JILPT政策フォーラム「働き方改革とテレワーク」

 昨日開催されましたので聴講してまいりました。JA共済ビル1階のカンファレンスルームを全室打ち抜いた300人規模の会場でしたが満席の大盛況で、このテーマへの関心の高さをうかがわせるものがありました。
 構成としてはまず早大の小倉一哉先生の基調講演があり、続いてJILPTの池添弘邦主任研究員によるJILPT調査の紹介、さらに民間企業3社による事例報告があり、最後にhamachan先生こと濱口桂一郎JILPT研究所長のコーディネートで登壇者全員によるパネルディスカッションという流れでした。
 まず小倉先生の基調講演ですが、コミュニケーションを遮断することで生産性を向上させる「集中タイム」の事例を紹介され、テレワークには通勤負担の軽減やワークライフバランスなどに加えて「集中タイム」のような業務集中による生産性向上や、大規模災害時の事業継続における有効性といったさまざまな大きなメリットがあることを紹介されました。そのうえで、出勤しなけれはできない仕事はあるものの、在宅/テレワークが可能な仕事は情報通信技術の各段の進歩もあって相当規模で存在するにもかかわらずわが国でテレワークがあまり普及していない最大の理由として企業の「食わず嫌い」を指摘されました。
 いわく、テレワークが可能な仕事であってもそれにともなう問題点やデメリットは存在するものの、一定の投資や管理の改善で対応は可能なことが多く、そのコストに較べるとメリットのほうがはるかに大きい。それにもかかわらず導入が進まないのは、旧来型の仕事の進め方や価値観にとらわれた経営者や幹部が「できない理由を並べて」抵抗するからではないか、とのご指摘でした。そして今後の普及に向けては、実態として先行事例においても信頼できる人だけが対象とされていることが多いことを踏まえ、「この人ならテレワークをやっても大丈夫」という人だけでも試行的に実施してみるべきだと述べられました。
 池添先生の研究報告はJILPTが2014年10月に実施した調査の紹介で、まず在宅勤務を会社制度として実施しているのは1.7%、モバイルワークを含むテレワークにまで広げても3.5%と少数であり、「上司の裁量・習慣として実施」というやや怪しい?ところまで広げてもそれぞれ5.6%、13.2%にとどまっているという実態が紹介されました。まあこのあたりはすでに4年前の話なので、現状ではもっと拡大しているのかもしれません。
 実施部門をみると営業などの典型的な部門に限らずホワイトカラー全般に広がっており、その目的としては生産性の向上、移動時間の行為率か、ワークライフバランスが大きいのですが顧客満足や人材確保などもそれなりに上げられていました。
 その他目についたところをご紹介しますと労働時間については月180時間未満(日当たり残業1時間未満相当)がほぼ半数で、240時間以上(一時期目の仇にされていた「週60時間以上」相当)も7.6%いるものの、テレワークしない人に較べて長くはないとのことでした。メリットとしては従業員調査では「生産性の向上」を過半が上げている一方で育児・介護(5.5%)、家事(7.9%)といったワークライフバランス系の回答は少なく、まあこのあたりは育児・介護・家事に従事する人の割合がそれほど高くないという事情もあるのでしょう。通勤負担や顧客満足も15~16%があげています。デメリットとしては「仕事と仕事以外の切り分けが難しい」というのが最多で4割近いのですが、「特にない」も3割近くあり、「長時間労働」は2割程度となっています。今後の意向も「現状」が3分の2を占めていて満足度も高いようです。
 ということで、まとめとしては週1~2回の在宅勤務では問題は発生していないものの、本人ニーズによるもののなので性善説に基づく対応が必要であり、法令遵守などの面で予見可能性の低い中ではやはり信頼関係が形成されていることが必要だと指摘されました。
 続いて民間企業3社の事例報告があり、まず日本航空は経営再建後の生産性向上・労働時間短縮策として実施されたとのことで、特徴的なものとしては理由不問で在宅勤務が利用できることと、長期休暇中であっても一部テレワークで業務参加する「ワーケーション」を推奨している(「2時間の会議のために5日間のバケーションを断念することのないように」とのこと)などがあるようです。これに対して損保ジャパンは生産性向上を掲げつつも業態を反映してかダイバーシティ・マネジメントを通じてという取り組みのようでした。味の素の例で目をひいたのは生産現場でも在宅勤務を実施しているという話で(これはご登壇の先生方も驚かれたようです)、まあ確かに生産現場といってもデスクワークはかなりの量で存在するわけで、そのあたりを在宅でやろうとすれば十分できるのでしょうが、しかしそこまでやるという意気込みというかこだわりには感心させられました。
