政労使三者による緊急の雇用対策協議

きのうの朝刊で報じられた政労使三者による緊急の雇用対策協議ですが、今朝の日経で詳報されていました。

 政府、日本経団連、連合は三日、政労使三者による緊急の雇用対策協議を三月中に開くことで合意した。経団連と連合の要望を踏まえ、雇用調整助成金の支給日数の撤廃を検討する。農業など人手が足りない分野への人材移動をめざし、職業訓練強化の具体策も詰める。仕事を分かち合うワークシェアリングについては早急に結論を出さず、労使間の議論が進めば三者で枠組みを話し合う方向だ。
(平成21年3月4日付日本経済新聞朝刊から)

そのココロはというと、記事によれば「経団連御手洗冨士夫会長と連合の高木剛会長は同日、連名で「雇用安定・創出の実現のための労使共同要請」をまとめ、河村建夫官房長官舛添要一厚生労働相に申し入れた」ということですから、要するに労使の努力だけでは限界があるから、政府もしっかりやってください、ということでしょう。その中身は、経団連のホームページに掲載されていて、「雇用維持」「セーフティネット」「雇用創出」の三本柱になっています(http://www.keidanren.or.jp/japanese/policy/2009/018.html)。
まず「雇用維持」ですが、雑駁にポイントを抜き書きしますと、

(1)雇用維持のための環境整備
「今後、さらなる雇用失業情勢の悪化を覚悟していかねばならないことから、雇用調整助成金の要件等のさらなる緩和、内容の拡充等を行い、雇用維持に向け、一層の環境整備を図っていく必要がある」
(2)雇用維持に向けた労使間の取組みと法令遵守の徹底
「企業の経営環境が日を追うごとに急激に悪化している中、個別企業では、配置転換や、休業、時間外労働の削減や時短、さらには雇用情勢の厳しい分野の労働者を例えば出向等により一時的に雇用機会のある分野に企業間レベルでつなぐ等、失業がない形での産業間労働移動の取組みなど、「日本型ワークシェアリング」とも言える雇用維持に向けた様々な方策が考えられるが、労使が十分に話し合いを行い、合意の上で進めなければならない」
「各社においては社会・労働保険の強制加入の原則に基づいて改めて加入状況を労使で確認するとともに、取引先等に対してもコンプライアンスの徹底を求めていく」
(「雇用安定・創出に向けた共同提言」http://www.keidanren.or.jp/japanese/policy/2009/018.htmlから、以下同じ)

ということで、政府の役割としてはなにより雇調金の拡充と要件緩和だということになっています。たしかに、こんな低操業がいつまでも続くとは考えにくいわけなので、雇調金でつないでいくことは有力な取り組みでしょう。
次が労使の取り組みですが、「配置転換や、休業、時間外労働の削減や時短、さらには雇用情勢の厳しい分野の労働者を例えば出向等により一時的に雇用機会のある分野に企業間レベルでつなぐ」と、方法論が羅列され、それが日本型ワークシェアリング「とも言える」雇用維持に向けた様々な方策であると述べています。なかなか味わい深い文章で、「時短」という略語は悩ましいところですが、「時間外労働の削減」が別に掲げられている以上は、ここでは所定労働時間の短縮を指すものとみたほうがいいでしょう。
ここで注目されるのは労働条件への言及がないことで、これについては「労使が十分に話し合いを行い、合意の上で」に押し込まれています。「時短」をやるのであれば、当然それに応じた形での賃金の引き下げといったことがセットになってくるはずですし、「休業」についても、それでは賃金はどうするんだ、という話は避けて通れないはずですが、春季労使交渉がスタートしているこの時期、連合としては賃金減少を明記することは組織として耐えられないというのもわかりやすい話です。ここは経団連が合意形成を優先して一歩譲ったというところでしょうか。
「失業がない形での産業間労働移動」というのは、90年代なかば以降の労働行政の最重要キーワードであった「失業なき労働移動」を思い出させて懐かしいものがあります。ここ数年あまり目にしなくなったように思いますが、案外この考え方は強固なようです実際、歴史的に見ても、繊維から高機能素材へとシフトしていった化学産業に典型的にみられるように、企業は固有技術や営業網を生かして成長分野への事業多角化や、新規事業子会社の設立などを進めることでその存続をはかってきました。その過程で、労働者は雇用と労働条件の維持と引き換えに配置転換や出向などに応じてきたわけです。
ただ、今回はそこに「一時的に」と「企業間レベルで」という文言が付け加えられています。「企業間レベルで」とわざわざ言ったのは、雇用維持のためには必ずしも企業内、あるいは企業グループ内にこだわらず、幅広く出向先を考えるべきだとの経団連の見解の反映でしょうが、そうなると労働条件等も大きく変化する可能性も否定できず、そこで連合としては、それを受け入れるためには「一時的に」という前提条件が必要だ、ということになったのでしょう。なお、出向先で必要な技能等についての教育訓練をどうするかは明記されていませんが、出向元の協力のもとに出向先が行うというのが普通の考え方でしょうか。
いずれにしても、「出向」が強調されているということは、雇用の現場に比較的近い(経団連や連合が現場に十分近いかどうかは議論もあるでしょうが)労使としてみれば、現下の雇用失業情勢においては「余剰人員を解雇して教育訓練を施し、成長分野へ移動させれば万事めでたしめでたし」といった能天気な発想はとてもとれないというところでしょうか。
なお、昨今話題のキーワードである「ワークシェアリング」も織り込まれていますが、ここまで幅広い取り組みを含めて、わざわざ「日本型」とくっつけたうえで「とも言える」という書き方になっているわけで、結局のところは雇用維持の取り組みはすべてワークシェアリングだ、ということのようです。まあ、現に余剰人員があるのに雇用を維持するということは、たしかに仕事を分かちあっているには違いありませんから、ワークシェアリングと言えば言えるのかもしれません。
さて次は「セーフティネット」です。

