伝説のオルグ

先週金曜日なのでちょうど一週間前になりますが、日本キャリアデザイン学会の研究会でゼンセン同盟の伝説のオルグ二宮誠氏のお話を聞く機会に恵まれました。まずは組織化の経験談がとにかく面白く、これだけでも一晩聞きたいくらいの話でしたが、それを踏まえた現在の労働運動に対する問題提起も非常に印象に残るものでした。
中でも大きな話としてたぶん二点あり、ひとつは労組、とりわけ単組の運動の視程が企業か、せいぜい業界くらいに狭まっていて内向きになりすぎている、という指摘です。単組の運動方針をみると最初は決まって「私たちをとりまく環境」といったもので始まるわけですが、多くの場合にそれが企業の経営状況や業績の話だったり、広くても業界動向くらいにとどまっていて、日本経済や世界経済、ましてや社会や世界平和といった視野がない。つまり、労働運動に何ができるのか、何を変えられるのかという可能性をものすごく小さくとらえてしまっている。これについてはそのリーダーシップをとるべき産別やナショナルセンターもそれなりに頑張ってはいるのかもしれないが、やはり物足りない、力不足である。そんなお話だったと思います。
もうひとつはこれとも密接に関係するのですが、日本の労組はあまりに企業別組織に偏っている。これは戦後に組織化を進める過程で、やはり企業別組織が組織しやすいということでそうなったわけで、当初から問題意識は持たれていたがこんにちに至るまで状況の大きな変化はなく、これが労働運動の横への広がりを妨げる大きな要因になっている。しかし、ご自身が介護クラフトユニオンや人材サービスゼネラルユニオンを組織化したご経験から、日本でも職種別労組は成立・定着しうるし、それをさらに進めていかなければならないといったお話をされたと思います。
さて私はといえば正直に白状しますと二宮氏の圧倒的な存在感というか迫力というか全身から放たれるオーラの前に畏怖の念を抱きながらお聞きしていたわけですが、少し間があいて若干落ち着いてきましたので感想など書きたいと思います。
まず第一のポイントですが、私は労働運動は労働組合主義に則ることが望ましいと考えていますので、視野を広げることは大切だとは思いますが、労働組合が直接的に政治体制や外交などについて活動することについては否定的です。いっぽうで、まあはなはだ余計なお世話ではあるのですが、労働運動が単組レベルでも自らの活動の社会における位置づけを確認することは大事だろうとも思います。自分たちの成果は小さな一歩でも、産別や地協やナショナルセンターを通じて大きく広がっていて、国家経済・社会の発展に不可欠な労働者の地位の向上、産業平和の実現に寄与しているのだ、という自覚を持つというのは、しかし今となってはなかなか実感はしにくいのかなあ。しかし、二宮氏が言われたように運動方針を起草する際(たぶん大方の単組では2年に1回)にはそうしたことも考えてみる、というのがたしかに出発点かもしれません。貧しさや格差が紛争の大きな原因となっていることを思えば、労働運動は経済的な活動を通じて世界平和に十分貢献しうると私は思います。
第二のポイントについては基本的に同感するところで、とりわけ介護クラフトユニオンに関しては、介護の職場というのは多くが要資格のジョブ型専門職であり、またその賃金も相当程度介護保険給付に連動していて一種公定価格的な性格を持っているわけなので、実態として労働移動が活発だということもあわせれば、これは職種別組合に非常になじみやすいものであり、また職種別の組織が組合員にとっても望ましいものではないかと思うわけです。
人材サービスゼネラルユニオンについても、主力である派遣労働・請負労働については(少なくとも建前においては、おそらくは本音においても多分に)相当にジョブ型の専門職であり、職場が変わることも頻繁でしょうから、企業横断的な組織にはなじみやすかろうと思います。内容的には多岐にわたる職種を包摂しているでしょうから職種別労組とはなかなかいいにくいように思いますが、なかなか組織化が簡単でない労働者を組織化する手法としては効果的だと思いますし、その活動がまずは互助活動を中心としていることもたいへんよくわかるところです。
いっぽうでやはり企業別組織のほうが福祉の改善や職場の問題解決といった面で望ましいという職場・労働者も依然として多数にのぼると思われますので、企業別組織が中心となる現状が大きく変わることもなかろうという気もします。とはいえ、今後の趨勢としては職種別ないし企業横断的労組に適する労働者の割合は増えていくでしょうから、そちらの取り組みの重要性は高まっていくだろうとも思います。
さて研究会はその後活発な討論があって盛り上がりましたがその過程で私も司会から指名されて発言の機会をいただいたのですが、上記の経緯で正直たいへんに緊張してなにかと噛みました(笑)。いやその場でも申し上げたのですが小池和男先生の前でもこんなに緊張しなかったのではないかと思う。
それはそれとして私はぜひお聞きしたいことがあったので率直におたずねして見ました。

私「労働者の方から、割増賃金が支払われない、年次有給休暇が取得できないといった個別の相談を受けられることがあるかと思いますが、どのようなことに心がけておられますか?」
二宮氏「まず、直接話を聞きます。電話や、メールで相談を受けることが多いのですが、まず顔を合わせて直接話をする。そこで、どんな問題で、どのように解決したいのかをじっくり話し合います。さらに、同じ悩みを持っている人がいないかどうか聞いて、いればそういう人の話もきいて、みんなで会社と話をする。それが組合づくりにつながることもあります」
私「労働基準監督署に行きなさいとか、労働局に相談しなさいとかいうアドバイスはされないのですか?」
二宮氏「それはしません。たしかに、すぐに署や局に振る人もいるのですが、私はそれはするなと言っている。最近、メンタルヘルスの相談が増えてきて、これは監督署や労働局に行っても解決にもならない。署や局に振って終わりでは、なんのための労働相談だと。まず労働者の悩み、言いたいことをじっくり聞いて、本音で話してこその労働相談だろうと」

このお答えはたいへんに感銘を受けながら聞きました。あらためて忘れがちな基本を教えていただいたというか、相談者が割増賃金がもらえない、年休が取れないと訴えるときに、では割増賃金がもらえれば、年休が取れればそれだけでいいのかというと、まあそれでいい場合もあるかもしれませんが、しかし本当の問題はそこではない、という場合もあるのではないか。本当に訴えたいのは、労働時間が長すぎて疲れ果てているとか、仕事が自分ばかり集中しているのをなんとかしてほしいとか、あるいは残業代もいらない年休もとれなくていいけど上司にパワハラをやめてほしいということかもしれません。さらに、そういう問題が解決したとしても、職場の人間関係が悪くなったり、職場にいづらくなったりしたら意味がないわけです。だから、まずは直接話を聞いて、本音でどうしたいか聞き出す。次は仲間を増やして、みんなでこの職場をどうしたいのかをしっかり話し合い、そのためにどうするか、どうしてほしいか意思統一する。一人では話を聞いてもらえないかもしれませんが、そうやって何人かが集まって話をしにいけば、経営者だって耳を傾けるだろう、ということでしょう。そして、そこで経営者にもそれなりに納得のいく解決がはかれれば、それが労働組合結成につながっていくかもしれません。そのように語られたわけではありませんが、私はそのように受け止めたわけです。

労働組合のレシピ―ちょっとしたコツがあるんです

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