副業・兼業は働き手の3%どまり 労働時間管理の壁、26年法改正へ

 本日の日経朝刊に表題の見出しの記事が掲載されておりました。

 副業・兼業をしている労働者が全体の3%にとどまることが厚生労働省の2024年の調査で分かった。他社での副業・兼業を認める企業は4分の1だった。政府は労働時間を細かく管理するルールが妨げになっているとみて、2026年にも関連法の改正案を国会に提出できるよう検討を進める。

 事業所のうち、他社で雇用される副業・兼業を認めているとの回答は24.7%だった。フリーランスなど非雇用で認めているのは13.2%だった。認めていないが25.7%、把握していないが20.1%だった。

 個人で副業・兼業をしているのは子会社など本業の関連会社で0.7%、それ以外で2.3%と、合計で3%にとどまった。副業・兼業をしていないとの回答は96.4%だった。

 24年の規制改革会議の答申は、割増賃金の支払いで米欧は労働時間を通算管理していないなどとして、労働基準法など関係法令の見直し検討を求めた。今回の調査は副業・兼業が進んでいない実態を浮き彫りにした。

 厚労省有識者会議は通算管理の廃止について年内をめどに結論を出す。規制改革会議の幹部は「26年の関連法改正を目指す」と語る。
www.nikkei.com
(有料記事)

 まあこれも古くからある話であり、本ブログでも少なくとも2005年2月には言及しています(https://roumuya.hatenablog.com/entry/20050211)。ここまで行政はかたくなに「使用者が異なる兼業についても労働時間は通算する」という解釈を堅持しており、その範囲内ではいろいろがんばって促進策を講じていてその努力は多とはするのですが、しかししょせんは通算規定が維持される限り限界は大きいというのはこのブログでも繰り返し論じてきました。
柔軟な働き方に関する検討会報告 - 労務屋ブログ(旧「吐息の日々」)
規制改革推進会議答申 - 労務屋ブログ(旧「吐息の日々」)
これでは兼業は促進されない - 労務屋ブログ(旧「吐息の日々」)
 ちなみに上記エントリ中にも言及がありますが、使用者が異なる兼業については通算されないというのが学界では有力説になっています。

…副業・兼業に関する労働時間の通算規定について「…労基法が事業場ごとに同法を適用しているために、同一使用者の異事業場にわたって労働する場合についての通算規定として設けられた、との解釈も十分に可能であって、使用者が他企業での労働のあり方を多くの場合認識も統制もしがたいことを考えると、刑罰法規の解釈としてはこのような解釈のほうが妥当と思われる。1987年改正によって週40時間制に移行し、2018年改正によって時間外労働への複雑な上限設定がなされた今日の状況では、行政解釈には見直しが求められている」と踏み込んだ記載がなされています。
roumuya.hatenablog.com

 これは第12版のご紹介ですが、山川隆一先生との共著となった第13版でも同じ記載があります。
 ということで長らく懸案となってきた労働時間通算規定がいよいよ見直される方向ということであればまことにご同慶といえますが、もう少し詳しく見ていきましょう。
 記事中に「4月の会議」とあるのはこの4月7日に開催された規制改革会議の「第3回働き方・人への投資ワーキング・グループ」(https://www8.cao.go.jp/kisei-kaikaku/kisei/meeting/wg/2501_03human/250408/human03_agenda.html)で、議題はずばり「副業・兼業の更なる円滑化に向けた環境整備について」。そこに厚生労働省が提出した資料(https://www8.cao.go.jp/kisei-kaikaku/kisei/meeting/wg/2501_03human/250408/human03_0101.pdf)が、記事のいう「調査結果は政府の規制改革推進会議で報告した」になるようです。なるほど内閣府の会議だから厚労省の資料は「御提出資料」になるのだな。
 内容もまあ記事通りで、これだけ政策的に旗を振っているのに3%というのはかなり少ないなという印象ですが、同時期に実施された類似の調査であるJILPTの「副業者の就労に関する調査」(2022年10月調査、https://www.jil.go.jp/institute/research/2024/245.html)でも(調査対象が異なるので比較はできませんが)6%となっているので、まあ3%と6%では2倍ではないかという向きもあるかもしれませんが、この程度の少なさだとは考えていいのでしょう。
 さて兼業を制度的に認めている企業についても記事どおりなのですが、兼業というのは送出と受入がマッチングしないと成立しないわけで、「わが社は兼業を認めています」と言う一方で「でも受け入れはしてないけどさあ」というのではあまり威張れないよねえとは思うわけだ。でまあ現状では労働時間通算にともなうリスクは多分に受け入れ側が引き受ける構図になっている(上記過去エントリご参照)、わけで、受け入れが進まない結果が3%かねえという気がするわけで。
 実は記事にはありませんが厚労省はきちんと調べていて、上記資料によればこうなっています。