(1)職業訓練の強化
「公的職業訓練の強化が欠かせない。…民間のニーズを十分に踏まえた上で速やかに訓練の内容や期間を充実させ、人材不足に陥っている分野や、新規雇用創出が期待される分野などに対応したメニューを開発し、実施していくべき」
(2)職業訓練中の生活の安定
「本格的な景気回復が見込まれるまでの一時的な措置として、雇用保険等の給付を受給できない者を対象に、その者が公的職業訓練を受講する期間中の生活の保障を確保するため、「就労支援給付制度(仮称)」を創設し、一般会計により財源を手当てするべき」
(3)職業紹介事業の充実
「最低限のセーフティネットとして、全国ネットワークのハローワークの機能・体制を抜本的に拡充・強化すべきである…労働市場におけるマッチング機能を強化し、就職相談や、生活相談、キャリアカウンセリング、職業紹介、定着に向けた支援をワンストップで行える拠点を早急に整備する必要がある」

ここでは失業者や低賃金労働者向けのセーフティネットは政府の役割だからしっかりお願いします、ということが強調されているようです。「日本型ワークシェアリング」をいかにやったとしても相当数の失業の発生は避けがたく、労働需要が大幅に冷え込んでいる中では失業期間の長期化も避けがたいでしょう。となると、失業給付が切れたあとの生計費の確保と、失業期間をムダにしない有意義な活用が課題となります。そこで「就労支援給付制度(仮称)」の導入を、ということで、これはおおいに賛同できます(再就職支援、とりわけ短期でのそれに対しては過度な期待はかけられないでしょうが)。すでに経団連も連合もそれぞれに提言しているところなので、合意は容易だったでしょう。経団連にしてみれば、そこまで企業で面倒をみろと言われてもたまならいでしょうし、連合としても企業が頼りにならなければ行政に頼るしかないところでしょう。わざわざ「雇用保険等の給付を受給できない者を対象に」「一般会計により」と書いているのは、雇用保険制度の拡大は当面考えないということでしょう。実際、別の部分には「雇用の多様化なども踏まえた雇用保険制度のあり方についても、今後中長期的に検討を行っていく必要がある」と書かれていて、あくまで「中長期的」な課題という認識のようです。
職業紹介についても、経済的な余裕の乏しい失業者・低賃金者に対する「最低限のセーフティネット」である無料の公共職業紹介の拡充を求めることは理にかなっています(無料の公共職業紹介であれば足り、それを現に実施するのが公務員である必要は必ずしもありませんが)。また、欧州の経験では、教育訓練よりカウンセリングのようなアクティベーションのほうが再就職支援としては効果的という結果もあるようですから、ここの取り組みは案外重要かもしれません。実際、わが国においては、再就職してしまえば企業がOJTでかなりの教育訓練を行うことが多いわけですし。
さて三つめは「雇用創出」です。

