公務部門における障害者雇用

 これも意見照会を頂戴していた案件ですが事実関係がはっきりしないところが多くコメントしにくいなあと思っておりましたが、今般第三者検証委員会の報告書が発表され、厚生労働省のウェブサイトにも掲載されています(国の行政機関における障害者雇用に係る事案に関する検証委員会報告書)。新聞各紙もこぞってウェブニュースで報じているのですが有料記事ばかりであり(笑)、無料で読める範囲で詳しいのは産経のこの記事かな。報告書の方はまだじっくりと読み込めてはいないのでだいぶ荒っぽい議論になりますがご容赦ください。さて。

 中央の行政機関が雇用する障害者数を水増ししていた問題で、弁護士らによる国の第三者検証委員会(委員長・松井巌元福岡高検検事長)は22日、調査報告書を公表した。退職者や視力の弱い人を多数算入したとし、「(障害者の範囲や確認方法の)恣意的解釈」「ルール理解の欠如」「ずさんな対応」が原因と指摘した。各省庁は「意図的な不正算入はない」と回答したが、検証委は「法定雇用率を充足するため、不適切計上が行われてきたことがうかがえる」と故意性を問題視した。
 検証委は9月から33行政機関にヒアリングを行い、昨年6月時点の雇用状況について、28機関で3700人が不適切に計上されていたと認定。うち退職者が91人含まれていた。国のガイドラインで定めた障害者手帳などの所持が確認できていない人は3426人。健康な人が多数計上されている可能性がある。
 報告書はこの日開かれた関係府省庁の連絡会議に提出された。政府は報告書の内容を踏まえ、法定雇用率を満たすため来年中に約4千人の障害者を雇用する目標を掲げた。
 報告書は、最も多い1103人を水増ししていた国税庁で、「うつ状態」や「不安障害」の精神疾患を「内部機能障害」として身体障害者に不正計上していたと認定。629人と2番目に多かった国土交通省では、退職の有無を確認せず漫然と障害者リストを引き継いでいたため、退職した74人を計上していた。総務省環境省では、障害者としていた人のほとんどが矯正視力でなく、裸眼視力で判断していた。
 こうした問題の背景として、各機関が障害者の範囲や確認方法について「ルールに沿わない恣意的な解釈」をしていたことや、「独自の実務慣行が引き継がれていた」と指摘。不適切計上は平成9年ごろに最も早く始まったとみられるが、開始時期は大半の機関で確認できなかった。
 一方、所管する厚生労働省に対し「実態把握についてほとんど視野に入っていなかった」と批判。「身体障害者は『原則として』手帳の等級が1~6級に該当する者」との不明瞭な通知を16年から出し続け、必ずしも手帳で確認しなくてもよいとの誤解を各機関に生んだことも指摘した。…
https://www.sankei.com/life/news/181022/lif1810220012-n1.html
https://www.sankei.com/life/news/181022/lif1810220012-n2.html

 報告書を読むとずさんな管理実態がこれでもかこれでもかと列挙されていて率直に申し上げてちゃんとやってくれえと申し上げざるを得ないわけですが、まず正しい管理をおさらいしておきますと、昭和51年の障害者雇用促進法改正の際に「改正身体障害者雇用促進法の施行について」という通達(昭51.10.1職発447号)が出ており、

 今回の改正により、法の対象とする身体障害者の範囲を身体障害者福祉法に規定する身体障害者の範囲に一致するように改めた(法第二条第一項及び別表)。…
身体障害者福祉法においては、その主たる対象とする身体障害者を…身体障害者手帳…の交付を受けた者に限つているところであるが、同法別表に掲げる身体上の障害を有する者のすべてが必ずしも身体障害者手帳の交付を受けているものではないこと等にかんがみ、この法の対象となる身体障害者であるか否かの確認は、身体障害者手帳によるほか、法別表に掲げる身体障害を有することの医師の診断書によつて行うものとする。

 「原則として身体障害者手帳」というのは、例外として「医師の診断書」を認めるという趣旨であることがわかります。これについてはこのあと法改正が重ねられ、対象者が知的障害者精神障害者と拡大する中でも同様に厳格に定められている(具体的にはたとえば(独)高齢・障害・求職者支援機構が作成している納付金制度の申告書の記入マニュアルの29-30ページあたりをご参照ください)わけですが、ここを自在に拡大解釈していたというのが実情のようです。
 さてこの報告書、なぜかコピペも検索もできない設定になっている(さらに不思議なことに報告書本文に続く「参考資料」の目次にあたる1ページ(72/202)だけはコピペも検索もできるという謎設定)ので具体的な状況は報告書におあたりいただきたいと思いますが、たとえば記事にある「「うつ状態」や「不安障害」の精神疾患を「内部機能障害」として身体障害者に不正計上」については、

○平成29年度に新たに対象障害者とされたものの人数は271名であり、そのうち身体障害者が268名(内部187名(69%)、肢体44名、視覚21名、聴覚16名)、精神障害者が3名である。内部187名のうち、80名(42%)が「うつ病」「適応障害」「統合失調症」「ADHD」「アスペルガー」といった精神疾患や、「うつ状態」「適応障害の一歩手前」「不安障害」といった状態とされている者を診断書や人事調書を根拠として計上していた。

