日本的雇用慣行のバージョンアップ

(「産政研フォーラム」第85号所収)


「日本的雇用慣行」の不人気ぶり

 「長期雇用、職能給といった日本の雇用慣行に根本的な問題がある。職種別労働市場、職務給に改革すべきである」
 近年、こんな意見を目にする機会が増えているのではないだろうか。一例をあげれば、「外部労働市場が整備され、賃金が競争的に形成されるようになると、職種や技能の差を別にすれば、『同一労働・同一賃金』の原則が達成可能な土壌が形成される。また、この結果、職種や技能の違いではなく、正社員・非正社員の区別のみを理由とした不合理な賃金格差の解消が進む。専門性を重視した職種別賃金の流れが加速されることによって、職種の違いに応じた処遇の確保が可能となる。また、その結果、同一の職種で、同一の質の労働を、同一の時間だけ提供した場合には、同一額の賃金が支払われることになる。これにより、労働者にとっても納得性が高まる。また、同じ職場で働いていても、雇用主が異なっている派遣労働者や、請負労働者の処遇の不均衡も解消される」といったものだ。これは2007年4月に発表された経済財政諮問会議労働市場改革専門調査会の第1次報告の中にある一節で、この専門調査会の会長は竹中平蔵氏と並んで俗に言う「新自由主義」の代表選手と目されている八代尚宏国際基督教大学教授だ。
 いっぽうで、市場の効率より分配の公正に関心を寄せる論者にも類似の意見がみられる。たとえば経済学者の故石川経夫氏は1994年にすでに「独立で、自律的な職能型労働市場を社会的共通資本として整備する」「個人個人が職業上の知識や技能、経験を異なる企業や組織間で持ち運びでき、それらに対する客観的評価によって報酬が定まる」などと主張していたという。こうした意見に説得力を感じる人も少なくあるまい。
 このように、長期雇用・内部労働市場を重視するいわゆる日本的雇用慣行は自由主義の陣営からも社民主義の陣営からもおおいに不評をかっている。もっとも、こうした職種別賃金・職種別労働市場を志向する意見は古くからあるもので、決して今に始まったものではない。実際、日本経済が石油ショック円高不況、バブル崩壊といった大きな外的ショックに見舞われるたびに「日本的雇用の危機」が唱えられ、その都度「労働市場の流動化」「職種別賃金への移行」が叫ばれてきた。コンピュータで例えれば、日本的雇用慣行というOS(オペレーション・システム)に根本的な問題があり、プログラムの変更程度では対処できないから、OS自体を職種別労働市場に変更すべきだ…というところだろうか。
 しかし、これまでのわが国で実際に起こってきたのは、日本的雇用慣行の基本的な枠組みは維持しながらも、能力主義・職能給や自社型雇用ポートフォリオなどの導入によって、その時々の問題点に労使で対処していくという営みであった。さきほどの例えで言えば、OSは変えずに「バージョンアップ」で対応してきたわけだ。これはこと企業経営に関わるものだから、日本的雇用慣行が日本人の文化とか国民性に合っているといったことだけで説明できるものではあるまい。そこには一定の経済合理性、「強み」があったからこそ、そのしくみが堅持されてきたのだと考えるよりない。


