く言われる話ですが(これ自体は必要性もあるのでしょうからすべて悪いとまでは言えないでしょうが)比較的短期で異動する役所の人事の中では、引き継ぎが繰り返される中でうやむやになっていく、これは先般の障害者雇用「水増し」と似た構造の問題があろうなと思うわけです。
 そして冒頭でも書いたように(2)のところが大問題だと思うわけで、まあ役所としては「復元をしないというかなり初歩的なミスで間違った数字を十数年間出し続けてました」「修正しようにも必要なデータがなくてできません」というのはあまりに格好悪くて表ざたにできません(あくまで私のまったくの推測ですが)というところかもしれませんが、まあ手前勝手というか、統計をなんだと思ってるんだという話でしょう。もちろんこの間歴代の関係者が責任を問われることは免れないでしょうし、表ざたにした人たちがおそらくは最も叩かれるであろうという点に若干の理不尽はあるわけですが、それにしても、再発防止に加えて、リソーセス確保をはかる上でも統計業務の地位向上をはかる上でも一度は実態を白状しておいたほうがよかったのではないかと思います。また、現時点ではデータが残っている分しか修正されていないようですが、データがなくなっている部分についても、不十分であっても修正したほうがマシではないかという気もします。まあこのあたりは専門家の判断に任せるべきところでしょうが。
 なにやら他省庁ふくめ毎勤統計以外の統計調査でもあまり適切でない状況が見られるらしく、統計ユーザーとしては適切な統計情報が提供される体制整備を進めてほしいと思うところですが、なんかもうすっかり政争の具と化している感があって体制整備どころか統計の改良を言い出すことも難しくしてしまうのではないかなどと懸念することしきり。いやほんとちゃんとやってくれえ

経団連「2019年版経営労働政策特別委員会報告」に対する連合見解

 中央の講義期間中に積み残した仕事というのが相当にあり、さらに「講義が終わってから」という案件もいくつかあって消化に追われていたのですが、なんとか一段落となりました(と信じたい)。先週、今週と働き方改革の関係でまとめてしゃべる機会があってご紹介したい内容もあるのですが、まずはここでも昨年末以降の積み残し案件から書いていきたいと思います。
 ということですでに春闘も始まって金属労協大手を中心に交渉が進んでおりかなりいまさら感はあるのですが、まずは経労委報告に対する連合見解について簡単にコメントしたいと思います。これで間接的に経労委報告へのコメントにもなるでしょう(安易な道)。
 ということで今年の連合見解は以下になります。
https://www.jtuc-rengo.or.jp/news/article_detail.php?id=1024
 経労委報告はというと、例年同様経団連出版さんのご商売との兼ね合いということと思われますがウェブサイト上では全文は公開されておらず、経団連タイムズのバックナンバーのページで要約を見ることができますね。
http://www.keidanren.or.jp/journal/times/2019/0124_01.html
 さて連合見解は8,000字近い長文でなかなかに力が入っているわけですが、基本的には経労委報告が連合の闘争方針について「経団連と方向性は一致している」「企業労使が広い視野に立って真摯に議論することは、建設的な労使交渉の実施に寄与する」と記載していることについては以下のように同意しています。

 基本的な考え方については連合と「経団連と方向性は一致」しており、「建設的な労使交渉の実施に寄与する」との考えも、認識のとおりと評価する。

 たしかに経労委報告を概観すると連合と一致している部分もかなり見受けられますし、交渉の方便として乗れる部分には乗ってしまうというのも有力な考え方ではあるのでしょう。ということで連合見解の反論は一致していないいくつかの部分が中心であり、かつ書かれていることよりは「書かれていないこと」に対する異論が多いのが今年の特徴といえそうです。
 一方で、上記に続けてその最初の論点としてこう書かれてしまうと「あれ、なんかずれてないか」という印象も受けないではありません。

…働く者の月例賃金引き上げへのこだわりに応えずにきたことが、結果として失われた20年を生み、いまだに日本経済がデフレから脱却できない素地を作ってしまったことへの反省が、まったくみられない。

 いやまあもちろん月例賃金へのこだわりがなかったと申し上げるつもりもないのですが、しかしそれ以上に雇用維持に強くこだわってきたというのが現実ではないでしょうか。「応えずにきた」と経営サイドが一方的に無視したかのように書いていますが、実際のところは(特に単組レベルでは)労使合意の上で月例賃金引き上げより雇用維持を優先してきたのではないかと思います。それが「結果として失われた20年を生み、いまだに日本経済がデフレから脱却できない素地を作ってしまった」というのがそのとおりだとしても(まあ結果論だとは思うが全否定もしない)、いっしょに反省してくれないと困るとは思うなあ。でまあこれが「反省が、まったくみられない」と主張しているわけでまさに「書かれていないこと」への反論になっているわけですね(別に悪いたあ言いませんが)。いずれにしても現状は当時とはかなり環境も異なっているわけなので今年については「月例賃金へのこだわり」をもって交渉されればよろしいのではないかと思います。つか、こんなことを書くと怒られそうな気がひしひしとするのですが、経団連はあれほど(なぜ?)消費増税をプッシュしているわけですから、当然ながら消費増税の条件整備として消費増税相当のベースアップは実施するんでしょうねと、ツッコむならここではないかと思うのですが。
 大手・中小の格差についてはこう書いているのですが、

