「昭和型」の労働、壊すとき?

 日経新聞はこのところ自民党総裁選にあわせて「自民党総裁選2024リーダーの試練」という特集記事を連日掲載しており、一昨日は「「昭和型」の労働壊すとき」という大見出しを掲げて労働市場改革を訴えています。いわく「日本の働き手は減る。日本経済を成長軌道に乗せるために不可欠なのが生産性を高める労働市場の改革だ。時代の変化に追いついていない「昭和型」の働き方を改め、成長産業に人材を移す改革を進めないと日本企業は世界で戦えない。」というのですが、順次見ていきましょう。

 日本は少子高齢化の進行に伴い、人手不足が深刻だ。労働力人口の減少はこれまで60歳以上の高齢者と女性の参加で補ってきた…リクルートワークス研究所が将来の労働力を推計すると、パート・アルバイトは2023年時点での1489万人に対し、40年には18%減の1225万人に落ち込む。25~54歳の女性の就業率はとくに高く、余力は乏しい。
 残された解決策は正規雇用の労働者の流動性を高める取り組みだ。…成長産業や人手不足に直面する産業に労働者が移る環境整備が要る。
(令和6年9月11日付日本経済新聞朝刊から、以下同じ)

 人出不足が深刻というのはそのとおりとしても、労働者の流動性を高めても労働者の総数は増えないから人出不足対策にはならないのではないかという素朴な疑問が浮かぶわけですがそれはそれとして、この書き方だとパート・アルバイトが減ることの解決策として正規雇用の労働者の流動性を高める、と読めてしまうのですがそれでいいのでしょうか?安定雇用を減らして不安定雇用を増やすとなると、相当の政治力が必要になりそうですが…。
 ただまあ実際そうなのかなと思うところもあり、続けてこう書かれているわけですね。

「現在の改革は本丸部分が抜け落ちている」(小泉進次郎環境相)。自民党総裁選で争点に浮上したのが解雇規制の緩和だ。政府は(1)リスキリング(学び直し)(2)ジョブ型人事(3)成長分野への労働移動――の三位一体の労働市場改革を進めたが、一段の改革を促す声があがる。
 ドイツや英国、フランスなどが導入する解雇の金銭解決のルール化が浮かぶ。勤続年数などに比例した金銭補償の仕組みが整備されれば、労働者の利益を守りながら労働移動を進められる可能性が出てくる。リスキリングの充実が前提になる。

 ここが悩ましいところで、三位一体労働市場改革は確かに「成長分野への労働移動」と書いているわけですが、日経新聞のこの記事は「成長産業や人手不足に直面する産業に労働者が移る環境整備が要る」と書いているわけです。そのとおりで、人出不足に直面する産業といえばまずは2024年問題にまさに直面している建設や運輸であり、かねてから人出不足が問題視されている介護や保育であり、さらにいずれも現業部門であるわけです。常識的に考えて、リスキリングすれば建設や運輸の現業部門に他業種・他職種から移動できるかと言えばとてもそう簡単に行きそうには思えないのですがどうなんでしょうか。また、介護や保育については移動が進まないのは賃金水準はじめ労働条件に問題があることも繰り返し指摘されているところで、これまたリスキリングすれば移動しますという話でもない。およそ日経さんが言う「労働者の利益を守りながら労働移動」なんてものにはならないわけですね。日経さんがお好きな←言いがかり、中高年男性の首切り賃下げには結びつくかもしれませんがこらこらこら。
 解雇不当時の金銭解決については私も必要だと考えていることは過去にも書いていますが、金銭解決を入れてリスキリングを充実すれば成長分野や人出不足産業にぞろぞろと労働移動するということにはおそらくならず、失業者が増えるにとどまるでしょう。そしてその中にはいよいよ生計費のためにパート・アルバイトで就労する人というのは出てくると思われますので、そうなれば日経さんが書かれているようにパート・アルバイト不足対策にはなるのかもしれませんが、本気でそう思ってはいないだろうな?
 もちろん中にはリスキリングして成長分野たるデジタル産業に移動するという人もそれなりに出てくるとは思うのですが、それとて労働条件が改善するケースばかりではないはずですしねえ。
 続く退職所得課税制度の見直しについては、これは先日も書いたとおりで過度に足止め的な制度は好ましくないので、それを前提に老後を設計している人に十分配慮したスピードで段階的に見直していけばいいと思います。最低賃金もパート・アルバイトが不足することを問題視するなら上げたほうがいいでしょうねえ(私はこれまた企業経営や労働市場の実態を見ながら段階的に進めていくことが望ましいと思っていますが)。
 あと「働き手の成果は労働時間や勤続年数だけでは判断できない。職務内容を明確にして成果で処遇する「ジョブ型」に変えていく企業の取り組みも欠かせない。」ということで、あれだなどうしても「成果で処遇する」と言いたいのだな。まあカギ括弧付きの「ジョブ型」となしのジョブ型は違うのだということなんでしょう。「労働時間や」とあるのに裁量労働と言い出さなかったのはなぜかなと思ったら後の方でしっかり出てきておりました。
 そしてこの項目の最後にこう書いているのが面白いところで、

