リクルートワークス研究所「Works Roundtable 2018」

 昨日開催された表記のイベントにご招待たまわりましたので参加してまいりました。クローズドのイベントなのであまり具体的にご紹介するのもいかがなものかとも思うのですが、まあ参加無料のイベントなのである程度はいいかな。つか昨年もけっこう詳細に紹介していますしね。宣伝にもなるということでご容赦ください、って例によって誰も見てないと思うが(笑)。
 さてまずは主催のワークス研究所の大久保幸夫所長による「新・マネジメント論」という基調講演がありました。基本的な問題提起は「ミドルマネージャーの圧倒的多数がプレイングマネージャーとなっているにもかかわらず、マネジメント手法は専任マネージャーのためのものしかない」「専任マネージャーを前提とした管理統制型のマネジメントは多様性に対応できず、イノベーション促進には不向き」というもので、これに対して「プレイングマネージャーのための配慮型マネジメント」を提言する、というものでした。
 配慮型マネジメントには具体的には4つの要素があり、ひとつが「関心」で多様なメンバーひとりひとりの個性や価値観などに関心を持つこと、次が「補完」でマネジメントも含めたすべての仕事をメンバーとシェアしてメンバー相互や組織内外との強み/弱みの補完関係を構築すること、次が「支援」でメンバーに権限を委譲したうえで側面支援を行うこと、最後が「環境」でメンバーの働きやすい環境をつくる、とのことで、まあ最近流行りはじめているティール/ホラクラシーなんかとも接近した話といえるかもしれません。
 これについては現にプレイングマネージャーが職場の中核になっている中ですでに実践的にかなり実現している内容も多いと思うのですが、それもあってか参加者のみなさま(ほとんどは有力企業の人事担当の幹部クラス)にもあまり違和感なく好意的に受け入れられていたように見えました。特に大久保氏は依然として残る管理統制型の旧弊として具体的に「査定」と「転勤」を上げられ、査定については現状はかなり徹底したマイクロマネジメントになっていて、マネージャーは常時査定関係ににかかりきりになっているが、これは生産性が低いばかりではなく、視野が短期的になってイノベーションを阻害するのではないか、と指摘されました。その上で、配慮型マネジメントにおける査定は「中長期的に」「プロセスを細かく見るのではなく成果を大づかみに」「過去の成果についてもそれ以降の成果につながれば遡及して」実施するのが望ましいと述べられました。
 転勤についてはキャリア自律との関係で、まあ転勤に限らずわが国のメンバーシップ型雇用においては職務全般を企業が無限定に指定するわけでキャリア形成も企業に依存する部分が大きいわけですが、勤務地の変更まで企業次第ということだと(プライベートも含む)キャリア自律はまあ断念せざるを得ないよねという話です。
 それでは具体的な人事制度や組織は、というのがその後の第1セッション「次世代人材マネジメントの「視界図」を描く-2025年以降の人事・組織のあり方を考える」のテーマで、ワークス研究所の城倉亮・坂本貴志両研究員が仕切っておられましたが、自由度の高い働き方やキャリア自律への志向が高まっているという調査結果が示されたあと、では具体的にどうするか…という話はややピンと来ない感はなきにしもあらずだったかなあ。かつて典型的だった全員が管理職をめざす人事管理ではなく、ある時点でプロフェッショナルとして一定の完成をめざす(その後はさらに同分野の専門性を高める/複数分野の専門性を獲得する/分野を変更してさらに高度な専門性をめざす、といったコースに分化するのだという概念図が示されていました)人事管理に変えていくべきだ、ということで、まあ基本は大久保所長の「川下り-山登りモデル」で、「川下り」を過ぎた後では、もちろん一部の人は管理職として昇進していくわけですが、そうでない人は市場価値を有するプロフェッショナルとして「山登り」をするのだ、ということでしょうか。似たような提案は他の識者からもありますし、それが「視界図」だ、ということならそうなのかもしれません。
 さて私の感想をいくつか書きたいと思いますが、ひとつは配慮型マネジメントにおける人事評価は「中長期的に」「プロセスを細かく見るのではなく成果を大づかみに」「過去の成果についてもそれ以降の成果につながれば遡及して」という提案には非常に共感するものがあり、余談になりますがこれってたびたびノーベル賞学者などが問題提起しているわが国の大学等における研究のあり方にもつながる話だなあなどと思いながら聞いておりました。業界や企業によってはプロジェクトの成功確率が相当に低く、かつかなりの長期にわたるケースもあるわけで、プロセスを見ないという話になると毎年とかの間隔で評価すること自体が無理という話になります。ということはこれはあれだなかつての年功的賃金に原点回帰するということだななどと思うことしきり。ただまあけっこう似たような感想を持たれた参加者の方もいたようなので、案外そんなもんなのかもしれません。まあ大きな差はつけない(大きな貢献に対しては刺激的な報酬で報いる)という人事管理に向かうのでしょうか。
 これを裏返せば大久保氏が指摘するような非効率的な査定になるわけで、特に昇進昇格のように(現時点でも将来的にも)大きな差をつけようとすると、その理由はなんとなくとかいうわけにはいかないわけで、それなりに明確な説明がなければ納得が得られないでしょうし意欲の低下にもつながりかねないでしょう。でまあそこまで差の大きくない査定であってもいずれはそれが大きな差に効いてくるわけで、結局はマイクロマネジメントに注力せざるを得なくなるわけですね。でまあそれがかえってイノベーションを阻害するのだということになるのであれば(その証拠は見せてもらっていませんがまあそうかなとも思う)、みんな同じくらいだから細かい話はせずにのびのびやりましょう、そのほうが多様性にも対応しやすくて俗に言う「とがった人材」も生かしやすいからイノベーションにもつながるでしょう…というのは、けっこう魅力的な考え方のように思われます。実際問題、こういうイベントに人事部長さんが出てくる企業というのは採用段階ですでにそれなりに選抜された人材を集めているわけで、となると、もちろんそれなりに目に見える差もあろうでしょうが、しかしボリュームゾーンは意欲も能力もほとんど違わないというのが実態のはずで、そこにどうにか差をつけようというのが無理な話と思わなくもない。
