経済同友会代表幹事、終身雇用と新卒一括採用を語る

 経団連会長があれこれ放言問題提起して以来、いわゆる「終身雇用」なるものに関する議論がかまびすしいわけですが、有意義な論調も見られるのに対して、率直に申し上げてストライクゾーンを外れたところでバットを振り回しておおいに空振っている人というのもいるかなあという印象です。まあそもそも「終身雇用」なんて用語は専門家はあまり使わないわけであってな(いやもちろん「いわゆる終身雇用」ということで定義付きで使う人はいるわけですが)。
 ということで、今日は昨日の櫻田謙悟経済同友会代表幹事の記者会見を材料にこのあたりを検討してみたいと思います。経済同友会のウェブサイトに会見録がアップされているのですが(
櫻田謙悟経済同友会代表幹事の記者会見発言要旨 | 経済同友会
)、これに関連する質疑応答はふたつあります(別途高齢者雇用に関する質疑応答もある)。まず1問め、終身雇用についての見解を問われてこう答えておられます。

櫻田: 日本最大の課題はいくつかあるが、日本経済が持続可能性を持って成長していくことが大前提としてある。その次に、日本(企業)の生産性、特にサービス産業の生産性向上が不可欠だ。生産性を上げるために(世界に比して)何よりも見劣りするのが労働の生産性であり、ここを見直すほかない。日本に特徴的なことは新卒一括採用、終身雇用、年功序列とそれに伴う社会保障制度だ。これらは戦後70年間、特に昭和の時代にはよく機能したが、経済そのものが大きく変化したこの30年間において、制度疲労を起こしたことは言を俟たない。その中の一つとして終身雇用を捉えれば、やはり制度疲労を起こしており、(このままでは今後)もたないと思っている。ただ、終身雇用制度だけを取り上げるのではなく、広い意味での働き方改革イノベーションダイバーシティインクルージョンを進めていくために、パッケージとしての日本型雇用を見直していくべきで、その中の一つが終身雇用だと考えている。

 これは一読して開いた口がふさがらなかったわけですが、いやすでに飲食・宿泊業では非正規雇用労働者比率が7割、サービス業全体でも5割を突破しているわけであってな…?(すみません今ウラ取りしてないので数字が間違ってたらご指摘ください)
 でまあサービス業の生産性が低い理由としてとみに指摘されているのがその規模の小ささであり、さらに小規模事業所ほど非正規比率が高い傾向があると言われているわけであってサービス業の生産性向上と終身雇用の見直しはほぼ無関係と申し上げざるを得ないと思います。つか経産省あたりは「非正規比率が低い産業ほど、全要素生産性の伸びが大きくなっている」と主張しているわけで(これはすぐに見つかったhttps://www.meti.go.jp/committee/kenkyukai/sansei/kaseguchikara/pdf/004_03_00.pdf)、近年の動向としては医療福祉系で正社員比率が上がったことで生産性にも好影響が出ているとかいう話もあるらしいわけですよ(これも聞いた話でウラ取りしてませんが)。経済同友会の事務局なのかSOMPOホールディングスの中の人なのか知りませんが、しっかりしてほしいなあ。
 制度疲労と連呼しているのも残念なところで、これは過去繰り返し書いているように制度そのものの質的な問題ではなく、量的な問題だと考えるべきでしょう。長期雇用自体はなくさなければいけないわけでもないし、おそらくなくならない。ただ、「昭和の時代には」正社員が9割くらいを占めて「よく機能した」していたところ「経済そのものが大きく変化したこの30年間において」それを漸進的に6割くらいまで縮小させてきたわけですね。今後さらに非正社員や限定正社員のようなものが増えて、従来型の正社員がもっと減っていく可能性も十分あると思いますし、多様性の観点からはそれが好ましいというご意見には私も同感ですが、いずれにしても長期雇用については量的な問題には違いありません。なおかつて9割を占めた正社員の中に内部育成・内部昇進の典型的な長期雇用がどれほど含まれていたかというのも別途の論点としてあるわけですが、まあこれは損害保険会社の大企業の人の視野に入らないのは致し方ないのでしょう。
 さてもうひとつの質疑応答は新卒採用についての見解を問うものですが、こう回答されたそうです。

櫻田: 日本だけ、閉じた世界で検討するのは誤りだろうと思う。世界のなかで、在学中に就職先が決まる(学生の)割合は日本が圧倒的に高い。80%超である。米国では50%程度だ。つまり、世界の中でも珍しい仕組みであるということを前提におき、日本の今の採用のあり方が、理由はともかく、世界と競争していくには少し特殊であることを認識しておく必要がある。それを続けていく証拠(必要性)が十分にあるのかを考えた際、私としては証拠不十分で、ダイバーシティインクルージョンを含め、学生個々の考え方に沿って企業も採用を進めていくのが正しいのではないか(と思う)。通年採用が前提にあり、キャリア採用を中心として、その一つに新卒採用があるべきだ。(採用に占める)割合も、今は圧倒的に新卒採用が多い。当社・SOMPOホールディングスでも約80%が新卒一括採用で、キャリア採用は20%程度に過ぎない。これではいけない、変えていく必要があると思っている。

 いやいやいやいや「日本だけ、閉じた世界で検討するのは誤り」というのが誤りだと思うぞ。多々ある市場の中でも労働市場は基本的にローカルなものであり、生身の人間というのは右から左に簡単に動かすことはできないし、旋盤やボール盤で手軽に加工できるものでもない。日本においては学校から職業への接続が(国際的に見て)比較的円滑であり、結果として日本の若年失業率の低さは多くの海外の専門家・有識者から高い評価を得ているということはご承知おきいただきたいところで、これまた中の人にはもう少しがんばってほしかったかなあ。
 いっぽうで「通年採用が前提にあり、キャリア採用を中心として、その一つに新卒採用があるべきだ」というのは非常に有意義な問題提起で、ご自身のお会社について「当社・SOMPOホールディングスでも約80%が新卒一括採用で、キャリア採用は20%程度に過ぎない。これではいけない、変えていく必要があると思っている」と言及しておられるように、これまた質的な問題ではなく量的な問題なんですよ(長期雇用と新卒一括採用が表裏一体であれば当然そうなる)。でまあ多様性の観点からも採用・就職にバリエーションがあったほうがいいというのは私も同意見ですし、あとは、たとえば新卒と中途のバランスをどう考えるかとかいった話は各社のポリシーということになるのでしょう。「学生個々の考え方に沿って企業も採用を進めていくのが正しい」というのは、まあ一応は正論としてもどの程度まで「考え方に沿って」やるのかは人により企業により異なるでしょう。実際問題としては「こんな感じの人を100人くらい」といった採用ニーズであればそうそう個別にコストはかけられない一方、そうしないと採れませんという一部の職種についてはすでに学生個々の考え方に沿って個別にコストをかけて職種限定でのジョブ型の採用というのもすでにかなり広く行われているわけです。
 一方で「学生個々の考え方に沿って」という話だと従来型の新卒就職を望む人のほうが多いのではないかという気もひしひしとするわけですが、そこはやってみないとわからないし変わっていくのだということもあるでしょう。繰り返しになりますが個社のポリシーであり、つまり両社の労組もそれでいいと言っているのであれば外部からあれこれ口出しする筋合いではないわけでまあ日立さんとSOMPOさんがおやりになればいいのではといういつもの結論に到達して終わります。