妙齢塾

「妙齢塾」という、関西地区で女性管理職候補が集まってセミナーや勉強会を実施している団体があるそうです。その団体が主催して昨年11月に開催された「ワーク・ライフ・バランスフォーラム」の記録集を関係者の方から頂戴しました。
中身をみると、脇坂明先生の基調講演があって、その後企業労使とNPO(?)の人たち、コンサルタントの女性によるパネルが続いています。ありていに言えばありがちなWLBマンセーフォーラムではあるのですが、それでもいろいろと参考になる内容もありました。特に私が感心したのは、「京都おやじの会」という団体を主宰している森田眞利さんという人の発言(の一部)です。この会は父親の育児参加に取り組むための集まりのようで、「父親の子育てに理解のある企業をOK企業として認定、表彰している」のだとか。森田氏自身は従業員15人の企業を経営されているようです。発言の前半はありがちな自慢話が続くのですが、この部分にはうならされました。

…僕らは親父同士でよくしゃべるのですが、先ほど先生が言いはった、休んだらいいやんという順送り方式、キャリアパスというのを言いはりましたよね。サラリーマンの親父に言うと、「何ヶ月も休んでもとの位置に戻れるかが不安や」と言うのです。順送りでしょう。出て行ったら下になっているのと違うかと。社会がどんどん進んでいく中で、取り残されてかなんという言い方をします。でも他の人にはできないことが経験できると言うのですよ。実際、何ヶ月も休んで子育てだけやっていて、それで満足するかというと、満足できない人もいはるけれど、それが楽しいから仕事をがんばるという人もいるのですよ。個人、個人、すべて違うので、今ワークライフバランスが画一的なものでは絶対ないと思うのですよ。その場、その場、その人、その人で、これが幸せやな、これは働き甲斐がある、これはいっしょに子育てしていって楽しい、そういう思いがあったらそでバランスが取れているのと違うのかなと。だから仕事ばかりしていて、嫁さんが子育てしていて、何も文句なかったらそれはそれでバランスがとれているのですよ。そういう女の人もいてはるし、そういう男の人もいてはる。…

