雇用制度改革なるもの

このところいただきもののお礼も滞っていて面目ない本ブログですが、ずいぶん以前のエントリにトラックバックをいただきました。TB元のブログ主さんは労組の活動家の方のようで、昨今またぞろ噴出している安易な解雇規制論に対して私の過去エントリをご紹介いただいたのですが、ことほどさように世間では雇用制度改革の議論が盛り上がっているようです。私も雇用政策も産業政策の重要な一部だ(実際今回の議論も「産業の新陳代謝」と紐づけられているようですし)ということで一応ウォッチすることはしているので、先日の産業競争力会議に提出された資料をもとに若干の感想を書いてみたいと思います。
産業競争力会議はテーマ別会合というのをやっているようで、人材力強化・雇用制度改革の会合は主査が経済同友会代表幹事の長谷川閑史氏、メンバーは新浪、秋山、坂根、竹中、橋本各議員となっているようです。まあメンバーをみると労働の専門家もいなければ教育の専門家もいないわけで結果はやる前からわかっているような気がするわけですが案の定でした(笑)。産業競争力会議の事務局はもちろん、経団連や同友会の事務局にはもっとがんばってほしいなあ。
ということで産業競争力会議のウェブサイトにテーマ別会合主査である長谷川議員提出資料「人材力強化・雇用制度改革について」http://www.kantei.go.jp/jp/singi/keizaisaisei/skkkaigi/dai4/siryou2.pdfが掲載されておりますので、中段以降の「3.雇用制度改革」の部分をみていきたいと思います。
さて最初に基本的な考え方(だと思うのですが)としてこう書かれています。

 経済成長のためには、生産性の低い産業から生産性の高い産業への労働移動を促進していかなければならない。現実的にはこの15年間で、医療・福祉の就業者の割合が倍増し(全体の5%から10%の600万人へ)、うち75%が女性であるなど、人々の働き方は変化している。こうした変化に対応するには、教育・訓練と円滑な労働移動への体制づくりが肝要である。正規雇用者の雇用が流動化すれば、待機失業者が減り、若年労働者の雇用も増加すると同時に、正規雇用者と非正規雇用者の格差を埋めることにもなる。
現状では大企業が人材を抱え込み、「人材の過剰在庫」が顕在化している。大企業で活躍の機会を得られなくても、他の会社に移動すれば活躍できるという人材も少なからずいるはずであり、「牛後となるより鶏口となれ」という意識改革の下、人材の流動化が不可欠である。現行規制の下で企業は、雇用調整に関して「数量調整」よりも「価格調整」(賃金の抑制・低下と非正規雇用の活用)に頼らざるを得なかった。より雇用しやすく、かつ能力はあり自らの意志で積極的に動く人を後押しする政策を進めるべきである。
【KPI】
労働生産性(単位時間あたりGDP)を世界トップ10に

