雇用制度改革なるもの(2)

さて昨日に続いて産業競争力会議に提出された「人材力強化・雇用制度改革について」(http://www.kantei.go.jp/jp/singi/keizaisaisei/skkkaigi/dai4/siryou2.pdf)というペーパーをみてまいりましょう。

(2) 労働市場流動性を高め、失業を経由しない成長産業への人材移動を円滑にすると同時に、セーフティネットを作る
・ 解雇ルールの合理化・明確化(再就職支援金の支払いとセットでの解雇などを含め、合理的な解雇ルールを明文で規定)
・ 雇用調整制度の抜本改革(「雇用維持」から、転職向けの教育訓練や転職先への助成など、「成長産業への円滑な人材移動」のための雇用調整制度に切り替え)
生活保護受給者の就労インセンティブを高めるため、就労収入の一部積立制度を導入
年俸制雇用の拡大によるセクター間での人材流動化の促進
再就職支援給付金(民間の職業紹介事業者に労働者の再就職支援を委託)について、大企業からの委託も対象にする
・ トライアル雇用奨励金など雇入れ企業向け助成金について、ニートだけでなく、事業再編に伴うミドル層の転職にも拡大
・ 雇用流動化に向け、民間が自ら人材の流動化阻害要因をなくしていくべく制度改正を進める(例:企業内年金支払いのための退職年齢の引下げ等)。

ここも機種依存文字は変更しています。さて「失業を経由しない成長産業への人材移動」という考え方自体は「失業なき労働移動」ということでずいぶん以前から提唱されてきたことですが、問題は成長産業というのが何なんだ、ということなわけです。以前からこのブログでも繰り返し書いているように、本当に力強い成長力のある成長産業があり、相当な人材不足状況にあるのであれば、それなりに良好な条件での求人があるはずであり、であればなにも政策的にあれこれやらなくても自然と「衰退産業」からその成長産業への労働力の移動は起こるはずではないかと思うわけです。
そう考えると、結局のところ労働移動が起こらないから「成長産業」で十分な労働力が確保できないという主張は、要するに労働力が足りないのではなく低賃金な労働力が足りないということではないかという疑念がぬぐえないわけで、まあミキタニ氏とかが言ってるのも低賃金でハードワークを文句を言わずにやる労働力が足りないという、ないものねだりのご意見なのではないのかなあと思うわけです。もちろん起業だの開業率だのいうのも大切ですし、なんか開業率10%とか言っている大臣がいるらしくそれはそれで重要な課題かもしれませんが、しかし低賃金を梃子に開業するってのも途上国モデルだよねえと思うことしきり。いやそうでもないか、低賃金を梃子に海外投資を呼び込むのは途上国モデルだけど、これはどこでも同じことなのかもしれませんが…。
さてそれはそれとして各論をみますと、「解雇ルールの合理化・明確化(再就職支援金の支払いとセットでの解雇などを含め、合理的な解雇ルールを明文で規定)」ってのは要は再就職支援金の支払いとセットでの解雇は合理的と認めろ、ということでしょう。これはこれで検討すべき提案であり、ポイントは再就職支援金なるものの水準だよなあと思うわけですが、それこそhamachan先生が繰り返し指摘されているとおりわが国の正社員というのは長期雇用の約束と引き換えにきわめて高度な拘束を受け入れているわけで、それを考えると再就職支援金なるものの水準も、現時点と同様程度(必ずしも同様であることを要しない)の再就職がおおむね確実に実現できるであろう程度の水準であるべきでしょう。というか、端的に同様程度(繰り返しますが必ずしも同様であることを要しない)の再就職先のあっせんを要件とする程度の覚悟は必要ではないかと思います。というか、構造不況下の鉄鋼業界とか、人員整理にあたっては勤労部長さんとかが一生懸命に再就職先を探したというのは、これまで日本企業がやってきたことでもあるわけです。それやこれや考えると再就職支援金の支払いをもって合理的とするにはかなりのハードルはあると考えていただく必要はあると思います。
「雇用調整制度の抜本改革」というのもよくわからないところで、だいたい雇用調整制度とかいうのがこれまでわが国にあったのでしょうか。まあ関係する諸制度くらいの話かもしれませんが、「「成長産業への円滑な人材移動」のための雇用調整制度に切り替え」と言われると、この産業が成長産業だからここへ労働力を「円滑に」移動させましょうというのは、つまるところ労働者の意思とはかかわりなく職業を割り当てるという発想であって、善し悪しをいうつもりはありませんが社会主義だなあとは思います。もちろんそういう発想でやっている国もあることは承知しておりますし実際のところ北欧マンセー厨の方々はこんなのがお好きだろうなあとも思いますが、まあわが国でやってうまくいくのかというと私は疑問だと思います。何度も言いますが成長産業ってなんなんだという疑問が払拭できないわけでして。
続いて「生活保護受給者の就労インセンティブを高めるため、就労収入の一部積立制度を導入」と書かれていて、まあ生活保護受給者の就労インセンティブを高めることは重要だと思いますし、それを最低賃金引き上げでやろうというのはまずかろうとも思います。でまあ私は勤労所得税額控除を推しているわけですが、「就労収入の一部積立制度」というのはどういうものなのでしょうか?常識的に考えて生活保護受給者であれば収入を積み立てる余地は乏しかろうと想像されるわけで、となると仮にこの積立制度が就労インセンティブを高めるとしても(私はここも必ずしも納得していない)、その効果は限定されるのではないかと思うのですが…。
年俸制雇用の拡大によるセクター間での人材流動化の促進」については、まあ年俸制雇用が有期契約だということであればその拡大は流動化促進につながるだろうとは思います。それでなにかいいことがあるかという説明はないようですがなにかあるのでしょう。ただまあ年俸制雇用というからにはそれなりの専門性を有する人が想定されるのが常識というものでしょうが、専門性が高くなればなるほどセクター間では動きにくくなるのではないかと思うのですがどんなもんなんでしょう。まあセクターを超えて通用する専門性もあるだろうとは思いますが…。
給付金・助成金の拡大というのは、まあどうなんでしょうかね。大企業にも再就職支援給付金を使えるようにしてくれ、というのは、純然たる支払能力の問題とすればいささか情けない感もあるわけですが、いっぽうでこの給付金が使える企業がこれを使うことなくバリバリ解雇しているといった実態もあるわけなので、使う企業なら規模を問わなくてもいいじゃないかということならわからないではありません。トライアル雇用奨励金については、職業生活の先が長い若年だから、ということで税金の投入を正当化しているのが現状だと思いますが、まあ再就職支援は年齢を問わず重要だから、という立論の可能性はあるでしょう。
なお「民間が自ら人材の流動化阻害要因をなくしていくべく制度改正を進める」というのは非常に重要で、うんたまにはいいこともいうようですね(笑)。要するに過度に年功的な賃金制度は過度に企業拘束的になるので労使双方にとって幸福でないという話で、ここは各企業の人事戦略をふまえて考慮されるべきものと思います。なおここで重要なのはあくまで本人発意による移動を阻害しないということで、このペーパーでもどこかで自らの意思とか形ばかりに書いていたとは思いますが、企業がこうやってるから本人の意思とは関係なしに流動化させていいんだという話にはならないということです。そこさえ間違えなければ(現実にはそこを欺きたいのではないかと邪推しますが)、「民間が自ら労働者本人発意による人材の流動化阻害要因をなくしていく」ことは極めて重要であると考えます。
ということで続きはまたいつか。