消費税率の話

 あらかじめお断りしておきますがネタです。今朝の日経新聞から。

 2019年10月の消費増税と同時に導入される軽減税率を巡り、コンビニエンスストアの店内飲食への対応が焦点に浮上してきた。コンビニで販売する飲食料品は税率を8%に軽減する対象になるが、最近はイートインコーナーを設置する店が増えているためだ。小売店でも店内で食べるなら税率は10%になるので、軽減税率で買った食品を顧客が店内で飲食しないよう徹底できるかが課題になりそうだ。
…多くのコンビニが消費増税後もイートインコーナーを続けるとみられるが、コンビニと競合する外食業界には、…軽減税率で買った食品が飲食されることを警戒する声がある。外食は持ち帰り品を除いて税率10%が適用されるので、競争上不利になりかねないためだ。
(平成30年10月5日付日本経済新聞朝刊から)

 正直私は税制のことはよくわからないので感覚的な話に過ぎないのではあるのですが、実は私は消費税を上げてもいい、というか消費税率を10%にしてもいいかなと思うところもあって、なにかというと計算しやすいということなんですね。案外これはバカにならないのではないかという気がしていて、価格×1.08という計算はけっこう面倒なのであまりやる気にならず、結果支払の時になって「案外高いな」という痛税感を感じるということが現状あるのではないか。それに較べると「1割増」というのはかなりイメージしやすいので、かえって痛税感は軽減するのではないか…と思うわけです(まあ、そんなこともないかもしれませんが)。
 したがってこの軽減税率というのは私にとってはまったく余計なシロモノであり、これをやるのであれば私にとって税率10%のメリットは完全に失われてしまうことになります。
 そもそもマクドナルドでハンバーガーとコーヒーとフライドポテトを買ってテイクアウト用の入れてもらったけどやっぱり気が変わって店内で食べることにしましたという人がいたとして、店員さんにそこに行って「もう2%の税金をお預けください」とか言わせるのかねという話はこの話が持ち上がったときからあったわけで、そのあたりいまだに全然解決していないということで、10%はいいとしても軽減税率はやめてほしいなあと思います。
 実際問題、私の周囲で(自分のご商売については増税してほしくないという人ではなく)軽減税率そのものがいいと言ってる人というのは公明党支持者の方くらいしか見当たらず、実際海外の事例を見てもうまくいっている例というのはなく、経済学者はじめ有識者の方々はほぼ大反対というまあサマータイムも真っ青な状況なわけですよ。つかサマータイムのほうはそれでも「やってもいいかもしれないけれど時間をかけて議論と準備をしないとね」という人もそこそこいるのに対して、軽減税率はそのものが否定されているわけで、サマータイムのがまだしもかも知らん。でまあ一度入れてしまったら一律税率に戻すのには多大な政治的労力を要することは目に見えているわけで(まあ増税だしな)、そういう意味でも始末が悪い。財務省も「税の三原則は公平・中立・簡素」と言っているわけですし、まあ現実の税制はおよそ簡素とは言えないわけですが(他のふたつはよく知らん)、しかしここはぜひとも簡素に願いたいところです。つか財務官僚のみなさまも手間がかかる上に税収は減るんだから軽減税率には反対じゃないかなあ。まあそれで増税できるなら仕方ないってところなのかな。
 でまあ経団連はなにやってんだとは、正直思うなあ。以前は経団連も軽減税率には否定的で、少なくとも消費税率10%の段階までは単一税率を維持し、低所得者に対しては簡易な給付措置で対応すべきとの立場でした。このほうがよほどまともな考え方だと思いますが、いつのまにか仕方ないねみたいな感じになって、今では軽減税率でコストアップになるんだから別のところでコストアップさせるなみたいな話になっちゃってるんだからなあ。まあいろんなディールがあってという話なんでしょうが、しかしここに関しては今ひとつ出来が悪いなとは思います。

内閣改造

 月曜(1日)夜のテレ東ワールド・ビジネス・サテライトで内閣改造について報じられているのを見てははあと感じ入った件がありましたのでその後のフォローも含めてご紹介したいと思います。1日夜の段階ではこう報じられました。WBSのウェブサイトから。

…閣僚人事では、柴山総裁特別補佐、石田真敏議員、山本順三議員、岩屋毅議員の初入閣のほか、安倍総理を支える二階幹事長の二階派から吉川貴盛議員、桜田義孝議員、片山さつき議員の三人の初入閣が固まりました。一方、総裁選で争った石破派に所属する齋藤農水大臣は交代。また、沖縄県知事選での敗北を受けた人心一新として福井沖縄北方担当大臣も交代の方向です。安倍総理はすでに麻生副総理兼財務大臣、茂木経済再生担当大臣など主要閣僚の留任をすでに決めていています。
http://www.tv-tokyo.co.jp/mv/wbs/newsl/post_163691/

 翌日(2日)朝刊になると少し情報が増えています。WBSの放送後の情報でも翌日の朝刊に間に合うんですね。

 安倍晋三首相は2日の内閣改造自民党役員人事で総務相石田真敏氏、防衛相に岩屋毅氏、復興相に渡辺博道氏を初入閣させる。
(平成30年10月2日付日本経済新聞朝刊から)

 となっており、記事の3人と留任の6人を除く他の9人は「ポスト未定」と報じられました。ウェブニュースをみるかぎりでは、その後どうやら山下法相、柴山文科相、片山地方創生相の順に決まったように見えます。
 ということでなにがははあかというと、組閣のプロセスとしてまずは「誰が入閣するか」を決め、その後に「どの大臣ポストに起用するか」を決めているわけですね。まことに日本企業のメンバーシップ型人事管理に通じるプロセスだなあと感じ入ったわけです。
 でまあこれに関しては派閥の意向がヘチマとか総裁選の論功行賞が滑った転んだとか論評されていてこれまた日本企業の人事管理こらこらこら、いやそれはどうでもいいんですが、これで適材適所といえるのか、という指摘はそれなりにもっともなもののように思えます。適材適所というからにはそのポストが務まる人を「ポストありき」で任命すべきであり、ポストと無関係にまず人を決める「人ありき」では適材適所にならないのではないか、という話です。
 これについてはしかしそうならざるを得ない事情というのもあるものと思われ、なにかというとポストの数を適任者の数が上回っているといういつもの話です。内閣改造前にはこんな報道もされていたわけで、