日本的雇用慣行の「強み」

 日本的雇用慣行の核心はOJTによる効率的な人材育成にあるとされるが、その妙味は未熟練の若年、多くの場合は特段の目立った才能を持たない若年を長期的な内部育成で優れた熟練者へと育成していくところにあろう。その熟練の相当部分は各企業に固有の技能・ノウハウであって、それが他社に対する独自性となり競争力となる。さらには技術革新などにも内部人材で対応することを通じて、変化や不確実性に対応するノウハウ、いわゆる知的熟練が形成され、これまた競争力の源泉となる。そしていずれは管理監督者としての能力も構築されていく。
 長期雇用や内部昇進制、社内資格給といった日本的雇用慣行の特徴とされるしくみも、こうした強みを発揮するために要請される。長期的な内部育成は、当然ながら長期にわたる人材投資とその回収が意図される。こうした従業員には長期勤続が期待され、定着促進的な制度が導入される。能力の向上にともなって賃金が上昇する年功賃金(後には社内資格給)、職制上の地位が上昇する内部昇進制は、いずれも長期勤続と能力向上へのインセンティブとなる。
 あるいは、内部育成で形成される熟練にその企業固有のものが多く含まれるとすれば、それは他社に転職した場合にはあまり役立たなくなり、収入の低下に結びつく危険性が高い。したがって、こうした熟練の形成を促すには長期にわたる雇用を約束することが不可欠になる。その約束を企業が一方的に破棄して解雇を行うことに対して法的に保護するのが解雇規制である。逆に、従業員としてみれば企業が倒産などによって存続できなくなることは即座に失業、賃金低下に結びつく。それゆえに従業員も企業の存続に対して強いインセンティブ、すなわちいわゆる「忠誠心」を持つようになる。これが企業別労組と親和的であることは見やすい理屈だろう。
 長期雇用と内部昇進制には、さらに別の重要な意味がある。人材育成と生産性向上である。OJTの担い手はそれぞれの職場の上司、先輩だが、後進を育てた結果として自身がそのポストを追われるのでは、人材育成が行われるわけもない。後進が育ち、自身のポストを襲えるようになれば、自身はさらに上位のポストへと昇進していける内部昇進制の必要性はここにもある。現実に、長期にわたって能力を向上することで「叩き上げ」で工場長にまで昇進する例も出るようになり、こうした「青空の見える人事管理」が従業員の意欲を大いに高めたことは想像に難くない。
 生産性向上についても同様である。わが国では労使が協調して生産性の向上に取り組み、その果実をともに手にしようという生産性運動(企業別労組という形態はこれによく適合するものだ)が推進され、これがわが国産業の国際競争力向上に大いに寄与したが、その大原則として「労使協議」「公正配分」とともに「雇用確保」がうたわれている。これまた簡単な理屈で、生産性を向上することで必要な人員が減少し、その結果として自身が職を失うのであれば、誰が生産性向上に取り組もうか。ここにも長期の雇用を約束する必要性があった。
 もちろん、長期雇用や内部昇進は諸外国でも広く観察されるものであり、日本に特有のものではない。しかし、わが国では他にも内部育成や社内資格給、企業別労組、あるいは外部からそれを支える解雇規制や雇用調整助成金制度などといったしくみが、長期的な人材育成という強みを発揮するための強固な体系として形成され、普及している。これはおそらく諸外国にない日本の特徴であると評価でき、それを国際競争力の源泉とするという考え方は理にかなっていたといえるだろう。


