「年功・終身」見直し重点

 経団連の2020年版経営労働政策委員会報告の大筋が判明したとのことで、日経新聞が表題の見出しで報じていますな。

…20年の指針では、…雇用体系そのものも議論すべきだとの方向性を打ち出した。
 日本型雇用制度を前提に企業経営を考えることが時代に合わないケースが増えていると指摘。中途採用や通年採用も拡大するほか、職務に応じて賃金に格差をつけたり、成果をより重視した昇給制度を設けたりすることも提起した。
 従来型の雇用とともにあらかじめ職務を明確にする「ジョブ型雇用」も増やすべきだと訴えた。例えば人工知能(AI)システムの開発者といった高度な知識を持つ人材がジョブ型雇用の対象になる。ジョブ型雇用に対して、業務を専門分野に絞って高い給与を払う代わりに、労働時間の規制を外す「高度プロフェッショナル制度」の活用も有益だと指摘した。
…中西氏が23日の記者会見で「当面の課題」として挙げたのがデジタル人材の確保・育成だ。経済産業省などによると、日本のIT(情報技術)人材の平均年収は全産業平均の1.7倍だ。9.2倍のインドや6.8倍の中国に比べて、IT人材の給与への満足度は低い。経団連の指針は「現在の雇用制度のままでは魅力を示せず、海外への人材流出リスクが非常に高まっている」と懸念を示す。
(令和元年12月24日付日本経済新聞朝刊から)

