規制改革推進会議答申

 昨日、政府の規制改革会議が答申を提出しました。日経新聞は「労働市場整備が柱」と見出しを打っていますね。

 政府の規制改革推進会議(議長・大田弘子政策研究大学院大教授)は6日、安倍晋三首相に答申を提出した。職務や勤務地、労働時間を限定する「ジョブ型正社員」の法整備や兼業・副業の推進など労働市場の改革が柱だ。首相は「規制改革は成長戦略の柱だ。スピードこそ最も重要な要素という認識で改革を進めたい」と強調した。
(令和元年6月7日付日本経済新聞朝刊から)

 ということでさっそく見てみたのですが、まず目についたのが兼業・副業についての記載が従来に較べてかなり踏み込んだものになっていることです。

<基本的考え方>
 副業・兼業は、本人の持つ技能の活用を通じた収入増や転職の可能性を広げるとともに、人手不足経済では労働資源の効率的な配分を図る上で効果的な手段である。
https://www8.cao.go.jp/kisei-kaikaku/suishin/publication/toshin/190606/toshin.pdf

 ここは正直「おっ」と声が出たところで、なにかというと副業・兼業を促進する理由として正面から「収入増」と書いているからです。もちろんこれまでも例の「副業・兼業の促進に関するガイドライン」では働く人が副業・兼業を希望する、行う理由やそのメリットのひとつとしては「十分な収入の確保」を上げてはいましたが、その一方で政策的に環境整備を行う理由としては「自身の能力を一企業にとらわれずに幅広く発揮したい、スキルアップを図りたいなどの希望を持つ労働者がいることから」としているわけです。他にも、たとえば未来投資戦略2018では「副業・兼業を通じたキャリア形成を促進するため」とされていますし、それに先立つ「新しい経済政策パッケージ」でも「労働者が一つの企業に依存することなく主体的に自身のキャリアを形成することを支援する観点から、副業・兼業を促進する」となっています。一方で現実に行われている副業・兼業や今後「促進する」結果増えるであろう副業・兼業はおそらく追加的な収入を目的とするものが相当に含まれているだろうことは容易に想定できるわけなので(すみません今現在手元に証拠がありませんのでそうではないという根拠を見せられれば恐れ入る準備はあります)、まあ今回ようやくそうした現状も視野に入ってきたのかなと思ったわけです。
 さらに報告は続けて労働時間通算原則についてもかなり踏み込んで記述しており、

…本業の使用者が副業・兼業先での労働時間を把握し、通算することは、実務上、相当の困難が伴う。労働者の自己申告を前提としても、この問題が解消されるわけではない。また、現行制度では、法定時間外労働は「後から結ばれた労働契約」で発生するという解釈により、主に副業の使用者が、時間外労働に対する割増賃金支払義務を負うとともに、時間外労働時間の上限規制の遵守の義務を負うこととなる。
https://www8.cao.go.jp/kisei-kaikaku/suishin/publication/toshin/190606/toshin.pdf

 もちろん報告書では細々とは書けないでしょうが、実際には話はそれほど単純なわけではなく、現実問題としては副業・兼業先も本業先での労働時間を把握し通算しなければ仕事にならないわけですし、割増賃金や上限遵守義務についてもあくまで「主に」副業の使用者であって本業の使用者がこれをすべて免れるわけではありません。それはそれとしてここで目についたのは「労働者の自己申告を前提としても、この問題が解消されるわけではない」と一刀両断していることで、実はこのあたりは(報告でもこのあと登場しますが)現在開催されている厚生労働省の「副業・兼業の場合の労働時間管理の在り方に関する検討会」でいろいろと苦心して議論しているところなのですね。まあそれだけ苦心するということは結局は「自己申告を前提としても問題は解消されない」ということなのだろうという話かもしれませんが…。
 ということで、<基本的な考え方>の結論はこうなっています。

 そもそも、時間外労働に対する使用者の割増賃金支払義務は、同一の使用者が過度に時間外労働に依存することの防止にあると考えるべきであり、労働者の自由な選択に基づく副業・兼業についての現行の通達の解釈は適切ではない。
 このため、労働者の健康確保の重要性には十分留意しつつも、労働者にとって大きな利点のある副業・兼業の促進の視点から、労働時間の通算に関する現行制度の解釈・運用を適切に見直すべきである。

 なるほど労働者にとって大きな利点のあると言い切るためには収入増に言及せざるを得ないでしょうね。「転職の可能性」だけだと労働者に(大きいどころか)あまり利点がない、あるいは極端な場合不利益なケースというのも想定せざるを得ないわけであって。
 さてこれをふまえた実施事項ですが、こうなっています。

 厚生労働省は、労働者の健康確保や企業の実務の実効性の観点に留意しつつ、労働時間の把握・通算に関する現行制度の適切な見直しをすることについて、「副業・兼業の場合の労働時間管理の在り方に関する検討会」における議論を加速化し、結論を得た上で速やかに労働政策審議会において議論を開始し、速やかに結論を得る。