 首相は26日、ニューヨークでの記者会見で10月2日に内閣改造・党役員人事をすると表明した。「しっかりとした土台の上にできるだけ多くの皆さんに活躍のチャンスをつくる」と述べた。
 処遇が難しいのが衆院当選5回以上、参院当選3回以上で閣僚経験のない待機組だ。党内に70人あまりいる。前回の2017年8月の改造の際は約60人だった。第2次内閣発足以降「適材適所」の方針の下、経験者を重視してきたため留任や再登板が相次いでいる。
(平成30年9月28日付日本経済新聞朝刊から)

 こういう当選回数で候補者を決めるやり方というのもいかにも年功的ですが、まあひとつの目安にはなるのでしょう。衆院当選5回は連続5回とすると2005年の郵政解散以来になるので、すでに13年の国会議員経験があることになりますし、参議院当選3回は連続3回とすると2013年に3選された人は17年、2016年に3選された人でも14年のキャリアを有することになるわけで、とりあえずこれだけの経験を積めば大臣が務まるように人材育成していますということなのでしょう。まあ本当に質保証に成功しているかについては過去の大臣をみるとちょっと怪しいんじゃねえかという例もこらこらこら、まあ長い間には多数の大臣がいたわけですし大臣候補はもっと多いだろうことを考えれば中にはそういうこともあるのかも知らん。まあいろいろだよな。
 それはそれとしてどんなポストであっても最初から完璧にできるなどということはなかなか考えにくいわけで、大臣のような重責であればますますそうでしょう。人事というのは当然に人材育成の観点が入ってくるわけで、あえてあまり経験のない分野のポストにつけることも往々にしてあります。もちろんこれは厳密な適材適所とは異なるものでしょうが、まあ広義には適材適所のうちだと考えることもできるでしょう(まあ国務大臣の人事がそれでいいのかという議論や、個別にどの程度適任かという話は別途あるだろうと思いますが)。
 加えて人事管理の側面からは「少数のポストに多数の候補」という状況でいかにモチベーションを落とさないかという話はあり、やはりまったくチャンスが得られずにいつまでも候補のままですという人が多くなるのは組織として望ましい状態ではないでしょう。そういう意味では首相が今回の人事について「できるだけ多くの皆さんに活躍のチャンスをつくる」と発言しているのは人事管理の面からはうなずけるところです。でまあそのチャンスをものにして政界でのし上がっていく人というのもいる一方で結果的には大臣の器ではなかったかという人というのもいるわけで、まあこのあたりも民間企業の人事と同じだなと思うわけですが、しかしあまりに不適材不適所な人事になるとその被害を被るのはわれら国民であるというのがツラいところですが…。
 なお今回の個別の人事については私としてはなんとも評価できません。まあ、実際に仕事をしてみての結果で嫌でも評価されるわけなので、それを待つしかないのでしょう。選挙で選ばれて誰に雇われているわけでもない国会議員の世界でも人事ってのは案外企業と似ているもんだなあと思ったので書いてみた、まあははあという話ですね。

「またしても就活ルール騒動」フォロー

 先日のエントリに関して読者の方から情報提供をいただきましたのでフォローを書こうと思います。例の中西経団連会長の「就活ルール見直し」発言ですが、経団連のウェブサイトにある記者会見要録ではこのようになっています。

 経団連が採用選考に関する指針を定め、日程の采配をしていることには違和感を覚える。また、現在の新卒一括採用についても問題意識を持っている。ネットの利用で、一人の学生が何十社という数の企業に応募できるようになった。企業が人材をどう採用し、どう育成していくかということは極めて大事なことであるが、終身雇用、新卒一括採用をはじめとするこれまでのやり方では成り立たなくなっていると感じている。各社の状況に応じた方法があるはずであり、企業ごとに違いがあってしかるべきだろう。優秀な人材をいかに採用するかは企業にとっての死活問題である。
 今後の採用選考に関する指針のあり方については、こうした私の問題意識も踏まえて、経団連で議論することになる。日程のみを議論するのではなく、採用選考活動のあり方から議論したい。その際、就職活動の現状について、学生がどう感じているか、真摯に耳を傾けることも当然だ。
http://www.keidanren.or.jp/speech/kaiken/2018/0903.html

 これを読んだ限りではまあありがちな問題提起ですし、経団連指導力不足を率直に認めている点にはむしろ好感を覚えるわけですが、情報によるとこれは記者の方が中西会長のNewsPicksのインタビュー記事を踏まえた質問をしたことに対する回答だったようです。なんか唐突感があるなあと漠然と思っていたのですが伏線があったのですね。
 さて実は私のNewsPicksに対する評価というのはあまり芳しいものではなく、なにかというと無料試用するにもクレジットカード情報を求められる(放置すると自動的に課金される)というのもあるのですがなにより無料公開されている読者コメントの程度があまり良好でないというのが最大の理由で、いやこの無料のコメントを読んで関心を持った人を有料記事に誘導しようというビジネスモデルなんでしょうがその読者コメントがこれでは有料記事にカネを払う気にはとてもならないねえと思っているわけです。
 でまあ今回はありがたいことに読者の方から記事内容についても情報をご提供いただきましたのでそれをもとにコメントを試みようと思います。まあ有料記事なので一定の配慮は必要かと思いますので若干伝わりにくいものがあろうかと思いますがご容赦ください(なおご提供いただいた情報もたぶん全文ではなく要約ではないかと推測しています)。さて。
 まず就活ルールの話の前段として人事管理の一般論があるのですが、中西氏のご意見というのは、例によって私が雑駁に要約すると以下のようなもののようです。

・年功で自動的に昇進・昇給するのはおかしい。
・社長就任後に社員から「昇進しても賃金が上がらないから昇進しないほうがいい」という声を聞いて危機感を持った。意欲をもって成果を上げたら昇進・昇給する文化をつくるために職種別の市場価格で報酬を支払うグローバルスタンダードを導入した。結果、反論する人は出ず、昇進への意欲が高まった。
・銀行でこうした制度がうまくいくかどうかはわからない。

 「昇進しても賃金が上がらないから昇進しないほうがいい」については、前段(昇進しても賃金が上がらない)は職能資格制度においてはよくある話で、賃金に紐づいている社内資格が変わらないままにポジションが上がるとそうなります。でまあ外部から見れば明らかに昇進であってみな「おめでとう」と祝福し本人も喜んでいることが多いわけですが、賃金が変わらないままに仕事が忙しくなり責任も重くなるというのも事実ではあります。これをみて後段のように思う人もいなくはないでしょう(現実には中期的なキャリアなどを重視して「それでも昇進したい」という人のほうが多かろうとも思いますが)。もちろん逆もあるわけで、まあそういう年齢になったから後進に道を譲りなさいということで管理職ポストを外れたりすると、仕事は一気に楽になるけれど賃金は減りませんという話になるわけだ(でまあそれを喜んでいるかというとそうでもない人の方が多いんじゃないかというのも同じ話です)。
 まあ一長一短ある話なので良し悪しではあり、中西氏も「銀行でどうかはわからん」と言っておられるとおりなのですが、とりあえず日立製作所はじめ電機各社はこれはあまりよろしくないという認識のようで、古くは1990年代後半以降賃金制度の試行錯誤を繰り返してきたことは周知のとおりです。今回のこれもさほど目新しい話ではなく、おそらくは2014年の制度変更のことだろうと思われます(社長就任が2010年なので時期的にも符合します)。具体的には、まだ日経の記事が生きていましたので引用しますと、こういうもののようです。