過去の問題点とこれまでの
 「バージョンアップ」

 このように優れた強みを多く持つ日本的雇用慣行だが、当然ながらそれと裏腹の短所もあり、経済環境の変化にともなってさまざまな問題点が指摘されてきた。そしてこれに対し、日本企業はその基本的な枠組みは変えることなく、必要な手直し、いわばバージョンアップを行ってきた。
 たとえば、「年功賃金」にまつわる問題がある。1960年代には年功と学歴を基軸とした人事管理では技術革新や貿易・資本の自由化といった環境変化には対応できないとの問題意識が強まり、年功ではなく能力にもとづく人事管理を行おうという「能力主義」の考え方が広く導入された。1969年に当時の日本経営者団体連盟(日経連)から刊行された『能力主義管理−その理論と実践』という大部の報告書はその集大成的なものといえる。そこでは、能力に応じた配置が行われることで職能給と職務給とは実質的に違いはなくなるとの考え方がとられた。
 1970年代のオイルショックは「春闘」を一変させ、労使協調路線を拡大させたが、高度成長から安定成長への移行は企業組織の成長の鈍化をもたらした。それにより、能力が向上して賃金が上昇しているにもかかわらずそれに見合ったポストが付与できないという、いわゆる「ポスト詰まり」が発生した。能力に応じた配置が難しくなることで、人件費が割高になったり、職制・組織が細分化して意思決定が遅れるといった問題が起きてきたわけだ。これに対しては、職能給は基本的に維持しつつ「スタッフ管理職」の導入などによって対処がはかられた。
 しかし、これも1990年代にバブルが崩壊し、安定成長から低成長へと移行したことで限界がみえはじめた。そこで流行したのが「成果主義」だが、これは年長者層において割高となっていた賃金水準を修正したという側面は否定できないように思われる。
 もう一つ日本的雇用慣行の短所として指摘されるのが、長期雇用を約束することによって解雇規制が厳しくなり、短期的な人員数の調整が困難となるということだ。
 オイルショックに際しては多くの企業が雇用調整を余儀なくされたが、雇用調整助成金制度の導入などもあって、完全失業率は1%台前半から2%台に上昇するにとどまった。いっぽう、円高不況のころから非正規労働比率が徐々に上昇しはじめた。これは共働きの拡大にともなういわゆる主婦パートの増加や、進学率の上昇にともなう学生アルバイトの増加によるものとされているが、企業にとっては雇止めによって雇用調整が可能な有期契約労働が増えることで雇用調整の柔軟性の拡大につながった。さらに、続くバブル景気の中で「フリーアルバイター」が「新しい働き方」として注目されるなど、必ずしも長期雇用にこだわらない働き方が注目を集めたこともあり、非正規労働比率はさらに上昇した。こうした動きを整理してまとめられたのが1995年の旧日経連による「新時代の『日本的経営』」、とりわけその中にある「自社型雇用ポートフォリオ」である。そこでは「これまでに確立された長期継続雇用が崩壊する方向にあるとみる向きもあるが、それは正しい理解の仕方ではない」「それ(新しい雇用慣行)は長期継続雇用の重視を含んだ柔軟かつ多様な雇用管理制度」など、長期雇用、自社型雇用ポートフォリオにおける「長期蓄積能力活用型」を引き続き重視する姿勢を明示した上で、その中で雇用量を調整するための「雇用柔軟型」の必要性を示した(自社型雇用ポートフォリオではもう一つのタイプとして、高度な専門能力を生かして必ずしも長期勤続とは限らずに就労する「高度専門能力活用型」が想定されている)。その後、安定成長から低成長への移行にともなって雇用調整の柔軟性の拡大が必要となり、非正規労働比率はさらに上昇したが、2005年頃には技能の伝承や職務コミュニケーションなどの面での弊害が指摘され、正社員登用が拡大する動きもみられた。


