「連合総研の」中村天江さん大車輪の活躍

 連合総研の機関誌『DIO』の7月8月合併号が送られてまいりました。リクルートワークス研究所から連合総研に転じられた中村天江さんがさっそく意欲的な特集を組んでおられます。昨年実現した家電量販店の労働協約の地域的拡張適用が契機となっているようで、立役者であるUAゼンセンの松井健副書記長の寄稿が中心に据えられています。その前、特集冒頭には中村さんと法政の松浦民恵先生、社研の水町勇一郎先生という豪華メンバーによる鼎談があり、後には中村さんによる英国の社会運動OrganiseプラットフォーマーCEOのインタビュー、最後にやはり中村さんによるこれらを踏まえた特集解題があり、大車輪の活躍ぶりと申せましょう。
https://www.rengo-soken.or.jp/dio/dio378.pdf
 私自身は労働協約の拡張適用についてはあまり自動的なプログラムとすることには懐疑的なのですが(連合総研「イニシアチブ2009研究委員会」ディスカッションペーパー(1 - 労務屋ブログ(旧「吐息の日々」)これの最後に少し書いた)、今回の労働協約の地域的拡張適用の実現は非常に画期的であり快挙であり、松井さんはじめUAゼンセン関係各位の尽力を多としたいとも考えています。加えて、拡張適用そのものは使用者にとっても必ずしも悪い話ばかりではないとも思います。自社で労働条件を改善したことが近隣企業や同業他社に対する競争力の低下につながらないという意味では、いずれ労働条件を改善するのであればむしろ歓迎ではないかという考え方もありそうだからです。
 一方で、鼎談などで提示されている論点や提案をみると、もちろんそれぞれにもっともなものではあるのですが、2002年の連合評価委員会https://www.jtuc-rengo.or.jp/about_rengo/data/saishuuhoukoku.pdf)とか、2005年の労働組合の現代的課題に関する研究委員会(https://www.rengo-soken.or.jp/work/2005/04/301714.html)とか、2012年の「2020年1000万人連合」(https://www.jil.go.jp/kokunai/topics/mm/20120601.html)などと較べても、まあ似た話が多いかなとは思います。もちろん大事なことだからこそ変わらないのだということはあると思いますし継続的に取り組むべき課題だとも思いますが、しかし2020年1000万人が現実どうなったかというとまあ700万人というのが現実であってね…?
 ということで、労働組合・集団的労使関係の今後については少し見方を変えるというか新たな見方が必要だろうと思っていて、たとえばhttp://roumuya.net/bltunion.pdfなどで述べています。このブログでも組織化・交渉力強化の発想 - 労務屋ブログ(旧「吐息の日々」)あたりで書いております。まあ私がかなりの少数派であることは認識しておりますが。
 そこで興味深かったのがOrganiseという英国のSocial Enterpriseの紹介で、まあ労務問題に特化したSNSとそこに集まった人・情報にもとづく社会運動を行うプラットフォーム、というところでしょうか。具体的には、

 ある広告会社ではCEOがセクハラを行っていました。この広告会社は、学生に商品やサービスの割引購入の案内などをしていて、売り上げも好調でした。しかし、CEOのセクハラ被害を受けてきた人たちが中心となって、CEOに退任を迫るキャンペーンを始めました。
 キャンペーンを始めた人たちは社内の事情に通じているので、会社の売り上げの半分がApple社との取引によることがわかりました。そこで、従業員が広告会社に直接、CEOのセクハラ問題を訴えるのではなく、取引先であるApple社に、「取引している広告会社のCEOはこのようなセクハラを行っている。よって、取引を止めてほしい」という手紙を送りました。
 その結果、Apple社が契約を打ち切り、広告会社の売り上げは半減し、CEOは辞めることになりました。―― 問題の出所が会社のトップとなると、正攻法では解決が難しい。だから、取引先から攻めたのです。

 誰かが声を上げると「Me Too」と続きやすい、それで問題事例が集まって社会問題化できる、というSNSの特色を生かした取り組みですね。わが国でも最近、中華料理店のチェーンの衛生問題を暴露した従業員のSNS投稿がきっかけで炎上し、フランチャイズ契約の打ち切りに至ったという事例があったと思います。
 この他にも、スーパーマーケットの要員が2人体制では厳しいので増やしてほしい、という意見を受けて、2人の時には強盗被害などが多い、現に私も被害に会った、という事例をたくさん集め、「安全軽視の企業」ということで炎上させて改善を実現した、という話も紹介されています。これもかつてのわが国でのすき家ワンオペ問題を連想させるわけで、あれもメディアで問題になって解消されました。なるほど、たしかにこの際にも合同労組が介入してきてゴタゴタしましたが改善の決め手になったのは明らかに炎上のほうなので、なるほどこういう活動は労働運動より効果的な場面というのもあるのでしょう。

  • ただこの組織15人で運営されているそうなのですが、どうやって経営しているのかがこのインタビューではまったく不明です。ウェブサイトを見るとSocial Enterpriseで営利だとの記載はあるのですが、あとは出資を受けているベンチャーキャピタルの名前が列記されているだけでどういうビジネスモデルかはいまひとつはっきりしませんでした。会費か参加料を徴収しているのかな?

