骨太方針

 経済財政諮問会議がいわゆる「骨太の方針」の案を示したということで、日経新聞が1面で大々的に報じています。

 政府は11日、経済財政運営の基本方針(骨太の方針、3面きょうのことば)の素案を公表した。今年10月に消費税率を10%に引き上げると明記した。「海外経済の下方リスクが顕在化する場合には機動的なマクロ経済政策を躊躇(ちゅうちょ)なく実行する」と記し、景気動向次第で経済対策を編成する方針も記した。
(令和元年6月12日付日本経済新聞朝刊から)

 「経済財政運営と改革の基本方針」なので行政全般にわたって網羅的に記載されているわけですが、その中でも日経新聞は労働関連に強く反応していて、経済面では「支え手拡大へ雇用改革」「社会保障維持へ骨太素案」「氷河期世代、正規30万人増へ」「女性・高齢者、年功から能力給に」などと麗々しく見出しを並べて力の入った記事を展開しています(https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20190612&ng=DGKKZO45961540R10C19A6EE8000、有料かもご容赦)。
 まず記事の前半は見出しでいうと「支え手拡大へ雇用改革」「社会保障維持へ骨太素案」「女性・高齢者、年功から能力給に」にあたる内容になっています。

 政府が11日示した経済財政運営の基本方針(骨太の方針)の素案では、社会保障の支え手拡大に軸足を置いた。働く高齢者や女性は増えており、雇用形態にかかわらず能力や意欲を評価する仕組みに変えていけるかが課題だ。今年の骨太で焦点を当てた就職氷河期世代が生まれたのは新卒採用に偏重した雇用慣行にある。年功序列と一括採用を前提にした日本型雇用の転換が急務だ。
 骨太の素案では「全世代型社会保障への改革」を柱に据えた。70歳まで就業機会を確保するよう企業に定年延長などの環境整備を求める。パート労働者すべてが厚生年金などに加入する「勤労者皆保険制度」の実現を掲げた。長く働き、税金や社会保険料を負担する人を増やす政策だ。

…女性や高齢者は社会保障の支え手として1人あたりの稼ぐ力は十分とはいえない。女性や高齢者の雇用形態はパートなど非正規が多い。例えば、65歳以上になると非正規比率は75%を超す。パート労働者の平均賃金は月10万円弱。30万円台の正規社員と比べれば格差は大きい。
 日本企業の間では一定の年齢になると退職・再雇用の扱いとなり、賃金を一律で3割下げるといった措置がある。女性は育児休業で勤続年数が短くなると、男性に比べ賃金は低くなりやすい。年功型から能力に応じた制度へと変える必要がある。
(令和元年6月12日付日本経済新聞朝刊から)

 さて実際の記述はどうなっているのだろうかということで、内閣府のウェブサイトで公開されている「経済財政運営と改革の基本方針2019(仮称)(原案)」を見てみました。
 まず「全世代型社会保障への改革」については日経の記事とはかなり感じが違っており、労働政策の大半は70歳までの就労の記述に費やされています。具体的には、65歳超70歳までの就労の選択肢として次の7つをあげ、

(a)定年廃止
(b)70歳までの定年延長
(c)継続雇用制度導入(現行65歳までの制度と同様、子会社・関連会社での継続雇用
を含む)
(d)他の企業(子会社・関連会社以外の企業)への再就職の実現
(e)個人とのフリーランス契約への資金提供
(f)個人の起業支援
(g)個人の社会貢献活動参加への資金提供

 まずはいずれかによる70歳就業確保を努力義務とし、その進捗を踏まえて、次の段階として65歳雇用延長導入時のような基準制度付きで義務化(企業名公表)を行うとされています(基準制度については「検討する」なので基準制度なしの全面義務化も一応排除されてはいない)。年金制度との関連においては、定年制を設ける場合は公的年金の満額受給年齢と接続するというグローバルスタンダードを踏まえて、支給開始年齢の引き上げは行わないとされています。さすがに「フリーランス契約への資金提供」や「起業支援」では接続しているとは言えないという常識的な判断でしょう。
 スケジュール感については来年(2020年)通常国会に前段(努力義務)の法案を提出と記載されているのみですが、まあわざわざ「進捗を踏まえて」と念を押したうえで2段階方式を採用しているということは相当に漸進的な取り組みを念頭に置いているものと思われます。これまでも、60歳定年にしても65歳継続雇用にしても、労使の取り組み状況を見ながらかなりの時間をかけて実現してきているわけで、70歳に向けた取り組みはさらに難しい課題であることを考えれば、十分に時間をかける必要があるものと思われます。
 さて日経が力説している「新卒採用に偏重した雇用慣行」「年功序列と一括採用を前提にした日本型雇用の転換」についても、続けて記述があることはあり、70歳継続雇用に続いてこう書かれています。