 規模間格差の是正については、「中小企業の労働生産性が向上し、・・・結果として、規模間格差が縮小していくことが望ましい」としている。「中小企業の生産性向上は、サプライチェーン全体の問題として捉える必要がある」「中小企業に対する取引価格の適正化や人的支援に大企業が積極的に取り組む」としているにもかかわらず、失われた20年の間に大手と中小の絶対額でみた賃金格差がなぜここまで広がったのかについて一切言及せず、マクロでみた賃金格差是正を否定する姿勢こそ、主張の一貫性を欠いているのではないか。
 日本の企業の99%は中小企業である。現存する大幅な賃金水準格差が中小企業における深刻な人手不足の要因となり、労働時間を代表とする働き方の格差にもつながっていることに鑑みれば、サプライチェーン全体の労働条件格差をいかに是正していくのか、そこに向けた考え方こそ示されるべきである。

 これまた「書かれていない」ことを批判している(というか、引用している生産性のくだりでは書かれているようにも思うのだがまあ思うようなことは書いてないということなのだろう)わけですが、それはそれとしてこれって素直に読むと「大手の賃上げを抑制して中小の賃上げの原資を確保せよ」と書いているように読めるのですがいいのかしら。まあ考えてみればそれ以外に方法はないようにも思えるのでそういうことなのかもしれませんが。賃金で閉じずに取引価格の適正化とかまあいろいろ手立てはあるのでしょうが、しかしその相当部分はいずれ賃金に帰するわけでもあって。なおどうでもいいことですが「日本の企業の99%は中小企業である」というのは事実には違いないですがこの手の議論では雇用者数の7割を担ぎ出すほうが適当ではないかと思います。
 あとは個別項目に対する具体的な見解がずらずらと並んでいるのですが、柔軟な働き方の項では、企画業務型裁量労働制の対象業務拡大については「長時間労働につながるおそれがあり、行うべきではない」と一刀両断しているのに対し、あれだけ徹底抗戦した高プロに関しては「万が一、導入される場合でも、本人同意等の手続きや健康管理時間の適切な把握、健康確保措置の着実な履行など厳格に運用することが不可欠である」と条件つきながら導入を容認しているように読めるのは、まあ制度が導入されちゃったんだから仕方ないということなのかな。あるいは、労働界にも一部には容認論から歓迎論までが存在することをふまえた記述なのかもしれません。
 その後もかなりの部分で「連合と共通するが、これこれも書いてほしかった」というパターンが目立ち、まあ気持ちはわからないではないけれど全部は書けないよねえとも思う。もちろん、以下で指摘されているように、

…「報告」では多様性が強調されつつも、前年に取り組みを促していたいわゆる「LGBT」に関する記載がなく、現在も各職場で様々なトラブルが発生している中、違和感を禁じえない。

「これまで書かれていたことが書かれなくなった」ということには一定のメッセージ性があるので、書かれなかったことに留意することも大事だろうとは思います。実際、LGBTについては一言くらい書いてもよかったんじゃないかとは私も思いますし。
 いずれにしても、連合自身の集計結果をみてもここ数年間はそれなりに実態のある有額のベアが実現しており、今年も経団連・経営サイドにその流れが継続しているように思える状況下では、連合としても交渉前に高めのボールを投げるばかりではなく、ある程度は抱きついていくという作戦は十分にありうるものでしょう。時すでに個別労使の交渉は進みつつあるわけで、労使が十分なコミュニケーションのもとに互いに誤りのない合意に至ることを期待したいものです。

日本労働研究雑誌特別号

(独)労働政策研究・研修機構様から、日本労働研究雑誌特別号(通巻703号)をお送りいただきました。ありがとうございます。日本労使関係研究協会(JIRRA)様からもお送りいただきましたが、これは会員で会費を払っているからかな。

内容は例年同様にJIRRAが昨年秋に開催した2018年労働政策研究会議の報告で、このブログでも3回に分けて紹介しております(https://roumuya.hatenablog.com/entry/20180620/p1https://roumuya.hatenablog.com/entry/20180621/p1https://roumuya.hatenablog.com/entry/20180710/p1)。当日参加できなかった部分も含めてあらためて復習したいと思います。

2019年版経営労働政策特別委員会報告/春季労使交渉・労使協議の手引き

経団連事業サービス様から、『2019年版経営労働政策特別委員会報告』(経労委報告)と『2019年版春季労使交渉・労使協議の手引き』をお送りいただきました。いつもありがとうございます。

2019年版 春季労使交渉・労使協議の手引き

2019年版 春季労使交渉・労使協議の手引き

連合が発表直後にさっそく見解を発表しておりますが、それも含めたコメントは追ってエントリを立てて書きたいと思います。

梅崎修・田澤実『大学生の内定獲得』

梅崎修先生から、『大学生の内定獲得-就活支援・家族・地元をめぐって』をご恵投いただきました。ありがとうございます。

編著者の両先生と(株)マイナビによる産学連携調査の結果をまとめた本ということで、2012年~2017年卒の大学生の内定獲得状況を、キャリア意識をはじめ、SNS利用、教員の関与、大学院進学、さらには親とのかかわり、地元志向、兄弟姉妹関係における位置づけ、結婚観などといった幅広い観点から分析しています。ざっと読んだかぎりでは結果は文系/理系、国公立/私立などによって多様なものとなっていて興味深く、研究書なので骨の折れるところが多そうですが、しっかり勉強させていただきたいと思います。