昨日、政府の未来投資会議が開かれ、会議に提出された論点メモという資料によると「70歳までの就業機会確保の進め方」「中途採用促進の進め方」「疾病・介護予防の進め方」の3つの論点が取り上げられたようです。さすがに連合の神津会長(と労政審の樋口会長)が加わるようですね。今朝の日経新聞から。
政府は22日、未来投資会議(議長、安倍晋三首相)を開き、「人生100年時代」を踏まえた雇用制度の改革案を議論した。大企業の中途採用比率を開示するなどで中途市場の拡大を後押しし、1つの会社で勤め上げる日本の雇用慣行の見直しにつなげる。高齢になっても能力に応じた就業機会を得られるよう、仕事の内容で評価される賃金制度の浸透を目指す。
(平成30年10月23日付日本経済新聞朝刊から)
議事要旨などはまだ公開されていないのですが、官邸のウェブサイトに安倍首相の発言が掲載されていました。
「本日は、安倍内閣の最大のチャレンジと位置づけております、全世代型社会保障へ向けた改革について議論を行いました。
まず、65歳以上への継続雇用年齢の引上げについては、70歳までの就業機会の確保を図り、高齢者の希望・特性に応じて、多様な選択肢を許容する方向で検討したいと思います。
来年の夏までに決定予定の実行計画において具体的制度の方針を決定した上で、労働政策審議会の審議を経て、早急に法律案を提出する方向で検討したいと考えています。茂木大臣、根本大臣を始め関係閣僚は、これに向けた検討を進めていただきたいと思います。
また、中途採用、これはキャリア採用と言ってもいいことだと思いますが、キャリア採用拡大・新卒一括採用見直しについては、企業による評価・報酬制度の見直しが必要です。加えて、政府としては大企業に対し、キャリア採用比率の情報公開を求めるといった対応のほか、私自身も先頭に立って、熱心な大企業を集めた協議会を創設し、運動を展開していきたいと思います。その際、今日いろんな御意見が出ました。中途採用を大企業が拡大していくことによって、中小企業が受ける影響等、様々な課題についてもしっかりと留保しながら進めていきたいと思いますので、産業界の御協力をよろしくお願いします。…」
https://www.kantei.go.jp/jp/98_abe/actions/201810/22mirai.html
ふむ。まあこれは6月に人生100年時代構想会議がまとめた「人づくり革命基本構想」に記載があるとおりの内容なので、まあ既定路線といえば既定路線ではありますね。省略した部分(疾病・介護予防)については基本構想では触れられていないのですが、まあ70歳継続就労を進めるならセットで必要な取り組みではあるでしょう。
さて上記論点メモをみますと、「70歳までの就業機会確保の進め方」についてはこんな感じです。
○70歳までの就業機会の確保を図りつつ、65歳までと異なり、それぞれの高齢者の希望・特性に応じた活躍のため、多様な選択肢を許容し、選択ができるような仕組みを検討する必要があるのではないか。
○法制度についても、ステップ・バイ・ステップとし、まずは、一定のルールの下で各社の自由度も残る法制とすべきではないか。
○65歳までの現行法制度は、混乱が生じないよう、改正を検討しないこととするのではないか。
○年金支給開始年齢の引上げは行うべきでないのではないか。他方、年金受給開始年齢を自分で選択できる範囲は拡大を検討すべきではないか。
私がかなり適当にまとめちゃっているので正確なところは資料におあたりください(なお「改正を検討しないこととするのではないか。」はママです)。
さて「65歳までの現行法制度は、混乱が生じないよう、改正を検討しない」というのはいかにも迫力を欠く感はありますが、まあ現行法を強化してさらに70歳というのは主に企業の負担が重いだろうという配慮でしょうか。まあ民間労使の取り組みが全然進んでいない中では致し方のないところではあるでしょう。このあたり、全体としては官邸主導でものすごく拙速に検討が進められている感はあって大丈夫かと思うわけですが、しかし民間労使の動きが遅いから官邸が出てくるんだよと言われるとツラいものはありそうです。労使(特に労組)にがんばってもらいたいのですが…。
そこで「65歳までと異なり、それぞれの高齢者の希望・特性に応じた」となっているわけなので、現行法制度が求めている希望者全員の継続雇用、具体的には定年制の廃止・定年延長・65歳再雇用/雇用延長以外の選択肢も認めようという話なのでしょう。