 日立製作所は26日、国内管理職の約1万1000人を対象に世界共通の基準に沿った賃金制度を10月から導入すると発表した。月例賃金は職務や職責の重さ、賞与は個人業績の目標達成度で決め、年功的な要素は廃止する。重電の世界再編が加速するなか、人材面の国際競争力の向上が狙い。2011年度に着手した世界共通の人事制度の構築がこれで整う。
 新賃金制度は職務や個人業績の評価を反映させる仕組みを全面的に導入する。従来は報酬の約7割が過去の実績をベースとする職能給、残る3割がポストに応じた職位給だった。
 日立は米ゼネラル・エレクトリックや独シーメンスに対抗し優秀な人材を育成・獲得するため、12年度にグループ会社約950社の約25万人の人事情報データベースを構築した。13年度に課長級以上の5万ポストについて職務や職責の大きさを示す格付けを共通化するグローバル・グレード制度を導入。海外ではそれに応じた賃金制度を順次採り入れており、国内にも適用する。
 今後は日立本体からグループ会社に広げるほか、実際に新制度の運用で優秀な人材の獲得や育成につなげられるかが問われることになる。
https://www.nikkei.com/article/DGXLASDZ26H25_W4A920C1EAF000/
(2014/9/26付)

 これ以降に日立さんが賃金制度を大きく変えたという話は(私が知らないだけかもしれませんが)聞いたことはないのでこれが最新という前提で話を進めますと、これは管理職対象の話なので基本的に新卒採用とは無関係のはずです。また、こうした人事管理(一定以上の経営職層についてはグローバルに原則として同一の制度を適用する)は日立・電機のほかグローバルに事業展開している大企業では比較的一般的に見られるものですが、逆にいえばそうでない企業ではあまり見かけない話でもあるわけで、日本企業に一般的に言える話でもないわけです。
 一方でインタビューを読むと中西氏としては新しいこと、従来と違うことに主体的に取り組む人材が不足しているという問題意識があるようであり、それが記者会見での「終身雇用、新卒一括採用をはじめとするこれまでのやり方では成り立たなくなっていると感じている」という発言につながっているフシはあります。新卒一括採用だから人材が画一的になり、従来と違うことはしてはいけないという組織の雰囲気になっているのではないかとう問題意識でしょうか。日立さんとしてはもっと職種限定・職務給的な中途採用を拡大したいとの意図があって「各社の状況に応じた方法があるはずであり、企業ごとに違いがあってしかるべき」という話になるのでしょう。
 ただまあこれは一歩違えば「確立した労働市場慣行を個社の都合に合わせて変えてほしい」という要請にも聞こえてしまうわけで、まあこのあたりは数年前に日本貿易会がいろいろ主張していたことを思い出すような話ではあります(このあたりの話ですねhttps://roumuya.hatenablog.com/entry/20100924/p2。右の検索窓に「日本貿易会」と入れればフォロー記事もみつかると思う)。
 そこで中西氏は就活ルールについて不満を表明されるわけですが、

経団連の指針はやめればいい。なぜ経団連がやらなければいけないかわからない。政府にやってくれと言われるからやっているだけ。
経団連内部でも指針や新卒一括採用そのものに対する不要論が多い。新たな在り方を示すのが経団連の役割。
・私はこの仕事をしたい、と興味を持ったときにその仕事を求めて企業を訪れるというのが本来の就活ではないか。

 まあ上記の経緯で就活スケジュールが後ろ倒しされた際には(結果混乱して翌年また前出しされたわけだが)最終的には安倍首相の要請という形をとっていたわけでさすが日本貿易会の政治力たるものこらこらこら、それで経団連も叩かれたりしていたわけなのでまあ政府に言われて嫌々やってんだよという気分になるのもわからないではありません。ただまあ実際に過去あれこれやった結果なにが起こったかというと中西氏のいわゆる「私はこの仕事をしたい、と興味を持ったときにその仕事を求めて企業を訪れるというのが本来の就活」とは正反対の早期化であり、結果的に学生さんにも学校さんにも多大なご迷惑をかけたわけですよ(現実にはご迷惑をかけた企業の多くは経団連の非会員なので同情しなくもないのですが逆に言えば影響力はそんなもんだということでもある)。このあたり制度を変えることで企業や人々の行動を意図するように変えるというのは非常に難しいといういつもの話だろうと思います。少なくともこれに関しては短期的にはむしろ弊害のほうが強く出るというのが過去の経験であって、したがって大学サイドからは(大筋)従来どおりでお願いしたいという話が出るわけであり(学生さんたちが就活ルール廃止を望んているのかという問題もありますし。まあどちらもあるでしょうが)、経団連がやらないなら行政でやりますかみたいな方向に進んでもいるわけです。
 ということで、とりあえずNewsPicksのインタビューのような趣旨でおやりになるのであれば先般の日本貿易会の際と同様日立さんが独自におやりになればどうですかという話ではなかろうかと思います。もちろん、経団連として望ましい新卒就職の在り方について議論し取りまとめるということは大切な取り組みだろうと思いますし(今のままで問題ないという人も多くないでしょうし)、それを踏まえてルールの変更を働きかけるというなら経団連の役割として非常に理解できる話です。ただまあ(そりゃ会長ですからそれなりの忖度もとい配慮は働くでしょうが)中西氏も銀行に配慮していたように日立さんの意図どおりまとまるかどうかは別の問題であり、また経団連がまとめたところで非会員がそれに納得するかはさらに別の次元の話でしょう。それを考えると(まあ会長が言うのですからそうせざるを得ないというのはわかるのですが)、経団連として就活ルールに関与しなくなるのが本当にいいのかも若干の疑問なしとはしません。さてどうなりますことやら。

