有期労働契約の均衡待遇

本日の日経「経済教室」欄に鶴光太郎経済産業研究所上席研究員が登場され、非正規労働問題について論じておられます。お題は「有期雇用、賃金で補償を 「均等処遇」強制は困難 正社員との格差、妥当性も」となっており、編集がまとめたと思しき<ポイント>は○有期雇用が非正規の不安定さの根本原因に○契約終了時に手当を支給する仕組みが適切○「理由なき不利益取り扱い」禁止の法制化を…となっております。順次見てまいりましょう。
さて前半ではまず「非正規雇用をパート、派遣、有期雇用(フルタイム直接雇用である契約社員を主に想定)という異なる雇用形態に分けて、それぞれで独立的に政策対応を考える傾向が強かった」ことが指摘されます。指摘のとおり、非正規労働についてはパート=雇児局、派遣=職安局、有期=基準局という役所のデマケに応じてそれぞれに政策が進められており、専門性が高いといえばそのとおりでしょうがバラバラ感も否めず、「パートや派遣といった形態にかかわらず、非正規雇用の共通の問題である有期雇用という「横串」を刺す発想の転換が必要」といった意見は従来からありました(hamachan先生も繰り返し問題提起しておられたと思います)。最近になって「非正規ビジョン」のような動きが出てきたのもそれの反映かもしれません。
さて鶴先生の具体的なご意見を見ていきましょう。

…(有期労働契約に関する)厚労省分科会の中間整理をみる限り、労使の対立が続き、有期雇用の政策論議はあまり進展していない。労働者側が無期雇用原則を掲げ、有期雇用を契約の入り口や出口で制限するような規制を求めていることも一因だ。日本のように有期雇用を自由に使ってきた国でこうした規制を導入すれば副作用は大きいし、正社員化や雇用安定化に貢献するかどうかも海外の例をみる限り疑わしい。
 派遣法改正の際と同様に、労使がこうした「量的規制」で対立を続け、最終的に中途半端な妥協策に終わるのは避けるべきである。むしろ、非正規労働者の処遇改善に論点を絞り、現実的な政策のあり方を考えるべきではないか。使用者側が「処遇の改善=コスト上昇」を気にするのは当然だが、それが従業員のやる気や生産性向上に結び付く仕組みを考えるべきだ。
 正規雇用非正規雇用の処遇の違い、特に賃金格差の存在をどう考えるべきか。まず、仕事やキャリアなど他の条件が同じで契約期間のみが無期と有期で異なる場合には、雇用が不安定な分、有期雇用にはそのリスクを補償するプレミアムが賃金に上乗せされるべきである。
 経済産業研究所非正規労働者を対象に実施した…共同研究…では、仮想的な質問に答えてもらった。その結果、3年から1年に雇用契約期間を変更する場合、賃金補償を求めた者は平均して2割程度の賃金引き上げを要求していた。要求補償率は日雇い派遣や契約期間の短いパート・アルバイトで低い一方、契約社員は高くなっている。
 また回帰分析をすると、学歴が高く、正社員になりたくてもなれなかった非正規労働者、正社員を希望している者ほど、要求補償率は高い。正社員に近い働き方をしている者ほど、雇用安定補償への欲求が強いことがわかる。
 実は、不安定な雇用に何らかの補償をすべきだという考え方は、厚労省分科会の中間整理で労使とも認識をほぼ同じくしている数少ない論点である。非正規労働者の中で特に不満の強い非自発的非正規労働者の幸福度を高めるためにも、契約終了時にそれまでの賃金の一定割合の金銭を支払う仕組みをぜひとも実現させるべきである。
 一方、正規と非正規雇用の賃金格差をすべて問題視すべきではないと考える。同一の仕事をしていても、その格差を合理的に説明できる場合があるためだ。例えば、従業員の採用・訓練・福利厚生で一定の固定費がかかる場合、労働時間の短いパートはその分、提示される時間当たり賃金は低下する。また労働者側の立場からみても、「労働時間が短い」「残業がない」という条件を重視する分、留保賃金(就業を希望する最低限の賃金、または許容できる最低限の賃金)が低下してもおかしくない。派遣労働者の場合でも、自らの職探しのコストを節約できる分、その留保賃金は低下するであろう。
 正規労働者と非正規労働者のより本質的な違いは、正社員については将来の仕事が必ずしも限定されていない、つまり突然の残業、転勤、異動を何でも受け入れることを前提とした「無限定社員」という側面である。非正規社員と現在同じ仕事をしていても、将来の明示できない契約が上乗せされる分、正社員の賃金が高くなるのは当然だ。
 アンケート調査で、他の勤務条件は同じでも望まない転勤や異動を拒めないという条件を追加的に受け入れるために賃金補償を求めた者は、平均で26%程度の賃金引き上げを求めた。一方、仮に賃金を50%上乗せされても転勤や異動は受け入れられないと答えた者が半数程度存在し、特にパート・アルバイトでその割合が高い。
 このように正社員と非正規社員が同一労働でも、賃金格差を客観的に説明できる場合があることに留意すると、パートタイム労働法第8条のように正社員に限りなく近い非正規社員(職務同一、キャリア同一、無期雇用)を厳密に規定して均等処遇(同一賃金)を強制することは相当無理があることがわかる。
 実際、前述の厚労省研究会の報告書は、上記3要件を満たす該当者はパート労働者全体のわずか0.1%しかいないうえ、差別的取り扱いの禁止を避けるために新たに職務を明確に区分する場合もあると指摘している。
平成23年9月29日付日本経済新聞朝刊から、以下同じ)

