神戸市バスで記念日に妻を630円分「ただ乗せ」回送中も同乗 運転手懲戒解雇

表題のような事案があったということで、ウェブ上では「過酷ではないか」との批判があるようです。まず報道から。

 神戸市営バスの50代の男性運転手が、自分が運転する路線バスに女性を無賃乗車させたうえ、回送運転になっても乗せたまま車庫に戻っていたことが26日、わかった。神戸市交通局から市バス運行の業務委託を受けている神戸交通振興は、21日付でこの運転手を懲戒解雇していた。
 同社によると、運転手は魚崎営業所(同市東灘区)に勤務。10月25日夕、阪神御影―渦森台(同区)間を運転中に途中の停留所から女性を乗せ、その後1往復。同営業所に回送運転で戻る際も乗せたまま、回送までの運賃630円も受け取らなかった。車庫でバスから降りる2人を同僚が目撃して発覚。運転手は「女性は妻で、勤務後に食事に行く予定だった」と説明したという。
asahi.comhttp://www.asahi.com/articles/ASHCV619ZHCVPIHB040.html

 神戸市バスの男性運転手が営業運転中に妻を無料で乗車させていたことがわかりました。運転手は、すでに懲戒解雇されています。
 神戸市バスの業務委託を受けている神戸交通振興によりますと、先月25日、魚崎営業所に所属する50代の男性運転手は運行中のバスに妻を乗せ、3回分の乗車をさせたにもかかわらず、運賃の支払い記録がありませんでした。営業所内で2人がバスから降りるところを別の運転手が目撃したことで発覚。車内に設置されたドライブレコーダーには運転席で妻と親しげに会話する様子などが映っていたということです。男性運転手は、「乗務後に一緒に食事に行くつもりだった」と妻を無賃乗車させた事実を認めていて、21日付で懲戒解雇されています。
ABCニュース、http://www.asahi.com/articles/ASHCV619ZHCVPIHB040.html

これに対する世間の反応は、たとえばhttp://togetter.com/li/905808などでごらんになれます。
かなり以前にご紹介した(http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20051125東武鉄道運転手の懲戒解雇との類似性を指摘する意見もあり、たしかに似ている部分もありますが異なる点も多いようです。はたしてこの処分が過酷なのかどうか、詳細な事情がわからないのであまり確定的なことは言えないのではありますが、わかる範囲で以下検討していきたいと思います。
さて懲戒処分については就業規則に根拠規定があることに加えて客観的合理性と社会的相当性が必要とされるというのが通説であり、菅野和夫先生の教科書にもそう書いてありますし最近の裁判例も採用するところであるわけですが、今回運転手を解雇した神戸交通振興(株)の就業規則が閲覧できるわけもなく、仕方ないので厚生労働省のモデル就業規則http://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/model/dl/model.pdf)を使って話を進めたいと思います。懲戒解雇事由に関する規定はこうなっています。

…労働者が次のいずれかに該当するときは、懲戒解雇とする。ただし、平素の服務態度その他情状によっては、第49条に定める普通解雇、前条に定める減給又は出勤停止とすることがある。
(1) 重要な経歴を詐称して雇用されたとき。
(2) 正当な理由なく無断欠勤が__日以上に及び、出勤の督促に応じなかったとき。
(3) 正当な理由なく無断でしばしば遅刻、早退又は欠勤を繰り返し、__回にわたって注意を受けても改めなかったとき。
(4) 正当な理由なく、しばしば業務上の指示・命令に従わなかったとき。
(5) 故意又は重大な過失により会社に重大な損害を与えたとき。
(6) 会社内において刑法その他刑罰法規の各規定に違反する行為を行い、その犯罪事実が明らかとなったとき(当該行為が軽微な違反である場合を除く。)。
(7) 素行不良で著しく社内の秩序又は風紀を乱したとき。
(8) 数回にわたり懲戒を受けたにもかかわらず、なお、勤務態度等に関し、改善の見込みがないとき。
(9) 職責を利用して交際を強要し、又は性的な関係を強要したとき。
(10) 第13条に違反し、その情状が悪質と認められるとき。
(11) 許可なく職務以外の目的で会社の施設、物品等を使用したとき。
(12) 職務上の地位を利用して私利を図り、又は取引先等より不当な金品を受け、若しくは求め若しくは供応を受けたとき。
(13) 私生活上の非違行為や会社に対する正当な理由のない誹謗中傷等であって、会社の名誉信用を損ない、業務に重大な悪影響を及ぼす行為をしたとき。
(14) 正当な理由なく会社の業務上重要な秘密を外部に漏洩して会社に損害を与え、又は業務の正常な運営を阻害したとき。
(15) その他前各号に準ずる不適切な行為があったとき。
http://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/model/dl/model.pdf

