「キャリアデザインマガジン」第96号に掲載した書評を転載します。
- 作者: 鶴光太郎,水町勇一郎,樋口美雄
- 出版社/メーカー: 日本評論社
- 発売日: 2010/03
- メディア: 単行本
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しかし、その進捗ははかばかしくないのが実態だ。たとえば、少子化対策プラスワンは「男性の育児休業取得率10%」を目玉として打ち出したが、2008年の実績は1.23%にとどまり、2007年の「仕事と生活の調和推進のための行動指針」ではその達成を10年後の2017年としている。「働き方」は単に労働者個人や職場、あるいは企業の問題にとどまらず、わが国の雇用システム、ひいては社会システムと密接につながっているところに、この問題の難しさがある。
この本は、独立行政法人経済産業研究所が実施した政策シンポジウム「労働時間改革・日本の働き方をいかに変えるか」の成果を中心にまとめられたものだという。働き方・労働時間のあり方は、雇用システム全体の問題として捉え直す必要があるとの問題意識のもとに、法学・経済学・経営学・社会学の専門家による学際的な内容となっている。第1章ではシンポジウムを主導した鶴光太郎氏による総論であり、わが国の労働時間の実態と労働時間規制の特徴をふまえた今後の方向性が示される。第2章、第3章、第4章、第6章、第7章は経済学者によるもので、それぞれ行政による労働時間への介入の正当性、労働時間短縮政策導入前後の労働時間の変化、過剰就業とワークライフコンフリクトの関係、ホワイトカラー・エグゼンプションの働き方への影響、ワークシェアリングの実現可能性について経済学の立場から検討・検証される。途中の第5章では、労働時間が長くなったと認識した人とその職場の特徴を経営学の立場から述べる。第8章から第10章までは労働法学者によるもので、それぞれ労働時間法制全般の課題と方向性、ホワイトカラーの労働時間制度が検討され、最終の第10章では国立大学法人化にあたって労働法学者自身が実務を担当した経験が紹介されている。
今日的なテーマも幅広くカバーし、最新の研究成果にもとづく知見も多く含まれていて、労働時間問題を全般的に理解するには好適な本であり、関心のある人にはお薦めしたい。
そのいっぽうで、この問題の困難さをあたらめて感じさせる本でもある。第1章で少し触れられているが、この本を読み進めるにつれ、労働時間や働き方が「長期雇用」などのわが国の雇用システムにとどまらず、「専業主婦モデル」「企業福祉」といった社会システムや、あるいは「努力に応じて報われることが正義」といった価値観に深く結びついていることに思いが至る。それゆえ、法律によって直接的に規制して働き方を変えさせようとの試みは、おそらく成果をあげないだろう(もちろん、健康被害防止のための法規制などは必要だが)。働き方を見直せば「得になる」というインセンティブをうまく付与すれば一定の成果が得られようが、それでも、根強く定着した価値観まで変えていくことは困難だろう。そこまで政策でやらなければならないのかという疑問も当然あろう。そういう意味では、働き方の見直しが進むとすれば、それは社会通念にとらわれない個人の自由な行動を通じてなのかもしれない。そんなことを思わせる本でもある。