バスケットボール新リーグ・4

だいぶ引っ張りましたが残された労使関係の話を少し書いて終わりたいと思います。
簡単に過去の経緯をみますと、バスケットボールの場合は1990年代半ばまでの企業チームの時代においては運動部を保有するような企業であればユニオンショップ制の労働組合があることがほとんどで、社員選手も労働組合員となっているケースが多かったと思われます。その一方でそれと前後して企業スポーツのいわゆる「プロ化」も進展し、運動部員の中には正社員ではなく競技を引退したら企業も退職することを予定した契約選手(嘱託などの身分で主として1年の有期契約が多い)も増えてきました。これら選手たちは雇用契約なので労働者であることには間違いないわけですが、各企業労使の労働協約の内容によって(ショップ制の対象範囲の定めに応じて)労働組合員となるかどうかは異なり、多くの場合は非組合員であったものと推定されます。さらに1997年には外山英明・長谷川誠の両選手が雇用契約ではないプロフェッショナル契約を締結し、バスケットボールにも本格的なプロ選手が登場しました。
そこで現状はというとその後誕生したbjリーグNPBのような統一契約書を使用することとしていて全選手がプロ契約であり、NBLも企業チームを除けば基本的にプロ契約になっているものと思われます。企業チームは起業のポリシーもあって依然として正社員・契約社員・プロ契約が混在しており、東芝ブレイブサンダースは日本人全員が正社員と言われていますが、他の企業チームは契約社員が主流であって少数のトップ選手がプロ契約という形になっているようです。
したがって選手としての就労条件については正社員選手を除けば基本的に各選手とチームによる個別の契約更改交渉を通じて決まることになります。交渉が不調であれば原則として選手は一定の手続きによって他チームとの交渉、契約が可能になるわけですが、bjの場合はNPBのようにチームに選手の保有権が認められており、最低年俸300万円が適用されるA契約選手については25%以上の大幅減俸などがない限り移籍はできないこととなっているようで、一定の要件で選手にフリーエージェント権が発生するのもNPBと類似しています(最低年俸の適用されない選手の移籍は自由)。さらにbjの場合は年俸アップになる場合もアップ額の上限が決められているらしく、それを超える年俸を得るためにはFA権を獲得するよりないということのようです(ただしFA権獲得はNPBよりかなり容易らしい)。
これら個別の就労条件以外の制度的な部分、たとえば上記移籍制度やFA制度、ドラフト制度のほか、重要なものとしてシーズンオフ期間や年間の試合数といったものについてはほぼリーグとチームの合議で決まっており、さらに負傷時の扶助や引退後の就労支援などの制度はないに等しいという状況らしく(まあ企業チームは独自にそれなりのものを整えてはいるようですが)、ごく限られたスター選手、まあ日本代表の主力クラスあたりを除けばリーグ・チームと選手の交渉力格差は歴然たるものがあるようです。
さてプロスポーツ選手の労働者性については労基法上の労働者にはあたらないが労組法上の労働者にはあたるというのが一般的な理解でしょうから、バスケットボールもプロ化が進む中では集団的関係の中で就労条件・就労管理の改善高度化をはかっていくことが望まれるところです。これに関しては公営四競技が古くから選手会を組織して活動しており(競馬は中央と地方の2組織)、もともとの経緯は相互扶助であり、現状も(まあ事業特性上そうなるのでしょうが)社会貢献活動などを前面に押し出しているようですが、就労条件に限らず選手の福祉や事業運営に関わる幅広い事項について協議を行い、選手の意見を主張しているようです。日本プロ野球選手会日本プロサッカー選手会はそれぞれ労働組合の資格審査を通過して労働組合として団体交渉・労使協議を行っていますし、2004年にNPB近鉄バファローズとオリックスブルーウェーブが合併した際には争議行為や法廷闘争にも踏み込んだことはまだ記憶に新しいところです。
さてバスケットボールはといえば、NBLが発足した2013年9月、岡田優介選手(現広島)を会長(現在も会長)にNBL選手会が発足しています。社会貢献活動や広報活動のほか、経営難に陥った和歌山トライアンズのための募金活動という涙ぐましい活動にも取り組んでいます。この3月10日には選手のセカンドキャリア支援活動を開始することが発表されました。
この時期に選手会ができたというのは納得がいくところで、NBL(と下部のNBDL)には新たに多数のプロチームが参画してプロ選手が急増したというのもさることながら、NBLは前身のJBLと較べて試合数の増加やサラリーキャップ1億5,000万円の設定、外国人枠の拡大など、選手にとって就労条件の悪化となる変更が一方的に行われたということがあります。NBLへのbjの参加が千葉1チームにとどまってリーグ・競技そのものの先行きも危ぶまれる状況にあって、選手が連携をはかろうとの機運が高まったのは当然と申せましょう。