日本労働研究雑誌10月号

 (独)労働政策研究・研修機構様から、日本労働研究雑誌10月号をお送りいただきました。いつもありがとうございます。
www.jil.go.jp
 今号の特集はなんと「男性労働」。金野美奈子先生の解題にいわく「労働研究はもともと男性労働研究だったともいえるが,そこでの「男性」はいわば一般的,標準的,規範的働き方を体現する存在にすぎず…従来自明視されてきた前提の変化,働き方モデルの揺らぎが…男性の働き方…組織,家族,社会のあり方はどこへ向かうのか」という問題意識とのことで、たしかに従来の前提がかなりの程度強固であっただけに、その揺らぎのもたらす影響は大きいというか読みにくいものがあるのでしょう。たいへん意欲的な特集であり、寄せられた論文も興味深く、しっかり勉強させていただきたいと思います。その他、巻末の連載にもドイツにおけるデジタル争議(ロボットのストライキの可能性を含む!)を考察した論文の紹介や米国における労働法・労働法研究の衰退と地方政府による補完的取り組みの紹介といった興味深い海外情報が含まれています。
(ところで、はてなダイヤリーにあった「はまぞう」による書籍のリンク挿入はこちらにはないのかな?まあ調べてみよう)

毎月勤労統計調査

 お訊ねをいただきましたので簡単にコメントしたいと思います。もちろん統計については素人で詳細に論じることはできませんのでそのようにお願いします。
 さてこれに関しては先月西日本新聞が「ローテーション・サンプリングに変更したら賃金上昇率が高くなった」みたいな記事を掲載していて何の話だろうと思ったところ案の定追随も続報もなかったのでまあそうだろうなあと思っていたわけですが、西日本新聞の親分(?)格である東京新聞が週末にこんな記事を掲載していたわけです。

 厚生労働省が今年から賃金の算出方法を変えた影響により、統計上の賃金が前年と比べて大幅に伸びている問題で、政府の有識者会議「統計委員会」は28日に会合を開き、発表している賃金伸び率が実態を表していないことを認めた。賃金の伸びはデフレ脱却を掲げるアベノミクスにとって最も重要な統計なだけに、実態以上の数値が出ている原因を詳しく説明しない厚労省の姿勢に対し、専門家から批判が出ている。
 問題となっているのは、厚労省が、サンプル企業からのヒアリングをもとに毎月発表する「毎月勤労統計調査」。今年1月、世の中の実態に合わせるとして大企業の比率を増やし中小企業を減らす形のデータ補正をしたにもかかわらず、その影響を考慮せずに伸び率を算出した。企業規模が大きくなった分、賃金が伸びるという「からくり」だ。
 多くの人が目にする毎月の発表文の表紙には「正式」の高い伸び率のデータを載せている。だが、この日、統計委は算出の方法をそろえた「参考値」を重視していくことが適切との意見でまとまった。伸び率は「正式」な数値より、参考値をみるべきだとの趣旨だ。
 本給や手当、ボーナスを含めた「現金給与総額」をみると、七月が正式の11.6%増に対し参考が0.8%増、六月は正式3.3%増に対し参考1.3%増だった。実態に近い参考値に比べ、正式な数値は倍以上の伸び率を示している。
 厚労省がデータ補正の問題を夏場までほとんど説明しなかった影響で、高い伸び率にエコノミストから疑問が続出していた。統計委の西村清彦委員長は「しっかりした説明が当初からされなかったのが大きな反省点」と苦言を呈した。
 SMBC日興証券の宮前耕也氏は「今年の賃金の伸び率はまったくあてにならない」と指摘した上で「影響が大きい統計だけに算出の方法や説明の仕方には改善が必要」と提言している。 (渥美龍太)
<毎月勤労統計調査のデータ補正> 厚生労働省が一定数の企業を選んで賃金などを聞き取るサンプル調査。対象になった大企業や中小企業の割合は世の中の実態と誤差が出るため、総務省が数年ごとに全企業を調査したデータを反映させ、補正する。賃金の伸びを正確に把握するため、このデータを更新した年は過去の分も補正し、連続性を持たせてきたが、今年は「統計改革の一環」(厚労省)として補正をしていない。その結果、規模が大きい企業の割合が多い2018年と少ない17年を比べることになり、賃金の伸び率が実態よりも大きくなった。
(平成30年9月29日東京新聞朝刊から)

 これに関してはこの分野では最強の専門家である大正大学の高原正之先生がツイッターで連投しておられるのが参考になりますのでまずご紹介します。

Takahara Masayuki @m_takaharasan 9月30日

東京新聞:厚労省の賃金統計「急伸」 実態表さずと認める 政府有識者会議:経済(TOKYO Web) http://www.tokyo-np.co.jp/article/economics/list/201809/CK2018092902000129.html …「サンプル企業からのヒアリングをもとに毎月発表する「毎月勤労統計調査」は誤解を生む。調査票を用いた調査である。
https://twitter.com/m_takaharasan/status/1046221768103522304

Takahara Masayuki @m_takaharasan 9月30日

調査票はこちら。https://www.mhlw.go.jp/toukei/chousahyo/maikin-zenkoku.pdf
(続)
https://twitter.com/m_takaharasan/status/1046222034878058496

Takahara Masayuki @m_takaharasan 9月30日

「政府の有識者会議『統計委員会』」も、妙な表現。統計委員会は統計法に基づき設置されている公式の委員会。権限は強く「有識者会議」というようなものではない。もちろん、委員の方々はご自分の専門分野で有識者ではある。統計法の概要はこちら。http://www.soumu.go.jp/toukei_toukatsu/index/seido/1-1n.htm …(続)
https://twitter.com/m_takaharasan/status/1046223144791494657

Takahara Masayuki @m_takaharasan 9月30日

「規模が大きい企業の割合が多い2018年と少ない17年を比べることになり、賃金の伸び率が実態よりも大きくなった。」これは二重に奇妙。まず、毎月勤労統計で公表しているのは、日本の平均賃金。賃金が相対的に高い大企業(正確には大事業所)に勤める方が多くなれば平均賃金は高くなる。(続)
https://twitter.com/m_takaharasan/status/1046224100241412096

Takahara Masayuki @m_takaharasan 9月30日

実態がそうなったのであれば、平均値や合計を迅速に示す速報統計である毎月勤労統計の平均賃金が高くなるのは当然。大企業に勤めている労働者同士の賃金比較は、構造統計である賃金構造基本統計で見るのが原則。(続)
https://twitter.com/m_takaharasan/status/1046224781950013443

Takahara Masayuki @m_takaharasan 9月30日

この話はかなりややこしく、分かり易く伝えようと努力された結果であるとは思う。(終わり)
https://twitter.com/m_takaharasan/status/1046225541219667968

