経済財政諮問会議の集中審議

きのう取り上げた経済財政諮問会議の集中審議ですが、労働関係の内容もいくつか含まれています。せっかくですから、用語(用字)だけではなく、中身もみておきたいと思います。
まず、「健康長寿」の民間議員ペーパーをみると、論点が二つあり、一つが「地域医療・介護の強化のモデル圏域プロジェクト」、そしてもう一つが「医療・介護分野の雇用創出と人材確保」となっています。

 医療・介護分野の雇用創出と人材確保のため、専門職種間の業務範囲の見直しやキャリアアップ支援体制を整備すべきである。特に介護については、キャリアが給与・処遇に活かされるような共通的な職業能力評価の導入と介護報酬体系の構築を目指すとともに、スーパー特区方式による地域介護拠点の増設、事業進出支援を行うべきではないか。
○以下のような取組を進めるべきである。 【推進方策】
・専門職種間の業務範囲の見直し、多様なステップアップを可能とする資格・職種間の移動性の向上
・看護師・介護福祉士ホームヘルパー資格取得等ステップアップを希望する人を総合的に支援するワンストップ・センターの設置
・生活費支援付きの職業訓練
・ステップアップ研修時の代替要員確保
・介護現場でのキャリアが給与・処遇に活かされるような共通的な職業能力評価システム(日本版NVQ等)の導入とそれに配慮した介護報酬体系の構築(現状における賃金カーブの差について別紙参照)
(注)NVQ(National Vocational Qualification)とは、イギリスにおける全国統一の職業能力評価制度。基礎技能から高度専門・管理能力までの5段階。
・地域雇用創出のための介護拠点の増設、地域企業の介護分野への事業進出支援(スーパー特区として、地域介護拠点整備の前倒し等を実施)
http://www.keizai-shimon.go.jp/minutes/2009/0303/item2.pdf

「雇用創出と人材確保」というわけですが、医療や介護の現場における人手不足はかなり以前から問題視されています。「雇用創出」とはいうものの、人材確保が可能であれば潜在的な雇用機会はすでにかなり大きいといえるでしょう。
これらの職種は免許業務が多く、難関資格も多いわけではありますが、医師を除けば著しく希少な資格でもなく、弁護士のように参入規制が強すぎることで不足が起きているわけではなさそうです。
となると、人材不足を解消するために必要なのは、なにより処遇の改善ということになりましょう。人手不足になれば賃金が上がるのはいたって当たり前であり、賃金に限らず、労働時間や、身体的負担の軽減といったことも含め、処遇の改善がはかられれば人手も集まるでしょう。そうなれば、その職業をめざして専門の教育を受ける人も増えるはずです。これに対し、医療や介護の現場の実態は、多くの職種でかなりの重労働であり、交替勤務や深夜勤務、休日の呼び出しなども珍しくありません。これに賃金などが見合っていなければ人手不足になるのは当然です。地域間の偏在による人手不足も指摘されますが、これも人手不足地域においてより高い処遇が提示されることが解決の近道でしょう(実際、医師不足が深刻な地域では、自治体が公立病院の医師に対してかなり高額の報酬をオファーする例がすでに出てきています)。
ところが、ここで提示されている施策をみると、医療関係者の処遇改善といえばステップアップ支援くらいのものです。医療保険財政問題に配慮したのでしょうが、これでは人手不足が大きく改善するとはあまり思えません。
これに対し、介護については「介護現場でのキャリアが給与・処遇に活かされるような共通的な職業能力評価システム(日本版NVQ等)の導入とそれに配慮した介護報酬体系の構築」という形で、「給与・処遇」の改善が求められています。介護保険の財政も決して楽ではないはずですが、わざわざ別紙グラフをつけて強調しているように、介護従事者の賃金は決して高いとはいえないことから、処遇改善は不可欠との判断なのでしょう。
医療にせよ介護にせよ、その現場をみれば人手不足解消には処遇改善が不可欠だというのは少なくとも私には納得のいく話です。それにはそのための財源を必要とします。なんらかの方法で確保されなければなりません。
現行制度では、医療も介護も事実上の公定価格といっていいでしょう。したがって、処遇の改善を行うには公定価格を引き上げるのが簡単な方法です(あるいは、出来高払の公定価格なので、とりわけ医療においては出来高を増やす=検査や投薬などを増やすという方法もありますが)。実際、日医などは人手不足を理由に診療報酬の引き上げを要求しています。しかし、これは健康保険・介護保険の財政を悪化させ、ひいては国民負担の上昇につながります。まあ、病気の人や要介護の人(の家族)に対する再分配の強化だと考えれば容認されうるかもしれませんが、しかし負担増はなるべく小さいに越したことはありません。
となると、生産性向上が重要になるでしょう。たとえば、巨額の設備投資を必要とする病院経営において、かなり効率的な資金調達方法である株式会社が認めることは、生産性の向上につながりましょう(これは農業でも同じです)。混合診療を認め、病院経営者にある程度価格設定の自由を与えることも大いに考慮に値しましょう。そのほかにも、定額払い制の導入、レセプトの電子化など、医療に関してはそれこそ規制改革会議の報告書でも見れば方法はたくさん書いてあります。開業医から勤務医に分配をシフトするだけでも効果は出るかもしれません。介護にしても、公定価格をやめて市場価格に移行するくらいの思い切ったことを考えていいのかもしれません。現行制度を維持したままで財源を増やそうというのは、なかなか国民の理解を得られないでしょう。
とりわけ「介護現場でのキャリアが給与・処遇に活かされるような共通的な職業能力評価システム(日本版NVQ等)の導入とそれに配慮した介護報酬体系の構築」というのは理解に苦しむ提案です。すでに介護にはいろいろな資格が導入されていますが、それに屋上屋を架して、しかもそれに連動した給与を公定しようというのですから驚きます。本当にこんなことをやったら、実際に起こるのは利用者が価格の低い低資格者を選好し、高資格者は仕事が少なくなって、平均すると結局は賃金水準は改善されない、という事態でしょう。たしかに、良好なサービスはそれにふさわしい対価を受けることが望ましいですが、それはお国のお墨付きによるのではなく、消費者の判断によるべきものではないでしょうか。利用者に好まれるサービスを提供する業者は相対的に高い対価を受け取り、その担い手である従業員も高い賃金を受けるというのが自然というものでしょう。利用者がサービスの質を事前に判断しにくいというのも事実かもしれませんが、価格も賃金も公定にして市場の機能を使わないというのはいかにも惜しい話です。政府が価格を公定して、それでこれだけの金額が必要になったから保険料を上げます、というのは、現状ではなかなか説得力を持ちにくい理屈ではないでしょうか。
私は医療にしても介護にしても従事者の処遇改善に向けた財源の拡大は必要だと思います。それだけに、その前提条件の整備に行政は尽力してほしいと思うものです。
次に「人財力」ですが、これは4つの論点があり、最初のものが労働問題です。言わずと知れた?非正規労働問題です。

