労働基準監督の司法処分厳格化

 前のエントリでご紹介した『ビジネスガイド』9月号に、第3特集として、労働基準監督官から弁護士に転じた中野公義さんが「労働基準監督署による司法処分の厳格化について(考察)」という論考を寄せておられます。たいへん興味深い内容を含んでいるのでご紹介したいと思います。
 ことの発端は、今年の5月に厚生労働省が発出した通達「監督指導業務の運営に当たって留意すべき事項について」(基発0213第2号令6.2.13)に「同様の法違反が繰り返される事業場に対しては、躊躇なく司法警察権を行使すること」と記載されたことです。「躊躇なく司法警察権を行使」ということですから、労働基準監督署書類送検の対象とする事業場を拡大することになるだろうという話です。送検の強化に関しては、私もこのブログで繰り返し「悪質事案は送検すべき」と主張していたところであり、厚労省の方針には大いに賛成するところです。労働新聞の記事がこちらにあります。
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 この通達は社会・経済環境の変化を踏まえて繰り返し発出されているものなのですが、10年後公開の機密文書なので外部のわれわれは読むことができません。労働新聞社はおそらく開示請求で入手されたものでしょう(本文中にも文書の一部黒塗りがあるとの記載あり)。勤勉な取材に敬意を表したいと思いますが、したがってこのような論考記事の必要性は高いということになるでしょう。
 結論としては「長時間労働等が本命」「建設業における墜落・転落措置違反等もあり得る」ということで、その根拠もいろいろと示されていて興味深いのですが、私は背景解説にあった次の一節が初耳でたいへん勉強になりました。「本省が送検件数が2年連続で年間800件を下回ったことに重大な危機感を有している」との解説に関しての一節なのですが、

 筆者が監督官に任官した頃、新人の監督官を対象に行われた研修において、当時の本省の監督課の係長が述べていたことがあります。それは、検察庁法務省)との協議の中で、送検件数が年間1,000件を下回る場合には監督官について司法権限を失っても仕方ないのではないかという趣旨の発言があったということでした。
 係長は、非常に悔しそうな表情を見せながら研修中にこのことを話していました。このことは、単に予算や定員に関連するからというだけではなく、監督官としての存在意義にも関わることだからです。

 私は過去の仕事経験からの印象で、なんとなく監督署は検察に遠慮して送検をためらっているのではないかと思っていたのですが(検察としては「その程度のことでは送検せずに行政指導でなんとかしてくれ」という態度ではないかと邪推していたのですが)、どうやらそうではなく、検察は監督署にもっと送検しないと仕事しているとは認めないよというスタンスだったようです。
 実際のところは、送検件数が減少しているのは中野氏によれば死亡災害が減っていることの影響が多いのだそうで、であれば件数が減ってもそれほど問題視する必要はないのではないかという気もするのですが、まああれかな働き方改革とか長時間労働とかが世間で問題視されている中ではそうもいかないのかな。私としてはそもそも現状の監督(事後規制)は相当に不十分であると思っており(これもこのブログで繰り返し書いてます)、かねてから監督体制の強化充実も繰り返し訴えておりますので、そちらの手当もがんばってほしいものだと思います。