ところがそれが具体的になにかという話になると、資料を見るだけでははっきりしません。経団連の中西会長の資料も70歳就労については「高齢者の多様性をうまく活かした、幅広い活躍の場を用意することが必要」と記すにとどまっておりいささか腰が引けておりますな。かたや連合の神津会長の提出資料には作業環境の改善、労働条件の改善に加えて65歳年金支給とかセーフティネットとか助成金とかいろいろ書かれていますが(まあ労働組合だから当然d)、「多様な選択肢」については一言も触れておりません。とりあえず樋口先生の資料には一応「…経済的な理由から働くことを希望する高齢者が増加するとともに、例えば短時間勤務や起業のほか、地域でのボランティア的な就労など様々な働き方に対するニーズも高まっている。」と書いてあるのですがはあそうですかという話であり、まあおカネが欲しい人には稼げる就労を、それほど必要でない人はまあボランティアとかでも、という中身のない(失礼)話です。これに続けて樋口先生は「労使の代表にも、個々の高齢者がしっかりとした生活設計が出来るよう、その希望に応じて働ける制度づくりに向けた議論をお願いしたい。」と労使を叱咤しておられますが、こちらが本筋なのだろうと思います。あとは根本厚労相の提出資料に小さく(笑)「企業のみならず様々な地域の主体による雇用・就業機会を開拓」と書いてあるのが目につくくらいですが、まあ「65歳まで雇われていた企業で続けて働く」以外の手段を考えようとしているのは選択肢の多様化という意味では好ましいと思います。
まあなんにしてもこれからの話であり、労使でしっかり話し合って欲しいと思います。首相は「来年の夏までに決定予定の実行計画において具体的制度の方針を決定した上で、労働政策審議会の審議を経て、早急に法律案を提出する方向」と述べたそうですが大丈夫かなあ。まあ政治的に早く成果を見せたいというニーズはあるのでしょうが、影響が大きくなりかねないだけに慎重であってほしいとも思います。論点メモにも「法制度についても、ステップ・バイ・ステップとし」とあるように、早くやりたいなら変化は小さなものにするのが妥当ではないかと思います。
- なお続けて「一定のルールの下で各社の自由度も残る法制(強調引用者)」というのはかつての基準制度(労使の合意で継続雇用の対象外となる基準を設定できる)を指しているのだろうと思いますが、「各社」というのが少々気になります。各社=各企業ですから使用者ということになるわけで、使用者の自由度と読むとすれば基準制度よりさらに踏み込んで使用者が基準を設定しうるという話になりかねません。おそらく含意するところは「各社の労使」なのでしょうが、まあ官邸官僚の資料だから仕方ないのかな。労働官僚はこのあたり抜かりないものと思いますが。
さて続いては「中途採用促進の進め方」になりますが、論点メモにはこうあります。
○人生100年時代を踏まえ、働く意欲がある労働者がその能力を十分に発揮できるよう、雇用制度改革を進めることが必要ではないか。
○特に大企業に伝統的に残る新卒一括採用中心の採用制度の見直しを図るとともに、通年採用による中途採用の拡大を図る必要があるのではないか。
○このため、企業側においては、評価・報酬制度の見直しに取り組む必要があるのではないか。政府としては、個々の大企業に対し、中途採用比率の情報公開を求めるといった対応を主とするのではないか。
○上場企業で中途採用に熱心な企業を集めた「中途採用協議会」を活用し、雇用慣行の変革に向けた運動を展開するのではないか。
こちらは短いので全文です(笑)。まあ企業の人事管理の立場からすれば端的に余計なお世話というところでしょうがそれはそれとして。
正直ぱっと読んで意味がわかる文章ではないと思うのですが、各議員の提出資料をみるとさらに混迷が深まるのでありました。まず樋口先生の資料ですが、こうあるだけです。
中途採用の促進に向けては、機運の醸成や情報交換が重要であり、そうした観点から、中途採用に積極的な上場企業を集めた協議会の設置を急ぎ、就職氷河期世代も含め、転職・再就職者の採用機会を広げる方策を進めていただきたい。
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/keizaisaisei/miraitoshikaigi/dai20/siryou5.pdf
連合の神津会長提出資料においては、該当部分の冒頭にこう書かれています。
○景気低迷により就職が困難だった世代の者や介護離職者などが長期間安定的に就労できるよう幅広い年齢層における中途採用促進が必要
○就職氷河期世代、子育て離職女性、介護離職者などが、中途採用により長期間安定的に就労するため、マッチング施策の強化、転職・再就職に特化した職業訓練の推進、受入企業における労働条件の整備が必要
…
○就職氷河期で特に非正規で働く者を、積極的に正社員化…
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/keizaisaisei/miraitoshikaigi/dai20/siryou7.pdf