 さて記者の方はおそらく28日の統計委員会を傍聴して記事を書かれたものと思いますが、その資料や議事録などはまだ公開されていないので現時点ではなんともいえない部分はあります。ただ、こうした政府の会議体については本委員会の前に分科会や部会などで議論が積み上げられていることが多いわけで、この件についてもさる7月12日に開催された統計委員会国民経済計算体系的整備部会で議論されていました(議事・資料はこちら)。
 こちらはすでに議事録も公開されていて、議題はローテーション・サンプリングへの移行状況の確認ですが、当該部分については厚生労働省の担当官が次のように説明しています。

…平成30年1月の入替えでは、入替え時に2,086円の差が生じましたが、この差が生じた要因は、調査対象事業所の入替えだけではありません。
 毎月勤労統計調査では、最新の経済構造を反映するために、経済センサスなど、全数の結果、信頼できる結果、信頼できる常用労働者数が得られた際に、その数字をベンチマーク、ウエートとして使っておりまして、平成30年1月に入替えに合わせまして、ベンチマークも、平成26年の経済センサス‐基礎調査の結果で、更新いたしております。
 平成30年1月に生じた2,086円の差のうち、295円が部分入替えによるものでして、残りの1,791円は、ベンチマークの更新によるものです。具体的には、ベンチマークの更新によりまして、資料の下の方にありますが、5~29人の規模の労働者のウエートが、旧のサンプル、これまでは43.9%でしたものが、ベンチマークの更新によりまして、41.1%に減少いたしました。その分、規模の大きな事業所の労働者の割合が、増加しております。
 規模の小さい事業所は、給与水準が、若干、相対的に低くて、規模が大きい事業所の給与水準は高くなっております。したがいまして、規模の大きな事業所の労働者のウエートが高まることで、平均賃金は高い方に修正されております。
http://www.soumu.go.jp/main_content/000568758.pdf

 ということで、ローテーション・サンプリングへの移行は差が生じた要因としては大きなものではなく、要因として大きかったのは平成26年の経済センサスにもとづくベンチマーク・ウェートの変更であったということのようです。これに関しては、今回の統計委員会と同日付で厚生労働省のウェブサイトに毎月勤労統計:賃金データの見方(平成30年9月28日)という資料が掲載されており、ていねいに説明されています(おそらくは統計委員会でもこれを用いて説明がされたものと推測)。
 さてこの資料をみると、ベンチマークについては過去にも何回か実施されており、今回の対応は過去の例と異なるものではないらしいことが読み取れます。たしかに頻度は低いものの、しかし厚生労働省にとってはルーチンワークを踏襲したものであるとはいえそうです(過去には今回とは逆に変更の結果低い数字が出たこともあったような)。また、上記で引用した7月12日の部会の議事録の中では、中村洋一部会長代理(法政大学理工学部教授)の「ベンチマークの更新は、今回だけでなく、今後5年ごとに行う必要があり」という発言が記録されており、統計委員会の意思としてもベンチマークが継続的に実施されるべきだとされていることがわかります(まあいわば常に実態に即した統計を行うべきだということでしょう)。ちなみに5年に1回ではなく毎年くらいの頻度で現状より精度の高いベンチマークを行う手法についても検討されているようです。
 さて次に記事のいわゆる「参考値」ですが、これは今年1月分から新たに(昨年はなかった)【参考資料】として毎月算出・公表されている「毎月勤労統計における共通事業所による前年同月比の参考提供について」のことを指しています(部会の資料には5月分までしかありませんが、6月、7月の数値も公表されていて厚労省のウェブサイトで確認できます。ちなみに記事は今回高めに出た数字を正式正式と連呼していますが厚労省の公表資料には「正式」なる語はありません)。これは、有効な回答のあった調査対象事業所の中で、昨年同月の調査でもやはり有効な回答のあった事業所だけで集計を行った結果であり、上記部会において厚労省担当者から「共通事業所の集計におきましては、このベンチマークの更新による影響などを除くために、前年比を計算する際には、前年も、当年と同じ労働者ウエートを使って、計算してあります」との説明がなされています(さらに「今後、集計して、公表する系列を、項目としては、例えば、特別に支払われた給与だとか、所定外給与といったもの、項目を増やして、さらに産業別にも増やして、公表していく」ことも表明されています)。
 その背景としては、上記「賃金データの見方」にもあるように、もとより「統計委員会は「『労働者全体の賃金の水準は本系列、景気指標としての賃金変化率は共通事業所を重視していく』ことが適切」としている」ということがあったわけです。そのために「継続標本(共通事業所)による前年同月比」の参考提供もこの1月から実施しているけれど、項目等も増やしてさらにわかりやすく公表していくことが必要だ、という話になっているわけです。
 なお前回(8月28日開催)の統計委員会に提出された資料「「毎月勤労統計」の接続方法及び情報提供に係る統計委員会の評価(案)」においても、今回の対応は標準的かつ適切なものと評価された上で、以下の注文がつけられています。上記「賃金データの見方」はこれに応えて作成されたものでもあるでしょう。

・新旧指数の接続に関する情報提供を円滑に進め、かつ、継続サンプル系列の利用方法に関するユーザーの理解促進を図る。
・このため、総務省(統計委員会担当室)の協力を得て、①新旧指数の接続、②継続サンプル系列の利用方法、などに関する分かりやすい説明資料を作成し、次回の統計委員会に提出する。
http://www.soumu.go.jp/main_content/000571394.pdf

 ということで記者さんはまあ仕方ないとして(失礼)、エコノミストのみなさまがあまりブウブウ言われると厚労省の担当官としては「不十分だったかもしれないけど1月から継続標本の集計結果を提供してますよね…?」と言いたくなるかもしれません(まあ実際サンプル替えによる押し上げ効果に留意が必要、としているレポート類も多々ありますし)。あとこれは私はこの記者さんは本当によくがんばられたなと思うのですが記事の文章自体は(まあ正式を連呼したり「からくり」とか言ってみたりはしているのだが)かなり客観的なものになっていると思います。ところが残念なことに記事に添えられた挿絵がいかにも「国民を欺いている」ことを示唆しようとの意図がありありであーあという感じです。
 というか、ウェブ上をざっと見た限りでもこれについて「官僚が忖度して官邸に都合のいい数字を作った」「統計も恣意的に捏造されている、政府の発表はすべて信用できない」みたいな言説がうじゃうじゃ見つかるわけでみなさん統計をなめすぎだと思います。実際にはローテーション・サンプリングについては3年近く前から検討されていてもっと早くできないのかと言われていたくらいの話であり、ベンチマーク変更も経済センサスの結果発表後サンプル替えにあわせて実施したものであって恣意的に時期が決められたわけではありません。結果が高すぎるという指摘についてもまさに上で見たように統計委員会やその部会においてきちんと検証され評価されて、所要の対応も求められ実施されているわけですよ。特に毎月勤労統計調査は「平成二十五年度労働時間等総合実態調査」とかと違って統計法に定められた基幹統計であって、設計も運用も評価もしっかり行われており、官僚の恣意がそうそう簡単に入りにめるようなものではないはずです。もちろん完璧な統計など望むべくもないわけですし、正直リソーセスに限界のある中でやれることにもやはり限度があるだろうとも思いますが、統計に携わる方々にはこういう雑音に惑わされることなく(まあ惑わされるわけもないとは思うが)、その改善に取り組んでいただくことを期待したいと思います。いや本当に統計はあらゆる政策の基礎ですしね。