とはいえ、残念ながら協会やリーグと就労条件などをめぐって意見交換などが行われたという形跡はありません。報道によればFIBAのバウマン事務総長来日時の岡田選手会会長との会見の際に岡田会長は「選手の意見を求められたことは一度もない」と発言しているとのことで、まあ非公式のものはあったのかもしれませんが、協会やリーグと選手会の間で就労条件等に関する話し合いが持たれたことはないようです。
もっともこれは選手サイドにも「プロ野球のようなオーナーサイドとの対立はしたくない」との声が多いためでもあるようですが、もちろんその背景にはそれほど選手の交渉力が弱いという事情があるわけでしょう。
また、強調したようにこれはNBL選手会であってbjはもちろんNBDL(2部)やWJBL(女子)の選手は組織しておらず、これらに選手会組織はありません。まあ2部や女子はまだ企業チームが多いのでNBLほどには必要性はあるいは薄いのかもしれませんし、bjの場合は歴史が浅い上に急拡大していて選手会づくりなど無理だという事情はあるでしょうし、なによりNBLよりさらに選手の交渉力が低いという現実もあるでしょう。
ということで、今回FIBAが立ち上げたタスクフォースにも、選手を代表するメンバーは参加していません。これは非常に残念なことであり、かつ大問題だろうとも思うのですが、しかし選手サイドにそれだけの準備ができていない現状では致し方ないことかもしれません。そもそも選手サイドにリーグと対立したくないとの意識が強い中では、NBLNBDLとbjの選手の利害を調整して選手の意見を一本化できるようにすることをわずか2年の歴史しかないNBL選手会に求めるのは無理というものだと思います。
とはいえ、今後本格的に(川淵氏が構想するような)プロリーグとして興行していくということであれば、野球やサッカーにならった、1部から3部までを包含した、労働組合でもある選手会組織は不可欠であろうと思います。そこで期待されるのが、上部団体による指導と、協会・リーグの理解、およびそれをふまえた事務局組織の整備ではないかと思います。
まず上部の指導ですが、NBLの現状を考えれば、選手だけの努力で選手会が立ち上がって存続しているだけでも驚くべきことであり、これはひとえに岡田優介という傑出したリーダーの存在に拠るところが大きいことは関係者の共通認識だろうと思います。しかし、それなりに勉強や理論武装はしているにしても専門の知識も経験も乏しい現役の選手が競技と両立させつつ今以上の活動を進めることは無理と言わざるを得ないのではないでしょうか。
したがって上部の支援が必要になるわけで、欲を言えばプロスポーツ選手の産別組織が指導できればいいなあとは思うわけですがさすがにそれはまだ存在しません(しかし将来的にはバスケットボールも加えて設立できるかもしれません。公営競技に加わってもらうのは難しいでしょうが)ので、たとえばゼンセン同盟とか、支援がうまくて筋のいい上部団体による指導を期待したいところです。日本プロ野球選手会やプロサッカー選手会にも、連帯活動としてぜひ一肌脱いでほしいと思います。両者の経験はこういう場面でこそ大いに役立つことと思います。
次に協会・リーグの理解ですが、プロ野球選手会のようにオーナーサイドの理解が乏しい中で対等に渡り合うには選手側にも相当の交渉力が必要になります(具体例を見たい人は「億万長者のスト」とかでぐぐってみると簡単にみつかると思います)。いっぽう、サッカーのほうは選手の交渉力も不確実なJリーグ発足当初に選手会が設立されているわけですがこれはJリーグ創立の立役者である川淵三郎氏の意思によるものであったと言われており、さすがに古川電工で管理職の経験もある川淵氏は労使関係の重要性も深く理解しておられたということなのでしょう。その川淵氏が今回タスクフォースのトップを務められているわけですので、ここでもぜひ指導力を発揮してほしいと思います。もちろんいたずらに敵対的な選手会では協会・リーグの理解を得られるわけもなく(選手もそれを望んでいないようですし)、信頼関係にもとづいて話し合いで問題解決に取り組む姿勢が望まれます。そういう意味でも優れた上部団体による指導が不可欠だろうと思うわけです。
もう一つ重要なのが選手会事務局で、やはり現役選手が事務局機能を担うのには限界が大きいでしょうから、一定数の専従スタッフを有する事務局の整備が必要と思われます。まあ今どき専従の執行委員のいる労組というのも相当の大労組に限られるわけではありますが、連合傘下では従業員500人に専従役員1人というのが相場らしいので、1チーム12人で40チームあれば専従役員が必要な規模だといえるでしょう。選手が非専従で活動できる範囲は一般的な労組に較べると限定的であろうことを考えると、複数の専従が必要かもしれません。このあたりについても上部の指導力が期待されるところではあるわけですが、なんといっても特殊な職業の事情をよく承知しているスタッフとして意欲と使命感あるOBに期待がかかるのではないでしょうか。労働部門で活躍する運動部OBは多いと思われますので、自社バスケットボール部OBの中から有能な人材を手弁当で出向させてくれる奇特な企業はないものかしら。
ということで今回でなんとか終わりたいということで長くなってしまいましたが、残された時間が非常に限られている中、ぜひとも選手をはじめ関係者にとって実りある成果を得てほしいものだと思います。