この書き方だと素直に読めば「医療・福祉」が「生産性の高い産業」だということになりそうですが、特に伸びているのは介護などの福祉であり、少なくとも労働生産性を単位時間あたりGDPだとするのであればこの分野が生産性の高い産業であるとは考えにくいものがあります。医療はまあ生産性が高いのかもしれませんが公定価格の分野で生産性を云々されてもなあという感もこれあり。これは介護も同じなのですが。
ただ「医療・福祉の生産性が高い」とダイレクトには書いてないので、これは単に変化の一例にすぎず生産性の高い分野は別途ある(あるいは出てくる)ということで移動の重要性を主張しているのだと受け取っておきましょう。
続く「正規雇用者の雇用が流動化すれば、待機失業者が減り、若年労働者の雇用も増加すると同時に、正規雇用者と非正規雇用者の格差を埋めることにもなる。」もかなりうさんくさく、少なくとも「景気が好調など、好条件の求人が多数存在している」という前提がないかぎり誤りでしょう。そもそも待機失業というのは通常の意味では「今はこれなら就職してもいいと思えるような求人がないからそれが出てくるまで待機している失業者」のことでしょうから、これが増減するか否かはひとえに好条件な求人の多寡に依存します。逆にいえば、好条件な求人が乏しい状態で正規労働者の雇用が流動化すれば、常識的に考えて留保賃金が高い失業者が増加して待機失業も増加するはずです。ということで無条件に「正規雇用者の雇用が流動化すれば」「待機失業者が減」るというのは誤りです。なお正規労働者の雇用が流動化することで条件の比較的良好でない求人が増えれば比較的留保賃金が低いと想定される若年の雇用が増加する可能性はあると思いますし、全体的に水準が下がることで格差が埋まる可能性もあると思いますが、それってこうやって威張って書くような話なのかなあ。
「現状では大企業が人材を抱え込み、「人材の過剰在庫」が顕在化している。大企業で活躍の機会を得られなくても、他の会社に移動すれば活躍できるという人材も少なからずいるはず」というのは、武田さんのリストラは有名?ですし、コマツさんも一度かなりの人員整理を実施してすっきりした?経験がおありだったと思いますので、おそらく長谷川氏にとどまらず坂根氏の実感ではあるのでしょう。ローソンさんやサキさんの実情はどうなのかわかりませんが、大企業に人材を囲い込まれている、という実感もあるのでしょうか。
ただまあ「「牛後となるより鶏口となれ」という意識改革の下、人材の流動化が不可欠である。」とか断言されてしまうと余計なお世話だなあとは思います。どういう牛後でどういう鶏口かにもよりますが、この文脈で語られると私は鶏口より牛後のほうが好きですし、けっこう自由が好きな私としては他人に特定の価値観を強制されるのが苦手でしてね。
「現行規制の下で企業は、雇用調整に関して「数量調整」よりも「価格調整」(賃金の抑制・低下と非正規雇用の活用)に頼らざるを得なかった。」というのも、非正規雇用の活用=雇止めの活用による雇用量の増減のどこが価格調整なんだと言いたくはなりますね。いやもちろん非正規のほうが賃金水準も低い傾向があることは間違いないので価格調整という面ももちろんあります(しかしそれは賃金の抑制・低下そのものですが)が、しかし非正規雇用活用の核心は数量調整が容易であることは実務家の常識だと思います。
で、この部分の最後で「より雇用しやすく、かつ能力はあり自らの意志で積極的に動く人を後押しする政策を進めるべきである。」と述べているわけですが、「より雇用しやすく、かつ能力はあ」る人を後押しするのは、少なくとも雇用政策としてはかなりお粗末と申し上げざるを得ないものと思います。いやさあ、正規雇用の流動化をやりたいんでしょ?だったら、より雇用されにくく、満足な転職するには能力が不十分にもかかわらず、自らの意思によらず動かざるを得なくなってしまった人を後押しするほうがよーーーーっぽど重要でしょ?いやもう誰か止める奴はいなかったのか
さて続けて【重点施策】というのがくるのですが、

  • 雇用維持型の解雇ルールを世界標準の労働移動型ルールに転換するため、再就職支援金、最終的な金銭解決を含め、解雇の手続きを労働契約法で明確に規定する
  • 雇用維持を目的とした現行の雇用調整助成金を基本的に廃止し、その財源をもって、職業訓練バウチャー、民間アウトプレースメント会社等の活用助成など、人材移動を支援する制度に切り替える
  • ハローワークの持つ求人情報や各種助成金を民間開放して、紹介・訓練・カウンセリング、アウトプレースメントなどを一体的・効果的に提供できる仕組みを作る

「雇用維持型の解雇ルールを世界標準の労働移動型ルールに転換するため」になにが必要かは、hamachan先生あたりにみっちりと講義していただいてはどうでしょうかね。容易じゃありませんし、少なくとも「再就職支援金、最終的な金銭解決を含め、解雇の手続きを労働契約法で明確に規定する」なんてことではないはずです。つーか世界標準の解雇の手続き(後述しますが恣意的解雇の禁止を含む)を明確に規定してそれが厳格に適用されるようになったらローソンさんの現場とかで困った事態が多発すると思いますぜこらこらこらこら。いやこれは失礼しました。なお当然ながら私として現状を是認するわけではありませんので為念。
続くふたつもさてどうかなという感じですがこれだけでは判然としないのでスキップしまして、【具体策】をみてみましょう(機種依存文字は変更しました)。