 さてCEO氏によれはOrganiseは「労働組合ではない」(まあSocial Enterpriseだから当然だ)とのことで、中村さんはこうまとめておられます。

労働組合との最も大きな違いは、Organiseは労働者が運動を行うためのプラットフォームであって、直接、企業と団体交渉する主体ではないという点です。そのため、Organiseを利用している労働組合もあります。…Organiseはイシュー・ドリブンで連帯をつくり、プラットフォーム上でつながりを保持し、ITと専門家の支援により、運動を効果的に展開する。こうして行った運動の成功により、労働者のさらなる支持を得るという好循環が回っています。

 そのうえで、伝統的な労働組合は(イシューではなく)連帯が先にあるという議論になるのですが、結論は「それ以上に成功体験」というものでした。

…ここまで連帯ありきか、イシューありきか、という観点で考察をしてきましたが、…労働運動の好循環を回す要は、イシューや連帯以上に、労働者の要望を実現するという「成功体験」にあると考えられます。連帯から始める労働運動でも、構成員の一部が賛同・共感できる要望を掲げて実現できれば、それが成功体験となり、組合の求心力は高まります。
 Whalley氏は、賃金ではなく労働者の安全性を前面に出したり、企業に猶予を与えたりする戦略が有効だと述べています。鼎談では、メンバーシップ型の労働組合であれば、職場の人間関係の健全化に力を入れる必要性が指摘されました。また、円滑な労働移動を広げることが、労働組合の交渉力につながるとの言及もありました。これらは従来、企業別労働組合の最重点課題ではありません。しかし、環境変化により重要性が高まっているのです。
 労働組合は時に、「多くの人に共通する解決不可能な課題」と「一部の人の課題だが解決可能」のどちらを追求するのが、労働組合の求心力を高めるのか考える必要があります。…多数決を重視する組合は、前者に力点を置きがちですが、課題を解決できない状況が長く続くと、運動の負担や失望が組合員に蓄積し、組合の求心力は損なわれます。あえて、後者に取り組み、その小さな成果をくりかえし組合員に伝えていくことが、組合の存在意義を高めます。

 春闘での賃上げのような目に見える成果が上がりにくくなっていることが労組組織率低下の要因だ、という話はずいぶん以前からあってまあそのとおりだろうなと思いますが、「賃金ではなく労働者の安全性」と言われると、そうは言っても安全衛生って昔々から労組が熱心に取り組んできて成果も上がってるよねとは思います(まあその分多くの職場が相当程度安全になったことで成果が上がりにくくなり、すき家のような出遅れたところが目立つということはあるでしょうが)。人間関係の健全化についても、セクハラパワハラ問題に力を入れている労組は多いだろうと思います(文中にもあるように、その成果を誇ることには抑制的かもしれませんが)。円滑な労働移動においてすら、電機産業職業アカデミーのような試みが行われています。知らしめなければないも同然という話はあるにしても、まるっきりやってないかのように言われるのは労組活動家としては不本意ではないでしょうか。
 でまあ最後にこのように指摘されるのですが、

 「連帯ありきの労働運動」の今日的な難しさと「イシューありきの労働運動」の発展性は、組織行動の研究知見によって説明ができます。組織は、同一の取り組みを長く続けると、それがルーティン化し、過去の成功体験にこだわり、同じことを繰り返す「能動的惰性」に陥ります。組織を取り巻く環境が変わらなければ、能動的惰性は運用の効率性や精度を高めるため有効です。
 しかし、組織を取り巻く環境が変わると、能動的惰性は一転、変化適応への阻害要因になります。新たな環境のもとでは、過去の延長ではないところに、成功要因があるからです

 いや上記のとおり労組が賃上げ華やかなりし時代から能動的惰性に陥っているとは私は思いませんが、「新たな環境のもとでは、過去の延長ではないところに、成功要因がある」というのはまったくそのとおりだよねと思います。ただ、それが「イシューありきの労働運動」かというと必ずしもそうではないなとも思います。もちろんそれが効果的に働くイシューやシチュエーションというのも多々あるのでそういう場面ではどんどんやればいいと思いますが、それではカバーできない領域というのもあるとも思うわけです。
 それがなにかというと、さきほどご紹介した組織化・交渉力強化の発想 - 労務屋ブログ(旧「吐息の日々」)で書いたような、有馬正治電機連合執行委員長(当時)のいう「経営者の神経の代わり」ではないかと思うわけです。電機産業職業アカデミーに取り組んでいた電機連合でも、「経営者の神経の代わり」はまだ不十分だと考えていたわけですね。
 まあ少数意見だということは承知しておりますしこれはこれで難題も多かろうと思いますが、しかし過去の延長でないという意味ではこの道も十分可能性があると思います。
rengou