春闘社説読み比べ

やるやると言っていましたがようやく(笑)
ここ数年、金属労協主要各社の回答が社説で取り上げられないケースが散見されるようになり、春季労使交渉への注目度や社会的重要性の認識が低下しているのではないかといささか淋しい感を受けていたのですが、今年は回答翌日の13日に日経新聞、翌々日の14日には読売、朝日、産経の各紙、そしてやや遅れて16日には毎日新聞と、全国紙5紙の揃い踏みとなりました。代表的なブロック紙である東京新聞も13日の社説で取り上げており、今年はこの6紙をとりあげて比較してみたいと思います。
…と思いきや、今年の場合これら6紙の論調はほとんど同じという結果となりました。まあ、春季労使交渉に関しては新聞各紙はそれぞれのポジションにかかわらず(笑)一様に労組の応援に回る傾向があるわけですが、それにしてもここまで足並みが揃ったのは興味深いところです。
まずは、各紙におおむね共通している論点を抜き書きしておきます。

  1. 企業業績が好調にもかかわらず、賃上げは昨年並に抑制された。好調な業績は賞与に反映された。
  2. 政府は賃上げによる消費拡大が必要と主張し、経団連も理解を示したが、福田首相の要請も奏効しなかった。
  3. 生活用品の価格が上昇する中、この結果では消費拡大は望めない。景気への悪影響が懸念される。
  4. これは、円高や原材料価格高騰、米国景気減速などで先行きの業績悪化を警戒した企業が、内需への配慮より自社の固定費抑制を優先した結果だ。
  5. 各企業が賃上げの配分をくふうしたことは評価できる。
  6. 今後、中小や非正規雇用の賃上げが重要である。

こんなところでしょうか。各紙の特徴を登場順にみていきましょう。
まず日経ですが、内容的には上記の論点でほとんどすべてです。特徴的なのは労組に対してほとんど言及がないことで、「産業別組合組織の自動車総連の首脳は「千円は超えるだろう」と予想した」と紹介したほかはまったく触れられていません。
対照的なのが東京で、内容的にはやはり上記論点に尽きているのですが、こちらは連合に対して「深刻」と指摘したうえで、今後の中小・非典型の賃上げ交渉について「各労組は粘り強く交渉してほしい」とエールを送っています。
翌日組の3社をみると、読売は時間外割増率に注目し、「電機各社の労組は、長時間労働を減らそうと、残業の割増率引き上げの交渉も重視したが、合意には至らなかった。…技術職の長時間労働は常態化している。…競争力を強化するためには、働き方を見直すことも必要ではないか。引き続き労使で交渉を続けてほしい」と述べています。割賃と働き方は本来別物ですが、いずれにしても継続協議になったわけですから、話し合いの進展を期待することはもっともな考え方といえましょう。
朝日は、あからさまに労組より、というか労組そのもののスタンスで論じているのが最大の特徴といえそうです。冒頭の「スタンドの歓声を背に助走に入ったものの、逆風が吹きだして失速し、目標のバーを落としてしまった。春闘の前半戦は、こんな尻すぼみに終わった」を読んで、いきなり思わず吹き出してしまいました(笑)。報道機関がこんなんでいいんでしょうかねぇ。いいのかなぁ。
また、「今後の焦点は、非正規社員の待遇改善にある。賃上げ抑制で残った原資は、非正規社員へ回す余地があるはずだ」と主張していて、言いたいことはなんとなくわかるのですが、賃金の技術論からしたら妙な記述です。割賃についても「経営側は残業代を引き上げても時短効果はないと主張するが、理解しがたい論理だ。時短につなげられるかどうかは、経営側の働かせ方いかんによるのではないだろうか」と舌足らずで意味不明な記述にとどまっており、全体的にもう少ししっかり勉強して、整理して書いてほしいという印象があります。
産経は「本気で賃上げに臨んだか」とのタイトルをかかげ、「業績好調な企業は、本気で賃上げに取り組んだのか」「大手企業の労使は利益分配の在り方に対して十分な対応が必要だろう」と、労使双方に対して厳しい姿勢を示しています。「企業は」との表現になっていますが、むしろ真意は労組を批判しているような印象を受けます。そうでもないか。
遅れて登場した毎日はややユニークで、ひとつは「連合の高木剛会長は「国民の期待に応えられたかといえば残念さもある」というが、要求側はどこまで本気を出したのか」と労組の側の「本気度」を厳しく追及しています。
また、「経済は大企業だけで成り立っているのではない」と、大企業・大手企業を批判しているのも特徴的です。もっとも、内容的には「正社員と派遣労働やパート労働の賃金格差縮小や、正社員化」などに「大手企業は…大局観を持って取り組む時である」とか「多くの勤労者は中堅・中小企業で働いている。大企業の都合で厳しい状況に置かれることは、経済全体にはマイナスに働く。…下請け代金の適正化など効果的な対策を取るべきだ」とかいった単細胞な大企業悪玉論にとどまっています。
今回の春季労使交渉は、政府・与党サイドからの賃上げ待望論から「経団連賃上げ容認」論へと展開したところにサブプライム発の逆風が吹き付け、そこに福田首相直々の賃上げ要請と、従来の労組の役回りを政治が引き受けたかのような異例かつなかなか劇的な展開をたどったものの、結局は前年並という凡庸な結果に終わってしまったため、報道機関には一様共通に失望感が漂ったのでしょう。それが各紙の社説をほとんど同じようなものにしてしまったというところでしょうか。