他社で雇用(本業)されている人材を自社で雇用(副業)で受け入れている→7.7%
他社で雇用(本業)されている人材を自社で非雇用(副業)で受け入れている→5.3%
他に非雇用(本業)の仕事を持つ人材を自社で雇用(副業)で受け入れている→4.4%
他に非雇用(本業)の仕事を持つ人材を自社で非雇用(副業)で受け入れている→3.6%

 これは調査票が公開されていて(https://www.mhlw.go.jp/toukei/chousahyo/dl/173-1-2024-jigyousyo.pdf)、見ると複数回答になっているので(まあ当然だ)、相当数のダブルカウントトリプルカウントがあるはずであり、まあ実態としては受け入れ制度のある企業の割合は最大値の7.7%+αくらいに考えておいた方がよさそうです。
 加えて、「いや受け入れ制度はありますが今のところ受け入れ数はゼロでしてねえあはははは」というのではまあ無意味なわけで、ではどのくらい受け入れているのかというと、わかりにくいのですが「対象となる労働者の割合」というのがあり、よくはわからないのですが、おそらくは調査票にある「該当労働者数」をフェイスシートの全労働者数で除して計算しているのかな?結果は3.3%-11.2%なので、数少ない受け入れ企業ではまあ1人2人ということでもなさそうだということは見当がつきますが、いずれにしても企業の受け入れ意欲は相当に低調なものにとどまっているといえましょう。
 記事は無視していますが厚労省としては重大関心事であろう割増賃金の支払いについても調べられていて、受け入れ側の結果だけご紹介しますと、こうなっています。

他社の労働時間と通算して割増賃金を支払っている→5.2
管理モデルを導入して割増賃金を支払っている→5.1
自社の労働時間制度において発生した割増賃金のみを支払っている→40.4
通算しても法定労働時間に達しないため、割増賃金を支払う必要がない→29.1
割増賃金を支払っていない→20.2

 まあ他人事なのでいろいろと感慨深い結果だなあと思うわけですが、とりあえず厚労省肝煎りの管理モデルの活用の低調ぶりは目につくわけです。前述のとおり行政の努力には感服しているわけですが、しょせん通算原則に拘泥しつづける以上は限界があるということではないかと。「他社の労働時間と通算して割増賃金を支払っているというのも5.2%と管理モデルとほぼ同水準ですが、これは後述する関係会社との兼業などでそれが可能なケースも少数ながら存在するということでしょうか。「割増賃金を支払っていない」が20.2%というのはまあ頷けるところで、「兼業・副業は成長戦略」という建前からすれば、労働時間管理を要しない高度人材の兼業を受け入れているのだ、というのは悪いとも言えないのではないかと。
 最後に、記事はあっさり「個人で副業・兼業をしているのは子会社など本業の関連会社で0.7%、それ以外で2.3%と、合計で3%にとどまった。」と片付けているのですが、おそらくこれが最重要な観点かと思われます。実際、個人調査の調査票(https://www.mhlw.go.jp/toukei/chousahyo/dl/173-1-2024-kojin.pdf)を見ると、兼業関係の設問はこれ一つなのですね(だから日経も結果だけ記事にしたのでしょう)。
 なにかというと、行政解釈が使用者を異にする場合も労働時間は通算と言っているのはまずは「事実上同一の使用者が、異なる使用者を装って労働者に兼業させることで割増賃金の支払を潜脱する」という脱法行為を警戒しているわけで、そういう実態があるかどうかが調べられているわけですね。これは労働者調査なのでそれなりに確度は高いと思っていいと思いますが、見ると兼業している3%の労働者のうち0.7%が本業の関連会社で兼業しているので、まあ4分の1くらいですね。その理由を聞くと「本業先から紹介・推薦されたから」が3分の1くらいあるので、最大1割弱くらいが厚労省ご懸念の脱法行為の対象になっている可能性があるということになりましょうか。
 とはいえこの中には「本業のかたわら子会社の監査役をやってます」みたいなものも一定数含まれていると思われますので、まずます通算規定の行政解釈を堅持しなければならないような実態にはないと判断していいのではないでしょうか(だから今回もその方向に進んでいるのでしょう)。まあ規制を緩和したらどっと増えるに決まってるという向きもあろうかと思いますが。ちなみに前述したとおりこうしたケースは労働時間の通算管理はやりやすいのではないかと思われますし、関係会社での兼業は通算を維持することとしてもそれほど異論はなさそうです(関係会社の範囲にもよるでしょうが)。
 なお、割増賃金とは別として、たとえば危険有害業務などは安全衛生上の要請で通算管理する必要があるわけで、こちらは端的に危険有害業務には2以上の使用者のもとで従事できない、といった規制をかけることが考えられるでしょう(通算管理を求めても結果的にそういう実態になると思う)。連合などには「パワハラの通算」などといった主張もあるようですが、これはさすがに日常管理は不可能であって事後的な救済の際に大いに考慮に入れるべきものかと思われます。
 ということで記事によれば「2026年にも関連法の改正案を国会に提出できるよう検討を進める」とのことですが、今度こそ長年の桎梏が解放されることを期待したいと思います。関係者のご尽力に期待です。