 終身雇用と年功序列に代表される働き方は、当選回数を重ねれば閣僚や党幹部などの要職に就きやすくなるという政治の世界にも残る。…次期総裁・首相による党役員や閣僚人事が労働改革への本気度がわかる試金石となる。

 いやまあ選挙に落ちればただの人になる議員さんが「終身雇用」だというのは納得いかないなあ(そもそも雇用じゃねえだろう)。当選回数もまあ政治経験の代理指標として悪いわけではない。ツッコむならここはジョブ型との絡みで行ってほしかったところで、以前も書きましたが↓閣僚人事で「誰が閣僚になるかを決めてから、その中の誰がどのポストにつくのかを決める」というやり方はまさにジョブ型の正反対になるわけでしてね。
roumuya.hatenablog.com
 次の項目「「働き控え」招く年金制度」については一点だけ、男女間賃金格差について
「日本の男女間格差は21.3%だった。年々縮小しているものの、米国(17.0%)や英国(14.0%)といった主要国の水準には届いていない。」と不満を述べられている(女性役員が少ないという図表もあるな)のですが、これは現在の格差よりも「年々縮小」のほうが大事で、要するにこれまた格差の縮小にも時間が必要なわけですよ。今の日本企業はもはや女性労働力なしではやっていけないし、結婚・出産してもむしろ引き止める努力をしている。もちろん先々も(特に女性役員は)グラスシーリングのような問題が発生する可能性はありますが、相当程度は時間が解決すると思います。これまた、急には変わらないし変えられないんですよ。
 そしてもう一項目「海外、柔軟さで先行」というのがあってシュレーダー改革とフレクシキュリティを持ちあげています。

…手厚かった失業給付が削減される一方、公的職業紹介サービスが強化され、労働者派遣に対する規制緩和や短時間労働(ミニジョブ)の普及も進められた。企業の採用意欲は高まり、女性や高齢者の労働参加が進んだ。この結果、失業率は10年で半減。労働投入の拡大は潜在成長率を押し上げ、その後のドイツ経済復活の契機となった。

 失業給付の見直しはたしかに効果的だったらしいのですが、ミニジョブって低賃金・不安定就労が増加してあまりよろしくなかったという評価だと思ったけど違うのかしら(いまウラ取りしてないので間違いであればご容赦)。でまあ失業給付を削減すれば企業の採用意欲が高まるとは思えないわけで、企業の採用意欲の上昇につながったのは、従来従業員5人以下の企業は解雇自由とされていたところそれを10人以下に引き上げた規制改革で、これで従業員を5人以上に増やそうとしなかった小企業が追加採用に踏み切るようになった、という話じゃなかったかしら。これはわが国も見習ってもいいように思います(というか、hamachan先生とかの調査によれば実態としてすでにそうなっているという話もあったような)。ちなみに雇用分野なら普通はハルツ改革って言わんか、と思ったのですがシュレーダー改革も一般的に使われるのでまあいいか。
 フレクシキュリティーについてはこう言うのですが、

労働市場の高い流動性セーフティーネットを両立させた雇用政策は「フレキシキュリティー」と呼ばれ、欧州連合EU)全体のモデルとなっている。

 まあそういう時期もあったことは間違いないのですが、今となっては現在進行形でフレクシキュリティ―という語を目にすることはむしろ珍しいのではないでしょうか。現状では、「フレクシキュリティ―が経済を活性化するのではなく、経済が活性化している時期にはフレクシキュリティ―がうまくいく(不況期にはうまくいかない)」というのがコンセンサスになったいると思うのですがどうでしょう。やはり不況で移動先が乏しくなるといかに職業訓練をしても受け皿が不足し、このあとほめているスウェーデンでも公務部門で受け皿を増やした結果雇用者に占める公務員比率が一時期優に30%を突破してしまったこともあったとか聞きましたが(これまた今ウラ取りしてないので勘違いかも)…。
 まあ自民党総裁選の有力候補者が次々「解雇の金銭解決」を言っているので日経さんとしても推し時ということでしょうが、なんか推し方がいまひとつなような。候補者の中には消極的な向きもあるようですが、さてどうなりますか。