(1) 多様な働き方を差別なく認める(画一的な正社員中心主義を改める)
裁量労働時間制から新たに自己管理型の業務や在宅勤務等働き方に応じて総労働時間規制等を緩和すると同時に、導入が容易(現行制度は、労使委員会の4/5 以上決議+個別同意+労基署への6ヶ月ごとの報告)な制度へ移行
・ 育児・介護と仕事の両立が可能になるよう、類型的に労働負荷が低いテレワークでの就業は、深夜・休日とは異なる賃金とする
裁量労働対象者の総労働時間規制(深夜・休日残業の割増賃金および36協定に基づく総労働時間の上限)の適用除外化
・ 多様な労働契約(3年超の有期雇用、地域限定、職種限定、プロジェクト限定など)の自由化
・ 過剰な派遣労働規制、有期雇用規制の見直し(30日以内派遣禁止、付随的業務の扱い、有期雇用の無期転換規定など)
・ 研究者等を対象とした労働契約法(雇止め問題)特例法を含めた対応

むむむむむ。私も繰り返し書いてきたように一定程度以上のホワイトカラーについては労働時間規制を大幅に見直す必要があると考えていますので問題提起としては共有する部分は大きいのですが、それにしても「裁量労働時間制から新たに自己管理型の業務や在宅勤務等働き方に応じて総労働時間規制等を緩和する」というのはそもそも文法がなってねえぞという感じで意味不明です。「総労働時間規制」というのも見慣れない用語で、時間外労働協定の限度時間の基準のことだろうとは思いますが、しかしよく知られているように特別条項の「限度時間を超える一定の時間」については「できるだけ短くするよう努める」との規定しかないため、有限の上限を定めた総労働時間規制には現状なっていません。
「類型的に労働負荷が低いテレワークでの就業は、深夜・休日とは異なる賃金とする」ってのも全く意味不明です。「休日とは異なる賃金とする」って、武田薬品さんって休日にも賃金支払ってくれるの?
「多様な労働契約(3年超の有期雇用、地域限定、職種限定、プロジェクト限定など)の自由化」というのも、3年超の有期雇用を除けば基本的にはすでに自由ですが、というツッコミが来そうでまずい書き方です。問題は地域限定、職種限定、プロジェクト限定の場合の雇用終了における保護がどうなるかであって、まあ実務的にはそこがはっきりしないから不自由だということはそのとおりであり、したがって地域限定、職種限定、プロジェクト限定の労働契約については当該地域、職種、プロジェクトが縮小・終了等した場合には当然に労働契約も終了することを明確化する(もちろん簡素な手続規制はあっていいと思いますが)ことが重要であって、そのあたりもっとていねいに書いてほしいと思います。いいことも言っているのに、こんなに雑じゃ相手にされませんぜ。
「過剰な派遣労働規制、有期雇用規制の見直し(30日以内派遣禁止、付随的業務の扱い、有期雇用の無期転換規定など)」については同感で、これら規制には労使ともに得になってない場面もかなりあり、適切に見直すことが必要だと私も思います。「研究者等を対象とした労働契約法(雇止め問題)特例法を含めた対応」というのは、野川先生とかが問題視しておられたこのあたり(http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20121025#p1http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20121029#p1)の話ですね。まあ過則勿憚改とも言いますし、抜け道をふさごうとムキになるからこういうことになるわけで、行政当局にはこれを奇禍として軌道修正をはかられてはいかがでしょうか。いやそのくらいしか使い道ないんじゃないかこのペーパーこらこらこら。いや趣旨として賛同できる内容も少なくないのですがしかしなにかとイマイチすぎて。
ということでかなり長くなってまいりましたので本日はこのあたりで。続きも近いうち書きたいとは思いますがこのところの体たらくをみると期待できないかと。申し訳ない。