 これは相当に気の毒な感はあり、なにかというと上記の「未来投資戦略2018」では「働き方の変化等を踏まえた実効性ある労働時間管理の在り方等について、労働者の健康確保や企業の予見可能性にも配慮しつ、政策審議会等おいて検討」することとされていて(「新しい経済政策パッケージ」も企業の予見可能性に触れていないだけでほぼ同じ)、まあこれに忠実にやろうとすると通算原則そのものを「同一使用者に限る」ことにするという議論はしにくいでしょう。
 特に難しいのが「労働者の健康確保と」と書かれてしまっているところで、実際すでに「副業・兼業の促進に関するガイドライン」でもこう踏み込まれてしまっているわけだ。

…副業・兼業者の長時間労働や不規則な労働による健康障害を防止する観点から、働き過ぎにならないよう、例えば、自社での労務と副業・兼業先での労務との兼ね合いの中で、時間外・休日労働の免除や抑制等を行うなど、それぞれの事業場において適切な措置を講じることができるよう、労使で話し合うことが適当である。
…使用者は、労働契約法第5条に、安全配慮義務(労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をすること)が規定されていることに留意が必要である。

 いやこれ本当にまじめにやろうとすると当然ながら労働時間の把握・通算だけでは不可能なわけで、実際問題連合なんかはパワハラの通算とか言っているわけですよ。でまあこれはたしかに非常にもっともな議論ではあり、本業先で3時間パワハラを受け、兼業先で2時間パワハラを受け、まあ2、3時間であれば我慢できなくもないところ5時間となるとさすがに病むでしょうというのは頷ける理屈です(パワハラに限らず危険有害業務の就業制限全般について該当する話だろうと思います)。そして今回の規制改革推進会議の報告も「未来投資戦略2018」を踏襲して「労働者の健康確保や企業の実務の実効性の観点に留意しつつ」と書いているわけですから、「副業・兼業の場合の労働時間管理の在り方に関する検討会」の先生方としてもどうすればという話ではないかと思うわけです。
 実務的にも、まあ労働時間や危険有害業務従事時間などについては使用者が把握することはそれほど難しくもないでしょうが、何時間パワハラしましたなどという情報を使用者が把握できるわけもなく、さりとて労働者に「私は今日兼業先で2時間パワハラを受けましたのでこちらでのパワハラは2時間以下でお願いします」と自己申告させるというのも現実的ではないでしょう(事後の民事的な救済であれば通算して本業先・兼業先に賠償額を時間比例按分するというのも考えられなくもないような気もしますがしかし本業先も兼業先も納得しにくいだろうな)。
 ということで、この点でも労働時間通算原則は破綻しているのであり、本気で副業・兼業を促進したいなら良し悪しは別として健康管理は自己責任と割り切らざるを得ないと思われ、それを良しとしないのであれば(少なくとも雇われての)兼業を企業が許可制にすることは容認せざるを得ないということになるでしょう。
 そしてこの話は意外にも(?)日経がもうひとつ目玉扱いしている「ジョブ型正社員」の話にもつながってくるのではないかと思います。労働時間が限定されていて時間外・休日労働のない限定正社員、業務が限定されていてそれ以外の危険有害業務などを命じられる可能性のない限定正社員であれば、兼業した際にも健康管理は自己責任で行いやすいのではないかと思うからです(報告は兼業先としての日雇い派遣規制緩和も提言していますがこれも比較的自ら健康管理しやすい形態かもしれません)。
 そこで「ジョブ型正社員」ですが、勤務地限定正社員まで「ジョブ型正社員」の箱に入れるのはやや混乱を招くように思いますが(まあ勤務地限定だと職務も限定になることも多かろうとは思いますが)それはそれとして、具体的な<実施事項>はこうなっています。

a 厚生労働省は、「勤務地限定正社員」、「職務限定正社員」等を導入する企業に対し、勤務地(転勤の有無を含む。)、職務、勤務時間等の労働条件について、労働契約の締結時や変更の際に個々の労働者と事業者との間で書面(電子書面を含む。)による確認が確実に行われるよう、以下のような方策について検討し、その結果を踏まえ、所要の措置を講ずる。
・労働基準関係法令に規定する使用者による労働条件の明示事項について、勤務地変更(転勤)の有無や転勤の場合の条件が明示されるような方策
労働基準法に規定する就業規則の記載内容について、労働者の勤務地の限定を行う場合には、その旨が就業規則に記載されるような方策・ 労働契約法に規定する労働契約の内容の確認について、職務や勤務地等の限定の内容について書面で確実に確認できるような方策
b 厚生労働省は、無期転換ルールの適用状況について労働者や企業等へ調査するなどして、当該制度の実施状況を検証する。
c 厚生労働省は、無期転換ルールが周知されるよう、有期労働契約が更新されて5年を超える労働者を雇用する企業は当該労働者に対して無期転換ルールの内容を通知する方策を含め、労働者に対する制度周知の在り方について検討し、必要な措置を講ずる。
https://www8.cao.go.jp/kisei-kaikaku/suishin/publication/toshin/190606/toshin.pdf