 パネルディスカッションでは質疑応答が中心でしたが印象に残った点をいくつかご紹介しますと、制度的になにかとグレーな点も残る中ではやはり信頼できる社員にしか適用できないといったような話で「信頼」が何度もクローズアップされていたのは印象的でした。制度が適用される人とされない人との公平感という論点も興味深いもので、生産現場などテレワークが難しい職場の人たちから「テレワークできていいよねえ」といった不公平感があるとのこと。ある企業ではそれに対して「ワークライフバランスが趣旨の一つなら、生産現場には保育施設を設置することで公平感を確保した」という事例が紹介されていました(しかしなにも在宅勤務できるから保育施設は利用させませんという必要もなかろうとも思う。まあ限られたキャパシティの中での優先順位というところでしょうか)。あとは小倉先生がレヴィ=ストロースのブリコラージュやプラトンイデアを担ぎ出して「哲学が大事だ」と強調され、「学者だけど理屈で説得するのはやめた」「とにかく信念をもってやれるところからやるしかない、信頼できる人はいるだろう」と力説されたのは印象的でした。
 内容のご紹介は以上として、最後に若干の個人的な感想を書きたいと思います。
 まず「信頼」が強調されていた点についてですが、テレワーク、在宅勤務では労働時間をはじめ安全衛生や機密保持などいろいろと疑問点は残るわけであり、企業として「こうすれば責任を問われることはない」という基準が明らかではない中では、「とりあえず文句を言いそうにない信頼できる人」を対象にしましょうという話はよくわかります。さらに、より多くのテレワークの成果を得たいと考えるのであれば「テレワークすることで成果が上がりそうな人」を対象にしましょうというのもうなずける話です。ただまあそういう運用をするということはハナから生存者バイアスを作っているようなものだから成果が上がらないわけはないよなとも思いますが、それは大した問題ではないでしょう。
 難しいなと思ったのはそういう運用の中では「テレワーク・在宅勤務している人」というのが一定のシグナルになるのではないかという点で、例によってキャリアとの関係でもあります。「営業職だからモバイル持って外回り先近くのスターバックスでテレワーク」というのはわかりやすいですし、テレワークの対象になる・ならないで特段の文句も出ないだろうと思います。「育児・介護の事情があるから在宅勤務」というのもまあ異論の出にくいところでしょう。一方で、上司なり人事なりの判断で「信頼できる」「成果が出せる」人にテレワークを認めるという話になると、それが「選抜研修を受講」などと同様に人事管理上の一種のシグナルになる可能性もあるでしょう。それを避けるため、たとえば「係長クラス以上」といったような形で間接的に選抜するという考え方もありますが(実際そうしている例も多いと推測)、しかし同期のトップを切って係長に昇進した人と3年、4年遅れて昇進した人と同じでいいのかという話はありそうで、いずれにしても信頼できる人成果が上がる人だけを対象にすればいいかというと必ずしもそうでもない事情というのもありそうにも思えます。まあそういった形でキャリア上のシグナルが出るのはやりにくい、という考え方自体が旧来型の仕事の進め方や価値観にとらわれた食わず嫌いだと言われればそのとおりかもしれません。課長クラスに昇格するならテレワークくらいスムーズにできないのでは困りますというのもわかる話ですし。
 もうひとつは上でも紹介した不公平感という話で、正直これこそが「旧来型の仕事の進め方や価値観にとらわれた食わず嫌い」ではないかと思ったことでした。なにやらプレミアム・フライデーが今一つ盛り上がりに欠いたのは消費活性化に特化せずに働き方改革も相乗りしたからだという話があるらしく、なにかというと旗を振るべき大企業の中には「午後3時に帰れる人と帰れない人がいて不公平になるから」ということで尻込みするケースが間々見られたのだとか(聞いた話なのでどこまで本当かは知りません)。ちなみにフレックスタイム制ではそういう不公平感があまり主張されないのはフレックスタイム制を適用すると残業が減って残業代も減るからだとか。本当かなあ。まあ職種により事業所により違いがあるのは仕方ないのであって、別のところで埋め合わせろという柔軟さがあること自体は好ましいとは思うのですが、しかし他人のメリットが先行するのは許せないという発想だと「やれる人だけでもやってみよう」という話にもなりにくいわけですが…。
 あとはもう少し労働時間管理の話になるかと思ったらそうでもなく、まあ推進サイドの人が集まるイベントでもあり、これを持ち出すような雰囲気でもなかったように思われます(実務家の登壇者が一人だけ「ホワイトカラーの労働時間管理という根本的問題」を指摘していましたが議論にはならなかった)。ということは逆にいえばここがやはりアキレス腱なのかなあという話なのかもしれません。
 まあ実際問題として私自身もまさに「習慣として実施」しているテレワーカー(笑)であり、外回り先近くのフェデックスキンコーズで仕事したりするのは日常茶飯事ですし集中したければ隣のスターバックスに行くし良好な通信環境を求めて兼業先に行ったりもしているわけでそれで特段の不満もない。ただまあこれもキャリア的野心のない野良社員だからある程度自由にやれるという面もあるわけで、このあたりも普及が進めばおのずと方向性が見えてくるのだろうと思います。最初にも書きましたが非常に多数の参加がありましたが、多くの人にとって大きな収穫のあったイベントではなかったかと思います。