吾妻橋氏と高年齢者雇用

 先週の記事なのでかなり旧聞ではあるのですが、9月21日の日経新聞朝刊「大機小機」欄に、常々労働・社会保障問題について鋭く論じる「吾妻橋」氏が登場しておられましたので、ご紹介かたがた感想を書こうと思います。お題は「改革を忘れた高齢者雇用対策」です。

 安倍政権の労働政策は、痛みを伴う制度改革に踏み切るのではなく、首相が経団連に賃上げを求めるなどの市場介入型が目立つ。またひとつ、市場介入型が加わるようだ。企業に対する再雇用義務を、現行の65歳から70歳に引き上げることが報道された。
 年金財政が逼迫するなかでは、年金支給開始を70歳に引き上げることは避けて通れない。労働力の不足が続く以上、高齢者の雇用機会の整備も当然、必要だ。しかし、多くの矛盾を抱える現行の雇用慣行を前提に、更なる高齢者の雇用を企業に義務付けるのは安易すぎる。
 個人の仕事能力の差は年齢とともに拡大する。定年後も現役以上に働ける者がいる半面、意欲に乏しい者も少なくない。そもそも、年齢を理由に一律に解雇する定年制は、多くの先進国では「年齢による差別」として禁止されている。この定年制を放置したまま70歳まで一律に再雇用することは、悪平等主義だ。
 終身雇用のもとでは、大企業に入社すれば定年まで高賃金が保障される。再雇用義務を70歳に延長すれば、中小企業や非正規社員との生涯賃金格差はさらに拡大する。雇用の流動性も損ね、活力の乏しい社会を生み出すだけとなる。
 現行の働き方を企業が改革しようとする場合には、既存の働き方を前提とした退職金優遇税制や、裁判官の恣意性の大きな判例が障害となる。これを多様な働き方に対して中立的な仕組みに改革することが、政府の本来の役割である。
 そのためには、過度に勤続年数に捉われない同一労働同一賃金を徹底し、少なくとも40歳代以降の年功賃金を抑制することが必要だ。また、仕事意欲の乏しい社員を十分な金銭補償によって解雇できるグローバルスタンダードの紛争解決ルールも導入すべきだろう。こうした施策で、企業が定年制を廃止できる環境を整備することが、高齢者雇用を促進する基本である。
 もっぱら企業の負担で高齢者の雇用を維持する政策は労働組合などからの反発も受けず、政権維持には都合がいい。しかし、せっかくの長期安定政権が、高齢化に対応した抜本的な改革につながらないなら残念というほかない。後世「失速したアベノミクス」との烙印を押されないだろうか。

 全体を通じてみると、今回はなぜかきつめの表現が目立つので言い過ぎ感がかなり漂っているのですが、問題提起と方向性は基本的には的確だろうと思います。あとは現実・実態に配慮しながら実際にどう進めていくのかという具体的な方法論が重要でしょう。
 ことの発端は安倍首相が日経新聞のインタビューで「評価・報酬体系の整備を進めて65歳以上への継続雇用年齢の引き上げを検討する」という発言で、それを受けて未来投資会議と経済財政諮問会議で検討する方針が打ち出されたと報じられています。吾妻橋氏も指摘するとおり「年金財政が逼迫するなかでは、年金支給開始を70歳に引き上げることは避けて通れない。労働力の不足が続く以上、高齢者の雇用機会の整備も当然、必要だ」ということになるでしょう。特に年金財政上は現在では給付を受けている60代後半が保険料を負担する方に回るわけで、入りと出の上下で効いてくるのでその効果は大きいものがあります。
 とはいえ、現状の65歳継続雇用義務を単純に70歳まで延長するのはさすがに無理があるとしたものでしょう。現状の定年後5年であればまだしも、10年間も再雇用でつなぐというのは人事管理上も難しいでしょうし、吾妻橋氏も指摘するとおり高年齢者の多様性に適切に対応することもできないでしょう。年功賃金を維持したままでさらに雇用義務を延長するのは無理だというのもご指摘のとおりだと思います。まあ悪平等だというのはやや厳しい表現だとは思いますし、定年制を前提しながら「終身雇用」という語を用いるのは吾妻橋氏にしてはめずらしい誤用ですが(過去何度も書いていますが現行程度の定年がある以上は終身≒死ぬまでではない)、これはまあ編集が介入して人口に膾炙した語に差し替えたのかな。あるいは氏ご自身が空気を読んだのかもしれません。
 いずれにしても、60代後半の多様性に対応するには60歳まで雇われていた企業で雇われ続けるという選択肢だけでは不十分なことは容易に推測され(現状の60代前半でも困難があるという声あり)、それを考えると過度に年功的などの足止め効果のある賃金制度は修正すべきでしょうし、雇用の流動性を損ねることが望ましくないこともご指摘のとおりです。退職金優遇税制も見直しが必要でしょう(まあこれについては経済界はかつて拡充を求め続けてきた経緯があるので自業自得ではあるのですが)。「裁判官の恣意性」に関しては労働事件の個別性・多様性を考えるとかなりの程度はどうしても存在せざるを得ないだろうと私は考えますが、もちろん予見可能性が高いほうがいいという一般論には賛同するところです。まあ現実的には労働審判などのADRを拡充して裁判所に持ち込まれる前に解決できる道筋を増やすのが適切だろうと思います。
 「過度に勤続年数に捉われない同一労働同一賃金を徹底」という一見すると不思議な文もそうした文脈であれば理解できるわけで、要するに今般の働き方改革で提起された日本型の「同一労働同一賃金」、職務給的な均等ではなく均衡、バランスを重視した「同一労働同一賃金」を徹底するという趣旨であれば、なるほど「少なくとも40歳代以降の年功賃金を抑制することが必要」ということになるでしょう。
 続く「仕事意欲の乏しい社員を十分な金銭補償によって解雇できるグローバルスタンダードの紛争解決ルールも導入すべき」というのは、連合などが「手切れ金解雇ガー」と反応しそうなところですが、この文脈であれば十分に理解できるものです。つまり吾妻橋氏は前段で「個人の仕事能力の差は年齢とともに拡大する。定年後も現役以上に働ける者がいる半面、意欲に乏しい者も少なくない」と書いているわけで、高年齢者の多様性に対応するための方法論としては十分考えられるだろうと思うわけです。60代前半の継続雇用を検討する際にも議論がありましたが、企業は必ずしも就労させることを要するとするのではなく、適切な水準のつなぎ年金の支給と言った金銭的な対応も可能としようという話ですね。これはさらに多様性の増す60代後半ではより可能性も大きくなる話であり、実際、人によっては働き続けなければ収入がなくなるよりはつなぎ年金を受けられるほうがありがたいということも十分ありうるでしょう。これも「金銭補償によって解雇できるグローバルスタンダード」とかいうキツい表現をするから反発を招くのではないかなあと余計なお世話を書く私。なお私としては金銭解決についてはまず「解雇不当の場合の解決手段の多様化」だと思っているのですが、経済学的には不当であってもなくても変わりはないということであるらしく、まあそうなのかもしれません。私としては不当か否かは解決金の水準に影響する可能性があると思っているので現実社会ではまた話が違うのではないかなどと思っているわけですが。
 「企業が定年制を廃止できる環境を整備することが、高齢者雇用を促進する基本」というのは、こちらは経済界からの反発がありそうな主張ではありますが、まあ生涯現役社会とか、なるべく高齢まで働き続けることができるとかいう理念としてはそのとおりなのでしょう。ただし具体論としては段階的な取り組みは必須なはずで、私としてはまあまずは65歳定年が第一段階じゃないかなあと思います。現状でもすでに本人が望まない限りは65歳継続雇用が義務化されて5年以上経過しているわけで、それなりに運用も安定してきているでしょう(そういえば「未来投資戦略2018」には定年後継続雇用の処遇の在り方とか書いてあったな)。これができれば定年後5年の再雇用で70歳という道筋も見えてくるわけで、65歳の時と同様にまずは労使による基準制度を活用するなど段階的に進めていくことが望ましいと思います。もちろん、60代前半以上に多様性が大きいことを考慮すればさらに幅広い取り組みが必要であり、企業間移動や雇用によらない働き方による仕事の確保のための施策や、上記のようにつなぎ年金などの雇用以外の方法も検討されるべきだろうと思います。でまあやはり同様に全員70歳継続雇用→70歳定年と進んで、定年制廃止はまあその先の話じゃないかなあ。なおこれについては当然ながら使用者サイドが持ち出す話でもない(まあ労働力不足の問題はあるので持ち出されれば乗り目は大きいと思いますが)ので、まずは労働サイドが精力的に取り組むことを期待したいと思います(いや余計なお世話ですしとっくにやっているという話かもしれませんが)。
 でまあ最後まで「「失速したアベノミクス」との烙印」と手厳しい表現が続くわけですが、まああれかな首相が唐突に市場介入型の方針を打ち出したので若干憤慨されているのかな。まあわからないではない。なお最後に吾妻橋氏とは関係ありませんが一言書いておくと上記のように報道によれば未来投資会議と経済財政諮問会議で検討する方針とのことなのですが、これどちらも労働界の人が入ってないんですよねえいいのかしら(経団連会長はどちらも入っている)。まあ実際の議論はワーキンググループとか作業部会とかを作って労使が加わって詰めていくのだろうとは思いますが、いや本当にいいのかそれで