(2)中途採用・経験者採用の促進
 人生100年時代を踏まえ、働く意欲がある労働者がその能力を十分に発揮できるよう、雇用制度改革を進めることが必要である。特に大企業に伝統的に残る新卒一括採用中心の採用制度の見直しを図ると同時に、通年採用による中途採用・経験者採用の拡大を図る必要がある。このため、企業側においては、採用制度及び評価・報酬制度の見直しに取り組む必要がある。政府としては、個々の大企業に対し、中途採用・経験者採用比率の情報公開を求めるといった対応を図る。
https://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/minutes/2019r/0611/shiryo_02-1.pdf

 例によって機種依存文字(丸付数字)は括弧付数字に変更しました。でまあこれが全文なので70歳就労に較べると力の入り方の違いは歴然なように思われます。「新卒一括採用中心の採用制度の見直し」についてはまあ間議員があれだけ言ったわけですし、「中途採用・経験者採用協議会」なんてものも作ってしまったわけですし、簡単には旗を降ろせないという事情でしょうか。もっともこの「中途採用・経験者採用協議会」、経済産業省が事務方になって(なぜ?)発足したものの去年の暮れと今年の4月に開催されただけで沙汰やみになっているようでありどうなるのかしら。先月開催された未来投資会議でも一応「高齢者雇用促進及び中途採用・経験者採用の促進」が議題になっているけど資料をみると基本的に高齢者雇用の話ばかりだしなあ(「地方への人材供給」の話の中には高齢者とともに中途採用の話もあることはありますが)。
 ちなみに実態はどうなっているのかというとリクルートワークス研究所中途採用実態調査(2017年度実績)によれば、正社員採用に占める新卒採用の割合は34.7%、中途採用が65.3%であり、うち40.8%が未経験者となっていますね。骨太方針は「特に大企業に伝統的に残る」と書いているわけですが、5000人以上の大企業をみても新卒は62.6%にとどまり、中途が37.4%に達していて、うち未経験者は25.2%にとどまっています(ただこれには第二新卒が一部含まれている可能性はあるかも)。1社当たり中途採用数を見ても66.86人から78.55人と17.5%増加していて、経団連会長に言われるまでもなく実態はその方向に進んでいるわけですね。「企業側においては、採用制度及び評価・報酬制度の見直しに取り組む必要がある」ってのは端的に余計なお世話だと思いますが、まあ政府が「中途採用・経験者採用比率の情報公開を求める」くらいのことはおやりになればいいのではないでしょうか。現実にはやや悩ましいところはあり、あまり中途採用の比率が高いと「人材育成に熱心でない企業」というメッセージになってしまって優秀な新卒者に敬遠されるリスクはなくもありませんが、まあそれほど大きな害もあるまい。
 なお日経は「女性・高齢者、年功から能力給に」と大々的に見出しにしているわけですがあのすいません「素案」には「年功」も「能力給」も一度も出てこないんですが。まあ「評価・報酬制度」を意訳したということかもしれませんがあたかも骨太方針にそのとおり書かれているかのような印象を与えることは否定できないわけでそれってどうよ。さらに能力給に限らず成果・出来高給や職務給であってもいいわけで、つか日経新聞さんは能力給(職能給)には批判的で職務給とかそちらを推していたのではなかったかと不審に思うことしきり。ちなみに「評価・報酬制度」が出てくるのもこの1カ所だけ(新卒一括採用は後のほうでも出てくる)。どうなんでしょうかねえ。
 さて日経新聞の記事に戻って後半は就職氷河期世代支援の話になります。

