SMAPの話

hamachan先生はノーコメントを決め込まれているようですが、実は私のところにもご意見照会をいただきましたので少し書いてみたいと思います。とはいっても知識も情報も圧倒的に不足していますので雑駁な感想以上のものにはならないわけで、見当違いのことをいろいろ書くと思いますがご容赦ください。
さて元人事担当者としては当然ながらこうした「飛び出したタレントは使わないようメディアに圧力をかけることで足止めをはかる」というやり口は職業選択の自由とか人身拘束・強制労働の禁止とかいった基本的な価値観に反するものであってまことに遺憾ですが、事務所サイドにしてみればこれまで相当のカネと時間をかけてトレーニングもすればプロモーションもしてきたタレントに簡単にスピンアウトされてはモトが取れませんという言い分でありましょう。とりわけSMAPのようなトップアイドルの背後は、それなりに投資はしたもののさほどモノにはならず赤字で終わりましたというタレントたちの死屍累々というところでしょうから、その分も含めて稼いでもらう必要がある、それが次世代の育成の原資になるのだ、というのもまあわからないではありません。それにしても今回の場合は十分元は取れているのではないかと思わなくはありませんけどね。
このあたりは長期的な人材投資・回収を特徴とするわが国の人事管理にも共通する部分はなくもなく、これが一般的な(一部の)企業社会においては、企業が人材投資を回収する前に退職して転職するというのは一種の裏切り行為であって、したがって企業も中途採用には否定的だというのは、まあ「三丁目の夕日」の時代にはあったのかなあ。人手不足、とりわけ管理職・熟練工が不足している時代にはそういう考え方もあったかもしれません。とはいえ、今となっては転職・中途採用も当たり前になり、むしろ企業もそれを推奨するくらいで、元は取れてはいるもののやや過剰投資という現状であり、転職や企業などで同業に転じられて困る人材には退職時に秘密保持特約を取り付けるなどの手段もあります。それでもなお同業で起業ということになれば、あとは競合の商売敵なので、厳しい競争が待っているということになりましょうが…。
芸能界の話に戻りますと、今回のような話にはカネ勘定という面のほかに組織の秩序という面もあるのでしょう。事務所の意向に逆らって転籍するタレントは干されるのだという見せしめにすることで、事務所に従わないタレントを減らすという意図もあるのかもしれません。まあこのあたりは、有力者の意向に従わない・抵抗する人はなにかと意地悪されたり仕返しされたりするというのは他の世界でも間々あることでしょう。ここは一応、企業の人事管理においてはそういうことはあってはならないというのが職業倫理だということになっているのだと思うのですが、そうでもないのかなあ。そうでもないのかもしれません。当代一流の労働法学者が社労士である人事担当者が職務を利用して私怨を晴らすというストーリーを書くご時世、こんなセンチメンタリズムは時代遅れなんでしょうかねえ、などと例によって弱気になる私。
そうは言っても、こうしたやり方でタレントを支配しようというのはまことに前近代的な話であり、なんとかならないものかとは、今回の騒ぎを見聞きした人の多くが感じたのではないでしょうか。私としても、繰り返しになりますが職業選択の自由や人身拘束・強制労働の禁止といった価値観と相容れず遺憾と思います。
ではどうするかという話ですが、これは業界では有名な話らしいのですがお隣の韓国でもJYJ問題という類似の案件があり、これはこうした圧力を禁止するという放送法改正にまで発展しています(http://www.asahi.com/articles/ASHD155CGHD1UHBI01N.html)ただまあその後もメディアは引き続きJYJ起用を自粛しているという話もあるらしく、法律で解決するというのもそれほど容易な話でもなさそうです。

  • ちなみに韓国では逆のパターンも起きており、テレビ出演時に母国旗として青天白日満地紅旗を掲げた台湾出身の韓国のタレントが、所属事務所のタレントを中国のメディアで起用しないという中国政府の圧力に屈して謝罪に追い込まれるという事件も発生しているそうです(周子瑜事件、http://www.huffingtonpost.jp/2016/01/16/tzuyu_n_8997274.html)。メディアと事務所のどちらが強者になるかは事情によって異なるわけですね。

そこで私としては、きっと非現実的な話だと怒られそうですがそこは無知をいいことにさせていただくとして、プロスポーツの世界のようにカネで解決するというしくみにできないものかとは思います。今回の場合でいえば、飯島氏がSMAPを連れて独立したいのであれば、しかるべき移籍金を支払って移籍させるというわけです。もちろん、これまでジャニーズ事務所がアイドル育成に投じてきた費用に見合う金額である必要がありますので相当の高額になるのが妥当と思われ、飯島氏がそれを準備できないのであれば別途出資者を調達するということになるわけで、それだけのカネを投じても見合うビジネスだと思う投資家をみつけられれば独立できるわけです(もちろん他の芸能プロダクションなどがカネを出して引き抜くという形もあるでしょう)。
これはトップレベルに限った話ではないでしょう。タレントの発揮する技量というのもプロスポーツ選手と同様に相当程度汎用的なものと思われます。少なくとも、チームの所属が異なっていてもスポーツ選手に求められる技量には大きな違いはない(それはまあ細かいところではいろいろあるのかもしれませんが)のと同じように、タレントについても所属事務所が違うとまったく異なる技量が求められるということはないでしょう。そう考えれば、移籍することで見違えるように活躍しはじめるスポーツ選手がいるように、タレントも移籍することで売れはじめるということが期待できるかもしれません(もちろん逆のリスクもありますが)。どの世界でも、十分なチャンスを得られないために埋もれている才能というのはあるものであり、であれば一定の補償金の支払い(プロ野球のような人的補償も考えられる)によって所属先を変えることでチャンスを得る可能性を高めることは多くの関係者にとってwin-winになりうるものでしょう。サッカーのレンタル移籍のようなしくみも有効かもしれません。
スポーツの世界では、無名の選手を有力選手に育てて移籍させることで得られる対価を経営の重要な一部としているチームは珍しいものではないそうです。選手にとっても、弱小(失礼)チームで頭角を現し、国内ビッグクラブへの移籍、さらにはメジャーや欧州リーグに挑戦、というのがサニーサイドのキャリアとして定着しているわけです。芸能界においても、移籍が事務所にとってもタレントにとってもサニーサイドにしていくことで、より魅力的な業界になるのではないかと余計なお世話ながら思います。今回の件をきっかけに、音事協あたりが考えてくれないものでしょうか。まあなにかと難しい業界ですし、ジャニーズ事務所音事協未加盟らしいので、やはり非現実的な話なのかもしれませんが…。