労働政策研究会議その2

昨日の続きで、26日に行われた労働政策研究会議のパネルディスカッションの感想を少し書きたいと思います。司会はこの会議の準備委員長でもある佐藤博樹東京大学社会科学研究所教授、パネリストは島貫智行一橋大学大学院商学研究科専任講師、原ひろみ労働政策研究・研修機構副主任研究員、後藤嘉代労働調査協議会研究員(前連合総研研究員)、奥田香子近畿大学法科大学院教授の4人です。
まずは各パネリストからのキーノートスピーチがあり、トップバッターには島貫先生が立ちました。内容はJILPTが2005年に実施した調査の再集計で、企業の人事管理(非正規社員の活用方針)によって正規・非正規の均衡処遇にどのような違いがあるか…といったものだったと思います。
で、どうでもいいことではあるのですが、島貫先生が報告の最初から「均衡処遇が実現していない」と連呼されたのには多少げんなりというところがあり、いや均衡というのは格差を含意した概念なので、これが均衡なのか均衡でないのかというのはそうそう簡単に判断できるものではないはずだということなのですが。企業としてみれば組織が活性化し生産性が向上するよう、企業内において短期・長期の能力や業務、貢献度などに応じてそれなりに納得の得られる「均衡した」処遇を行うよう苦心しているわけで、なんか軽々しく「均衡していない」と言われるのもなぁ…と思ったわけです。実際には島貫先生としては平均的な格差があまり縮小していないことをもって「均衡が進んでいない」と言われたのだとは思いますし、まあどうでもいいことなのかもしれませんが。
中身については興味深く納得のいく内容が多く、まず企業の非正規活用が多様化しており、軽易・単純な業務をパートに、それ以外を正規に割り当てる伝統的なタイプに加えて、パートの職域を拡大しつつ正規との仕事の棲み分けをより明確化する「非活用型」(ここでの島貫先生の「活用」は正社員と同一業務や専門的な仕事での活用を指しています)、パートの職域を拡大しつつ一部を正規登用していく「パート活用型」、パートより高度な仕事で契約社員を活用し、一部を正規登用していく「契約社員活用型」に類型化できることが示されました。
その上で、パートと正社員の賃金格差については、「1日の所定労働時間がほぼ同じまたは長い」と「賃金決定要素は仕事内容を重視」が格差を縮小させ、「新卒採用・長期雇用」重視の雇用管理方針が格差を拡大させる効果があったとしています。また、契約社員と正社員の賃金格差については、「1週の労働日数がほぼ同じまたは多い」と「仕事の責任が正社員とほぼ同じまたは重い」、および「専門知識やノウハウを持つ正社員を中途採用」という雇用管理方針が格差を縮小させ、正社員に転勤があることが格差を拡大させる効果があったとしています。
勤続期間の違いによる分析がない(既存調査の再集計なので致し方のないところですが)のが非常に残念なのですが、働き方や仕事内容が正社員に近づくことが正社員との格差の縮小、つまり処遇の上昇に結びつくという結果はたいへん納得のいくものと申せましょう。
聴講者からの質問にもありましたが、やはり生産性など、労働の価値に対して処遇がどうなのか、という評価が重要だろうと思うわけで、たしかに長期的なキャリア・貢献を評価して賃金が決まる正社員と、比較的職務給的な非正規とでは比較が難しいわけですが、そうした観点からの議論は必要だろうと思います。
続く原先生の報告は以前ご紹介した佐藤博樹編(2010)『働くことと学ぶこと―能力開発と人材活用』http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20100521所収の原先生の論文をふまえたもので、どのような非正規が企業内訓練を受講し、それが賃金や能力向上にどう影響しているかを検証しています。
結論としては、まず企業内訓練を受けた人の仕事能力に対する自己評価が上がっていること、訓練受講と生産性には相関関係があることが確認されています。しかし、その賃金への影響については、残念ながらOJT・Off-JTともに非正規の賃金を引き上げる効果は確認できなかったようです。
ただし、前の勤務先でOff-JTを受けた人は(前職正規・非正規とも)正社員としての転職確率を高め、また前職非正規でも同一職種間の転職については正社員となる確率が高くなることがわかったとのことです。
「どのような非正規が企業内訓練を受講するか」については、従業員のキャリア形成に積極的な職場で働く人はOJT、Off-JTとも受講する確率が高く、期待勤続期間の長い非正規はOJTを受講する確率が高く、フルタイム勤務の非正規はパートタイムの非正規よりOff-JTを受講する確率が高いことがわかったとのことです。
