経労委報告に対する連合の見解・反論

けさほど今次春季労使交渉をめぐる経団連と連合の首脳懇談会が開催されたということで、すでにネット上にはニュース速報なども流れはじめているようです(産経新聞のサイトhttp://www.sankeibiz.jp/business/news/100126/bsg1001260850005-n1.htm)。経団連の御手洗会長は「企業の存続、発展、従業員の雇用安定が最重要課題だ」と述べ、労使協調による決着を強く求めたのに対して、古賀会長は経団連が示唆する定昇凍結などに反発し「定昇は労使の積み重ねの根幹」と定昇維持を強く求めたと報じられています。
これで一応今次春季労使交渉が「プレイボール」となったということのようですが、すでに先週はじめには経団連の「2010年版経営労働政策委員会報告」が発表されており、連合は即座にそれに対する見解と反論を「連合見解」として発表しています。
経労委報告についてはきのうのエントリでもご紹介したこちらhttp://www.keidanren.or.jp/japanese/journal/times/2010/0121/01.htmlをごらんいただくとして、今日は連合見解のほうを見ていきたいと思います。全文はこちらにあります。
http://www.jtuc-rengo.or.jp/news/kenkai/2010/20100119_1263891525.html
この連合見解、毎年発表されていますが(年によっては事務局長談話のこともありますが)、これから大々的に交渉事を始めるぞという非常に強い意気込みを持って大いに張り切って書かれており、要するに誇張や扇動が満載でしみじみと鑑賞するに値するわけですが、まあ各産別・単組がこれから経営と一戦交えるぞという際にはこういう檄文も必要なのでしょう。そもそも交渉事ですから最初から甘いことを言っていては話にならないわけですし、とりわけ今年は経済環境が厳しくて苦戦が予想されるとなるとなおさらということもあるでしょう。ちょっとやりすぎていてかえって信頼性を損ねているような感はなきにしもあらずですが(余計なお世話)、まあお約束といえばお約束のようなものなのかもしれません。
ということで、なんとなくネタにマジレスするような感じでいささか気がさすところもあるのですが、いくつか目を引くところがありますのでコメントを。
さて、連合見解はまず最初に「1.総括」というのがあって、全体的なコメントが述べられています。まあ、労働組合という立場からすればこのくらいのことは言いたいのかなという感じはしますし、連合傘下には労使協調による生産性運動路線に批判的な組織も含まれていますので、経営者に対する要求ばかりが並ぶのも致し方ないところではありましょう。しょせんこうした制約からくる一定の限界があるのは避けがたいところではあります。
たとえば、

…人件費を長期的な視点ではなく、コストととらえた経営姿勢が政府の新自由主義的経済政策と相俟って「20年にわたる長期の停滞」をもたらしたと言える。

と言われれば、本当に政府は20年前の1990年以前から「新自由主義的経済政策」を取ってきたのかなあとか、連合はバブル崩壊金融危機サブプライム問題やリーマン・ショックがなくても20年間停滞していたと思っているのかなあとか、単組の執行委員長は疑問に感じないのだろうかと思ってしまうわけではありまして。あ、この「政府」って米国政府のこと?
あるいは、

 いま経営側に求められているのは、「国際競争力」や「コスト(人件費)削減」といったミクロの企業論理を優先させた経営姿勢ではなく、経営責任として働く者の雇用不安・将来不安を払拭することである。そうでなければ、企業経営の将来展望も切り開くことも、日本を再生することもできない。

ってのも、まあ一面そのとおりではあるのですが、しかし企業にそこまで求められてもなあ…という感じもするわけでして。社会主義国家の国営企業じゃないんですから、このあたりは大半は政府の役割ではないかと思うのですが。
続く、

…産業の革新力・技術開発力が根本的に重要である。短期的でなく、生身の人間の年々の努力こそが新しい革新・技術開発力を創り出す。そのことで、はじめて持続可能な成長が可能となる。
 日本経団連は、雇用と労働条件を長期的に安定させ、積極的に人への投資を行い、きちんと「人材」を育てあげていくことの重要さを会員企業に、指導するべきである。そうでなければ経営者団体としての鼎(かなえ)の軽重を問われることになる。

これまたまことにゴモットモなのですが、経労委報告を読むとそういうことはすでにしっかり書き込まれている件について小一時間(ry実際、人材育成なんて10ページくらい使って書かれていて、まあたしかに連合とは意見が異なるところもあるでしょうが、しかし書いてあるものを書いてないかのように非難するというのもちょっと…。全文をていねいに読む気にならないというメンタリティは情においてはわからなくもないですが、しかし目次だけでも見ればこうは書けないはずなんですが。というか、実は例年このパターンが多くて、雇用の安定とか賃金の上昇とかいった内容が含まれていなければ書いていないことにするというのがひとつのルーチンなのかもしれません。
同様に、