 とはいえ、いずれはハイレベルなマネジメントに向かう人とプロフェッショナルとして生きる人との選別は行われざるを得ないわけで、それをいつ・どのように行うのかというのは重大な課題でしょう。今のところ私はそれを企業の人事管理の中でやるのは難しそうだから入社時点で分けるしかないのかななどと考えているわけですが、もちろんこの手の話は企業の都合で全部決められるものでもないし決めていいものでもないでしょうから悩ましいところです。
 これについては、今朝(10月31日)の日経新聞のインタビュー記事に慶応の鶴光太郎先生が登場されて、新卒採用と雇用慣行についてご見解を述べられたあと、最後に「私たちの心の中にある、現状を変えたくないという意識が日本の雇用システム改革を阻んでいる」と指摘されているのが非常に適切だろうと思っています。残念ですが、これは企業労使がベストプラクティスを目指すのでは解決しないのではないか。たとえば日立製作所さんが、たとえば「人材育成はしません、少数の優秀者を通年で採用します」(いずれもあくまで「たとえば」ですが)と言ったときに、優秀な人材の多くは「わが社はこれまでどおりに新卒採用全員をエリート候補として育成します」という「現状を変えない」企業に流れてしまうのではないかという懸念ですね。そうだとするとこれは政策的に介入しなければ変わらない話であり、しかしそこまでやるのであれば相当に慎重に議論して結論を出す必要はあるだろうなと思います。
 他にもいろいろと考えさせられるものがあって有意義なセッションでしたがこの程度とさせていただいて、あーあとあれだな最後にデータの解釈について、世代間の意識格差を強調して世間全体の趨勢を軽視するのはややミスリーディングではないかと思って学会の自由論題みたいな発言をしたのですがこれはさすがにKYだったかな。まあ間違ったことは言っていないと思いますのでご容赦ください>参加者のみなさま←だから見てないって(笑)。
 第2セッションは「ダイバーシティとテクノロジーの新しい関係」に参加しました。多様性を包摂(インクルージョン)していくためにテクノロジーが大いに役立つのではないかという議論で、石原直子センター長が仕切っておられました。具体的事例も豊富で非常に面白く、多くの参加者を集めていました。
 まず最初に石原さんがワークス研究所の豊富な取材の中から5件の事例を紹介されました。具体的内容は以下掲載誌をご参照ください。
「高齢者×クラウド」「製造・保守現場×AR」Works#131
「難聴者×補聴器」Works#147
「女性・高齢者×ロボット」Works#149
「すべての社員×VR学習」Works#150
 続いてリクルートの特例子会社であるリクルートオフィスサポート経営企画室の湊美和さんが同社での取り組み事例を紹介されました。 具体的には在宅勤務の拡大で障害者雇用に大きな成果を上げているという話で、首都圏では障害者の採用が厳しい中で地方在住者を在宅勤務で雇用しているという事例です。障害者は通勤に困難がある人が多いと思われますが在宅であればその懸念は低く、また就職のために広域移動するのも難しい人が多いと思われますので、求人の少ない地方であれば首都圏に較べて人材確保も進みやすいでしょう。加えて、障害者の中には面着でのコミュニケーションに困難がある人も少なくないと思われ、そういう人は往々にして孤立しがちですがスカイプを利用したモニター越しのコミュニケーションであればかなりコミュニケーションに伴う負担は軽減され、したがって孤立を避けることができるのは大きなメリットだろうと思います。もちろん情報通信機器などの整備は必要ですしそれなりのコストは要しますが、オフィス通勤であっても同様に必要なものも多く、通勤手当も不要ですし、なにより求人コストの軽減を考えればコスト的にも十分にメリットがあるのではないでしょうか。
 ということでいいことづくめの取り組みなのですが、課題はおそらく適職の確保で、同社の場合はリクルートの各事業で口コミサイトに寄せられる膨大なコメントをチェックして掲載の可否を判断し、必要に応じて掲載できるよう修正を加えるという仕事を担当しているとのことです。なるほどこれは相当の業務量が確保できそうであり、かつ進捗管理も容易で在宅勤務に好適な仕事といえそうです。もっとも同社でもこれ以上の拡大には適職の開発が必要であるらしく、これが課題となっているとのこと。その場でも適職の有無に関して議論がありましたが、たしかに以前ご紹介した小倉一哉先生のご指摘のように「食わず嫌い」の部分があることは否定できないものの、しかしやはりオフィスにも出勤しつつ一部をテレワークする場合に較べると業務の全部を在宅でというのはかなり難しくなるという印象は受けました。
 さいごにひとつ感じたのは、すでに多くの問題提起があり議論も進んでいるわけですが、たとえば企業のコールセンターでの問い合わせ対応業務などは障害者の在宅勤務の適職かもしれないと思われる一方、チャットボットを使ってまるごと自動化してしまう試みも進んでいるわけで、テクノロジーというのも使い方次第では包摂にも排除にも結び付くのだろうなと、まあそんなことをあらためて思いました。
 ということでたいへん有益な半日を過ごさせていただき感謝申し上げます。今回私としてはかなりしゃべりすぎた自覚はあり、来年以降は出入り禁止になりそうな予感がひしひしとしますが(笑)、どうかご容赦を、ってだから見てないって。