いま指摘される問題点
 〜日本的雇用慣行は解体すべきか

 このように、問題点が明らかとなるたびに「バージョンアップ」を繰り返して存続してきた日本的雇用慣行が、今日また強い批判を受けている。その最大の理由が冒頭に紹介した労働市場改革専門調査会の第1次報告にある「正社員・非正社員の格差」であろう。とりわけ「雇用は安定し、能力も賃金も向上しやすいが、長時間労働や転勤など負担や拘束の強い正社員」と「労働時間は短く、負担も比較的低くて自由度が高いが、雇用が不安定で能力や賃金が比較的向上しにくい非正社員」との「二極化」がとみに指摘されている。もとより正社員も非正社員も多様ではあるが、こうした二極化傾向が観察されることは確実なようだ。そして、生計維持者が非正社員となって生計費を得られなくなった「ワーキングプア」や、新卒時に非正社員となったまま長期を過ごし、将来に向けての技能形成やキャリアの展望が持ちにくくなった「年長フリーター」などが深刻な社会問題として出現した。その原因のひとつとして、日本的雇用慣行がその維持のためには一定の非正規労働、特に有期雇用を必要とすることが指摘され、とりわけその象徴的存在として「自社型雇用ポートフォリオ」を指弾する意見も多い。
 これを解決するために、日本型雇用慣行を解体して職種別賃金・労働市場への移行を主張するのが冒頭に紹介した意見だ。これにはいくつかのバリエーションがある。
 自由主義者が主に主張するのは解雇規制を緩和・撤廃し、労働力を大幅に流動化させることで二極化を解消するというもので、諸外国との比較では米国に近い。いわば正社員の非正社員化ともいえるものだが、労働市場改革専門調査会もこうした考え方を採用しており、賃金は労働市場の需給で決まるとしている。これは市場の資源配分機能への信頼に立脚するものだろうが、一方で日本的雇用慣行の持つ人材育成機能や企業独自の技術・ノウハウの蓄積といったものは失われる危険性が高い。二極化は解消されるとしても、正社員としての安定した雇用機会も大幅に失われるだろうし、格差はかえって拡大することが懸念される。その得失は十分に考慮されるべきだろう。
 これに対し、社民主義者は職種別の労組と経営者団体の中央団体交渉による賃金決定と、行政による労働市場の管理、職業訓練セーフティネットの強化といった高福祉を志向する。諸外国との比較では北欧や大陸欧州に近いだろうが、わが国において中央団体交渉が円滑に成立する土壌があるかどうか、高福祉に必須の高負担が容認されるかどうかなどハードルは高い。また、日本的雇用慣行は一応維持したままで非正規労働に対する規制を強化し、それを望む全員が正社員となるという「一極化」を志向する意見もあるが、日本経済がそれにともなう生産性低下に耐えうるかどうかに大きな疑問がある。
 従来の雇用慣行を根本的に変更すれば問題点もまた根本的に消滅するというのは、むしろ当然であろう。しかし、根本的であればあるほどそれにともなう副作用もまた激甚となることは覚悟しなければならない。新たなしくみからは新たな問題点が発生するだろうし、そもそもこれだけの激変を断行しようとしたら、それにともなう混乱も大規模なものとなろう。現行の雇用慣行は労使が長年かけて交渉し、協議し、専門家の意見も得ながら、大方の理解と納得を得られるものとして営々と構築してきたものなのだから、それ以上に優れた方法が簡単に見つかると考えることのほうが無理なのではないか。たしかに、現状は世上「100年に一度の危機」と称されてはいる。しかし、石油ショックにしてもプラザ合意後の円高にしても、当時はそれぞれに同様の大きな危機だと考えられていたのではなかったか。であれば、日本的雇用慣行の持つ強みを考えれば、それを基本的には維持しながら必要な「バージョンアップ」を行うという従来の戦略を採用することが現実的で好ましいのではないか。