 ということで日経が強調する割には穏当な印象で、まず「「勤務地限定正社員」、「職務限定正社員」等を導入する企業に対し」という限定がついているということは従来型の無限定正社員が存続することが前提されているわけなので、それを禁止抑制する趣旨ではおそらくなかろうと思われます。
 さらに、これから想定される施策としては、おそらくは勤務地や職務を限定するのであれば、あとから使用者がそれを反故にして転勤命令や職種変更命令を不当に行った場合に対抗できるよう、それを就業規則の相対的必要記載事項にして、まあ雇入通知書とか採用辞令とかで書面で明示することを義務づけるというところでしょうか。悪質な使用者が意図的に口頭での約束にとどめて、後からそんな約束していないと言い出すのに対抗するためには、ちょっと工夫が必要になるような気がしますが…。
 さて、拘束度の高い無限定正社員でもなく、不安定な非正規雇用労働でもない「スローキャリアの限定正社員」という選択肢が拡大することはたいへん好ましいことだろうと思うのですが、労使にとって現状よりメリットがあるものでなければ普及は難しいでしょう。でまあ労働者サイドから見れば(まあ諸般の事情で)非正規雇用しか選択肢がなかった人の新しい選択肢として限定正社員が選べるようになればこれはメリットが大きいでしょう。報告を見ても続けて無期転換ルールについて述べており、非正規→有期5年→無期転換→限定正社員というキャリアを念頭においているらしいことは評価できると思います。
 問題は無限定を選択してきた人たちが限定を選択することのメリットで、勤務地や職務にこだわりのある人や、家庭的事情などで拘束度の低い働き方が必要になった人などにとっては福音かもしれません。一方で、将来的には「本当はファストトラックの無限定正社員になりたかったけれど採用数が少なくスローキャリアの限定正社員にしかなれなかった」という「不本意限定」が出てくる可能性もなくはないでしょう。
 逆にいえば使用者サイドにしてみれば(特に現状のように労働市場がタイトな場合には)働き方に制約はあるものの優れた人材を取り込むことができるというメリットはありそうですし、スローキャリアの限定正社員が増えれば昇進昇格をめぐる人事管理がやりやすくなるという恩恵があるかもしれません。
 あとはよく言われるように雇用保護の程度がどうなるかということで、勤務地や職務を限定した契約については当該勤務地や職務が消滅した場合には疑問の余地なく退職ということになればそれは人事管理面での利点になるでしょう(まあ実務としては可能であれば配転などでの雇用継続を打診するとしても)。逆にいえば、当該勤務地や職務が縮小した場合、無限定正社員の整理解雇にあたって一種の解雇回避努力として限定正社員の解雇を前置することが求められるのか、許されるのかというのも問題になりそうです。まあこのあたりは今回の報告は先送りというか、まあ国会での立法に委ねるということなのか、あるいはいずれ事件になったら裁判所が判断するだろうという話なのかもしれません。
 もうひとつ意外だったのが、これは日経ほかメディアの注目は受けていないようですが「高校生の就職の在り方の検討と支援の強化」という項目が立てられていました。要するに一人一社制を見直せというこれ自体は時々出てくる話であるらしいのですが、今のように就職情勢が良好な時期にはあまりなかったような気もして、「『骨太方針2018』を踏まえ」と書かれていてえーそうだったっけと思う。調べてみたら「…教育の質の向上に総合的に取り組む。新学習指導要領を円滑に実施するとともに、地域振興の核としての高等学校の機能強化、1人1社制の在り方の検討、子供の体験活動の充実、安全・安心な学校施設の効率的な整備、セーフティプロモーションの考え方も参考にした学校安全の推進などを進める。また、…」と、さらっと書かれていました。うーん、気付かなかったなあ。でまあそれは「教育再生実行会議の提言に基づき」となっていたのでそちら(https://www.kantei.go.jp/jp/singi/kyouikusaisei/pdf/dai11_teigen_1.pdf)も見てみたのですが「中高・高大の接続」という項目の中で最後に「当事者の声も取り入れながら、よりよいルールとなるよう検討を進める」とさらっと押し込まれているのですがそれって高大接続じゃないよね…?
 まあ、高卒就職者の離職率が高いから本人や保護者の意向がより反映されるように…という問題意識はわからなくはないのですが、しかし今現在学校からも企業からも特段の問題の指摘があるという話も聞かないので少し不思議に思いました。とりあえず普段は一人一社制を前提に推薦・選考日程などを議論している高等学校就職問題検討会議にワーキングチームを設置されているようですが…。