 「就職氷河期世代への対応は、わが国の将来に関わる重要な課題だ。計画を策定するだけでなく、実行こそが大事だ」。安倍晋三首相は11日の経済財政諮問会議でこう語り、関係閣僚に対応を指示した。
 素案では今後3年間を「集中支援期間」とし、30代半ばから40代半ばの氷河期世代の就職を支援する考えを示した。この世代の正規雇用で働く人を3年間で30万人増やすことをめざす。全国の支援拠点と連携し、就業に直結しやすい資格取得などを促す。
 氷河期世代が卒業したのは1993年から04年ごろ。バブル経済の崩壊やその後の金融危機の影響で、企業が新卒採用を大幅に絞った時期だ。他の世代に比べ、正規で働きたくても働けない不本意な非正規が多い。氷河期世代で非正規や働いていない人は90万人を超す。高齢化すると十分な年金を受け取れず、生活保護に頼る世帯が急増すると懸念されている。
 この世代を正規社員として働けるようにするには、新卒一括採用と終身雇用の見直しが欠かせない。景気後退期に就職活動する世代が希望通りの仕事に就けない問題は潜在的にある。新たな氷河期世代を生まないためにも中途採用の拡大を進めていく必要がある。
(令和元年6月12日付日本経済新聞朝刊から)この世代を正規社員として働けるようにするには、新卒一括採用と終身雇用の見直しが欠かせない

 いやその「この世代を正規社員として働けるようにするには、新卒一括採用と終身雇用の見直しが欠かせない」と言うわけですが、日経のいわゆる「終身雇用」、まあ一般的な用語としては長期雇用だと思いますが、それを見直しちゃったらそもそも「正規社員」自体が消滅しちゃうジャン。骨太方針素案には(氷河期世代の)「正規雇用者については、30万人増やすことを目指す」と書いてあるんですが、これは長期雇用の正社員を30万人増やすという意味だと思うんだけどなあ。ちなみに素案にはやはり「終身雇用」も「長期雇用」も一度も出てきませんが…。
 さてそれはそれとして骨太方針はどう書いているかといいますと、「就職氷河期世代支援プログラム」ということで1項をあてていて、その最初にこうあります。

 いわゆる就職氷河期世代は、現在、30代半ばから40代半ばに至っているが、雇用環境が厳しい時期に就職活動を行った世代であり、その中には、希望する就職ができず、新卒一括採用をはじめとした流動性に乏しい雇用慣行が続いてきたこともあり、現在も、不本意ながら不安定な仕事に就いている、無業の状態にあるなど、様々な課題に直面している者がいる。
https://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/minutes/2019r/0611/shiryo_02-1.pdf

 ここでもう一回新卒一括採用が出てくるわけですね。ただ実態を見ると前述ワークス研究所調査にもあるようにどこまで「流動性に乏しい」といえるかどうかは微妙なような気もします。どちらかというと「流動性に乏しい」といった構造的な問題よりも景気動向という循環的要因が大きいのではないかなあ。要するに氷河期世代というのはバブル崩壊金融危機以降からアベノミクス景気までの間、雇用失業情勢の厳しい状況が長期間続いたことが最大の原因だったわけであり、仮にあの当時労働市場の構造が流動的だったとしても、しょせん多くの企業が「採用ゼロ」という状況の中では就職も進みにくかったでしょう。そういう意味では日経新聞が書くとおり「景気後退期に就職活動する世代が希望通りの仕事に就けない問題は潜在的にある」わけですが、「新たな氷河期世代を生まないため」には「中途採用の拡大を進めていく」のではなく不況期を短期にとどめる適切な経済政策・金融政策によって、新卒採用が不調だった人が第二新卒市場で正社員就職できるような環境を整備することではないでしょうか。
 さて続きを読みますと、

就職氷河期世代が抱える固有の課題(希望する就業とのギャップ、社会との距離感、実社会での経験不足、年齢の上昇等)を踏まえつつ、個々人の状況に応じた支援により、正規雇用化をはじめとして、同世代の活躍の場を更に広げられるよう、地域ごとに対象者を把握した上で、具体的な数値目標を立てて3年間で集中的に取り組む。
 支援対象としては、正規雇用を希望していながら不本意に非正規雇用で働く者(少なくとも50万人)、就業を希望しながら、様々な事情により求職活動をしていない長期無業者、社会とのつながりを作り、社会参加に向けてより丁寧な支援を必要とする者など、100万人程度と見込む。この3年間の取組により、これらの者に対し、現状よりも良い処遇、そもそも働くことや社会参加を促す中で、同世代の正規雇用者については、30万人増やすことを目指す。