…と、後から読んでみて、エントリだけ読んでもなんだかよくわからないということに気がつきました。社説は各社ともウェブで公開していて簡単にコピペできるので、ここに上げておきます。
(日経)

景気を冷やす渋い賃上げ

 大手製造業の賃上げ回答はおおむね昨年並みの低い水準にとどまった。今年も労使の賃上げ交渉は抑制的な基調で収まる見通しで、石油関連製品や食品などの値上がりが続く中、個人消費は冷え込みそうだ。
 春季交渉の先陣を切って金属労協IMF・JC)に加盟する自動車、電機、鉄鋼などの主要労働組合への経営側からの一斉回答が十二日あった。最高益更新を見込むトヨタ自動車では、千五百円の引き上げを求める組合に経営側が昨年と同じ一千円を回答して決着した。
 二〇〇二年に業績好調にもかかわらずゼロ回答で「春闘」崩壊を決定的にしたトヨタの回答が今年も焦点だった。産業別組合組織の自動車総連の首脳は「千円は超えるだろう」と予想したが、経営側は堅かった。代わりにボーナスを満額で答え、好業績は柔軟に調整できるボーナスで還元する方針を堅持した。
 電機大手は二千円の引き上げ要求に一千円の回答だった。昨年の五百円プラス手当類五百円と実質的に同額である。松下電器産業は全額を子育て支援にあてた昨年と同様、福利厚生関係の増額で答えた。隔年要求の鉄鋼、造船は、二年分でそれぞれ千五百円、二千円と前回を上回ったものの、低い水準で決着した。
 今年は福田康夫首相が内需喚起の窮余の一策として賃上げを促し、先週には日本経団連御手洗冨士夫会長に直接、要請したが、空振りに終わった格好だ。経団連も当初は賃上げを容認する姿勢だった。しかし海外で稼ぐ製造業大手の労使は、米国景気の陰りや株価の下落、円高、原材料価格の上昇などに危機感を強め、賃上げを自制したのだろう。
 経済の先行きに暗雲が広がるものの、上場企業は〇八年三月期に連結経常利益が五期連続して最高益の見込みである。これを引っ張るトヨタなどの好調企業が低水準で決着したため、後続の中小企業や内需に依存する流通、サービス産業などの賃上げは頭を抑えられるだろう。
 厚生労働省の毎月勤労統計調査によると、昨年の現金給与総額は景気が回復する中で三年ぶりに減った。今年も賃上げ抑制という個々の企業の選択が全体として個人消費を抑え、景気への悪影響が懸念される。
(平成20年3月13日付日本経済新聞「社説」)

(東京)