 企業等における人材育成の強化、特に非正規労働者の能力開発を社会全体で支援していく取組を強力に進めるべきではないか。
○人材育成で重要な役割を担っている企業による教育訓練は、90年代に減少した後最近は増加傾向にあるものの、中小企業の教育訓練投資水準は依然として低く、また、正規労働者と非正規労働者との間に大きな格差がみられる。 (注)企業の教育訓練投資
○常用労働者1人1か月あたり教育訓練費(平成18年)
・1000人以上の企業 2259円、100〜299人991円、30〜99人668円
○Off-JTや計画的なOJTの実施事業所割合(平成19年度調査)

  Off-JT 計画的な OJT
正社員 77.2% 45.6%
正社員以外 40.9% 18.3%

【推進方策】
・企業の人材育成支援(人材投資促進税制の活用、中小企業支援)
・ジョブカード制度(現在2000社以上が参加表明)を活用した、非正規労働者を対象とする企業内実習の機会拡大
・離職者に対する生活費支援付きの職業訓練システムや非正規労働者等を対象とする教育訓練施策の抜本的拡充
※イギリスのトランポリン型支援=「若者ニューディール・プログラム」の成果
※フランスの派遣労働者訓練基金を参考として検討
・優良な派遣事業者の訓練主体としての活用(派遣事業者が持つ人材育成システムの機能を訓練主体として活用すべき)

