労働政策を考える(22)有期労働契約の均衡待遇

昨日に続き、「賃金事情」第2598号に寄稿したエッセイを転載します。
http://www.e-sanro.net/sri/books/chinginjijyou/a_contents/a_2010_12_05_H1_P3.pdf


 さる10月26日に労働政策研究会労働条件分科会が開催され、有期労働契約についての公労使三者による議論がはじまりました。論点は多岐にわたりますが、「入口規制」「出口規制」と並んで大きなポイントとなるのが「均衡待遇」です。
 分科会の資料として提出された厚生労働省の「有期労働契約研究会」の報告書をみると、均衡待遇等について述べた部分の冒頭に「基本的な考え方」として「有期契約労働者については、多様な職務タイプの労働者が存在するが、正社員と同様の職務に従事していても正社員に比較して労働条件が低位に置かれていること…や、それ以外の職務タイプの者についても労働条件の水準が低いこと…等の不満が生じており、これらの者については特に納得性のある公正な待遇を実現することが望まれる。」との記述があります。一見すると賃金が低いことが問題だ、と読めてしまいますし、現に世間にはそうした議論も往々にして見られるわけですが、ここで問題視されているのは「正社員と同じ仕事をしているのに賃金が低い」、あるいは「正社員とは仕事が違うのはたしかだが、それにしても低すぎないか」といった、相対的な水準への不満であり、それに対する「納得性のある公正な待遇」を求めているわけです。
 そのための規制方法として、報告書は「EU諸国のような「有期契約労働者であることを理由とした合理的理由のない不利益取扱いの禁止」のような一般的な規定を法に置き、具体的な適用については個々に裁判所等が判断するという枠組み」、つまり均衡待遇というよりは均等待遇に近いしくみと、「職務の内容や人材活用の仕組みや運用などの面から正社員と同視し得る場合には厳格な均等待遇を(差別的取扱いの禁止)導入しつつ、その他の有期契約労働者については、正社員との均衡を考慮しつつ、その職務の内容・成果、意欲、能力及び経験等を勘案して待遇を決定することを促すとともに、待遇についての説明責任を課すという均衡待遇の仕組み」の二つをあげています。その上で、前者の均等待遇については、わが国では「諸外国のように職務ごとに賃金が決定される職務給体系とはなっておらず、職務遂行能力という要素を中核に据え、職務のほか人材活用の仕組みや運用などを含めて待遇が決定され、正社員は長期間を見据えて賃金決定システムが設計されていることから、何をもって正社員と比較するのか、また、何が合理的理由がない不利益取扱いに当たるかの判断を行うことが難しく、…十分な検討が必要である」と指摘しており、明確に否定はしていませんが、しかしこの項の見出しが「均衡待遇など公正な待遇」となっているのを見ても、主たる意図は後者の均衡待遇にありそうです。
 もっとも、パートタイム労働法においても、報告書にもあるように「職務の内容や人材活用の仕組みや運用などの面から正社員と同視し得る場合」、つまり所定労働時間の長さ以外はなんら違いのない場合には差別的取扱いを禁止しており、均等待遇の考え方に立っています。ただ、それを規定した第8条をみると「事業主は、業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度…が当該事業所に雇用される通常の労働者と同一の短時間労働者…であって、当該事業主と期間の定めのない労働契約を締結しているもののうち、当該事業所における慣行その他の事情からみて、当該事業主との雇用関係が終了するまでの全期間において、その職務の内容及び配置が当該通常の労働者の職務の内容及び配置の変更の範囲と同一の範囲で変更されると見込まれるもの…については、短時間労働者であることを理由として、賃金の決定、教育訓練の実施、福利厚生施設の利用その他の待遇について、差別的取扱いをしてはならない。」とされていて、ごれに該当して差別的取扱い禁止の対象となるパートタイム労働者はかなりの少数にとどまると思われます(たとえば正社員の育児時間制度利用者が考えられ、これには大半の企業が同一の取扱いをしているものと思われます)。つまり、大多数のパートタイム労働者は均等待遇規定では待遇が改善しないわけです。
 そこで考え出されたのが「均衡待遇」という考え方で、くだいて言えば「仕事や働き方が異なるのだから待遇も当然異なるが、しかしバランスのとれた、お互いにそれなりに納得のいく水準にしていきましょう」ということになるでしょうか。政策的には「その職務の内容・成果、意欲、能力及び経験等を勘案して待遇を決定することを促すとともに、待遇についての説明責任を課す」といった取り組みが進められ、報告書はこれに対し「多様な有期契約労働者を対象とすることができるとともに、努力義務等に対する行政指導等によるほか、当事者の交渉を促し、妥当な労働条件に向けた当事者の創意工夫を促すなどの実情に即した対応を可能とする」との前向きな評価を与えています。
 それでは、このパートタイム労働法の「均衡待遇」は有期契約労働者にも有効でしょうか。まず同法8条をみると「当該事業主と期間の定めのない労働契約を締結している」とありますので、このままでは有期契約労働者は均等待遇の対象にはならないことになります(これは報告書も指摘しています)。同条2項には「前項の期間の定めのない労働契約には、反復して更新されることによって期間の定めのない労働契約と同視することが社会通念上相当と認められる期間の定めのある労働契約を含むものとする。」との規定がありますので、反復更新によって実質無期化すれば均等待遇の対象となりうるとの考え方もあるでしょうが、しかしいかに反復更新されているとはいえ事実上定年までの雇用を約束している正社員と、状況によっては次回または次々回の期間満了で雇止めもありうる有期契約労働者と「当該事業主との雇用関係が終了するまでの全期間において、その職務の内容及び配置が当該通常の労働者の職務の内容及び配置の変更の範囲と同一の範囲で変更されると見込まれる」とは通常考えにくいものがあり、やはり均等処遇の対象とはなりにくいのではないでしょうか。
 均衡待遇については一定の効果がみこめそうですが、期間の定めがなく、現に長期間勤続し、あるいは長期間の勤続が見込める一部のパートタイム労働者に較べると、比較的短期間の勤続しか見込めない(これは出口規制のあり方に大いに依存しますが)有期契約労働者は「その職務の内容・成果、意欲、能力及び経験等を勘案して待遇を決定」することの効果は相対的に低くなるかもしれません。
 そもそも、有期契約労働者であれパートタイム労働者であれ正社員であれ、それぞれの「職務の内容・成果、意欲、能力及び経験等を勘案して」均衡のとれた、「納得性の高い公正な待遇」を実現していくことは、働く人の意欲を高め、企業の生産性を向上するためにきわめて望ましいことは言うまでもなく、人事担当者にとって最大の課題のひとつと言えましょう。一方で、人事担当者としてみれば、待遇への不満は常にあるものであり、すべての人が心から納得するような「公正な待遇」を神ならぬ人間が実現できるわけがないというのも実感でありましょう。こうした中で多くの企業では、労使協議や上司と部下の面談といった労使コミュニケーションを積み上げ、「100%納得はしていないが、まあ仕方ないな」と渋々ながらも理解してもらいつつ、働く人の能力と職場の生産性を高め、企業の業績を向上させることを通じて待遇の改善をはかる努力が重ねられています。均衡待遇の考え方はこれと一致するものですが、個別労使の自主性が最大限に尊重されることが望ましいと思われます。