長くなりましたが調査結果が非常に興味深いものでしたのでご紹介しました。ここまでのご所論も概ね妥当なものと思われます。
さて「仕事やキャリアなど他の条件が同じで契約期間のみが無期と有期で異なる場合には、雇用が不安定な分、有期雇用にはそのリスクを補償するプレミアムが賃金に上乗せされるべきである」とのご主張はたいへんもっともなものであり、「不安定な雇用に何らかの補償をすべきだという考え方は、厚労省分科会の中間整理で労使とも認識をほぼ同じくしている数少ない論点」であろうとも思います。ただ、現実には「該当者はパート労働者全体のわずか0.1%しかいない」のが実態であり、99.9%までは文中で指摘されているような「正社員については将来の仕事が必ずしも限定されていない」などのような「仕事やキャリアなど他の条件」になんらかの違いがある状況です。
こうした中で、現行の有期雇用の労働条件に不安定さに対するプレミアムが十分に含まれているのかいないのかを判定するのは、かなり難しい仕事ではないかと思われます。私はかねてから、有期労働契約については概ね労働市場の需給関係で市場価格として賃金が決定され、正社員については内部労働市場において団体交渉などを通じて長期的に処遇水準が決定されているわけで、その比較は実務的に不可能であること、それぞれがまったく合法であるだけでなく、大方が受け入れることのできる常識的な方法に拠っている以上は、そうして決まった水準・格差を妥当なものと考えるよりないのではないかと主張してきました。もちろん、労働組合の交渉力が強すぎて企業の非正規労働に対する支払能力が限定される結果、有期労働契約に提示できる賃金に上限ができてしまうといったことは考えられるとは思います。ただ、そうしたことがあるにしても、それで何が悪いのかという理屈と、いかにして労働組合の交渉力を抑制するかという方法論が必要だろうと思います。具体的には、有期労働契約の側の交渉力を上げる=有期労働契約の組織化を通じて(正社員の)労働組合の交渉力を抑制するということが重要なアイデアになるものと思います。
なお「非正規労働者の中で特に不満の強い非自発的非正規労働者の幸福度を高めるためにも、契約終了時にそれまでの賃金の一定割合の金銭を支払う仕組みをぜひとも実現させるべきである」というのもだいたい頷ける主張で「不満の強い非自発的非正規労働者の幸福度を高める」ということであれば、不満から発する紛争を予防する観点からも、一定水準の金銭を支払うことで疑問の余地なく雇止めが成立する(支払いがない場合には雇止め法理が適用される)制度とすることが必要不可欠でしょう。
後段は具体論で賛成できない部分もあるのですが長くなってきましたので続きは明日にします。