あとは中途採用の賃金を上げてほしいという話が大々的にあり、他にも格差の固定化を防ぐための教育訓練や正社員中途採用への助成といった話が盛り込まれるに止まっています。
根本厚労相の資料はこうなっております(機種依存文字は変更しました)。
・就職氷河期世代の一人ひとりが抱える課題に応じた寄り添い型の就職・キャリア形成支援の強化
特に、長期にわたる無業者への職業的自立に向けた相談支援と生活支援をワンストップで行う体制の整備
・中途採用に前向きな大企業からなる協議会を開催し、好事例の共有等により社会全体の機運を醸成
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/keizaisaisei/miraitoshikaigi/dai20/siryou8.pdf
ということで、ここまでは共通して最大の関心事は就職氷河期世代の就労対策であり、たしかにこれは非常に重要な課題だと私も思いますがしかし雇用制度改革を進めるとかいう感じは全然しないな。もちろん就職氷河期と「新卒一括採用中心の採用制度」は非常に関係しているわけですが、しかし「だから見直せ」とまで言う人はここまではいないようです。
じゃあ誰が行ってるのさ、経団連の中西会長でしょう…と思ったら違いました。まあ会議で口頭の発言はさすがにあったのだろうと思いますが、中西会長提出資料には中途採用に関する記載は一切なく、新卒一括採用についての記載があるのみで、しかもその9割方は大学に注文をつけているだけです(まあ柴山文科相もいる場なので大学に注文付けて悪いたあ言いませんが)。
ということで提出資料を見るかぎりでは「雇用制度改革」「伝統的に残る新卒一括採用中心の採用制度の見直し」「通年採用による中途採用の拡大」に熱心なのは唯一SOMPOホールディングス社長の櫻田謙悟氏のみということのようです。櫻田氏は経済同友会の人材戦略と生産性革新委員会の委員長を務めておられ、提出資料のおおむね上半分は昨年の同委員会の提言の、おおむね下半分は同じく本年の提言のポイントを記載したもののようです。
そこでこれらの提言を読んでみますと(おすすめはしませんが)、一言でいえば経済同友会らしいロマンティックなファンタジーであって、もちろんそれが経済同友会の役割だと言われればそうなのだろうと思います。でまあ内容にいちいちコメントしていたら大変なことになるので(笑)やめておきますが、とりあえず法律や制度を変えれば一晩で世の中ががらっと変わるってもんじゃないんだぞとは思うかなあ。移行コストというものを十分に考慮していただいたほうがよろしいかと。いやもちろん同友会のお仲間で自分たちでまずやりますと言っておられる案件もありますのでそれは立派ですしおやりになればよろしかろうと思いますが。ちなみに冒頭紹介した首相の発言で「また、中途採用、これはキャリア採用と言ってもいいことだと思いますが」とあるのは、櫻田氏が同友会の昨年の提言をふまえて「中途採用という語はイメージが悪いからキャリア採用ということにしよう」と提案したことを受けてのことだろうと思います。おそらく予定稿には「中途採用」とあったのを言い換えたのでしょう(ただし同友会の提言では「非正規は除く」となっておりますが)。まあ言い換えれば済むなら害はないよな。
さて首相は続けて「キャリア採用拡大・新卒一括採用見直しについては、企業による評価・報酬制度の見直しが必要です。加えて、政府としては大企業に対し、キャリア採用比率の情報公開を求めるといった対応のほか、私自身も先頭に立って、熱心な大企業を集めた協議会を創設し、運動を展開していきたいと思います」と発言したわけですが、「企業による評価・報酬制度の見直しが必要です。加えて、政府としては」ということは、評価・報酬制度の見直しは企業(労使)にお任せして、政府としてはそれに続く情報公開やら協議会やらをやるぞという話でしょう。とりあえず企業の人事管理に手を突っ込もうという筋の悪い話ではなさそうで、あとはその協議会とやらに経団連主要企業やら経済同友会人材戦略と生産性革新委員会委員企業(笑)やらが参加を要請されてめんどくせえという話ですね。