脱字があるんじゃないかなあと思う部分もあるのですが、なにぶん方言なので判定できずママとしました。で、この後はまた自慢話なのですが、この部分は非常にいいことを言っていると思います。
子育てのために休めば、その仕事は誰かが穴埋めしなければなりません。そこを、同じ職場で少し能力レベルの低い仕事をしている人が埋める。その人の仕事は、さらにもう少し能力レベルの低い仕事をしている人が埋める…と職場内で順送りをして行き、あるレベルのところまできたらそこは派遣社員などで一時的に埋め合わせる。これが脇坂説の「順送り方式」で、これは脇坂先生が調査した結果こうした対応をとっている企業が多くみられたということのようです。そうすることで職場メンバーがそれぞれレベルの高い仕事に取り組むことができ、職場全体の力量が上がるわけで、だから育児休業というのは職場の力を上げるいいチャンスだ、というのが脇坂説なわけです。
ということは、この方式だと、当然ながら休業を終わって会社に「出て行ったら下になっているのと違うかと」心配になるのもまことにもっともと申せましょう。実際、その仕事をカバーした人にしてみれば、その人が出てきたからといって喜んで元の低いレベルの仕事に戻ろうという気にはなかなかならないでしょう。これがたとえば、係長昇格手前くらいの人が休んで、ほとんど違わないその次の人がその仕事を穴埋めしたとしたら、それはその人にとっては「チャンスをつかんだ」ということに他なりません。そこに前の人が戻ってきてさあポストを空けろ、と言われても、穴埋めをしてきた人にしてみれば「そんなのはイヤだ、係長に昇進するのは自分だ」ということになるでしょう。これは名優が突然の体調不良で大舞台に出演できなくなり、アンダーについていた無名の代役が絶賛を受けてスターダムを一気に駆け上がる…というサクセスストーリーと構造的にはほとんど同じです。
ということで、さすがに派遣社員が短期的に穴埋めしていたところまで落とされることは現実にはなかなかないでしょうが、子育てのために長期間休めば、同僚に先を越されたり後輩に追い抜かれたり、その間職業キャリアが多かれ少なかれ停滞することは避けられないでしょう*1。だから男性の育児休業の取得が進まないのだ、育児休業を取った人も取らなかった人と同じように昇進させることを企業に義務づけるべきだ、という極論も時々みられますが、しかしそれはその間穴埋めをして頑張ってきた人たちの納得を得られないでしょう。また、誰しも自分の思い通りのキャリアを歩めるわけでは当然ないわけで、どこかで思い通りにならないところが出てきます。そのときに、実際はそうではないのに「ああ、結局あのとき育児休業をとったからここで思い通りにならなかったのだな」と思ってしまえば、いくら「同じように昇格させることを義務づけ」たとしても意味がありません。こういう人は「いくら同じように昇格させると言ったって、結局育休を取ると遅れるんだよ。俺を見ろ、俺を…」となってしまって、かえっていろいろな意味で逆効果になってしまいます。これはそういう人が悪いのではなく、そういう制度が悪いのであって、「何ヶ月も休めば、その時点ではそれ相応にキャリアが遅れるのは当然です。取り返したいのであれば、復帰してからしっかり頑張ってください」とはっきりさせたほうがよほどマシでしょう*2
ですから、森田氏の言うように「でも他の人にはできないことが経験できると言うのですよ」、だからキャリアが遅れてもいいじゃないですか、という考え方が大切になるのだろうと思います。何ヶ月も休んで子育てをして、他の人にできない経験をして楽しかった、だか会社にら出て行ってキャリアは少し遅れていても、また仕事を頑張ろう、それで幸せだと、こうした考え方をできる人ならば、少なくともその限りにおいてはためらうことなく育児休業を取得できるでしょう。「個人、個人、すべて違うので、今ワークライフバランスが画一的なものでは絶対ないと思うのですよ」「仕事ばかりしていて、嫁さんが子育てしていて、何も文句なかったらそれはそれでバランスがとれているのですよ」というのも全くそのとおりでしょう。
特に重要なのは「画一的なものでは絶対ない」というところで、ワークライフバランスやキャリアについての価値観は個人によって当然違っていていいはずです。おそらく問題は、自分の価値観が正しいと思い込み、他人の異なる価値観を容認できない人たちの存在ではないでしょうか。そういう人が有力な立場に立ち、他人に自分と同じ価値観を求めはじめると、いろいろと軋轢が生まれてきそうです。男性が育児休業の取得を求めた際に「オレはそんな奴は許さん、クビだ、左遷だ」と言ってしまう上司というのはまだまだいるのかもしれません。少なくなってきていると思いたいところですが…。いっぽう、同僚よりキャリアが遅れてもいいですから育児休業をとります、という価値観の人が本当にどのくらいいるのか、これは増えていると言われているのですが実際のところはどうなのか…。多くの人には、いずれはキャリアが思うにまかせなくなる時がくるわけですし、いずれ現役を引退する日もくるわけですから、そのくらいの価値観で生きたほうが長い目でみればいい人生になるという人も多いのではないかと思うのですが、まあこれこそ余計なお世話ではありますが…。

*1:もちろん、何年も休んでもその後また追いつき、追い抜き返してしまうツワモノも少数ながらいるでしょうし、人事管理の立場からいえば、多くの企業では現実には「何ヶ月」くらいであれば長い職業人生の中では影響はほとんどないよ、というのが実情かもしれませんが。

*2:もちろん、遅れた時点でその後どれほど頑張っても追いつけないという人事制度になっていてはまずいわけで、それは改める必要がありますし、そもそも休業取得を理由とした不利益取扱いの禁止に抵触する可能性もあるでしょう。