「円滑な労働移動を促進するためには、財政出動、政策減税による需要喚起を始め、産業政策、金融政策、中小企業政策等あらゆる施策を総動員し、雇用の受け皿づくりを行うべきである。…「ふるさと雇用再生特別交付金」(2500億円)により、各都道府県に基金が創設され、…地域求職者などを雇い入れる事業が行われるが、…こうした基金に対し、企業や労働組合など多様な主体が拠出を行うことができる仕組みを設け…、企業労使のアイデアや人材、施設等を提供していく…連合が提起している「180万人雇用創出プラン」、あるいは日本経団連が提言した「日本版ニューディールの推進を求める」において示したような国家的プロジェクトなどを実現していくことにより、労働市場全体の安定が期待されるため、政府は積極的にその推進をはかることが求められる。
なお、労働市場全体の安定に向けては、ワーク・ライフ・バランスの観点から、生産性向上をはかりつつ、働き方の改革、暮らし方の改革を進めていくことが重要である。

中略をかなり入れたので読みにくくなっていて申し訳ありません。これまでの引用もふくめ、ぜひ全文におあたりください。
そこで、雇用創出のために「財政出動、政策減税による需要喚起を始め、産業政策、金融政策、中小企業政策等あらゆる施策を総動員」すべきというのはまったくそのとおりです。これにより良好な雇用機会が増えれば、放っておいてもかなりの程度労働移動は起こるでしょう。
ただ、わざわざ(2500億円)と書いていますが、この程度の規模の交付金による基金が「政労使一体となった雇用創出に向けた取組み」の第一に出てくるというのは少し淋しい感じがします。まあ、政府はまずはこれをしっかりやってください、ということでしょうか。あとは経団連と連合の提言を見てくださいと。これらの提言は、具体的な内容についてはお互いにお互いに対して言いたいことがいろいろあるのではないかと思いますが、そこはまあ、ここはひとつ大人の対応をしましょう、というところでしょうか。
面白いのは、最後に唐突にワーク・ライフ・バランスが出てくるところで、これは連合としてはぜひ入れたいということでしょう。まあそれ自体はけっこうなことですし、連合の「180万人雇用創出プラン」にはワーク・ライフ・バランス相談員(なにそれ)1万3千人というのも出てきますので、おかしくはないだろうとは言えるかもしれません。もちろん、経団連はそこに「生産性の向上」をしっかり入れ込んでいます。また、「働き方の改革」に加えて「暮らし方の改革」というのが提示されているのも目をひきます。これだけでは、具体的にどういうことなのかは想像するしかありませんが、働き方が改革されれば暮らし方も改革は免れないというのはもっともかもしれません。具体的には、残業時間が減れば残業代が減り、その分は暮らし方もそれなりに変えなければいけないとか、働き方を改革すればそれによって提供されるサービスも変わってきて、具体的にはたとえば24時間営業のお店は減るとか、いろいろな場面で生活の利便性が低下するけれどそれも受け入れましょうとか、そういったことでしょうか。かつて80年代後半から90年代前半に労働時間短縮をやったときに、このときは労働組合も「時短で残業代が減っても、増えた自由時間をうまく使うことで、これまでと違った豊かな生活を送ろう」といった考え方を示していたと思います。本気で「働き方の改革」を言うのであれば、暮らしの面でもそういう発想の転換が必要ということでしょう。
さて、報道に戻って、労使からの要請を受けた行政はどうかというと、

 要望を受けた舛添厚労相は「早急に議論を進め、今月中に政労使の合意をとりまとめたい」と指摘。厚労省を窓口とし、労使が求めた雇用の安全網と創出策を緊急に検討することを明らかにした。
 雇調金は減産中の企業が支払う賃金や休業手当について、国が一部を助成する制度。いまは一年間なら二百日分、三年間なら合計三百日分の支給上限がある。企業が雇用を維持しやすいようにするため、これらの上限の撤廃を検討する。…だが経済界からは「実際に並んだ雇用対策は既視感が強い」との声も出ている。
 「ワークシェアリングも真剣に考えないといけないと思っている。これは避けて通れない」。舛添要一厚生労働相は三日、要請に訪れた日本経団連中村芳夫事務総長と連合の古賀伸明事務局長にこう語った。…減税や法改正などをかませた恒久的なワークシェアリングを議論するのも難しい。ある厚労省幹部は「舛添厚労相雇用調整助成金の拡充をワークシェアリングの一環と位置づけているのではないか」と解説する。
(平成21年3月4日付日本経済新聞朝刊から)

とのことですから、舛添大臣は意欲を示してはいるものの、とりあえず実現しそうなのは雇調金の拡充くらいというのが悲しい現実ということでしょうか。もちろん、雇調金の拡充はかなり期待できる政策ではありますが…。共同要請にある「就労支援給付制度(仮称)」もぜひ実現したい取り組みだと思うのですが、「一般会計により財源を手当てする」のがなかなか高いハードルになりそうです。