例によって一部機種依存文字(○付数字)を変更しました。3,4個くらいならなんということもありませんが15個となると少々面倒で、いやモデル就業規則というのはコピペされて利用されることも多いはずなので機種依存文字を使うのはいかがなものか(お、使ってしまった)と思わなくもない。なお規則中にある「第13条」はパワハラの禁止規定で「職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景にした、業務の適正な範囲を超える言動により、他の労働者に精神的・身体的な苦痛を与えたり、就業環境を害するようなことをしてはならない。」とされています。
さて神戸交通振興(株)の就業規則がこうだったとして、今回の運転手の行為で問題になりそうなのは次の2点でしょう。
(a)妻に630円の無賃乗車をさせたこと。
(b)回送中に妻を同乗させたこと。
まず客観的合理性について考えてみますと、(a)については、故意に会社に損失を与えたことは間違いないとしても、常識的に考えて重大な損害とまでは言えそうにないので(5)には該当しないと思われます。(6)については、背任罪にあたることはまあ明らかであり本人も認めているということですから一応該当するでしょう。あとは630円という金額が「当該行為が軽微な違反である場合を除く。」にも該当するのではないかという問題がありますが微妙です。たとえばスーパーで630円の商品を万引きしたという話であればそれは軽微だろうと言っても大方の賛同を得られるでしょうが、これがスーパーの売場主任が妻に630円の商品を万引きさせた、という話になれば職業倫理に係る問題であって軽微とも言えないようにも思えるからです。
この点については、東武鉄道の場合はさすがに家族は運賃を支払っていたと思われますし、料金徴収は運転士の仕事ではありませんので、事情はまったく異なることになります。
次に(b)については、東武鉄道の場合は営業運転中であり、旅客が運転席など乗用に供されていない箇所に立ち入ることは鉄道事業法で禁止されていて罰則もある(直接法違反になるのは息子ですが運転士も幇助犯になるでしょうから(6)に一応該当)のに対し、神戸市バスの場合は回送中に第三者を乗車させることについては業法等で禁じられているわけではないようですのでその限りでは問題なく、ここについても事情はまったく異なります。もちろん、神戸交通振興においてもやはり安全上の理由などから就業規則などで回送中の部外者の同乗が禁止されていて懲戒事由となっている可能性はあるかもしれませんが、回送中と営業運転中を同様には考えられないと思います。
いっぽう、上記モデル就業規則にあてはめれば懲戒解雇事由の(11)に該当することはまあ明らかでしょう。(12)の前段に該当するかどうかは微妙で、まあ妻が乗車したということは私利を得たのだという見方もあるでしょうが禁止されていないのであれば問題にするようなレベルとも思えず、このあたりは運転席に同乗することに特別な価値があると目される東武鉄道の例とは異なるように思われます。しかしあれかな、回送中のバスの運転席近くに座ってみたいという人も(電車の運転席に乗りたい人がいるのと同じくらい)いるのかな。このあたりは趣味の世界なので私にはよくわかりません。
あとまあ風評(上記(13)ですね)についてはどうなのかという話もなくはなさそうですが、神戸市バスの場合は外部の人がこの回送中のバスを見ても妻が同乗しているのか同僚が同乗しているのかの判別はできないので、外から見ておかしいぞと思われるような行為がなかったのであれば(本当になかったかどうかはわからない)問題にはならないでしょう。この点も息子を乗せていると容易に推測できる(のか?)東武鉄道とは事情が異なりそうです。
以上まとめると、今回神戸市バスのケースについては、具体的事情に不明な点はある(特にこんなん誰でもやってますとか過去にも何度もあったけれど問題になったことはありませんとかいう話であると合理性が疑われることになる)ものの、上記モデル就業規則のようなものがあると仮定すれば一応客観的合理性はあると考えてよさそうです。
次に社会的相当性についてはさまざまな情状を考慮に入れる必要があるでしょう。
まず、本人が監督者であるとか、運転指導員として模範となるべき立場にあるとかいう事情があれば、それは処分を重くする情状となるだろうと思われます。50代ということなのでそうした立場にある可能性は高いように思いますが、まあ事実は不明です。単に年長者なのにけしからん、というだけであれば情状としては考慮されにくいように思われます。
あるいは、過去にも同様の行為があったとか、常習だったとかいう話があればこれも処分を重くする情状になるでしょうが、一応上記リンク先のツイートによれば常習性はなかったという話ではあるようです(簡単に調べた限りではウラは取れませんでしたが疑うわけではない)。