春闘集中回答 景気に弾みがつかない

 自動車や電機など金属労協IMF・JC)加盟労組への賃上げ回答は、大半が前年並みだった。三年連続の賃金改善だが景気刺激には力不足だ。中小・パート労働者たちの賃上げに期待したい。
 福田康夫首相の鶴の一声も経営者の心を動かすことはなかった、ということだろう。労使交渉がピークを迎えた六日、福田首相日本経団連御手洗冨士夫会長を官邸に呼び賃上げへの協力を要請した。だが経営側は当然のことのように懐勘定を優先させた。
 深刻なのは春闘を指揮してきた連合だ。控えめな要求に対して一時金を除き、満額回答はほとんどなかった。高木剛会長は記者会見で「経営側にはもう少し大局的な判断をしてほしかった」と唇をかんだ。
 労働側は今年の春闘でも経営側の厚い壁を打ち破れなかった。
 春闘相場のリード役を担った自動車業界。とくにトヨタ自動車労組は今年、ベースアップに相当する賃金改善分として昨年妥結額の千円を上回る千五百円を要求した。だが回答は三年連続で同額の千円だった。
 電機業界は高めの二千円を要求した。しかし回答は松下電器東芝三菱電機など大手がそろって前年同額の千円。十五年ぶりに重点要求に掲げた時間外労働の割増率(時割)引き上げは継続協議となった。
 そんな中で鉄鋼業界では休日出勤の割増率について現行35%から40%前後に引き上げる回答を得た。電機業界では東芝が賃金改善分を現場の熟練技能者などに重点配分することや、松下電器ワークライフバランス(仕事と家庭の調和)推進に配分するなどの工夫も行われた。
 今春闘は戦後最長の景気と五期連続で最高益確実な企業業績など追い風を受けて始まった。だが今年に入り、サブプライムローン問題に端を発した株価急落と円高、原材料価格の高騰などで逆風が強まった。
 厚生労働省によると昨年の主要企業の賃上げ率は1・87%で四年連続のアップだった。今年は2%程度の上昇が予想されたが現段階では横ばいか微増にとどまりそうだ。これでは可処分所得の増加→個人消費刺激→景気拡大のシナリオは難しい。
 最近は石油製品や食品を中心に物価上昇が目立つ。物価高が続けば賃上げ効果は減殺されてしまう。
 今後の焦点はこれからヤマ場を迎える中堅・中小企業、パート・派遣労働者たちの賃上げ交渉である。雇用者全体の三割を超えた非正規労働者たちの待遇改善が行われて、初めて景気の底上げが可能になる。各労組は粘り強く交渉してほしい。
(平成20年3月13日付東京新聞「社説」)

(読売)

春闘集中回答 消費の拡大までは望めない

 3年連続の賃上げとはなったが、総じて昨年並みの決着である。消費を促す力はなさそうだ。
 春闘の先陣を切り、自動車、電機など金属産業大手の経営側が一斉に賃上げ額を示した。
 相場のリード役として注目されたトヨタ自動車は、労働組合の月額1500円の要求に対し、1000円の回答にとどまった。電機各社の回答も、要求の半額の1000円が多かった。
 これに月額6000〜7000円の定期昇給分が加わって、実際の賃金改善額となる。
 今春闘では、経済活性化のために、賃上げによる消費拡大が必要だという認識が、官民双方で強まっていた。
 福田首相は先週、経営側に賃上げを要請した。消費を増やすには賃上げが必要との考えからだ。交渉終盤に首相が労働側を後押しするという、異例の動きだった。
 ガソリンや食料品など生活必需品が値上がりしている。企業業績は増益を続けているのに、それが賃金に反映されていない――。
 労働側はそう主張し、賃上げを求めてきた。一時は、経営側の一部にも、賃上げに理解を示す意見が出ていた。
 しかし、交渉前から景気の先行きへの不透明感が急速に増していた。米国経済の減速、急激な円高原油高に資材価格上昇と、懸念材料が次々と出てきた。
 結局、来期以降の企業経営を考えれば、消費拡大の観点から賃上げに配慮するという余裕は、なかったということなのだろう。
 賃上げには渋くても、一時金では満額回答や昨年を超える回答が相次いだ。短期の業績改善分は退職金などの負担増とならない一時金に反映させる、という経営側の方針を貫いた形だ。
 電機各社の労組は、長時間労働を減らそうと、残業の割増率引き上げの交渉も重視したが、合意には至らなかった。
 新製品の開発競争は激しく、技術職の長時間労働は常態化している。優秀な人材を集め、競争力を強化するためには、働き方を見直すことも必要ではないか。引き続き労使で交渉を続けてほしい。
 多くの企業の賃金交渉は、これからだ。大手と中小の収益格差は広がっている。好調な自動車産業も、中小の部品業界は厳しい。
 厳しさを増しつつある経営環境を労使で乗り切って企業の発展を図るとともに、労働者の生活の安定にもバランスよく目配りした交渉が大事ではないか。
(平成20年3月14日付読売新聞「社説」)