後藤先生の報告は非正規の組織化に成功したイオン労組、日本ハム労組、市川保育労の事例紹介で、以前ご紹介した中村圭介(2009)『壁を壊す』http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20100524の抜粋でした。組織化の過程や組織化後の待遇改善の成果を紹介し、現状は福利厚生主体の労働条件改善中心の取り組み方向を今後は賃金格差の縮小に向けていくこと、非正規の組合役員への選出が重要であることなどが訴えられました。労働条件の改善は組織化・組合活動を通じて実現されることが望ましいことは言うまでもなく、またイオン、日本ハムにおいては、イオン労組の「いっしょに会社をよくしよう」との呼びかけに示されるように、生産性運動の精神のもとに利益の拡大とその適正な配分に取り組まれていることはさらに望ましいと申せましょう。正直なところ、市川保育労で労働条件が改善したことを喜色満面で報告されると君たちそれ税金なんですがと言いたくなりますが、もちろん組合が労働条件改善を求めるのはまったく正当で、それが不適切に高くなるとしたらその責任はすべてそれを認めた当局にあるわけですが*1
さてこの報告で重要なのは、これはモデレータの佐藤博樹先生が繰り返し指摘され質問されたポイントですが、使用者・経営者にとって好ましい組織化は成功しやすいという点でしょう。実際、イオンは会社も組織化に積極的でしたし、日本ハムも結局会社側のメリットがショップ制の協約化につながったわけですし。まあ後藤先生としては組織の建前上そのとおりとも言いにくかったのかもしれません。
最後の奥田先生は法律面からの報告で、正規・非正規二極化の背景にある法制度としてまず雇用保障の二重構造を指摘されました。経済的要因による解雇の場合、正規には整理解雇の4要件がある一方で非正規(有期)は期間満了により終了し、さらに4要件で正規を解雇するには先立って非正規の削減を行うことが要請されていますが、非正規の増加・長期化の中で雇用保障の均衡が要請されると述べられました。
また、処遇格差については、正規・非正規に雇用・就業形態の違いがあるため「同一(価値)労働同一賃金」は成り立たないとの考え方があるところ、改正パート労働法第8条で職務同一短時間労働者について差別禁止を定め、9条では賃金に関する均衡処遇の努力義務を定めるといった、法による格差是正の方向性が現れていることを指摘されました。島貫先生と同様で、まあどうでもいいことなんでしょうが、奥田先生が格差是正」を連呼されたのもうへえという感じで、なにかうへえかというと「是正」というからには現状が間違っているということだと思うのですが、現状が間違っているとどうしてわかるんですか、ということです。たしかに格差はあるし、大きいとみる向きも多いでしょうから、格差の「縮小」を要請するというのであればよくわかるのですが、格差の存在、あるいは格差が一定程度以上であることをもって「間違い=悪」とすることには慎重であるべきだろうと思います。
そこで今後の方向性として、まず解雇規制の緩和は「合理性理由のある解雇はすでに法的に容認されている」ことから適切でないとし、むしろ4要件(4要素)の明文化などルールの明確化が必要とされました。有期労働契約については、更新を重ねて常態化することが問題であり、入口規制ではなく更新回数や継続期間の上限規制を行い、一定段階から期間の定めのない契約が結ばれることが望ましいと主張されました。
処遇格差については、法規制によって格差是正をはかるべきとの立場を示され、均衡処遇ルールをより積極的に活用すること、非正規労働者の代表性が保障された労使間での対応を促進することを求めるべきとされました。
その後は聴講者もまじえての討論となり、小池和男先生や神代和欣先生などの大御所も続々と発言されて盛り上がり、とても私の入り込む余地はありませんでした(笑)が、以下少々感想を書いておきたいと思います。
島貫先生、原先生の報告を聞くと、必要な施策の方向性は明らかなように思われます。島貫先生の報告を乱暴に要約すれば「付加価値の高い仕事についている非正規の処遇は比較的高い」ということでしょうし、原先生の報告によれば企業内訓練が能力を高め、正社員転換に結びついていて、その訓練を受けるのは長期勤続が期待できるフルタイムの非正規だ、ということでしょう。つまり、できるだけ長期勤続し、能力を伸ばして付加価値の高い仕事ができるようにすることで、処遇の改善や、正社員転換など雇用の安定をはかることができるということだろうと思います。原先生は企業の行動は合理的なので、非正規の訓練受講や非正規の能力別賃金テーブルの導入、あるいは非正規のキャリア支援などに対する助成金の支給などを提案しておられましたが、これらは行政の介入よりは労使自治の中から実現することが望ましく、その意味では後藤先生の紹介された非正規の組織化によって非正規社員のボイスの機会をつくり、団体交渉や労使協議によって非正規の人事管理を高度化していくことが求められるといえましょう。
