菅野和夫『労働法第12版』

 菅野和夫先生から、『労働法第12版』をご恵投いただきました。ありがとうございます。既報のとおり1,200ページを超える大部となっています。

労働法 (法律学講座双書)

労働法 (法律学講座双書)

  • 作者:菅野 和夫
  • 出版社/メーカー: 弘文堂
  • 発売日: 2019/11/28
  • メディア: 単行本
 衆目の一致する労働法の随一の基本的解説書であり、今回は働き方関連法の成立など第11版以降の変化を反映した改訂版とのことです。
 働き方改革の2本柱のひとつである労働時間の上限規制については「労基法の大改正」との評価であり(p.504)、さらに「罰則付上限設定までの長い道のり」と題する一項を設けて戦後~高度成長~前川レポートから今回の法改正に至る長い経緯を振り返り、「週40時間労働時間制の導入と並ぶ重要な改正」であり、さらに「主務官庁の発案と三者構成審議会による調整だけでは実現できず、内閣による強い政治主導を必要とした」と述べていて(pp.505-506)、相当の感慨を感じさせるものがあります。
 もう一方の柱である「同一労働同一賃金」については、「政府によって「同一労働同一賃金」の政治スローガンの下で推進され」たと指摘し、「内容において日本独特の待遇原則となって」おり、「日本版同一労働同一賃金」であって、「これまでの均衡・均等原則の考え方と変わるところはない」と断じておられます(pp.361-362)。政府の介入に対する評価が対照的ですが、政府の介入すべき場面は石油危機後の物価・賃金政策や週40時間制などのとりわけ重大な局面に限るべきとの論でしょうか。さらに注においては「職務給が普遍的賃金制度となっている欧州での「職務以外の要素の考慮」と、職務給の普遍性が全くない日本での「職務以外の要素の考慮」とは、その意義や程度が大きく異なる。…日本では、正社員・非正社員の手当の相違を争う事例も多いが、基本賃金(さまざまな基本給、そして賞与と退職金)の相違がより大きな、そして困難な問題となる。」と水町説を一刀両断しているのが目を引きます。
 その他働き方改革関連では、副業・兼業に関する労働時間の通算規定について「…労基法が事業場ごとに同法を適用しているために、同一使用者の異事業場にわたって労働する場合についての通算規定として設けられた、との解釈も十分に可能であって、使用者が他企業での労働のあり方を多くの場合認識も統制もしがたいことを考えると、刑罰法規の解釈としてはこのような解釈のほうが妥当と思われる。1987年改正によって週40時間制に移行し、2018年改正によって時間外労働への複雑な上限設定がなされた今日の状況では、行政解釈には見直しが求められている」と踏み込んだ記載がなされています。
 あと私が注目したのは山梨県信組事件の最高裁判決への言及で、「…不利益変更については、自由意思によるよる合意と認めるに足りる客観的事情が必要であること、それには不利益の内容・程度に関する具体的な説明が手続上の要件となることを宣明した。労働者は使用者に対し交渉上弱い立場にあるため、労働契約法上の合意原則を民法上のそれよりはるかに厳格化したものとみることができる」と述べるにとどまっていました。単に同意した旨の書面があるだけでは足りないという意味では「民法上のそれよりはるかに厳格化」したという評価になるわけですが、あくまで情報の非対称性の範囲にとどまっている点では妥当な解釈ではないかと思います。
 なお解雇の金銭解決については今回の論議について「使用者申し立てによる金銭解決方法は早い段階で断念」されたとの前提のもと、労働者が望む場合はすでに労働審判など金銭解決の方法が整っているので、「現行法にない意義を持たせるには、金銭解決の基準を提示した制度とする以外にない」と述べたうえで「実際上機能しうるものを考案できるか疑問」と指摘し、労働審判や裁判所での和解など「当事者の納得を重視して行われている金銭解決の実務を、阻害しかねない」と批判的です。これはまことに同感ですが、一方で使用者申し立てによる金銭解決に関しては基準なしでも現行法にない意義を有しうるとは言えるとも思います。
 将来課題については総論部分で簡単に述べられていて、フリーランスの就労者の法的保護、労働時間制度の再編成、過半数代表機関の常設化、雇用システムの変化への対応をあげられています。私は繰り返し書いているとおり(主として労組に期待する立場から)過半数代表機関の常設化については(少なくとも必置化については)否定的なのですが、実効ある過半数代表機関の存在を条件に「再編成された労働時間制度」の選択を認めることは十分可能性があると思っており、いずれにしても労使の集団的な関係を通じて人事管理の高度化が促進される法制度の在り方が最大の将来課題のひとつだろうと思っています。