芸能人の労働者性シリーズ(2)

さて昨日の続きです。タレ・スポの労働者性と育成コスト問題http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2011/09/post-f75b.htmlをご紹介します。

ゆうこりんの労働者性」に楠さんがコメントされていますが、

http://twitter.com/#!/masanork/status/117044742277173248

>タレントも会社員も同じように育成コストはかかる訳で労働法の視点からいえば真っ当な判決だけど前近代的な芸能界にとっては驚天動地なのかな

 これは、実は大変深いインプリケーションがあります。芸能人やスポーツ選手の労働者性を認めたくない業界側の最大の理由は、初期育成コストが持ち出しになるのに足抜け自由にしては元が取れないということでしょう。ふつうの労働者だって初期育成コストがかかるわけですが、そこは年功的賃金システムやもろもろの途中で辞めたら損をする仕組みで担保しているわけですが、芸能人やスポーツ選手はそういうわけにはいかない。

 そこで、逆に、初期育成段階の労働者保護について一定程度解除できないかという議論はありうるわけです。

 実は、これは今から7年以上も前に、東大の労働判例研究会で報告し、『ジュリスト』にも載せた判例評釈で論じたテーマとも重なるのですが、ほとんど全ての人々からは無視されていますが(笑)、わたくしはすごく重要なポイントだと思っています。

http://homepage3.nifty.com/hamachan/europiano.html労働判例研究 「研修生」契約は労働契約に該当するか?−−ユーロピアノ事件)

 これは「ピアノ調律技術者研修生」として無給で「採用」された人が賃金請求等をした事件で、裁判所は「本件契約には労働契約の不可欠の要素である労働の対償として支払われる賃金についての合意がないから、本件契約は労働契約ではないというべきであるし、同様の理由で雇用契約ではないというべきである」というわけのわからん理屈で棄却していますが、それはおかしいだろうという評釈です。

 まさに、労働者か労働者でないかという二者択一では、「(1)完全な労働契約として一定期間使用者側のコスト負担を求める」か、「(2)労働契約ではないとして本来与えられるべき労働者保護を失わせる」かの二者択一になってしまうという点に、この手の芸能人やスポーツ選手の労働者性を考える際のポイントがあるのだと私は思います。
 象徴的に言えば、スターになるかもしれないが、そのまま無名で終わるかもしれない「幕下以下」をどう扱うべきか、という問題ですね。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2011/09/post-f75b.html
(一部機種依存文字を変更しました)

沖縄アクターズスクールはまあ専門学校みたいなものなのかな。ジャニーズとかハロプロとかAKB48とか、初期育成段階はどんな実態になってるのでしょうかねえ。私としては、やはり保護が必要なのは「幕下以下」であって、「関取」「三役」クラスになればそれほどの保護は要しないと考えるのが素直なように思えるのですが。タレント以外だと、アニメーションの原画制作はすごい勢いで海外流出したという話ですが、工房制作している漫画家のプロダクションで請負契約でアシスタントをしている人とか、かなり保護に欠ける実態もあるようですし…。
そうした中でタレントについていえば、巷間ウワサされるように、育成コストを踏み倒して足抜けをはかる向きに対しては(楠さんご指摘のとおりまことに前近代的ながら)業界をあげて「干す」ということで秩序を維持してきたという部分もあるのではないでしょうか。
もっとも、民間企業であってもコア技術を持つエンジニアの引き抜きなんてことは十分ありうる話で、そこは競業避止特約などで保護に欠けない範囲で対処しているわけです。タレントのブランドにも育成コストがかかっているわけなので、労働者性のない所属契約であっても競業避止特約が有効とされる余地は十分にあるように思います。足抜けしてもいいけど1年間は国内でタレント活動をしちゃいけません、といったものですね。スポーツの世界でも移籍は自由だが移籍元の了解がなければ1年間は公式戦に出られないとかいったリリース・レターの制度を持っているケースがあります。
また、プロスポーツの世界であれば、育成コストを回収するために移籍金のしくみを持っている例も多く、実際優れた選手を育成して有力チームに移籍させ、その移籍金で経営を成り立たせているなどという話も聞きます。競業避止特約と組み合わせることも考えられ、足抜けしてすぐタレント活動したいなら新所属先はいくらいくらを支払いましょうね、というような話です。タレントの世界も、しっかりとした中間団体をつくって、こうしたルールを整備することで「前近代」を脱することが求められているのではないでしょうか。
もっとも、島田紳助さんの例をみてもタレントの世界はアレな世界とのかかわりもあり、近代化といってもなかなか難しいのでしょうね、というか、できるものならとっくにそうなっているか…。
さてシリーズ最後は芦田愛菜ちゃんの労働者性http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2011/09/post-d5d3.htmlということで、

http://www.officiallyjd.com/archives/56569/
>意外なところでは”天才子役”芦田愛菜(7歳)を不審がる声も。
 年内だけでドラマ・映画の出演本数が10本を超えてしまうほどの芦田愛菜の露出は、「週刊誌の報道で『目の下のクマをメークで隠して』仕事をしているといわれるだけに、朝から晩までずっと仕事漬けの日々。
 今年小学校に入学した彼女ですが、週刊誌が”ランドセル姿”を撮影しようと取材を進めるも、学校に行っている形跡がまったくない」(芸能レポーター)と凄まじい働きぶりのようだ。…

