昨日の続きです。RIETIの鶴光太郎先生の「経済教室」から。
欧州でもパート、有期雇用の均等処遇は欧州連合(EU)指令で定められている。しかし実態は、東京大学の水町勇一郎氏が指摘するように、勤続年数、学歴などの客観的かつ理屈が通った理由があれば処遇格差は認められるが、そうでなければ認められないという「合理的な理由のない不利益取り扱い禁止原則」に沿った運用がなされている。
同一労働同一賃金を目指す均「等」処遇を金科玉条にするのではなく、労働者ごとに異なる前提条件に応じてバランスのとれた処遇をする均「衡」処遇を実現するには「合理的な理由のない不利益取り扱い禁止原則」を法制化すべきだ。
この場合、「合理的な理由」があいまいであるとの意見もあるが、労使間で対話を進めながら個別ケースごとに柔軟に判断することも必要だ。均衡を著しく逸した処遇をすれば必ずペナルティーを受ける仕組みが導入されれば、悪質な処遇格差を事前に抑止する効果は大きいであろう。
(平成23年9月29日付日本経済新聞朝刊から、以下同じ)
均等ではなく均衡をめざすべきだとの考え方にも大いに賛同するところです。ここで重要なのは均衡の射程を企業内にとどめることであり、それはすでに、まさに鶴先生ご指摘の「使用者側が「処遇の改善=コスト上昇」を気にするのは当然だが、それが従業員のやる気や生産性向上に結び付く仕組みを考えるべきだ」という考え方にもとづいて、最重要の施策の一つとして取り組んでいるところではないかと思います(まあうまく行っているかどうかは別として)。それで正社員間でも相当の大差はついているわけですし、非正規労働にしても、たとえばパートの退職が相次いで「この賃金だとパート従業員のやる気が出ないのも致し方ないなあ」という話になれば、そこは正社員の賞与や昇給を少し我慢してもらってパートの時給を上げようか、ということになるわけです。
いっぽうで、これを企業の枠を超えて労働市場全般に拡大することは、同一業種の同一職種であっても企業の業績が異なれば賃金水準(特に賞与)に違いがあるのがむしろ当然と受け止められているわが国においては、相当慎重に考えられるべきだということも過去繰り返し書いていると思います。
こうした現状を考えると、残念ながら「「合理的な理由のない不利益取り扱い禁止原則」を法制化すべき」との意見には断固として反対せざるを得ません。リベラルな私としては労働条件の改善は労使交渉を通じて実現されることが望ましいと強く考えているからということや、「これこれの理由で合理的なのはこの程度の格差まで」なんてことを判断しろと言われたら判事さんも困るだろうなあと思う(まあそれを判断するのがプロの判事だというのが裁判制度の大前提でしょうが)ということもありますが、端的に「「合理的な理由」があいまい」というのが命取りではないかというのが最大の理由です。いや揉め事が増え過ぎて収拾つかなくなったらどうするんだというのが率直な感想で、「対話を進めながら個別ケースごとに柔軟に判断」なんて呑気な話では収まらないのではないかという気がします。杞憂かもしれませんがむしろ不毛な紛争が増えてほとんど誰も幸福にならないんじゃないかなあ。まあ私もう人事担当者じゃないから研究者の方と同じで直接の被害は受けないわけですが。
こうした均衡処遇の枠組みでは、勤続年数に応じて異なった処遇をすることは容認されるわけだが、むしろそれを積極的に活用して非正規雇用の処遇を改善することも重要だ。つまり、期間比例的(年功的)な処遇をすることで均衡処遇を徹底させていくという考え方である。
アンケート調査のデータを使った回帰分析によれば、性別、年齢、学歴などの要因を考慮しても、非正規労働者の勤続年数や雇用契約期間が長くなれば、賃金水準(時間当たり、月当たり)は上昇するという関係が確認された。したがって非正規雇用の場合も契約期間や勤続年数が長くなれば、それが処遇改善に結び付く可能性は高いといえる。
ただしパート・アルバイトに限って分析すると、こうした関係は確認できない。パートは派遣と比べ勤続年数が長い者が多く、10年超の割合が3割を超える。にもかかわらず、長期的な貢献が必ずしも十分に評価されていないようだ。期間比例的な処遇は、特にパートの処遇改善を進めるうえで重要な課題となろう。
勤続年数(≒経験・能力)に応じた処遇の活用はそれはそれで重要だろうと思いますが、一律に期間比例=均衡とされるとやや疑問もあります。勤続年数が長くなると処遇が改善する傾向があるというのはそのとおりと思いますが、長期勤続→能力向上→処遇改善というのが正常なパスであり、まずは長期勤続を促すことが必要でしょう。勤続→処遇改善をルール化することで能力向上を促そうというのは、政策として行うのは筋が悪いように思います(もちろん各企業労使がそれぞれの判断でそのような人事制度を採用することは自由ですし、現に正社員ではそういう制度になっている企業も多い、というか事実上そういう運用になってしまって苦労しているというのが実態ではないかとも思うわけですが)。パート・アルバイトに限った分析では勤続が処遇改善に結びついていないというのは、結局はパート・アルバイトでは勤続があまり能力向上に結びつかないことが多いからではないかという気はします。もちろん、パート・アルバイトの中には能力向上が図られることが望ましい・求められる人もいるわけで、そうした人たちへの支援策は必要だと思いますが、一律な期間比例原則の強制は、むしろ期間比例を回避するための勤続の短期化につながるであろうことは明白なように思われます。
なお能力向上等とは無関係に長期勤続そのものに価値があるという考え方は私は有力だと思います。もちろん勤続10年、20年そんなもんめでたくもなければ有難くもない、という考え方もあるとは思いますが、「10年、20年、長いこと働いてくれてありがとう」というのも大いにあり得るでしょう。そういうときにパートも勤続表彰の対象にするとか、あるいは記念の金一封を渡すとかいったことをすることは、パート本人だけでなく、それを見た人たちの意欲を大いに高めるのではないかと期待できるわけで、決して損のない施策であることが多いのではないかと思います。