したがって、奥田先生の提示された法規制については、まず更新回数・継続期間の上限規制とそれを超過した場合の無期化は、非正規の勤続を長期化することが望まれる以上は、上限をあまり短いものとするとかえって逆効果となるでしょう。これは要するにある期限を切って、雇止めするか無期化するかの判断を企業に迫る制度ですから、2年、3年といった短期に設定した場合、その手前での雇止めを誘発することは確実ですし、したがって企業の訓練意欲を大幅に減退させることが懸念されます。その結果は一段の格差の拡大、非正規の固定化ということになるでしょう。どの程度が適切なのかは根拠や証拠のある議論が難しいのですが、まあ最低でも5年でしょうか。5年の在籍が見込めるなら企業も訓練コストをかけるでしょう。10年くらいがいいのかもしれません。10年勤続した人に対して雇止めか無期化かを選べと言われれば、経営者が無期化を選ぶ可能性はかなり高そうな気がします。また、10年の職歴があればスキルも高まっているでしょうし、2〜3年で転職を繰り返す人に較べれば転職市場で高く評価されるのではないでしょうか。有期の必要性が長期雇用を維持するための柔軟性の確保にある以上は、全員を無期にすることは無理であり、有期から無期というキャリアを普遍化することが望まれるわけですが、それは更新回数・継続期間の上限規制とその超過という形式的な形で行うのではなく、スキルを向上させ、より付加価値の高い仕事につくことで、人材価値が高まることを通じて実現させていくことが求められるでしょう。
したがって、非正規の勤続の長期化が求められるわけですから、10年という期限で判断させるということもせずに、奥田先生が問題視している「有期契約を更新して長期化する」ことをむしろ積極的に認めるという施策も十分考えられると思います。必要なのは柔軟性ですから、これまでの裁判例にあるような「期間の定めのない雇用への転化」や「解雇権濫用法理の類推適用」といった不確実性を排除し、契約満了によって疑いの余地なく雇用が終了できることを法的に明確化するわけです。当然、有期労働者の保護に欠けることのないよう、勤続期間に応じた一定期間前の予告および相当額の雇止め手当の支給を条件とする=それがない場合は解雇権濫用法理が適用されることとするなどの法整備は必要になります。
これでも、スキルが上昇していれば転職や転換で正社員となる可能性は高まりますし、労使関係が良好であれば、非正規を組織化した労組がそれを会社に打診するといったことも可能です。あるいは、産業・企業の特性によっては、これもたしかモデレータの佐藤先生が発言されたと思いますが、有期契約の更新ではなく、無期ではあるが勤務地・職種を限定し、当該勤務地・職種が一定程度減少したら雇用が終了することを予定した契約を認めるという方法もあるでしょう。これは一応現行の法規制下でも不可能ではないでしょうが、司法がどう判断するかは未知数であり、できれば不確実性を排除するような立法が望まれるところです。
処遇についても、私は労使自治による取り組みが望ましく、法の介入は好ましくないと考えます。結局のところ、特に賃金については誰もが納得できるような設定は神ならぬ人間には不可能であり、多くの人が「100%納得はいかないが、まあ仕方ないか」と渋々ながら受け入れられるような水準を、現場を最もよく知る個別企業労使の協議を通じて模索していくしかないでしょう。役所や裁判所が数字だけ見てあれこれ口をはさんできても何がわかるかという話ではないかと思います。ですから、私は企業内における均衡処遇は企業経営上も最重要の課題だと思いますが、それを法律に書くことには否定的です。まあ、これはすでにパート労働法や労働契約法に書かれてしまっているので今さらどうにもという話ですが、しかしあまり拡大したり強化したりしないでほしいと希望します。

働くことと学ぶこと―能力開発と人材活用

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壁を壊す (連合新書―労働組合必携シリーズ)

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*1:当然ながら私は市川保育労における労働条件の実態を承知しておらず、したがってそれが高いとか低いとか主張する意図はありません。為念。