 やはり「希望する就業とのギャップ」がキーワードでしょうがさまざまな側面がありそうで、とりあえず雇用形態という面では従来型の長期雇用の正規雇用者を30万人増やすことを目指すということは読み取れます。他の論点もありそうですが後述します。
 そこで具体的な施策ですが、(i)として「相談、教育訓練から就職まで切れ目のない支援」、(ii)として「個々人の状況に合わせた、より丁寧な寄り添い支援」が上げられていて、アウトリーチを含む双方向でホリスティックな支援が想定されているようです。
 ここで注目されることのひとつが「受けやすく、即効性のあるリカレント教育の確立」で、職種の面における「希望する就業とのギャップ」を克服しようということだろうと思います。具体的な内容としてはこう書かれているわけですが、

正規雇用化に有効な資格取得等に資するプログラムや、短期間での資格取得と職場実習等を組み合わせた「出口一体型」のプログラム、人手不足業種等の企業や地域のニーズを踏まえた実践的な人材育成プログラム等を整備…

さて「正規雇用化に有効な資格」というのがなかなかイメージできなくて困るわけです。もちろん薬剤師とか税理士とかいった稀少な資格であればきわめて有効でしょうがたとえば10万人とかいう話は端的に困難でしょうし、いっぽうで簿記2級くらいだと派遣社員に勝てないんじゃないかと思わなくもない。
 これについては先月末に開催された「第2回2040年を展望した社会保障働き方改革本部」で提示された「厚生労働省就職氷河期世代活躍支援プラン」が参考になり(共通する内容も多いのでたぶん「プログラム」の原型でしょう)、そちらにはこう書かれています。

就職氷河期世代 の方向けの「短期資格等習得コース(仮称)」を創設し、短期間で取得でき、安定就労につながる資格等(例.運輸・建設関係)の習得を支援するため、人材ニーズの高い業界団体等に委託し、訓練と職場体験等を組み合わせ、正社員就職を支援する出口一体型の訓練を行う。
https://www.mhlw.go.jp/content/12601000/000513529.pdf

 ということで、骨太方針の「プログラム」では「人手不足業種」とやんわり書いていますが、結局は「プラン」にあるように運輸・建設関係ということになるようです。実際、大手の求人サイトなどを見ても、この分野では年齢不問・未経験者歓迎で住宅賄付き日給12,000円の正社員求人というのが(まあ内実が能書きどおりかどうかはわからないのではありますが)かなり見つかるわけで、それでもなかなか充足していない。まあ集まるくらい賃金を上げろという話もあるでしょうが未経験者にどこまで払えるかという事情もあり、結局は外国人という話になってしまっているわけですね。たしかにここなら短期で取得できる資格があれば正規雇用化につながりやすいでしょう(作業主任者などの本格的な資格は実務経験3年とか求められるので難しいですが)。
 とはいえ、現にこれら業界では人が集まっていないという状況であるわけで、支援でどれほど職種における「希望する就業とのギャップ」が埋められるか、あまり期待しすぎることもできなかろうという感はあります。これについては、まあ就職に結びつけることが最重要だというのはわかるのですが、必ずしも人手不足業種に限ることもなく(もちろんだぶついている業種・職種はダメですが)「正社員採用しなくてもいいから働かせて、スキルが身に着くOJTだけやってあげてください、人件費も含めて経費は全額助成しますから」といったしくみをつくることも大いに検討に値するのではないかと思うのですがどうでしょうか。もちろん良ければ採用すればいいわけですし、必ず・できれば採用しろ、という負担がなければ協力する企業もあるのではないかと思います。
 もうひとつ骨太方針で目をひいたのが次の記述で、

…併せて、地方経済圏での人材ニーズと新たな活躍の場を求める人材プールのマッチングなどの仕組みづくりやテレワーク、副業・兼業の拡大、柔軟で多様な働き方の推進により、地方への人の流れをつくり、地方における雇用機会の創出を促す施策の積極的活用を進める。
https://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/minutes/2019r/0611/shiryo_02-1.pdf

 これは勤務地における「希望する就業とのギャップ」を克服しようということでしょう。東京一極集中もつまるところはたぶんに労働者が良好な就労機会を求めた結果であることを考えれば、いい仕事があれば地方に行ってもいいという氷河期世代の人もいるかもしれません。この骨太方針は(まあ例年の話といえばそうなのですが)地方創生、地方への人材還流にかなり力点が置かれているのですが、氷河期対策での活用も想定しているということのようです。
 ということで骨太方針そのものを読むと日経新聞さんの意気込みほどの内容でもないような感はあるわけですが、日経さんがあまりご関心のないような部分でもいろいろ興味深い内容もありますので次回以降書ければ書きたいと思います。