JILPT政策フォーラム「働き方改革とテレワーク」

 昨日開催されましたので聴講してまいりました。JA共済ビル1階のカンファレンスルームを全室打ち抜いた300人規模の会場でしたが満席の大盛況で、このテーマへの関心の高さをうかがわせるものがありました。
 構成としてはまず早大の小倉一哉先生の基調講演があり、続いてJILPTの池添弘邦主任研究員によるJILPT調査の紹介、さらに民間企業3社による事例報告があり、最後にhamachan先生こと濱口桂一郎JILPT研究所長のコーディネートで登壇者全員によるパネルディスカッションという流れでした。
 まず小倉先生の基調講演ですが、コミュニケーションを遮断することで生産性を向上させる「集中タイム」の事例を紹介され、テレワークには通勤負担の軽減やワークライフバランスなどに加えて「集中タイム」のような業務集中による生産性向上や、大規模災害時の事業継続における有効性といったさまざまな大きなメリットがあることを紹介されました。そのうえで、出勤しなけれはできない仕事はあるものの、在宅/テレワークが可能な仕事は情報通信技術の各段の進歩もあって相当規模で存在するにもかかわらずわが国でテレワークがあまり普及していない最大の理由として企業の「食わず嫌い」を指摘されました。
 いわく、テレワークが可能な仕事であってもそれにともなう問題点やデメリットは存在するものの、一定の投資や管理の改善で対応は可能なことが多く、そのコストに較べるとメリットのほうがはるかに大きい。それにもかかわらず導入が進まないのは、旧来型の仕事の進め方や価値観にとらわれた経営者や幹部が「できない理由を並べて」抵抗するからではないか、とのご指摘でした。そして今後の普及に向けては、実態として先行事例においても信頼できる人だけが対象とされていることが多いことを踏まえ、「この人ならテレワークをやっても大丈夫」という人だけでも試行的に実施してみるべきだと述べられました。
 池添先生の研究報告はJILPTが2014年10月に実施した調査の紹介で、まず在宅勤務を会社制度として実施しているのは1.7%、モバイルワークを含むテレワークにまで広げても3.5%と少数であり、「上司の裁量・習慣として実施」というやや怪しい?ところまで広げてもそれぞれ5.6%、13.2%にとどまっているという実態が紹介されました。まあこのあたりはすでに4年前の話なので、現状ではもっと拡大しているのかもしれません。
 実施部門をみると営業などの典型的な部門に限らずホワイトカラー全般に広がっており、その目的としては生産性の向上、移動時間の行為率か、ワークライフバランスが大きいのですが顧客満足や人材確保などもそれなりに上げられていました。
 その他目についたところをご紹介しますと労働時間については月180時間未満(日当たり残業1時間未満相当)がほぼ半数で、240時間以上(一時期目の仇にされていた「週60時間以上」相当)も7.6%いるものの、テレワークしない人に較べて長くはないとのことでした。メリットとしては従業員調査では「生産性の向上」を過半が上げている一方で育児・介護(5.5%)、家事(7.9%)といったワークライフバランス系の回答は少なく、まあこのあたりは育児・介護・家事に従事する人の割合がそれほど高くないという事情もあるのでしょう。通勤負担や顧客満足も15~16%があげています。デメリットとしては「仕事と仕事以外の切り分けが難しい」というのが最多で4割近いのですが、「特にない」も3割近くあり、「長時間労働」は2割程度となっています。今後の意向も「現状」が3分の2を占めていて満足度も高いようです。
 ということで、まとめとしては週1~2回の在宅勤務では問題は発生していないものの、本人ニーズによるもののなので性善説に基づく対応が必要であり、法令遵守などの面で予見可能性の低い中ではやはり信頼関係が形成されていることが必要だと指摘されました。
 続いて民間企業3社の事例報告があり、まず日本航空は経営再建後の生産性向上・労働時間短縮策として実施されたとのことで、特徴的なものとしては理由不問で在宅勤務が利用できることと、長期休暇中であっても一部テレワークで業務参加する「ワーケーション」を推奨している(「2時間の会議のために5日間のバケーションを断念することのないように」とのこと)などがあるようです。これに対して損保ジャパンは生産性向上を掲げつつも業態を反映してかダイバーシティ・マネジメントを通じてという取り組みのようでした。味の素の例で目をひいたのは生産現場でも在宅勤務を実施しているという話で(これはご登壇の先生方も驚かれたようです)、まあ確かに生産現場といってもデスクワークはかなりの量で存在するわけで、そのあたりを在宅でやろうとすれば十分できるのでしょうが、しかしそこまでやるという意気込みというかこだわりには感心させられました。