(朝日)

春闘 後半戦で巻き返せ

 スタンドの歓声を背に助走に入ったものの、逆風が吹きだして失速し、目標のバーを落としてしまった。
 春闘の前半戦は、こんな尻すぼみに終わった。大手製造業の賃上げは、多くが前年並みにとどまった。3年連続の賃上げとはいえ、渋い結果である。
 賃上げを通じて、輸出と設備投資の好調を内需拡大へつなぐ。例年になく強い期待が今春闘には寄せられていた。日本経団連も久しぶりに賃上げ容認の姿勢を示し、期待はさらに膨らんだ。最終盤には、福田首相御手洗冨士夫経団連会長を官邸へ呼んで、賃上げを要請する猛プッシュを見せた。
 だが、米国から吹きつけた金融不安の逆風にはかなわなかった。株安と円高が波状的に進み、きのうは1ドル=100円を突破した。日本の景気の先行きにも不安感が広がっている。米国発の動揺はもっと強まる気配である。
 世界的な環境悪化に経営側が身構え、財布のヒモを締めたのはやむを得ない面がある。とはいえ、企業は全体として5年連続の好業績を続けている。いまはその蓄積を家計へ回し、内需を柱とした成長路線へ構造転換する好機にある。それを逃すとしたら残念だ。
 ここは、これからの後半戦に期待をつなぐことにしよう。
 商業やサービス業、中小企業では、これから交渉が本格化する。内需依存度が高い産業群だ。経営側には、景気全体のことも考えて判断してほしい。
 組合側も大手のリードに頼るのではなく、取れるものはきちんと取る気構えが必要だ。大手の組合も中小の組合の活動を支援するなど、賃上げのすそ野を広げるよう気を配るべきだ。
 今後の焦点は、非正規社員の待遇改善にある。賃上げ抑制で残った原資は、非正規社員へ回す余地があるはずだ。
 連合の集計では、パートなどの待遇改善を訴えている組合が、前年より100多い415組合にのぼる。非正規雇用の人たちの自立のためにも、雇用構造に生じているゆがみを是正するためにも、これからが踏ん張りどころだ。
 賃上げの原資を、働き方の改善に使う試みも目につく。松下電器産業では、キャリア形成や健康維持などに役立つ支援金にあてる。社員のワーク・ライフ・バランス(仕事と生活の調和)への配慮である。三菱重工業は原資をすべて業務成績に応じて配分し、社員のやる気を引き出そうとしている。こうした試みはもっと広がってほしい。
 残業代の割増率の引き上げに力を入れた組合も多かった。残業のコストを高めて長時間労働を抑制する狙いだが、電機産業などでは継続協議に終わった。
 経営側は残業代を引き上げても時短効果はないと主張するが、理解しがたい論理だ。時短につなげられるかどうかは、経営側の働かせ方いかんによるのではないだろうか。
(平成20年3月14日付朝日新聞「社説」)

(産経)

