骨太方針(続き)

 昨日取り上げた骨太方針素案ですが、自民党内手続で最低賃金引き上げに異論が出たとか。今朝の日経新聞から。

 自民党は12日、党本部で政調全体会議と経済成長戦略本部の合同会議を開き、政府がまとめた経済財政運営の基本方針(骨太の方針)の素案について議論した。最低賃金を年3%程度引き上げ、全国加重平均で1000円を目指す目標に関しては賛否両論が出た。自民党は来週以降に改めて会議を開き、骨太の方針案を了承する見通しだ。
 最低賃金を巡っては政府が11日に公表した素案に「より早期に全国加重平均が1000円となることを目指す」と明記した。「生産性の底上げを図り中小企業が賃上げしやすい環境整備に取り組む」と強調した。日本商工会議所など中小企業団体は大幅な最低賃金の引き上げに反対している。
 12日の自民党の会合では出席者から、地方の景気や外国人労働者の受け入れ拡大を見込んで最低賃金を引き上げるべきだとの意見が出た。一方で「中小企業に過重な負担がかかる」と慎重な声も上がった。
(令和元年6月13日付日本経済新聞朝刊から)

 日経新聞はオピニオン面でもこの問題を取り上げて、日商の三村会頭と連合の神津会長のインタビュー記事をそれぞれ掲載するという力の入りようなのですが、まずさて骨太方針の記載がどうなっているかというと、

(2) 最低賃金の引上げ
 経済成長率の引上げや生産性の底上げを図りつつ、中小企業・小規模事業者が賃上げしやすい環境整備に積極的に取り組む。生産性向上に意欲をもって取り組む中小企業・小規模事業者に対して、きめ細かな伴走型の支援を粘り強く行っていくことをはじめ、思い切った支援策を講じるとともに、下請中小企業振興法に基づく振興基準の更なる徹底を含め取引関係の適正化を進め、下請事業者による労務費上昇の取引対価への転嫁の円滑化を図る。
 最低賃金については、この3年、年率3%程度を目途として引き上げられてきたことを踏まえ、景気や物価動向を見つつ、これらの取組とあいまって、より早期に全国加重平均が1000円になることを目指す。あわせて、我が国の賃金水準が他の先進国との比較で低い水準に留まる理由の分析をはじめ、最低賃金のあり方について引き続き検討する。
https://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/minutes/2019r/0611/shiryo_02-1.pdf

 例によって機種依存文字(ryさてもちろん最賃が多分に中小企業問題であることは間違いないでしょうが「最低賃金の引上げ」の項目の冒頭に「賃上げしやすい環境整備」が出てくるというのはなかなかの違和感ではあります。なお最後にも「我が国の賃金水準が他の先進国との比較で低い水準に留まる理由の分析」というのが出てくるのですが、さすがにこれは文脈からしても「最低賃金(水準)」のことでしょうね?
 さて日経新聞の三村会頭のインタビューを見てもすでに中小企業は「人手を確保するために賃上げをせざるをえない。防衛的な賃上げを余儀なくされている」のが実態なので、中小企業としても最賃が上がること自体は受け入れざるを得ないし、それも含めて「賃上げしやすい環境整備」という話になるのだろうとは思います。となると骨太方針素案にある「労務費上昇の取引対価への転嫁の円滑化」が切実な要請ということになり、仮にすべて価格転嫁して納入先や消費者が吸収してくれるのであればそれだけで生産性も上がるという、これはいつもの話です。
 問題はどこでどうやって吸収するかで、まあ納入先が大企業であればそこでなんとかしてくれんかというのはそれなりにあり得る話でしょう。その分大企業労働者の賃金が上がりにくくなれば格差縮小につながるという話にもなるかもしれません。とはいえそれではマクロ成長にはつながらないわけで、結局のところは消費の活性化が重要であることは言をまちません。日経のインタビュー記事をみても神津会長は「消費拡大や企業の生産性が伴って、賃金と相乗効果をあげていかないといけない」と発言されており、このあたりぜひ連合には組合員の消費拡大を促す取り組みをお願いしたいところです。
 とはいえそれもなかなか容易ではないというのもいつもの話で、こういう話は総論としては受け入れられても各論になったとたんに個別の組合員は「みなさんどんどん消費を拡大してくださいね私だけは倹約して貯蓄するからさあ」という話になりがちなわけで、それが日経インタビュー記事での三村会頭の「賃金を上昇させれば消費が増えるという基本的な考え方も疑問だ。消費を増やすのは大賛成だが、実際は消費性向は下がって貯蓄性向が高まっている」という話につながるわけですね。もちろん現に人手不足で賃金引き上げを余儀なくされている中では「だから賃上げしません」という話にはなりようがないわけですが、正直言ってどこまで消費につながるかと言われればこのところの金融審議会の報告書をめぐるバカ騒ぎを見るにつけ悲観的にならざるを得ません。なにやってんだよもう…。
 さて骨太方針の話に戻りますと、最初に「経済成長率の引上げや生産性の底上げ」となっているので、「経済成長→賃金上昇→最賃上昇」という正常なプロセスが一応想定されているようなのでそこは安心しました(まあ成果は早く欲しいでしょうから並行して進めるくらいの感じかもしれませんが)。世間には最賃を先行して上げることで生産性向上の取り組みを促すといった意見もあり、私も個別企業であれば労使で「先行して賃上げし、労使で生産性向上ガンバロー」みたいは話はありだと思いますが、しかし全企業にあまねく適用される最賃を使ってあらゆる企業の生産性を上げるというのはさすがに無理があるのではないかと思います(三村会頭もインタビューの中で「セーフティーネットである最低賃金を生産性の引き上げや賃金全般を引き上げる道具として使うのはおかしい」と指摘しておられますが概ね同感です)。
 また、骨太方針素案は最賃引き上げのペースについて「この3年、年率3%程度を目途として引き上げられてきたことを踏まえ、…より早期に全国加重平均が1000円になることを目指す」という書いています。これはまあ普通に読んで年率3%以上を意図しているということになるでしょう。問題はそのペースに現場がついていけるかどうかで、自民党が心配しているのもそこでしょうし、三村会頭もインタビューの中で「3年後に1000円に引き上げるとすると上げ幅は年5%となる。これは大きすぎる」と述べておられます。一方で5%引き上げがいいのではないかと主張する経営者(経済財政諮問会議間議員ですが)もいたわけですが、連合の神津会長は日経のインタビュー記事の中で「5%は検討に値するが、重要なのはどのように格差を圧縮していくかという設計図を考えていくことだ。単に5%だけということで今の仕組みを踏襲すると、かえって格差が広がる」と発言しておられ、格差縮小に較べると5%といった引き上げ幅にはあまり関心が強くないようにも思われます。一般論として実態として守れないような規制を強行すると混乱を招くというのは先行して最賃を大幅に引き上げた隣国の状態をみれば十分予測できるわけで慎重さが必要だろうと思います。
 なお「我が国の最低賃金水準(だよな?)が他の先進国との比較で低い水準に留まる理由の分析」はまあおやりになればいいと思います。なんとなくわが国の無限定正社員中心の労働市場構造の問題がありそうな気がしますが…(気がするだけ)。
 さて本日はもう一点だけ、骨太方針素案は例年どおり?地域創生に熱意を示しており、地方にカネを流すだけでなくヒトを流すことも主張しています。「人口減少下での地方施策の強化・人材不足への対応」という節があり、前半は例のバス会社と地銀に関する独禁法の話なのですが、後半は「地方への人材供給」となっていて、こう記述されています。

