本日の日経新聞「経済教室」で、渡辺努一橋大学教授が「物価の反応の鈍さ注視を」という論考を寄せておられます。デフレの要因と対策を分析しているのですが、失業についても言及されていて興味深いものがあります。
世間の注目は、日本経済が「デフレスパイラル」に陥っているかどうかに集まっている。デフレスパイラルという言葉は…価格と賃金がフリーフォールするような、底なし沼のイメージがある。
…幸い、日本経済がそうした状況に陥ってしまった、または近い将来そのリスクが高いとの見方は今のところ少数派である。
…筆者は、(物価の)現状は価格と賃金のフリーフォールどころか、むしろリーマンショックという未曾有の規模の需要ショックが起きたにもかかわらず、物価の反応は極めて鈍いとみるべきだと考える。…昨秋のリーマンショックが生産、受注、出荷、雇用などの「数量」に及ぼした影響は甚大だった。一方、物価や賃金など「価格」への影響はせいぜい2〜3%で、マイルドと評価できる。巨大な負の需要ショックに対して「価格」の調整が小さかったがために、大きな「数量」の調整が必要になったともいえる。仮に需要ショックに対して価格や賃金がもっと大幅に下落すれば、量の調整はマイルドですんだはずだ。
価格調整と数量調整のバランスは年ごとの物価上昇率と失業率を図示したフィリップス曲線で確認できる。2000〜2009年の時期、失業率は3%台から5%半ばへ大幅に上昇したが、消費者物価上昇率の低下は微々たるもので、その結果、フィリップス曲線は2000年以降ほぼフラットになっている。…90年代にもその傾向があったことがわかる。
(平成21年12月9日付日本経済新聞朝刊「経済教室」から、以下同じ)
さて、ここから需要ショックに対して物価があまり反応しない理由として「実質硬直性」仮説が紹介されます。それを受けて、物価の下落幅が小さくてもその背後にある経済厚生の損失は大きく、軽視はできないため、中央銀行は価格だけでなく数量を含めた経済の全体をとらえるべきと述べられています。その上で、
フィリップス曲線のフラット化は金融政策運営を難しくするが、金融政策の効果を高める効果もある。…金融政策でマネーの量を増減させるとそれが数量に与える影響が大きいからだ。…数量の安定化をはかる上で中央銀行の果たすべき役割は通常より大きい。
と、日銀の政策対応を求めています。具体的には、
…リーマンショック前の名目GDPを回復するまで量的緩和を含む超金融緩和をアナウンスするなど、企業や家計の物価予想に積極的に働きかける施策が必要である。
と述べられています。
金融政策のことは私はよくわからないのでなんとも言えないのですが、とりあえず物価の上昇は実質賃金の低下なので雇用は増えそうだというごく単純な想像はつきます。日銀が金融政策で本当に物価を上昇させられるのなら、雇用対策としてもかなり有力だということになるわけで、これは田中秀臣先生とかも言っておられたと記憶しています(違ったかな。自信なし)。はたして具体的政策と効果、実現可能性はというと私にはなんともわかりませんが、さすがに物価が上がりはじめるまで日銀がひたすら土地と株を買い続けるといった対応は絶対にやらないでしょうが…。
それはそれとして、物価上昇率のかわりに賃金上昇率を使っても似たような結果が得られるのでしょうから、不況期に賃金が下がらない(賃金の下方硬直性)せいで失業が増える、ということが今回の不況期にも該当しているということにもなるのだろうと思います。逆にいえば、ワークシェアリング、というより端的にウェイジ・シェアリングを行えば失業率の悪化を抑制できる、つまり価格で調整すれば数量の調整はその分小さくてすむということになるのでしょう。これは非常にわかりやすい理屈のように思われます。というか、現実に休業などで企業の支払う賃金は下げ、そこを雇用調整助成金で穴埋めするといった対応はすでに行われているわけで、それを拡充するというのが雇用維持策としては間違っていないということになるのでしょう。
逆に、賃金を上げてその分を価格転嫁すれば物価が上がって失業も減るだろう(少なくともデフレからは脱するだろう)というのは、前回の雇用調整期にドーア先生などが提案しておられましたが、はたして賃金が上がり同じように物価が上がったときに消費者が値上がりした商品を以前と同様に買ってくれるものかどうか。企業の側にしても、本当にすべての企業が賃金を上げた分の値上げに踏み切るのか。経団連や日商にはそこまでの指導力はないでしょう、というか本当にやっていいのかそれは。あるいはこんな円高のときにそれをやったら輸入品に徹底的にやられるだろうから時期が悪いとかいうこともありそうですし。でも、日銀は「企業がデフレで困ってるんだったら賃上げしろよ」と真剣に思っているかもしれないなあ。