まず、全体としては非常に重要な問題提起と申せましょう。大切なのは、非正規労働をなくすとか禁止するとかいうことではなく、非正規労働でいかに有意義なキャリアを形成できるようにしていくか、ということであり、その上で教育訓練も一定の位置づけを持つからです。キャリアがしっかり形成されていけば、賃金も雇用の安定もおのずとついてくるでしょう。実際には、再就職やキャリア形成について教育訓練に過度に大きな期待をかけることはできないのが現実かもしれませんが、しかし非正規労働者のキャリアにつながる施策が提示されていることに大きな意味があります。
具体的にみると、順序は転倒しますが、最後の「優良な派遣事業者の訓練主体としての活用」というのがとりわけ大切ではないかと思います。たとえば、日本でもすでに優良な技術者派遣会社では、派遣労働者(多くの場合は常用派遣)向けの教育施設や教育カリキュラムを準備して、教育訓練に取り組んでいます。もちろん派遣先で就労して稼いでくれるのが一番いいわけですが、仕事のない時期は遊ばせておかずに研修を受けさせ、技術力を高めて次はより高く売れるようにしよう、というわけです。また、派遣先についても、派遣労働者の技術力が上がるような派遣先への派遣を意識しています。それが本人の育成につながり、ひいてはより価格の高い派遣先への派遣、そして本人の労働条件の向上につながっていくわけです。まさにキャリア形成ですが、メイテックでは労働組合がこのプロセスに関与して成果をあげているそうです。
こうした優良な派遣会社(技術者派遣に限らず)を増やしていくことがまずは重要ですが、こうしたキャリア形成のプロセスを共有し、交換していくことも有意義だろうと思われます。教育訓練は共同や委託でやれるでしょうし、キャリア形成についても、場合によっては派遣会社が提携し、派遣先を交換しあうことで個別労働者のキャリア形成の可能性を拡大することが可能かもしれません。なぜか注が上に書いてあって非常にわかりにくいのですが、「※フランスの派遣労働者訓練基金を参考として検討」というのは、この「派遣事業者の訓練主体としての活用」についてのもので、フランスでは派遣業の業界団体がファンドを作り、派遣労働者への教育を行っています。人材派遣協会も考えてみてもいいかもしれません。
その次に重要と目されるのが、下から2番めの「離職者に対する生活費支援付きの職業訓練システムや非正規労働者等を対象とする教育訓練施策の抜本的拡充」で、どうやらこのペーパーは重要でない順に列挙しているようです(笑)。これは一昨日ご紹介した経団連と連合の共同要請にも含まれていました。
で、下から行くと次はジョブカードですが、これも過大な期待は禁物ですがそれなりに意味はあるでしょう。ただ、「現在2000社以上が参加表明」となっていますが、おそらくそのほとんどは若年人材確保を意図したものと想像されます。昨今のような情勢下でどこまでの効果があるかは微妙ですが、今こそ人材確保の好機と考えている中小企業も多いそうですから、実習とか教育訓練といったことより、マッチングの効果が大きいかもしれません。
最後に「企業の人材育成支援」で、具体的には人材投資促進税制の活用があがっています。実は、行政が企業の人材育成を支援する、というのはそれほど簡単ではありません。人材育成の太宗はOJTですから、行政としても支援の方法が難しい。一般的な手法である助成金や減税をやろうと思っても、OJTだと対象のつかみようがないからです。極端な話、仕事すべてがOJTになってしまう。そこで、結局は把握のしやすいOff-JT、社外研修の受講料や社内教育の講師費用などに対して助成したり減税したりするということになり、現行の人材投資促進税制もまさにそういうものですが、これだと対象になるのは人材投資のメインではなくサブの部分にとどまってしまう。まあ、サブであっても支援することは大切なので、やらなくてもいいということにはなりませんが(もっともそれは現行制度くらいの支援規模なら、ということで、規模があまりに大きくなると、せっかくよくやれているOJTをやめて支援のあるOff-JTに切り替えてしまうといったことが一応は心配されますが)。しかし、だったら企業は正社員を雇えば教育するだろう、と信じて雇い入れ助成をしたほうがいいかもしれません。まあ、教育をしない企業もありますが…。
で、この人材投資促進税制、カバーする範囲が狭いことに加えて、しくみ上の問題もあり、単純化していうと教育訓練費が過去2年間の平均より増えたら、その増えた分を税額控除します、というものになっています。で、あまりいい統計がないので不確かではありますが、教育訓練費の相当割合は新入社員教育が占めていて、したがって不況期(新入社員採用が少ない)には教育訓練費は縮小する傾向があるといわれます(民間議員ペーパーにも「90年代に減少した後最近は増加傾向」とされていますが、これも採用動向を反映している可能性があります)。したがって、現状のような不況期には、頑張って教育訓練を行っている企業でも過去2年との比較だと教育訓練費が増えず、人材投資促進税制の対象とならない可能性がかなりあります。もちろん、現実をみればわが国の(職業的な)人材育成に最大の役割を果たしているのは企業であり、「企業の人材育成支援」を最初に持ってくるのもわからないではないのですが、それにしても具体的施策が人材投資促進税制の活用というのはかなり淋しい感はあります。