いま求められるバージョンアップ
 〜雇用形態の多様化

 それでは、どのようなバージョンアップが求められるのだろうか。おそらくそれは「雇用形態の多様化」ではないかと思われる。
 現状の「二極化」をみると、一方の極には事実上定年までの雇用が約束され、解雇が強く規制された正社員がいる。それと引き換えに、正社員には高い負担、強い拘束が課される。もう一方の極には、原則3年例外5年という上限規制のある有期雇用の非正社員がいる。契約を更新することでより長期の勤続は可能であり、現実にそれにより相当期間勤続している人も多いが、一方で契約更新が繰り返され、長期に勤続した有期契約労働者については、期間の定めのない契約に転化するとか、雇止めに対して解雇権濫用法理を類推適用するといった裁判例もある。企業としては、雇用量の調整のために有期契約を利用している以上、必要なときには雇止めが確実に実施できることを担保したい。そのため、これら裁判例に抵触することのないよう、3年程度で予防的な雇止めを余儀なくされている例も多い。
 非正規労働、特に有期契約労働者の勤続が予防的な雇止めによって短期にとどまることの弊害は大きい。単に雇用が不安定となるだけではない。せっかく仕事を教えても比較的短期で退職してしまうとなると、企業がOJTなどを行うインセンティブは乏しく、人材育成、スキルの向上やキャリア形成がはかられにくくなるという大きな問題がある。その結果として、非正規労働の相当部分は比較的低スキル・低賃金の仕事に固定されやすくなってしまう。能力が向上し、より付加価値の高い業務に就くことができるようになれば、おのずと賃金も上昇し、雇用も安定してくるであろうことは自明だが、現状では勤続の短さゆえに非正規労働者がそうしたキャリアを形成することが困難となっている。現状、非正規労働者からいわゆる正社員への転換が政策的に奨励されているが、多くの場合それらの間には求められる能力や働き方に違いが大きいため、働く人にとっても企業にとっても転換は容易ではなく、非正規労働から抜け出すことが難しいのが実情だろう。
 こうした状況を脱するためにまず考えられるのが、雇止めのルールを明確にして予防的な雇止めを不要とすることである。勤続期間や契約更新回数にかかわらず、契約期間満了時には一定の要件のもとに疑問の余地なく雇止めが可能だということが保証されれば、企業は有期契約労働者の勤続を伸ばすだろうし、比較的長期の勤続を期待してOJTなどの教育訓練を行うことも十分期待できるだろう。もちろん、雇止めとなる労働者の保護に欠けることのないよう、一定期間前の予告といった手続は必要だろうし、勤続に応じた雇止手当の支給なども検討されてよい。これは一見、雇止めの規制がなくなる分労働者に不利なように思えるかもしれないが、現実には教育訓練が行われて能力が伸びることや、予防的な雇止めが不要となってその分雇用が安定することなど、労働者にとってもメリットが大きい。
 これをさらに発展させた考え方として、現在の「二極」の間に分布するような中間的な雇用形態を導入するというアイデアも十分考慮に値しよう。たとえば、昨年(2009年)10月に発表された連合総研の「雇用ニューディール政策研究委員会報告書」では、「中間的な雇用区分として「準正規雇用」区分をつくり、業務・仕事が続く限り解雇できないこと(を)定め」ることを提言している。勤務する事業所を限定して、その事業所が閉鎖された場合には退職する、あるいは職種を限定して、その職種がなくなったり減少した場合には退職することを予定した契約も考えられよう。もちろん、こうした理由が発生しなければ定年まで当該事業所・当該職種で雇用されるわけなので、それに応じた教育訓練やキャリア開発が行われることが期待できる。事実上の若年定年制とならないよう留意が必要だが、5年、10年といった長期の雇用契約を可能とすることも考えられる。
 こうした多様な雇用形態、雇用契約を可能とすることで、働く人のキャリアの可能性もまた多様化することが期待できる。現状では、いったん非正規労働で就労するとなかなか正社員になれない、非正規労働を抜け出せないが、多様な雇用契約が可能になれば、たとえば最初は1年契約での仕事でも、働きを認められれば「次は5年契約で」ということになる可能性がある。さらに、5年契約の3年めで「よくやってくれているから、この事業所がある間は続けてくれないか」と事業所限定での期間の定めのない雇用に移行し、その事業所が閉鎖されたときには「これだけの技能の蓄積があるのだから、移れるなら別の事業所に移って働き続けてくれないか」と正社員に移行する…といったキャリアも十分考えられるだろう。現状では二極化の一方から一方へ飛び移るのは難しいが、その間に多様な選択肢があれば、それを「飛び石」のようにしてキャリアを伸ばしていくことができるようになるだろう。
 それ以外にも、たとえば「事業所限定での期間の定めのない雇用」は、ワークライフバランスの観点から転勤や遠距離通勤を望まない労働者にとって少なからぬメリットがあるだろう。こうした雇用契約では無限定の正社員に較べれば残業や休日出勤といった面での拘束も低くできる可能性もあり(当然それ相応に賃金やキャリアの伸びもゆっくりにはなろうが)、これもワークライフバランスを重視する労働者には歓迎されよう。あるいは「職種限定での期間の定めのない雇用」は、当該職種の専門職としてのキャリアを志向する労働者にとって魅力的だろう。
 もちろん、雇用形態・雇用契約の多様化を実現するには、法制度においても企業の人事管理においてもさまざまな課題があろう。それ以外に必要とされる政策もあるに違いない。しかし、これは日本的雇用慣行の長所、強みを生かしながら「二極化」の問題を解消するための「バージョンアップ」の有力な候補であろう。前述した連合総研の提言以外にも類似の提案はすでに各所でなされているようであり、政労使による議論が進むことを期待したい。
(本稿はすべて筆者の個人的見解であり、筆者の勤務するトヨタ自動車株式会社の公式見解ではない)