これは案外迷惑な話かもしれず、この協議会に加わることが「新卒一括採用を見直し中途採用を推進する企業」、つまりは「若年者の育成に熱心でない企業」というメッセージになってしまう可能性があるからです。いやもちろん本当に新卒採用も企業内育成もやめるというのであればそれでもいいかもしれませんが、それってあまり良好なレピュテーションにはならないんじゃないかと思うことしきり。逆にすべての企業が企業内育成をやめて全面中途採用をやりますということになると中途採用する人材を誰が育てるのさという話になるわけですね。ここは中西氏が非常な熱意をもって大学に注文をつけておられることなどから推測するに、働く人(未成年であれば保護者など)の自己責任あるいは政策的な支援などによる費用負担のもと、大学などの人材育成機関が行うということにならざるを得ないのかもしれません。あるいはタダ働きのインターンシップでという話もあり、まあ欧米ではむしろ普通の姿でしょう。したがってハイレベル人材は企業にとってはひどく高コストになる(そして格差は拡大するまたは階層が固定化する)わけですが、まあそれがいいというのが国民の選択であるというならそれもいいかもしれません。少なくともじっくりと時間をかけて議論すべき問題であり、蛮勇を振るう場面ではないと思います。
あとはちょっと関心をひかれた話を2点ほど。1点めはその中西氏の大学への注文の資料に関するもので、該当ページのタイトルは「新卒採用のあり方─企業・大学に求められる改革」で、こんなことが書かれています。
新卒採用のあり方─企業・大学に求められる改革
○急速な技術革新やグローバル化の中で、従来より高度で多様な人材が求められる。
○企業は、求める人材やキャリア形成の考え方を明確に発信することが必要。
○大学は、時代の変化に対応して、文理横断で質の高い教育を提供することが重要。
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/keizaisaisei/miraitoshikaigi/dai20/siryou6.pdf
この後に【大学の教育改革の課題】として6項目が列挙されていますがここでは取り上げません。タイトルには「企業・大学に求められる改革」とある割には企業の改革は1行だけであり(笑)、それが「企業は、求める人材やキャリア形成の考え方を明確に発信することが必要」ということになっています。問題はこの「求める人材やキャリア形成の考え方」をどの程度具体的に「明確に発信」するのか、というところだと思われます。
これについては、この議論の「中途採用」という文脈であれば、中途採用についてはすでに多くの企業がかなりスペックを絞った募集・採用をしているものと思われます(その後のキャリアは無限定になることが多いような印象はありますが)。新卒一括採用はしない、通年採用だということであれば、かなり具体的に特定して「明確に発信」するということになるでしょう。でまあ「高度で多様な人材」を求めるというわけですから、相当に多数・多様(で高度)な「求める人材やキャリア形成の考え方」を「明確に発信」するということでしょう。
いっぽうで大学としてみれば、これだけあれこれと注文をつけられるのであれば「発信されたとおりの人材を育成したら必ず採用してくれるんですよね」とは言いたくなるでしょうねえ。本当にそれが約束できるのかについては、まあ例によって日立さんがやってみればいいと思います。協議会とやらで押しつけられたら迷惑だという企業もそれなりにありそうな気はしますが、日立さんがそれで成功すれば追随する企業もあるでしょう。とりあえずSOMPOホールディングスは当初から追随するかも知らん。
もうひとつは雇用政策とは関係なく(笑)、事務局が準備した資料集の中で非常に興味深いデータを発見したという話です。この資料の18ページの「転職後の活躍状況について」ですが、言いたいことは「転職の実態を見ると、異業種・異職種への転職も多い」「転職後の活躍の状況についても、異業種・異職種への転職が一概に低いとは言えない」ということで、必ずしも同業種・同職種にこだわらず転職を進めましょうということのようです。その根拠としてこのページの右側に同業種/異業種、同職種/異職種のそれぞれについて転職者が「活躍している」か「活躍していない」かの評価をたずねた結果が示されていて、たしかにどのパターンもほぼ半々になっているので「異業種・異職種への転職が一概に低いとは言えない」には違いありません。違いありませんが、しかし転職者を採用して活躍しているのが半数だけというのはさすがにまずいだろうとは思うなあ。転職者採用の成功確率が50%というのでは、さすがに何を見て採用してるんだと言われても仕方ないような気が。これはむしろ中途採用に否定的なデータじゃないかと思います(ちなみに元ネタはこちらにあります)。
なお最後に本当にどうでもいい話で恐縮ですが(笑)、論点メモの資料の記述では3つの各論点がいずれも「人生100年時代」をマクラに使っているのですが、それぞれ「人生100年時代を迎え」「人生100年時代を踏まえ」「人生100年時代を見据え」といちいち微妙に違っているのは意図的なのだろうか。深い意味はなさそうに思えるのですが、まあ同じでは芸がないと思ったかな。