 パネルディスカッションでは質疑応答が中心でしたが印象に残った点をいくつかご紹介しますと、制度的になにかとグレーな点も残る中ではやはり信頼できる社員にしか適用できないといったような話で「信頼」が何度もクローズアップされていたのは印象的でした。制度が適用される人とされない人との公平感という論点も興味深いもので、生産現場などテレワークが難しい職場の人たちから「テレワークできていいよねえ」といった不公平感があるとのこと。ある企業ではそれに対して「ワークライフバランスが趣旨の一つなら、生産現場には保育施設を設置することで公平感を確保した」という事例が紹介されていました(しかしなにも在宅勤務できるから保育施設は利用させませんという必要もなかろうとも思う。まあ限られたキャパシティの中での優先順位というところでしょうか)。あとは小倉先生がレヴィ=ストロースのブリコラージュやプラトンイデアを担ぎ出して「哲学が大事だ」と強調され、「学者だけど理屈で説得するのはやめた」「とにかく信念をもってやれるところからやるしかない、信頼できる人はいるだろう」と力説されたのは印象的でした。
 内容のご紹介は以上として、最後に若干の個人的な感想を書きたいと思います。
 まず「信頼」が強調されていた点についてですが、テレワーク、在宅勤務では労働時間をはじめ安全衛生や機密保持などいろいろと疑問点は残るわけであり、企業として「こうすれば責任を問われることはない」という基準が明らかではない中では、「とりあえず文句を言いそうにない信頼できる人」を対象にしましょうという話はよくわかります。さらに、より多くのテレワークの成果を得たいと考えるのであれば「テレワークすることで成果が上がりそうな人」を対象にしましょうというのもうなずける話です。ただまあそういう運用をするということはハナから生存者バイアスを作っているようなものだから成果が上がらないわけはないよなとも思いますが、それは大した問題ではないでしょう。
 難しいなと思ったのはそういう運用の中では「テレワーク・在宅勤務している人」というのが一定のシグナルになるのではないかという点で、例によってキャリアとの関係でもあります。「営業職だからモバイル持って外回り先近くのスターバックスでテレワーク」というのはわかりやすいですし、テレワークの対象になる・ならないで特段の文句も出ないだろうと思います。「育児・介護の事情があるから在宅勤務」というのもまあ異論の出にくいところでしょう。一方で、上司なり人事なりの判断で「信頼できる」「成果が出せる」人にテレワークを認めるという話になると、それが「選抜研修を受講」などと同様に人事管理上の一種のシグナルになる可能性もあるでしょう。それを避けるため、たとえば「係長クラス以上」といったような形で間接的に選抜するという考え方もありますが(実際そうしている例も多いと推測)、しかし同期のトップを切って係長に昇進した人と3年、4年遅れて昇進した人と同じでいいのかという話はありそうで、いずれにしても信頼できる人成果が上がる人だけを対象にすればいいかというと必ずしもそうでもない事情というのもありそうにも思えます。まあそういった形でキャリア上のシグナルが出るのはやりにくい、という考え方自体が旧来型の仕事の進め方や価値観にとらわれた食わず嫌いだと言われればそのとおりかもしれません。課長クラスに昇格するならテレワークくらいスムーズにできないのでは困りますというのもわかる話ですし。
 もうひとつは上でも紹介した不公平感という話で、正直これこそが「旧来型の仕事の進め方や価値観にとらわれた食わず嫌い」ではないかと思ったことでした。なにやらプレミアム・フライデーが今一つ盛り上がりに欠いたのは消費活性化に特化せずに働き方改革も相乗りしたからだという話があるらしく、なにかというと旗を振るべき大企業の中には「午後3時に帰れる人と帰れない人がいて不公平になるから」ということで尻込みするケースが間々見られたのだとか(聞いた話なのでどこまで本当かは知りません)。ちなみにフレックスタイム制ではそういう不公平感があまり主張されないのはフレックスタイム制を適用すると残業が減って残業代も減るからだとか。本当かなあ。まあ職種により事業所により違いがあるのは仕方ないのであって、別のところで埋め合わせろという柔軟さがあること自体は好ましいとは思うのですが、しかし他人のメリットが先行するのは許せないという発想だと「やれる人だけでもやってみよう」という話にもなりにくいわけですが…。
 あとはもう少し労働時間管理の話になるかと思ったらそうでもなく、まあ推進サイドの人が集まるイベントでもあり、これを持ち出すような雰囲気でもなかったように思われます(実務家の登壇者が一人だけ「ホワイトカラーの労働時間管理という根本的問題」を指摘していましたが議論にはならなかった)。ということは逆にいえばここがやはりアキレス腱なのかなあという話なのかもしれません。
 まあ実際問題として私自身もまさに「習慣として実施」しているテレワーカー(笑)であり、外回り先近くのフェデックスキンコーズで仕事したりするのは日常茶飯事ですし集中したければ隣のスターバックスに行くし良好な通信環境を求めて兼業先に行ったりもしているわけでそれで特段の不満もない。ただまあこれもキャリア的野心のない野良社員だからある程度自由にやれるという面もあるわけで、このあたりも普及が進めばおのずと方向性が見えてくるのだろうと思います。最初にも書きましたが非常に多数の参加がありましたが、多くの人にとって大きな収穫のあったイベントではなかったかと思います。