逆に、これまでの勤務成績が優秀・良好であるとか、同僚からの人望・信頼が厚いとか、表彰を受けるなど功績があったとかいう事情があれば、これは情状酌量の材料になりそうです。まあいずれにしてもこのあたりは事情がわからないのでなんともいえません。
あとは社会との関係で、東武鉄道の場合は多数の犠牲者を出したJR西日本福知山線事故の半年後であり、その直前には東武鉄道自身も重大事故を起こして世間の批判を集めていて、業界としても企業としても綱紀粛正が重大懸案だった時期だったという事情がありました。これについては神戸交通振興も2012-2013年に横領事件が2件あったほか賃金未払の是正勧告を受けるなど不祥事が続発、さらに行先表示が誤っていたり運航ルートを間違ったり時刻表より早く出発してしまったり、さらにはなんと運行中にガス欠を発生するなどのお粗末なミスを連発して2013年8月には近畿運輸局から一部バスの使用停止処分を受けています。しかも、それにもかかわらずその後もまた経由すべき停留所を経由しなかったり運転手が料金を着服したりするなどの不始末が続発するというていたらくで、まあさもありなんという感じですが、しかしまあ綱紀粛正が重大懸案であるという点においてはやはり処分は重くなる方向だろうとは思います。ここで注意が必要なのは、これは「世間から批判されるかもしれないからあらかじめ厳罰にした」のではなく、「すでに世間から批判されているにもかかわらずなおこうした行為に及んだことで厳罰となった」のだ、という点でしょう。上記togetterでもここを勘違いしが議論がみられるようです。なお余談ですがウェブ上には神戸交通振興が神戸市からの委託を打ち切られることを恐れて厳罰にしたという説も見られるのですが、神戸交通振興は市バス運行委託のために神戸市が作った会社なのでさすがに委託打ち切りの心配はないでしょう。つかこれだけ山のようにチョンボを重ねてきた会社ですからいまさらこれで打ち切られるくらいならどこかでとっくに打ち切られているはずであってね。
もう一点、神戸市バスと東武鉄道で違っているなと思う点があり、これはけっこう重要だろうと思うのですが、東武鉄道の場合は運転士が息子を運転室に入れたわけではなく息子が勝手に入ってしまったのであり、さらに子どものやることなので予期しにくさやコントロールの難しさもあったわけですが、神戸市バスの場合は意図的かつ計画的に乗車させているわけでまあ確信犯であり、悪質性はかなり高いと言わざるを得ないように思われます。
以上まとめますと、やはり具体的な事情に不明な点が多いのでなんともいえない部分は大きいのですが、判明している・推測可能な範囲で考えるかぎり、社会的相当性も一応肯定できるのではないかと思います。
ということで、繰り返しになりますが仮定の部分は大きく、また明確な境界線が引けるものではもとよりなく、正直私自身も懲戒解雇は情において忍びなく諭旨退職くらいにならないものかなどとも思いますが、しかし一応はこの懲戒解雇が妥当な範囲を超えているとまでは申し上げられないように思われますし、神戸交通振興がそうしたことにももっともな理由はあるように思います。
さてウェブ上では「欧米なら美談」といった意見もありこれまた情においてよくわかる話ではあるのですが、しかし通すべき筋は通すべきという話でもあるでしょう。上記モデル就業規則の(11でも「会社の許可なく」となっているわけで、たとえば前日「明日は妻の誕生日で終業後に食事に連れて行きたいので最終便の回送のときに同乗させてよろしいでしょうか」と許可を求めて会社が「いいけど外から見て誤解のなきよう」とでも言ってくれれば問題はなかったわけです。このばあいまあさすがに運賃は払わなきゃいかんでしょうが、これだってたとえば労組が要求するとか(まあ会社側が自主的にやってもいいのではあるが)して年間3回の記念日を事前登録すればその日は家族の運賃は無料、といった福利厚生制度を導入すればいいわけです。実際問題鉄道会社とかで本人や家族に割引があるのは珍しい話ではありません。その伝でいけば、やはり企業の中には家族対象の職場開放日を設定している例も珍しくないわけですから、同様に労組が要求するなどして営業運転中・回送中を通じて従業員の家族が従業員の職場や仕事ぶりを無料で参観できる制度を導入することも十分に可能でしょう。運転手の定年退職時の最終運転は車庫に戻って運転手が降車するまで家族が無料で同乗できる制度とかを入れたりすれば、それはまことに美談と申し上げられるのではないかと思います。そこで同僚から本人だけでなく家族にも花束を渡すとかすればたいへんに心温まる、思い出に残る演出になるでしょう…というか、すでに似たようなことをやっているいい会社というのが実はけっこうあるんじゃないかという気もします。