「人『財』力」って、なんとかならないものか。

きのうの日経新聞によると、一昨日開催された経済財政諮問会議で、「人材育成」を重点プロジェクトに含む経済成長戦略の集中審議が行われたそうです。

 政府の経済財政諮問会議は三日の会合で、月内にまとめる経済成長戦略の集中審議を始めた。初回の議題は「健康長寿」など三分野。民間議員や所管大臣は「地域活性化」と「雇用創出」を強く打ち出した。…新しい戦略では、三年程度で政策や財政などの支援を集中する「重点プロジェクト」を分野ごとに定める方針だ。
 諮問会議は三月中に三回に分けて政策を議論し、戦略として月内にとりまとめる道筋を描く。三日に議論したのは「コンテンツ」と医療・介護にあたる「健康長寿」「人材育成」。医療・介護は多くの国民が将来に不安を抱く。民間議員はまず特定の地域で充実した医療・介護サービスを提供し、後に全国展開する「モデル圏域プロジェクト」を提唱。地域医療の再生に取り組む厚生労働相と歩調を合わせた。
(平成21年3月4日付日本経済新聞朝刊から)

さて、諮問会議のホームページをみると、この日は「健康長寿」「底力発揮(人財力)」「底力発揮(コンテンツ)」の3つが議論されたようです。
いつも思うのですが、ときどき出現するこの「人財」という表記、なんとかならないものでしょうか。まことに珍妙な当て字で、およそ行政の文書にふさわしいとは思えません。
想像するに、どこかの企業の人事部長が「人材という書き方は、人を材料扱いするものでけしからん。わが社は人を大切な財産と考え、人財と書くことにしよう」などと思いついたのが、いつのまにか広まったのでしょう。まあ、人を大切にする、というポリシーは好ましいものですし、企業としてそうしたポリシーを示すために、その企業限りで当て字を使う分にはいっこうにさしつかえないと思いますが、公的な文書でこうした当て字を使う場合にはそれなりに慎重であるべきだろうと考えます。
といっても難しい話でもなく、goo辞書(国語辞典)で「財」をひいてみましょう。

(1)財産。富。
「巨万の―を築く」「―を成す」
(2)人間の生活にとって貴重な物。
「文化―」
(3)〔経〕人間の欲望を満たすのに役立つもの。自由財と経済財に分けられる。広義では、非物質的財貨であるサービスも含む。財貨。
http://ext.dictionary.goo.ne.jp/leaf/jn/73300/m0u/%E8%B2%A1/

ということでありまして、特に経済学用語としての「財」は効用を持つものという意味で、その多くはマーケットで価格がついて取引されるものです(公共財のような例外もありますが)。なに、人間をモノ扱いするのがけしからんといっても、それは「財」でも同じことなんですな。下手すりゃ、資本家の欲望を満たすのに役立つのが「人財」だ、ってなことにもなりかねないわけですし、「財」と書いて大切にしている気分になるというのは、裏返せば「財」=財産、富こそが大切なものだ、という世俗的な心根をたくまずして表現してしまっていて語るに落ちる…とここまでいうとただの難癖ですか。
次に「材」をひいてみましょう。

(1)(ア)材木。木材。
「檜(ひのき)―」「良質の―を使って建てた家」
(イ)木本植物の茎の木質の部分をいう。道管・木部柔組織・木部繊維などから成り、温帯以北では年輪が見られる。
(2)才能や能力のある人物。人材。
「有為の―を育成する」
(3)物を作るときのもとになるもの。材料。
「小説の―を古代にもとめる」
http://ext.dictionary.goo.ne.jp/leaf/jn/73298/m0u/%E6%9D%90/

「人財」と当て字を書く人は、この(3)がけしからんと思っているのでしょうが、(2)を見ていただければおわかりのとおりで、(人)材ってのは「才能や能力のある」人のことなんです。だから、「彼は人材だ」などと言うわけで。上の用例にもあるように、育てる、という意図をもって使うにも「材」はまことにふさわしい。「財」は増やすものではあっても育てるものではないでしょう(増やすことの比喩として育てるということはあっても)。
ということで、私は「人財」よりは「人材」のほうがはるかに人を大切にするという意図にふさわしいと思いますが、ま、そこは感覚や価値観の違いもあるでしょう。ただ、公的文書でわざわざ当て字、間違った日本語を使ってまで「人財」と表記するほどの理由があるかというと、これは甚だ疑わしいものだと思います。