 日本全体の生産性を向上させるためにも、地域的にも業種的にもオールジャパンでの職業の選択がより柔軟になることが必要である。
 特に、疲弊が進む地方には、経営水準を高度化する専門・管理人材を確保する意義は大きい。一方、人生100年時代を迎える中で、大都市圏の人材を中心に、転職や兼業・副業の場、定年後の活躍の場を求める動きは今後さらに活発化していく。これら2つのニーズは相互補完の関係にあり、これらを戦略的にマッチングしていくことが、今後の人材活躍や生産性向上の最重点課題の1つである。
 しかしながら、地方の中小・小規模事業者は、往々にしてどのような人材が不足しているか、どのような機能を果たして貰うべきかが明確化できておらず、適切な求人ができないか、獲得した人材を適切に処遇できていないのが現状である。
 また、結果として地方での人材市場が未成熟なため、人材紹介事業者も、地方での事業展開は消極的で、地方への人材流動は限定的である。
 こうした現状に鑑み、(i)受け手である地域企業の経営戦略や人材要件の明確化を支援する機能の強化(地域金融機関の関与の促進等)、(ii)大都市圏の人材とのマッチング機能の抜本的強化、(iii)大都市圏から地方への人材供給の促進を促す仕組みを構築し、大都市圏から地方への専門・管理人材の流れを一気に加速させていくこと、に重点的、集中的に取り組む。
https://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/minutes/2019r/0611/shiryo_02-1.pdf

 結局のところは適切な求人ができないに尽きるのではないかと思うのですね。「獲得した人材を適切に処遇できていない」こともあるでしょうが、それ以前に獲得できていないことが多いのではないかと。その要因も、「どのような人材が不足しているか、どのような機能を果たして貰うべきか」ではなく、端的に労働条件の問題ということではないかと思います。もちろんカネがすべてではなく、役割とか権限とかやりがいのある仕事とかも含めた総合的な労働条件ということにはなるわけですが、まあそれなりの人材を獲得したいのであればそれに見合った労働条件の適切な求人ができないとねえという話だろうと思います。
 そこで狙いは「人生100年時代を迎える中で、大都市圏の人材を中心に、…定年後の活躍の場を求める動きは今後さらに活発化していく」というところになるわけですね。たしかに、定年前の人だと、日本企業の後払い賃金を取り戻している状況にあるわけで、正直、前の会社が作った借りまで払えと言われてしまうと求人企業としてもツラいものがあるでしょう。その一方で、定年してしまえばその時点で後払い賃金の精算も完了したことになり、定年後再雇用は賃金水準も大幅に下がってまあ生産性に応じた水準ということになるわけで、それなら地方の中小・小規模事業者でもなんとか支払えるのではないか…というのはあり得そうな気もします。さらに言えば、子弟がすでに成人し就職しているという状況であれば、広域移動も比較的受け入れやすかろうということも期待できるかもしれません。
 ということで、魅力ある仕事と良好な生活環境にそれなりの賃金という労働条件が提示できれば、大都市圏から地方への専門・管理人材の移動が起きる可能性はあるだろうとは思います。ただまあかなり慎重にマッチングしたとしてもやはり不適合が起きる可能性というのは一定程度あるので、そのリスクまでカバーできる労働条件でなければ「一気に加速させていく」には力強さを欠くかなあという感もあります。そのあたりが知恵の使いどころでしょうか。