 というまことにずさんな実態であり、まず精神疾患内部障害としている点で障害者雇用のごく初歩の知識すら欠如しているわけであり(内部障害は典型的にはペースメーカーや人工透析などでかなり狭く規定されています。なお内部障害を内部機能障害と書いたのはたぶん産経のエラーで、報告書は内部障害となっています)、さらに精神障害の確認方法については原則として手帳(例外は更新申請中)しか認められておらず診断書でも不適切であり(人事調書は論外)、かつ「うつ状態」「適応障害の一歩手前」といった一般的に精神障害精神疾患に該当しない可能性の高いものまで計上するというオソマツな状況のようです。つか何だよその「一歩手前」って…。
 やはり記事にある環境省の例でも「眼鏡使用状況から裸眼の視力が相当程度悪いものと認識し、法別表の(引用者注:矯正視力による)視力の数値を、裸眼視力によるものと誤って認識して計上された」ということのようで(まあ他の多くの省庁で裸眼視力での計上が行われていたようではあるのですが)、いやその「眼鏡使用状況から」なにを判断できるんだよ…。なお記事にはありませんが農水省でも「健康診断の結果、または普段の素振りなどから見てそうではないかという職員に同意をとって計上するという運用がずっと行われてきた」のだそうでなかなか味わい深いものがありますな(強調引用者)。まあ同意はとっていたようですが、この場合は同意したところで特段損するわけでもないのでねえ(同意したから差別されるということもあるまい)。
 ちなみに中には警察庁のように「障害者の確認作業は…すべて本省人事係で、手帳の写しを取って確認し…例外である指定医の診断書による確認も検討したが、プライバシーの問題との兼ね合いもあり、手帳による確認のみを認める」と、きわめてきちんとやっている省庁もあるということもご紹介しないと不公平というものでしょう。厚生労働省もリストアップするときには手帳などで確認はされていたようで、まあそれなりですね。
 ということでほとんどの省庁で「前任者から名簿を引き継ぎ、退職などを引いて新規の人を付け足す」という運用がされていたようで、まああれかな、好意的に考えれば公務部門には民間のような納付金・給付金制度があるわけではないので、法定雇用率を充足してるんだから前例踏襲でいちいち毎年確認しなくていいでしょ、という感じで「ルールに沿わない恣意的な解釈」や「独自の実務慣行が引き継がれていた」というところでしょうか。報告書でも「民間が半分も達成できていないのに公務だけが楽勝ってのはなんかおかしいと思わなかったのかね」(意訳)と指摘されているわけですが、まあこのあたりわれら民間も公務はいいよねえ採算度外視あーこらこらこら、いや率先垂範すべき政府ガーとかいう向きもあるようですが民間もこの実態ではあまり強いことは言えないなと、思わなくもない。ちなみに民間も毎年1回障害者雇用状況報告書を提出することになっており一応自己申告ではあるのですが、障害者手帳の写しなど確認書類の保存が義務付けられているのでここまでいいかげんではなかろうと思う。やはり納付金・給付金の存在は大きいなと。
 さて厚生労働省の問題というのもあったようで、報告書はこう指摘しています。

厚生労働省(職業安定局)から国の行政機関に対して、身体障害者の範囲、確認方法について誤解を生じさせかねない記述の通報依頼通知が発出されるようになった。すなわち、平成16年から「身体障害者とは、原則として身体障害者福祉法に規定する身体障害者手帳の等級が1級から6級に該当する者とし」との必ずしもその内容が明確であるとは言い難い通報依頼通知が、平成29年に到るまでの14年間、毎年発出され続けたのである。

 この「原則として」が拡大解釈されてたとえば「適応障害の一歩手前」が障害者扱いされた、という話らしいのですが、これはどういうことかというと、やはり前出の昭和51年の通達にこうあります。

 この法の対象とする身体障害者は、法別表に掲げる身体障害がある者とされているが、これは別紙身体障害者障害程度等級表…の一級から六級までに掲げる身体障害がある者及び七級に掲げる身体障害が二以上重複している者をいうものである。
(強調引用者)

 この「原則として」の例外は7級の複合でも対象者となるということであり、この平成16年から29年までの通報依頼通知が見つからなかったのでなんとも言えないのではありますが、この例外内容について記載していなかったのであれば厚生労働省としても抜かったという話ではないでしょうか。報告書も「ルールが既に徹底されているだろうという思い込みによるもの」と断じていますね(まあしかしこれも実務的にはかなり初歩的な話のような気もするのですが)。なお報告書には「本年の通知依頼においては、この点に気付き、「原則として」を削除し…」とも書かれているのですが、本年(平成30年)のものは厚生労働省が合同ヒヤリングに提出したものが国民民主党のウェブサイトに掲載されており(その他省庁提出資料(別紙等))、それを読むと「原則として」が削除される一方、7級の複合については記載されていません。これっていいのかしら(まあ手帳は持っていますし「6級に該当」の範囲かもしれませんが、あまり親切ではないような)。公務とか(調整金・給付金でない)雇用率については7級の複合を認めないという話があったのかなあと思ってざっと調べてみましたが、見当たらないようですが…。
 ということでなかなか見どころの多い(笑)報告書であり、また障害者雇用や雇用率制度などについてはその概要は過去の経緯などもうまくまとめられているのでその点勉強にもなりますので、読んで損はない資料だとは思います。この問題はこの問題として、障害者雇用促進にはいろいろと課題も多いので、ある意味建設的な議論の契機となってほしいという思いもあります。ただあれだな、結局はこの不祥事に明け暮れてしまって大事な議論は進まないという毎度の展開になってしまう危険性も大きいなと悲観的になる私。ちゃんとやってくれえ