春闘 本気で賃上げに臨んだか

 自動車や電機などの大手製造業の賃上げ労使交渉がほぼ決着した。好調な企業業績を背景に家計への還元が期待されたが、米景気の失速や円高、株安の影響で、前年並みの水準にとどまった。
 食品やガソリンなど生活必需品の値上げが相次いでいるため、この賃上げでは家計を潤すにはほど遠い。業績好調な企業は、本気で賃上げに取り組んだのか。個人消費刺激への期待がしぼむ春闘となった。
 今年の春闘は、日本経団連が「家計の購買力への配慮」を打ち出し、大幅賃上げ容認ムードで始まった。戦後最長の景気拡大を背景に、上場企業の多くも平成20年3月期決算は5年連続の増益予想である。
 企業収益が賃金に反映されれば、個人の所得が増加し消費が喚起されて景気を下支えする。福田康夫首相が「改革の果実が給与として国民に、家計に還元されるべきだ」と、御手洗冨士夫経団連会長に異例の要請を行ったのも、このためだろう。
 しかし、労使交渉の結果は3年連続の賃上げこそ実現したものの、経営側は途中から慎重な姿勢に転換した。
 大幅賃上げムードが一変したのは、円高・株安が急激に進んでいるからで、経営側は「固定費が増加すれば、国際競争力が低下する」と賃上げを自制した。
 トヨタなどの好調企業も前年と同じ1000円で決着した。これにより、もともと賃金の低い中小企業は今後、一段と賃上げ抑制に動くだろう。
 今回、労働側が労働時間短縮のテコとして主張していた残業代引き上げについても合意に達しなかった。
 ただ、限られた原資の中で、企業が個々の働く意欲を高める工夫をした点は評価できる。
 松下電器産業は前年に続き賃上げをすべて手当扱いとしたものの、仕事と生活の調和を目指す「ワーク・ライフ・バランス」に配慮した。鉄鋼や造船重機、非鉄なども特定職種への配分に腐心している。
 春闘のテーマは賃金だけではない。パートタイマーと正社員の間の処遇の是正も課題である。国際競争にさらされているとはいえ、大手企業の労使は利益分配の在り方に対して十分な対応が必要だろう。
(平成20年3月14日付産経新聞「主張」)

(毎日)

春闘賃上げ 中小企業やパートの底上げも

 02年1月を底にした日本の景気拡大は輸出に引っ張られた企業部門の活況が特徴である。ただ、この景気拡大も内閣府の外郭機関による調査でエコノミストの半数近くが年内に後退に陥るとみているように、終わりは近そうだ。
 外国為替市場で円が急伸し、1ドル=98円台に突入する状況も、マクロ経済的に総合的にみれば急激すぎることもあり、成長を押し下げる要因として働く。
 そこで重要になっているのが家計や、それを支えている賃金である。個人消費国内総生産の約6割を占めており、経済が安定的に発展していく土台の役目を果たしているからだ。しかも、個人消費は輸出や民間企業の設備投資ほどには変動が大きくない。
 そして、国民の大多数を占めている勤労者の家計を支えているのが賃金である。賃金が目減りするようなことになれば、家計は縮み志向に向かってしまう。
 では、今春闘の回答は家計を元気付けるに足るものといえるだろうか。自動車や電機など主要産業は3年連続の賃上げ回答だが、これは企業業績からみても当然のことだ。ただ、引き続き高収益を上げている割には、賃上げ率は大きくない。連合の高木剛会長は「国民の期待に応えられたかといえば残念さもある」というが、要求側はどこまで本気を出したのか。
 さらに、この賃上げは正社員が対象だ。経済全体が元気になるためには、それだけでは不十分だ。社会全体の賃金かさ上げが実現されなければ、経済が元気になるとはいえない。
 昨年10〜12月期の実質成長率は前期比年率で3・5%と高めとなったが、個人消費の伸びは0・9%に過ぎない。雇用者報酬が1年前に比べて0・2%しか伸びていないからだ。
 非正規労働の拡大を勘案すれば賃金が減っている勤労者が多いということだ。正社員と派遣労働やパート労働の賃金格差縮小や、正社員化は経済の質を高めるためにも欠かせない。
 大手企業はこうした問題に大局観を持って取り組む時である。
 また、中小企業には大企業からの厳しいコスト切り下げ要求などで、賃上げの余裕がないところも少なくない。しかし、多くの勤労者は中堅・中小企業で働いている。大企業の都合で厳しい状況に置かれることは、経済全体にはマイナスに働く。政府の経済成長戦略でも中小企業活性化は重要な柱だ。下請け代金の適正化など効果的な対策を取るべきだ。
 今春闘の大詰め段階で、福田康夫首相が御手洗冨士夫日本経団連会長に賃上げを要望した。政府も景気の先行きに危機感を抱いたからだ。経済界は賃金コスト切り下げ一本やりの競争力強化策は見直す必要がある。経済は大企業だけで成り立っているのではない。
(平成20年3月16日付毎日新聞「社説」)