 今日の大きな社会問題である「格差問題」、「非正規労働者問題」の背景には、95年に旧日経連が発表した、いわゆる「雇用のポートフォリオ」の考え方があることを言及しておきたい。この報告はそれまでの長期勤続という雇用慣行を使用者側から崩壊させるための主張であり、これをターニングポイントに大きく非正規雇用増へと踏み出したのである。

これなんかも、『新時代の「日本的経営」』を読んで書いているのかどうか。年次の経労委報告とは違って、これは読んでおいたほうがいいと思いますが(余計なお世話)。とりあえず自社型雇用ポートフォリオは基本的な考え方として長期継続雇用の重視を含んでおり、長期勤続を崩壊させるためのものではないことは明らかです。その後の現実をみても長期雇用慣行(長期蓄積能力活用型)を維持するために一定の非正規労働を必要としたというのが実情でしょう。
もう1か所凄いところを。

…財界代表として政府に対しても日本の将来設計、新しい産業構造のあり方について提起するなど、世の中に向けて経営の役割を踏まえた考え方を発信していくべきである。

これまた、経労委報告にはそれなりに書かれておりますな、連合の意見とは違うにしても。というか、経団連と来た日には昨年12月15日に「経済危機脱却後を見据えた新たな成長戦略−新たな需要が期待される5つの分野と持続的な成長を支える政策の3本柱−」、今年1月19日には「産業構造の将来像−新しい時代を「つくる」戦略−」と、たいして中身の違わない提言を立て続けに発表していて何なんだこれはという状態なわけでして、これ以上まだ発信しろと言いますかそうですか。
さて、このあと「連合見解」は「2.各論」に入りますが、だいぶ長くなってきたので明日に回したくなってきたのではありますが(笑)、とりあえず一つくらいはコメントしておきます。

(1)賃金カーブ維持、定期昇給制度の見直しについて

…賃金抑制の弊害を無視して、一段とその動きを強めれば、個人消費はさらに低迷し、デフレ・スパイラルを加速させることは必至である。
定期昇給は、基本的には内転原資であり、直接人件費のアップにはつながらないことを指摘しておく。また、この制度は人事処遇制度の根幹をなすものだけに、それをコスト削減を目的に見直しを主張することは、労使関係の信頼を揺るがす重大な問題である。

これは難しい論点で、デフレ下での賃金決定をどうするかという議論はしっかり行ったほうがいいのでしょう。まあ、賃金を多少抑制したところでデフレ・スパイラルに陥る(連合は「加速させる」とすでに陥っているかのように書いていますが)ことは必至かというと、そんなことはないでしょう*1し、賃金引き上げがどの程度個人消費の増加につながるかというのも議論のあるところですが、それはそれとして、デフレ下で名目と実質をどう考えるのかは悩ましいところです。
経営サイドとしてみれば、現実にデフレで物価が下がり、売上も下がっている中では、定昇割れでも実質賃金は確保できているという点を重視するかもしれません。定昇について(制度かどうかはともかく)「基本的には内転原資であり、直接人件費のアップにはつながらない」というのは名目においては正しい指摘で、もちろん経団連もそこを間違っている形跡はありませんが、いっぽうで実質ではデフレの分は人件費アップにつながりますし、インフレ時には逆に実質人件費ダウンとなります。そこで労組はかねてから物価上昇分(インフレ分)を賃金引き上げ要求に反映させてきた*2わけで、デフレの時だけ知らん顔するのは筋が通らないということにはなります。
いっぽう、働く人たちの現実の生活実感は実質よりは名目に左右されるだろうということも感覚的にはよくわかりますし、社会保険料の引き上げなどで手取りが減る分はどうしてくれるんだという話も実感としてはあるわけで、労組の主張もただの既得権確保という以上の根拠はありそうです。
ただ、現実には賃金カーブの形状や労務構成(年齢構成など)によって左右される部分も大きく、現時点では多くの企業で団塊世代が定年に到達したことで過剰に内転し、総額賃金は縮小しているケースがみられるのではないかと思います。そのあたりに労使の妥協の余地もなくはなさそうですが、これは個別企業によって相当の違いがあるはずなので、結局は個別労使でじっくり話し合って合意点を探っていくよりない話ではないかと思います。

*1:これに関しては、12月9日のエントリhttp://d.hatena.ne.jp/roumuya/20091209でご紹介している渡辺努先生の同日付日経「経済教室」が参考になります。

*2:オイルショック時には物価上昇抑制の要請もあってベアが物昇を下回り、実質賃金が確保できなかったことがありました。消費税が3%から5%に上がった際にも類似のことが起きているようです。