 報告書を見てみないとなんともいえないわけではありますが、たしかに2019年版では新卒一括採用について2ページ弱触れているくらいで長期雇用の見直しとかいった話は出てきていませんでしたので、そのあたりに踏み込んでいるのであればまあ前年にはない話だとはいえるでしょう。とはいえ「中途採用や通年採用も拡大するほか、職務に応じて賃金に格差をつけたり、成果をより重視した昇給制度を設けたりすることも提起」なんてのはすでにさんざん言い古された話なので、まあ目新しい感じはしないな。つかもはやありふれた内容だからわざわざ書きませんという話ではなかったかという気がする。
 「ジョブ型雇用」についてはちょっとこの記事だけでは肝心なところがわからないという感はあって、引用はしていませんが記事では損保会社のアクチュアリーの例が引かれていて、まあそういう「ジョブ型」であればすでに他にもいろいろあるよなとは思う。大概のエンジニアは、たしかに大学での選考分野そのものの仕事になるとは限らないわけですが、しかし採用されて社内である程度の専門分野が固まればそこから離れることはないわけですし、現業部門でプレス工や塗装工として採用配属された人はまあ溶接職場に移動するということはめったにないでしょう。故・大橋勇雄先生が喝破されたように日本のメンバーシップ型雇用の核心は内部昇進制なのであって、実際アクチュアリーだってけっこう内部昇進で課長になったりしているわけですね。経団連が提唱しているらしい「ジョブ型」というのがこの程度のものであれば長期雇用慣行が大きく変わるというほどのものではないですが、大陸欧州などに典型的にみられるジョブ型雇用を拡大せよということになれば、これは内部労働市場でのキャリア形成はなくなるし仕事がなくなれば人員整理という話になるわけなのでかなり大きな見直しという話になります。
 まあ私の山勘ではそこまでは行くまいという感はあり、そもそも経団連にそこまでの指導力があるわけもなく(失礼)、現実にも(記事にもありますが)すでにそこここで始まっているさまざまな動きを事後追認的に記載しているのではないかと思うわけです。まあでもあれかな「「高度プロフェッショナル制度」の活用も有益だと指摘」してもいるらしいので、年収1,000万円を超えるレベルの技術力であれば内部昇進には乗せずに必要なときに必要な技術を活用して必要なくなったら別の企業へ、というのも想定しているのかな。そういう人材は技術の陳腐化を避けるためにも内部昇進制は避けたいと思うかもしれません。
 さて話は変わって「日本のIT(情報技術)人材の平均年収は全産業平均の1.7倍だ。9.2倍のインドや6.8倍の中国に比べて、IT人材の給与への満足度は低い」という件ですが、これの元ネタは経産省みずほ情報総研に委託したこの調査ですね。でまあ容易に想像がつくわけですが元ネタの264ページあたりを見ると日本のIT人材の平均年収の水準そのものは記載の各国の中では米国に次いで2番めに高いわけですよ。米国はたしかに日本の2倍くらいあるわけですがこれは極端に高い人たちが平均を引き上げているのではないかと思う。なるほど満足度とかいったものは相対的な比較にかなり依存しているわけなので他との格差が大きければ上のほうの人たちの満足度は上がるでしょうが、要するにインドやら中国やらは他の労働者の賃金水準が低いから格差が大きくなっているわけで、この理屈だと日本でもIT人材以外の賃金を下げればいいことになりますが本当にやる気かしら(いややる気かも知らんが)。まあこのあたりは中西会長の発言(まだ経団連のウェブサイトに会見録が掲載されていないので実際にどう発言されたのかもわかりませんが)に経産省などのデータをくっつけて日経が作文したのでしょう。経労委報告にも「現在の雇用制度のままでは魅力を示せず、海外への人材流出リスクが非常に高まっている」と書かれているわけですがみずほ情報総研の資料を見るかぎり賃金水準の低い中国やインドに流出するとも思えず(賃金以外の魅力的な要素もありそうにないし)、だとするとライバルは米国であって、まあ特に優れた技術者には刺激的な報酬を提示するとか、まあそんな話かもしれません。それはすでに実例が出てきているわけですし。
 このあたり元ネタの経産省の報告書にも「一部で変化は起こりつつあるものの、依然として終身雇用や年功序列を基本とする我が国の雇用制度や慣行の中で、米国型の人事制度や雇用慣行を取り入れることは現実的には困難な可能性が高い。よって、我が国の産業の魅力を高めるためには、あくまでも我が国の制度を基本とする改革・改善を検討する必要がある。」(報告書265ページ)と書いてあって、具体的には「「エンジニア」という職種を追求できるキャリアパスの実現」つまり管理職にならなくても高い技術力を有するエンジニアが管理職相当の高処遇を得られることが大切だ、と述べているわけですね。
 ただまあ(すでに日経の記事からは離れますが)今の日本企業ってそれなりにそうなっているんじゃないかなあと思うところもあり、社内資格で賃金が決まる専門職制度を採用している企業は多いのではないかと。報告書は続けて「日本のIT企業では、高い技術力を持っていてもそれを発揮する場がなく、それゆえその技術力に見合った処遇も受けられないという積年の課題に対して、今後、ぜひとも改革が望まれる状況にある」(同)と指摘しているわけですがまさにそのとおりで、「高い技術を持っていてもそれを発揮する場がない」ことこそが問題なのでしょう。これは別に管理職ポストがふさがっているから管理職になれませんという話だけではなく、高度な技術を求められる仕事がふさがっているから高い技術力を発揮できませんという話もあちこちで起きているのではないかと思います。要するに「不足=高度」かというとそうでもなく、データの専門家、サイバーの専門家というのはたしかに不足しているのでしょうが、しかしこれらの分野でも供給が増えてくれば同じように仕事詰まり、仕事不足は起きてくるのかもしれません。実際、分野によるでしょうが学会の賞を得るようなきわめて高度な研究力を有する博士が安定的な研究職に就けないということも起きているわけで。
 ただまあ中西氏に関しては、日立製作所日立グループ現業部門ではかなりの程度派遣や請負の活用が進んでいる一方で、もはや全国的にも珍しくなった中卒の養成工育成も依然として行っており、事業所の地元の工業高校からの正社員採用もされていて、中核人材は内部育成、それ以外(大勢?)はジョブ型の外部調達(技能実習制度でやり過ぎて改善勧告を喰らったりもしているようですが)という人材戦略を推進しているように見える(これは単に見えるというだけのことなので大間違いである可能性はあります)ので、現業部門以外もそうすればいいじゃんと思っている可能性はあるのかもしれません、と邪推に邪推を重ねる私。これはさすがに日立の労組が黙っていないと思いますが、逆にいえば労組がいいというのであればおやりになればいいといういつもの話ではありますが…。
 さて最後はかなり脱線しましたが最初にも書いたとおり報告書そのものを読んでみないとという話ではありますので、まあ例年どおり年明けには公表されるでしょうから例によって読んでみたいと思います。