 この記者には問題意識がないようですが、これは労働基準法上大きな問題であり得ますよ。
…(最低年齢等に関する労働基準法の抜粋:略)
 実際、今年の紅白歌合戦に関して、こういう話も。
http://entameblog.seesaa.net/article/223680247.html
>某テレビ情報誌編集者が語るのは、今年の紅白を前にして喧々諤々だというNHKの内情。現段階で視聴率的な切り札といえるのは人気子役・芦田愛菜ちゃんが歌う『マル・マル・モリ・モリ』。…「ただ労働基準法の縛りがあって、愛菜ちゃんは7時台にしか出演できない。本当に数字が欲しいのは9時からなので、関係者は頭を抱えているんですよ。なりふり構わないプランも出ていて『海外からの中継なら、向こうは昼だからセーフ』なんてことを大マジメに論議しているそうです」(前出・テレビ情報誌編集者)

 芦田愛菜ちゃんが労働基準法上の労働者であることには何の疑いもないからこそ、上の労基法61条5項をすり抜けようとして、こういう話になるわけですね。
 そして、そうであれば、そもそもの労働時間規制が「修学時間を通算して1週間について40時間」「修学時間を通算して1日について7時間」であり、かつ小学校は義務教育ですから、その時間は自動的に差し引かれなければなりませんから、上の「朝から晩までずっと仕事漬けの日々」というのは、どう考えても労働基準法違反の可能性が高いと言わざるを得ないように思われます。
まあ、みんな分かっているけれども、それを言ったら大変なことになるからと、敢えて言わないでいるという状況なのでしょうか。
 ところで、それにしても、芦田愛菜ちゃんのやっていることも、ゆうこりんのやっていることも、タカラジェンヌたちのやっていることも、本質的には変わりがないとすれば(私は変わりはないと思いますが)、どうして愛菜ちゃんについては労働基準法の年少者保護規定の適用される労働者であることを疑わず、ゆうこりんタカラジェンヌについては請負の自営業者だと平気で言えるのか、いささか不思議な気もします。
 ゆうこりんタカラジェンヌが労働者ではないのであれば、愛菜ちゃんも労働者じゃなくて、自営業者だと強弁する人が出てきても不思議ではないような気もしますが。
http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2011/09/post-d5d3.html

いや労基法上の労働者であることに疑いがないからじゃなくて、61条5項を持ち出して騒ぐ人がいることを心配しているからじゃないかなあ。もちろん芦田愛菜さんが労働契約によって就労している可能性はある(私は知らない)ので、その場合は61条5項が直接的に問題になりますが。
さて、私は芦田さんに必要なのは労働者としての保護ではなく児童・年少者としての保護だと思います。おそらくは不世出の天才なのでしょうし、すでに大物の女優であるわけですから、独立性も高ければ契約の相手方に対する交渉力も強いと思われ、労働者として保護する必要性は乏しいと思います(もちろん前提に誤りがあれば結論は変わりますし後見人代理人の類は必要です)、と強弁してみる(笑)。いっぽう、芦田さんが私のたぶん十倍以上稼得しているとはいっても、それとは無関係に児童・年少者としての保護は絶対に必要です。というか、記事にもあるとおり、だからこそ必要との考え方もあるでしょう。
私は児童福祉政策とかよく知らない、いやほとんど知らないので大間違いかもしれませんが、もし芦田さんに保護を与えようとしたときの強制力のある方法が労働基準法くらいしか見当たらないのだとすれば、それは法律の不備であって立法で解決されるべき問題だと思います。労基法と同様に、発注者が請負契約を締結することのできる年齢の下限を定め、契約の内容が年少者の健全な成長に反するものとならないことを発注者に義務付ける(もちろん罰則付の強行法規で)といったことが考えられると思います(理論的・技術的に課題はあるでしょうができなくはないと思う)。
なおタカラジェンヌと一括すると研1まで入ってしまうので、小倉さんや芦田さんと「本質的には変わりない」と言われるとかなり抵抗があります。まあ小倉さんや芦田さんと同じ箱に入れられるのはトップと準トップ、3番手と娘役トップくらいまで…でしょうか?まあよくわかりません。宝塚歌劇団はけっこう拘束が強そうなので、労働者として保護する範囲はかなり広くていいように思います。少なくとも自称「トップスターや2番手ではないが、所属組での公演では、重要な役が与えられ、ファンも少なくな」いタカラジェンヌを小倉さんや芦田さんと同一視はできないでしょう。